64
原口さんへ
拝啓、外では春も盛りかと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。
こちらも桜満開の森人族の里を訪れ、美味しい料理と酒に舌鼓を打っております。
さて本日メールを差し上げたのは他でもありません。
アインスという魔王を自称する何者かと接触しました。
原口さんがログインを認めたとのことですが、正気ですか?
正気を問うのは二度目ですが、ご自分がなさっていることが重大な犯罪行為だと認識しているのか、私はとても不安に思っています。
仮に原口さんの所業が露見した場合に被る私の被害を考えますと、決して看過できる状況ではありません。
納得のいく説明を求めます。
ファナ
◆
「ファナさん! 本当に申し訳ない!」
「原口さんは毎回、謝ってばかりですねえ」
森人族の里の集会場、その個室を借りて原口さんとの面会を果たしました。
というかメールを送ってすぐに返信があった辺り、大方アインスと私の戦いもモニタリングしていたに違いありません。
「それで。アインスの中身は誰ですか。私の知っている誰かですか?」
「いや、君は知らない人物だ」
「ではツヴァイ以降に私の知っている人はいますか?」
「…………それはだね」
「いるんですね。どうせバラスケでしょ。あとはエクレアさん、セインさん。もしかしたらカナコさんもいるかな」
「うげ、なんでそこまで……本当に君はカンがいいのか、それとも根拠でもあるのかな? 後学のために教えて欲しいのだけど」
「まずアインスが私の知らない人だと仮定すると、逆に私に会うことはないだろうと告げられた人達は、現時点の私が知っている人間である可能性が高い。いくらアバターを変えて声にフィルタをかけても、イントネーションまでは変えられませんし、その人達なら私の前でボロを出す可能性が高いです」
「…………いやあ。本当に君は怖いなあ。全くその通りなんだよ」
「では改めて問いましょうか」
私は原口さんを睨みつけながら、言いました。
「なぜ彼女らを巻き込んだんですか? この人の尊厳を踏みにじる悪魔の所業に。重大な犯罪に。なぜ巻き込む必要が?」
「それについては私は何も悪くないんだけどね。彼らが自力で、私の元に辿り着いて真相に気づいただけなんだよ」
「……それはまたなんというか。え、では彼女らは自ら手伝いを申し出たと? 犯罪の片棒をかつぐことにしたんですか?」
ありえません!!!!
あったとしても、そんな申し出を受ける神経が理解できません!!!!
「そうなんだよ。本当に、君は愛されているね」
「――――っ」
そうですね、理由なんてそういくつもありません。
私が生きているから。
仮初の存在としてでも、ここでこうして生きているからこそ、彼女たちは私のために協力することを選んだのでしょう。
「死ぬまでの現実の私は、それなりに人間関係が上手くいっていたということでしょうか」
「さあ、私はそこまでは知らないよ。でもそういうことなんじゃないかな」
有り得ない、とは言い切れません。
でも私と彼女は――――。
「まあいいです。事情は理解しました。少なくとも、ゲームクリア後にサーバーを停止させられたり、非人道的な実験に供されるようなことにはならないようで、何よりです」
「そんなことにはならないよ。ゲームがクリアされたら、君はこの中で生きていく。それは確約だ。私の人生を賭けて、誓うよ」
「人生ですか。空虚ですねえ」
「え、私の人生ってそんなに価値なく見えるかい?」
「私のこの人生を見て、価値があるだなんて思えます?」
「…………すまん。確かに誓う対象を間違えたようだね」
「何に誓うべきなんでしょうね、こういうとき日本人は」
「宗教家なら神様なんだけどねえ。……じゃあ君に誓おう。いまここにいる君ではなく、死んだ船橋杏奈に誓うよ」
「ああ……それなら信用できなくもないです」
妥当なところですかね?
◆
「そういえばアインスの中身、私は知らない人らしいですけど、船橋杏奈は知っていたんじゃないですか?」
「ほんと、君は勘がいい」
原口さんは嘆息しながら、がっくりと項垂れました。
私が死ぬまでの二年間の間に知り合ったプレイヤー。
おそらくエクレアさんやセインさん、そしてバラスケと同じくらいに仲の良かった人なのでしょうね。
「このゲーム中にはいないんですか、アインスの中の人は」
「いないね。彼が『幻想と召喚の絆』にログインしたのは、サービス開始から一年以上も先のことだ」
ではこれまで面識もなく、今後もアインスとしてしか会うことはできない、ですか。
今度、私との思い出話でも聞いてみますかね。