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なんとかジャイアント・ビーの群れを処理した私たちは、一旦、南に戻ることにしました。
とはいえ大量のジャイアント・ビーが出現すると思しき領域はゲーム的にハッキリとミニマップに表示されているため、少しの距離を戻って境界ギリギリで休憩するだけです。
「ええとアドリアンロット北部山嶺地帯南西部、よしここなら安全でしょう」
改めてフィアーとフェロモンの魔法でここら一帯の魔物を遠ざけて、木の根に腰掛けました。
「しかしこれほどの難易度だとは……通りで何十年かに一度しか旅人が訪れないわけです」
「いやファナ、あれはおかしいぞ」
「ん?」
ノマキさんが神妙な顔で北を睨みつけています。
「私は狩りで北西部にも足を伸ばすことがある。でもあんなに大量のジャイアント・ビーに遭遇したことはない」
「人数の問題じゃないんですか? いま私たちは三人いますから、それで数が増えたとか」
この『幻想と召喚の絆』ではプレイヤーの数が多ければ多いほど、敵の強さや数が変わる場所がいくつかあります。
例えば朽ち果てた寺院のロッティングコープスなどは、プレイヤーの数だけ出現する上に連携までしてくるため、プレイヤー人数が多いとむしろ難易度が上昇するという話は有名です。
ここアドリアンロット北部山嶺地帯北西部の大量のハチも、三人いるために三倍の数が出現するとしてもおかしくはないのです。
「いやいや。ファナ、自分で言うのも何だが未熟な私がひとりで狩りに行くわけないだろう。里の若い連中と一緒に行くが、あんなに大量のジャイアント・ビーに遭遇したことはない」
「では原因は私たちにあるのでは?」
カナコさんと顔を見合わせます。
NPCとプレイヤーの強さが根本的に違うことはウルシラさんから聞いていますし、それはカナコさんにも教えた情報です。
NPCだけなら少ないハチも、プレイヤーふたりがいることで大量に増える可能性は無きにしもあらず、ではないのでしょうか。
「そうじゃなくてだな。なんていうんだったかなー。この時期にあるアレだよアレ」
「アレじゃ分かりませんよノマキさん」
「アレは……分蜂、そう分蜂だ! 新しい女王蜂が生まれるやつ!」
「分蜂……ああ、確かに春ですものね」
分蜂とは、新たに生まれ育った女王蜂が一人前になって、巣の働き蜂の半分を引き連れて新しい巣を作ることを言います。
なるほど確かにそれなら大量のジャイアント・ビーが女王蜂を守るために巣から離れていてもおかしくありません。
ノマキさんはあっけらかんとした様子で言いました。
「運が悪かったなファナ。ここから北へは当分、進めないぞ」
そしてカナコさんも、メニュー画面を開いてなにやらやっていたかと思うと、
「ファナ、攻略組は東の尾根沿いに進んでいる。そっちに合流した方がいい」
どうやら掲示板かメッセージでやりとりでもしていたのでしょう。
ここから真っ直ぐ北へ進むのを早々に諦めて、既に別ルートの構築に入っていました。
いやー仕事が速いですねカナコさん。
でもあなた、これがゲームだって分かってます?
「ふたりとも何を言っているんですか。そんなイベントがあるなら、ハチを狩り尽くすに決っているじゃないですか」
「…………」
「…………」
ノマキさんとカナコさんはポカンと口を開き、ふたりして「何を言っているんだコイツ」みたいな表情で私を見つめてきます。
こんなタイミングよく分蜂なんてイベントが発生するということは、ゲーム的には解決してみせろ、ということに他なりません。
避けて通る?
馬鹿なことを言いますねー。
ここはハチを全滅させて押し通るのがゲーム的には正解なんですよ?
……多分ですけど。
「今日はドラゴンブレスも使い切りましたし、ゆっくり休んで明日、決行しましょう」
「何を……決行すると?」
カナコさんが表情を強張らせながら分かりきった問いを発します。
「決まってるじゃないですか。分蜂しているジャイアント・ビー、女王蜂ごと全滅させてやりましょう大作戦ですよ」
「マジか」
「大マジですよ」
天を仰いだカナコさんに、ノマキさんも呆れた表情で私を見ます。
「ファナ、それ勝算はあるのか?」
「もちろんです。今の手札で、どうやったら負けるんですか?」
「…………」
ノマキさんも天を仰ぎ見ました。
そんなに天気が心配ですかね?
どうせ明日は冷たい雨を降らせるのですから、今から気にしても仕方ないのですけど。
◆
「フェロモン!」
「フィアー!」
アドリアンロット北西部、つまり昨日ハチが大量に現れたエリアに入って、グリズリーを遠ざけつつもハチだけは誘引するという荒業に出ました。
さあ、ジャイアント・ビーおよび新しい女王蜂狩りの始まりです!
ジャイアント・ビーはグリズリーと同程度の強さというかレベルしかないので、相変わらず私のEXPバーはちびりとしか動きません。
しかし塵も積もれば山となるということわざ通り、その数が多ければレベルアップに繋がることでしょう。
さてさて、早速フェロモンに誘われた大量のハチたちが羽音をブンブン言わせながらすごい速さで飛来してきましたよ。
「カナコさん、ファイヤボールを。ノマキさんもウィンドブラストを撃ち込んで! できるだけ数多いところをまとめて薙ぎ払ってくださいね!」
「わかってる。ファイヤボール!」
「ひぃぃ、ウィンドブラスト!」
ノマキさんのスキル構成は昨夜に確認しましたが、こんな感じだそうです。
《ノマキ
Lv11 剣2 風魔法3 光魔法3 調合 気配察知 感知強化》
なかなかバランスがいいですね?
里では日常的に狩りが行われているようで、気配察知と感知強化が光ります。
弓じゃないのかと思いましたが、魔法のある世界でわざわざ弓を選ぶ必要はなく、止めを刺すためには槍か剣が便利なようです。
さあ、魔法で倒しきれなかったジャイアント・ビーを私の召喚獣で掃討していきましょうか。
パーティー構成は、スペクター・ウォーリアバロンのヨサク、スペクター・フェンサーのムラマサ、フライング・ドラゴンクロウのグラインダー、グリムリーパーのフジキ、スケルトン・バリスタのロビンです。
少し変則的ですね。
敵を一方的に遠距離攻撃できるロビンを私たちの側に置いて、グラインダーとフジキを自由に行動させます。
ヨサクとムラマサは私たちの方にハチが来ないように気をつけながらの殲滅を命じてあります。
さて、このままだと物量に押されるので、どんどん魔法で支援していきましょうか。
「チルレイン!」
ザァっと冷たい雨がハチたちの動きを鈍らせます。
寒さが得意ではないというより、羽が濡れることにより飛行が難しくなるのが致命的ですね。
地面や木に止まる個体が続出し始めたところを、槍と刀で地道に潰していきます。
そして動きが鈍れば、グラインダーとロビンのいい餌食となる運命。
グリムリーパーは斧や鎌スキルこそありませんが、薙ぎ払いというスキルを持っているため、ぐるぐると鎌を振り回すだけで巨大なハチを切り裂いています。
目が回らないのですかね?
……あ、眼球はありませんでした、骸骨ですねフジキも。
しかしフジキの攻撃は効率が決していいとは言えません。
支援を手厚くしてあげましょうか。
「インストラクト・スキル!」
念のためステータスを確認すると、薙ぎ払いスキルが上昇しています。
どうやら大鎌は斧や鎌といったスキルではなく、振り回すのが正解のようですね。
ぐるぐる、ずばずば。
フジキが一回転するごとにハチがニ~三匹、ポコン! ポコン! と消滅していきます。
もちろんヨサク、ムラマサ、グラインダー、ロビンも負けてはいません。
ただ単体攻撃しかできないグラインダーと、連射の効かないロビンは今ひとつ働きに見合っていないような気がしないでもないです。
いえ、確実にこの戦闘における貢献は低いでしょう。
「グラインダー、倒す必要はなし。羽根を狙って地上に叩き落とせ。そうすればヨサクとムラマサでトドメを刺せる!」
縦横無尽に飛び回るグラインダーに、命令の変更を伝えます。
羽を片方でも切り裂かれたハチは上手く飛べなくなり、そうなればもうヨサクやムラマサのいい餌食です。
「カナコさんとノマキさんも見てないで、魔法撃って経験値稼いでくださいよ。カナコさんは味方に当てないようにファイヤアロー、ノマキさんは……ウィンドカッターの誘導性能はどうでしたっけ?」
「誘導性能はないよ。真っ直ぐ斬るだけだよ」
「ううん……じゃあチルレインやグラインダーのおかげで動きが鈍っていて、近くにヨサクとムラマサがいない個体だけを狙うようにしてください。それで誤射は防げるでしょう?」
「や、やってみる」
ノマキさんの顔もこわばっていますが、魔法だとダメージを受けることになる前衛の面々こそ私は心配しています。
そして戦況に変化が訪れました。
「む、新手ですね……少し強そうですが」
大量のジャイアント・ビーを狩ったからか、フェロモンに引かれてきたのか。
新しいハチのお目見えです。
《ジャイアントビー・ポーン
Lv24 顎牙3 麻痺針 飛行4 蜂兵誘引2》
《ジャイアントビー・ルーク
Lv28 顎牙5 麻痺針2 飛行6 蜂兵誘引2》
《ジャイアントビー・ビショップ
Lv28 顎牙 麻痺針 風魔法4 飛行5 蜂兵誘引3》
おやおや、なかなか経験値的に美味しそうな獲物ですね。
しかしビショップ、お前の魔法だけは許されない。
「一番奥のハチが魔法を使う。優先して倒せ!」
バシィ!
言うやいなや、ロビンのアーバレストがビショップの胴体を打ち抜きます。
ナイス、クロスボウ!
しかしビショップはまだ生きているようで、ひくひくと痙攣しながら顎をガチガチ鳴らして仲間を呼んでいます。
蜂兵誘引のレベルが高いのが気になりますね。
少し危険ですが、グラインダーを突っ込ませますか……。
「グラインダー、一番奥で倒れているハチにとどめを刺せ! これは最優先だ!」
キュ、キュルルルル!
急転換したグラインダーが、通りがけにジャイアント・ビーたちの羽根を切り裂くべく緩く蛇行しながらビショップに迫ります。
しかしそれを阻むのは、新手として立ちはだかるポーンとルークです。
……どちらもグラインダーの敵じゃないですね。
高い機動能力を持つと言っても、所詮は羽根によるもの。
その肝心要の羽根を傷つけてやるだけで、奴らは上手く飛べなくなるのです。
全身凶器のグラインダーにとって、敵の大きな羽根を掠めて飛行するなど朝飯前。
やはりポーンもルークもグラインダーの行く手を阻むには力不足ですね。
――そのとき、突如として強烈な殺意を感じ取って、背中を冷たいものが伝いました。
【クイーンビー“ピアッシング”シャルルセシルが現れました】
【速やかに討伐してください】
システムアナウンスが、女王蜂の登場を知らせます。
それは今までにないアナウンスで、――ビショップの向こう、茂みの奥から木々を越える巨体を晒してのっそりと顔を見せたのです。
《クイーンビー“ピアッシング”シャルルセシル
Lv50 顎牙9 脚剣4 麻痺針7 魔法剣3 風魔法3 飛翔3 蜂兵誘引5 統率5 魔神の眷属》
ガチガチガチガチ。
女王蜂の顎が、仲間を鏖殺された怒りを誇示するかのように、激しく打ち鳴らされました。