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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
おまけ
70/151

現実と過去の絆(5)

 VRエンターテイメントテクニカル元本社オフィス。


 そこは原口雅直が買い上げたビルであり、今も大口の電力契約を結んでおり、中では何らかの大規模サーバーが稼働していると思われる、疑惑の中心地である。


 そこにエクレア、セイン、シバウラユウスケ、カナコ。

 船橋杏奈の死に疑問を持つ者たちは、とうとうその核心に迫ろうとしていた。


     ◆


「ふざけないでくださいまし――ッ!!!!」


 ゴッ!!


「ぐあ」


 サーバーの前にセインが割り込んだ。

 エクレアの鋭い拳を、ギリギリ防いだものの、セインの右腕は確実に折れただろう。


「な、なにをしているの聖菜!?」


 ハンドルネームで呼び合うというルールすら忘れて、エクレアは叫んだ。

 なぜ。

 なぜ、そのような悪意の塊を庇ったのか。


 そのゲームサーバーには、エクレアやセイン自身を含めた二万人以上の脳データが格納され、今も中の人間は苦しんでいるというのに。

 エクレアはセインがサーバーを庇った事実を理解できなかった。


 怒りとほんの少量の困惑に、しかし長澤の武人は止まらない。

 破壊すべき対象を見据え、再度その拳を振るおうとしたその腕を、カナコがそっと押しとどめた。


「なぜ、……なぜ邪魔を? あんなおぞましい存在を、なぜ……」


「ファナが生きているから」


「!!」


 エクレアは冷水を浴びせられたように、その表情を強張らせた。


 エクレアを硬直させたカナコは、複雑な感情のないまぜになった心中のままサーバーに愛おしそうに振れる。


「船橋杏奈は死んだ。でもファナとして、この中で生きている。そして、ゲームがクリアされた後も、この中で生き続けると聞いている」


 サーバールームの隅でうずくまる原口を一瞥して、カナコは続ける。


「なら、死なせないで欲しい。せめて正義を為そうとして、叶わなかった船橋杏奈に、平穏な日常を送らせてあげたい。あの人、ゲーム大好きだから」


 きっと喜ぶ、そうカナコは呟いた。


     ◆


「それで。どうしますの? すべての真実を白日のもとに晒せばサーバーは停止、ファナは消えるのでしょう。かと言って、何もせずに放置できる問題ではありませんわよ」


 エクレアは中に閉じ込められている大量の脳データのことを思って、複雑な怒りと憐憫と、そしてなによりやはり破壊衝動に駆られていた。

 なにより自分自身のコピーが存在しているというのは気持ちの良いものではない。

 ……しかし中に、ファナがいる。


 彼女はリアルではもう、死んでいるのだ。

 ここで二度目の死を、自分の手で与えるのは躊躇われた。


「簡単な方法がありますよ。多分、カナコさんもそのつもりです」


 芝浦祐介がこともなげに言った。

 嫌な予感をひしひしと感じながら、セインは問う。


「……その方法とは?」


「共犯者になることです」


 ……やはりか。

 セインは天を仰いだ。


 こんな場所に来なければよかった。

 いくらお嬢様の頼みとは言え、ここに来ることさえしなければ、巻き込まれずに済んだかもしれない。


 ……いやいや。エクレアが巻き込まれた時点で、きっと自分も引き込まれるのだろうなあ。


 それはこの場にいる誰よりも付き合いの長いセインだからこそ、分かることだ。


「共犯とは一体、何をさせられますの? 知っていながらにして通報しないとうのなら、それはもう共犯と言えなくもないのでは?」


「そうなんですがね。カナコさん、あなたの意見をまず聞かせてもらえませんか?」


 芝浦祐介はカナコがこれから言うことを予測している。

 しかし自分と全く同じことを考えているとは限らない。

 しかし、芝浦祐介は同時に、カナコならば同じことを考えている、とも半ば確信に近い思いを抱いていた。


「ゲームに介入する。私たちだけが除け者だなんて、有り得ない」


「待ってくれ、それは駄目だ!」


 かすれた声で、原口が叫んだ。

 エクレアに殴られたみぞおちがまだ痛むのだろう。

 頬も腫れが酷い。見ているだけで痛ましい姿だったが、自業自得なのは誰の目にも明らかだ。

 声を張り上げるだけでも苦痛があるようで、顔に脂汗が浮いている。


「なぜ? もう私たちは真実を知った。何もせずにここを立ち去って知らないフリはできない。共犯になるとは、そういうこと」


「いやカナコくん、そうじゃない。そもそも君たちは十年分のアップデートの内容を知ることが出来る立場にいる。このゲームサーバーは外部ネットワークとの接続を一切、遮断したスタンドアローン状態なんだ。君たちが未来の情報をもたらしては、ゲームがクリアされたことにはならない。少なくとも、私は認めがたい」


 ここまで来たのだ。

 今更、他者の介入で無茶苦茶にされては敵わない。

 それは何としてでも避けねばならない、原口の本心からの願いだ。


「……誰も、プレイヤーとして攻略するとは言っていない」


「なに?」


 原口の疑問とは裏腹に、芝浦祐介は確信した。

 カナコは自分と同じことを考えている、と。

 だから言った。


「つまり、私たちは運営側のゲームマスターとして介入すると言っているのですよ。プレイヤーにはアップデート情報すら開示されていないのでしょう? 私たちはそれを示唆する役割を担う、そう言っているんですよ。ねえカナコさん?」


「その通り」


「それは……」


 原口にとって、許容できるラインを越えているか?

 いや。微妙だった。

 正式にサービスが運用されていた頃は、プレイヤーに解禁されていた情報だ。

 それらをシャットアウトしているのは、確かに十年続いたゲームの状況とは大きく異なる。


「それは分かった。ではどのようにして伝えるんだ? 全プレイヤーにメッセージでも送るのなら、私ひとりでも可能だが……」


「そんなつまらないことはしない。私たちがプレイヤーとして攻略に参加できないなら、運営側……つまりデビルサモナーとして参加すればいい」


「なんだと!?」


 カナコの大胆とも言える提案に、原口は度肝を抜かれた。

 そして同時に「面白い」とも感じた。


「そうだな……しかしデータはどうするんだね。こう言っては何だが、デビルサモナーはゲームの敵として万能の能力を用意されている。シナリオのシチュエーションによって適切な難易度とするために、それこそプレイヤーが簡単に倒せる強さから絶対に倒せないようなデータにだってすることはできる」


「そこはプレイヤーに合わせればいいのでは? プレイヤーの召喚獣の合体数とレベルに応じて、私たちの強さを調整するんですよ」


 芝浦祐介はフェアな戦いと、プレイヤーに対するヒントを授けるという役割を楽しむつもりでいた。


「ふうむ、一考の価値ある提案だ」


 原口もまた、ひとりでこの難事業を運営するのに疲弊していた。

 協力者がいるというのは心強い。


 そうして共犯者を増やした原口は、新たな仲間たちと悪巧みを始めるのだった。


     ◆


 ルールは幾つか決めた。


 一つ目。

 まず自分のコピーとは会わないこと。

 冷静でいられる保証はなく、というよりも冷静でいられる人間などおそらくいない。

 当然のルールだった。


 そして二つ目。

 ファナと会っていいのはリュウだけ。

 リュウというのは仲間のひとりで、唯一サーバー内のファナが知らない仲間のひとりだ。

 ただそれだけの理由で犯罪の共犯者に巻き込まれたリュウには悪いが、「除け者にされるよりずっといいですよ」とは本人の弁である。


 だがこのルールは当初、かなり揉めた。

 なぜなら皆、ファナと会うためにサーバーの維持を決めたからだ。

 会えるのに会わないのは、辛いばかりではないか。


 しかしやはりファナと会って冷静でいられるメンバーは少ない。いらぬ情報を漏らすのは確実であるため、渋々ながらメンバーはこのルールについても了承せざるを得なかった。

 リュウはファナに他人として接せられるつらい役回りだが、仲間の中では最も付き合いが短いためか、あまり気にしていないようだ。


 三つ目のルールは、自分たちは魔王を名乗りプレイヤーに勝負を仕掛け、勝敗に関わらずヒントを与えるというものだった。

 これはルールというより役割だが、必ずヒントを与える必要があり、意味もなくプレイヤーを蹂躙してはならないというマナーとしてルール化した。


 そして四つ目。

 これが一番重要だが、彼らプレイヤーがブレインエミュレーションされた存在であること、そして彼らからすると現在が十五年後であることは絶対に気取られてはならない、という当たり前のルールだった。


 ただし例外はファナ、彼女にだけはある程度は伝えなければならない。

 というより真実を知る彼女は、運営が人員を送り込んできたという事実に無反応でいるわけがない。

 これを伝える役割はやはりリュウに任された。


 そして、これら全てのルールを守りプレイヤー達によりゲームがクリアされた暁には、全員でファナに会いに行こうということに決まった。


 ――かくして『幻想と召喚の絆』に魔王を名乗るデビルサモナーが現れるようになって、ゲーム内は新たなイベントかと盛り上がりを見せるのだった。


本当はもう少し丁寧にたどり着く過程を描きたかったのですが、時系列的にここでやっておかないと間に合わないので、間の短編については断念。

並行して新作を書き始めているので、それについてはいずれ。

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