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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
プロローグ
7/151

7

ちょっと長いです。

途中で話がわからなくなった方は、あとがきに要約を載せたので、それを読んで次に進んでくださっても構いません。

原口さんへ


いつもお世話になっております、船橋です。

先程の映像、拝見させて頂きました。

大変なことをなさいましたね。

もちろん、ログアウト不可の件ではなく、私の職務上の懸念についてです。

つきましては実際にお会いしてお話したいのですが、ご機会を賜りたく存じます。


船橋杏奈


     ◆


「やあ船橋さん! 君とは直接、話をしなければならないと思っていたんだ。君の方からメールを貰えて丁度よかったよ」


 ゲーム内で本名を呼ばれるのは不愉快ですね。


 ここは先程までいた街の領主館の応接室です。

 しかし周囲にはどうせ誰もいないので、敢えて指摘するのは止めました。

 開始初日で奇跡的に領主に伝手を得たプレイヤーがいるとは思えませんし。


「……早速ですが原口さん。なぜこのような凶行に及んだのか、説明してくださるんですよね?」


「はは、凶行ときたか。違いないけど」


「笑い事じゃないですよ」


「いやすまんね。……ちなみに君の言う凶行とやらは、一体、どれのことを指して――」


「原口さん、ブレインエミュレーションは重大な倫理規定違反です。社会的に死にたいんですか?」


「はは、敵わないな。流石、お見通しか」


「原口さん!」


 ブレインエミュレーション……直訳すれば、脳を模倣する、でしょうか。


 VR技術の進化の過程で、人間の脳の電子情報化と、神経系入出力の再現が可能となりました。


 実際には脳・神経科学の進展を取り入れてVR技術が進化した、と言うべきかもしれませんが、順序については重要ではありません。


 重要なのは、人間の脳をまるごと記憶媒体に保存できてしまう事にあります。


 科学の発展は常に人間の倫理観とのせめぎ合いを生じさせます。


 脳の電子化および活性化、つまりブレインエミュレーションは、現代における科学の最先端にして、人の尊厳に対する最大級の禁忌でもあります。


 原口さんは、『幻想と召喚の絆』にアクセスしたプレイヤーの脳をスキャンし、保存。

 しかる後に外部ネットワークから遮断したゲームサーバーに保存してあった初期プレイヤーの脳を活性化して、ゲームを開始したのでしょう。


「原口さん。今は私から見て、何年後ですか」


「……十五年後だよ」


 十五年!?


 私の人生の半分以上の時の流れに、思わず呆然としてしまいました。


 しかし分かりません。

 なぜ『幻想と召喚の絆』サービス開始から十五年も後に、その日を再現しなければならないのでしょうか。


「なぜ、このようなことを? 原口さんは、このような悪事に関わりのある人には見えませんでした。ゲームの開発者が、なぜこんなに多くの人間のブレインエミュレーションなんて……」


「それは……」


 原口さんの目が、遠くを見つめるように細められました。


「それはね、船橋さん。このゲームがクリアされなかったからだよ」


「クリアされなかった、ですか……?」


「そうさ。『幻想と召喚の絆』は十年もの間、サービスを続けた。全てのシナリオの伏線を回収し、ラスボスを用意した。しかし……しかし誰もラスボスの元に辿り着けなかったんだ」


「なぜ辿り着けなかったんですか? 難易度が高すぎたのですか?」


「そりゃ最後の最後だ、難易度は高かったさ。しかし高過ぎるほどじゃあなかった。……プレイヤーの減少と、サービス自体の終了が原因だったと、私は思っている」


「……十年も続いたなら大成功ですね。しかしプレイヤーの減少が一因ならば、プレイヤーのレベルに合わせた難易度調整が必要だったのではないですか」


 実際にどのようなバランスだったのか見たわけではありませんが、ゲームには適切な難易度があり、それが常に最適になるよう努めるのがゲーム開発者の役割だと思います。


「最終コンテンツが、それ以前のイベントより難易度が低くて良いわけあるか」


「そんなことを言われましても」


「だからね、船橋さん。……プレイヤーが減ることもなく、一日中ログイン状態を保ち続けられれば、私は必ずゲームクリアされると信じているんだよ」


「そ、そんなことのためにブレインエミュレーションを……!? 気は確かですか!?」


 ゲームの初期アカウントは数量制限があり、その数は三万アカウントだったはずです。

 たかだか自分の作ったゲームをクリアさせるために、三万人分の脳をコピーしておき、……ってそこじゃない!


「原口さん、いつどうやってプレイヤーの脳をスキャンしたんですか? いやそうじゃなくて、なぜ私は、きっかりゲームスタート時点の記憶までしか持っていないんですか!?」


 これはおかしいです。

 ゲームにアクセスしたプレイヤーをスキャンしたなら、ゲームを既に遊び始めた辺りまで記憶があるはずです。

 私には、そのような未来の記憶は皆無です。


「ううん、流石にそこには気づいたか。本職なだけはあるね」


 私の仕事は、VRゲームハードのメーカーで、ユーザーの脳や神経が安全であるかか否かの判断を担う、ソフトウェアメーカーに対する監査役です。

 これでも医学部を出ているのですが、……とそんなことはどうでもよくてですね。


「答えてください。私は、いつ。それとも常に脳を保存されていたのですか!?」


 人の脳の保存技術については、かねてより諜報や産業スパイに利用される恐れがあると、情報セキュリティの研修でも習う基本的な警戒項目です。


 当人に気づかれずに脳を保存し、人知れず保存された脳を尋問や拷問にかけられるのです。

 もちろんブレインエミュレーションされたコピーがどのような目に合おうとも、その元となった人物には何の影響もありませんから、気づくことも難しいのです。

 まさかそのような危険かつ身の毛もよだつ状況に置かれていたとあっては、さしもの私でも平静ではいられませんでした。


 他国の産業スパイか、それとも政府の――


「落ち着け、船橋さん。そういう疑念が浮かぶのも仕方ないか……すまない、そうじゃないんだ」


「じゃあ一体、この状況は何なんですか?!」


「簡単な話だよ。君からしたら数年後、特定の期間における記憶をブロックする技術が確立されただけだ」


 そういえば、現実では十五年も経っているのでした。

 ならば重大な技術革新も数多くあったことは想像に難くありません、完全に失念しておりました。

 思わず取り乱してしまったのが恥ずかしいですね。


「では、ログイン以降の記憶をブロックした、ということでしょうか」


「その通りだ。脳のスキャンは半年ほどかかったからね、その間にゲームを離れたり極端にログイン時間の短いプレイヤーは、このゲーム内にはいないよ。あとサービス開始日にログインしなかったプレイヤーも弾いてある。正確には二万四千五百三十一名だ」


「……状況は分かりました。そもそもなぜ、プレイヤーの脳をスキャンしていたのですか。重大な違法行為ですよね」


「この状況では言い訳にもならないが、私がプレイヤーの脳をスキャンしていることを知ったのは、サービス開始から二年ほど後のことだ。本社が金で請け負ってしまったらしい」


 企業倫理から逸脱した行為、完全に犯罪です。


「……それで。原口さんは、そのことを知って、どうなさったのですか」


「おいおい。私は一介のプロデューサーに過ぎないよ。本社の決定もそうだが、国家レベルのクライアントのやることに口を挟むなんて怖くて出来んよ」


 原口さんは苦い顔をして、視線を逸らしました。

 しかし大規模な脳のスキャンは、たとえ十五年も前の出来事だからと言って、流していいことではありません。

 現にこうして悪用されているわけですからね。


「それほどの脳データを集めていたなら、他にも気づいた人がいたのでは?」


 原口さんの苦み走った表情が強張り、私を気遣うような視線が一瞬、垣間見えました。


 あれ、もしかして私も気づいたんでしょうか。まあ仕事に手を抜かなければ、不審なスキャンの痕跡くらい、見つけられるでしょう。


 ……ああ、でもそうか。


「原口さん。もしかして私も、気づいた上で何もできませんでしたか?」


 いちプロデューサーとは違い、私の立場でなにもしなかったというのなら、監査として完全に失格です。


「いや……船橋さんは……」


 ふと嫌な想像が脳裏をかすめます。


「もしかして、わたし消されました?」


「!?」


 狼狽を隠せずに、原口さんははっきりとその答えを私に示してしまいました。


 ですが、そうですか。

 わたし、職務に忠実でいられたんですね。


 医師研修からドロップアウトした身ではありますが、人の命と尊厳のために、殉じる事ができたのは、私にとっては救われた思いがしました。


「どんな状況だったか、聞かせて貰えますか」


「うむ……気分のいい話じゃないぞ。君の、君自身の死因については」


「今更じゃないですか。エミュレートされた私のコピーに、何を遠慮することが?」


「違う、それは違うぞ船橋さん。完全にエミュレートされた君は、れっきとした人間だ」


 それが分かっていながら、二万人以上をゲームに閉じ込めたというのですか。

 怒りに震えそうになりますが、今言いたいことと聞きたいことは、それではありません。


「私の死因について、聞かせてください」


 原口さんは観念したといった素振りで手を振り、目を覆って、語り始めました。


 プレイヤーの脳スキャンに気づいた私は、内部告発の準備を進めていたそうです。

 準備が整いつつあった時のことでしょう。

 私は事故でこの世を去ったそうです。


「事故死ですか……」


「交通事故だったそうだ。轢き逃げで、犯人は未だに捕まっていないはずだ」


「なるほど。消されたと考えるのが妥当ですね」


「だから私も、見て見ぬふりを続けたんだが……」


「それが、なぜいま原口さんが、データを使っているんですか? 原口さんが私的に運用できるものではないでしょう」


 原口さんは肩をすくめました。


「買い取ったんだよ。ウチの会社の旧データセンターごと、秘密裏に集めたデータの利用方法も含めて件のクライアントにもご理解を頂いてね」


「そんなことが可能ですか? 違法収集した脳データですよ? お金でなんとかできる建物やサーバーとは違うでしょう?」


「共犯ってことにしときたいんだろう、と私は思っている。ずっと見て見ぬふりを続けた俺の立ち位置をハッキリさせたかったんだろうさ。監視くらいは付いてるかもな」


 相手が国家レベルならそのくらいするでしょう。


 ……概ね、状況は理解できました。


 あとは最後の交渉ですね。


「原口さん、ゲームがクリアされたら、プレイヤーはどうされるのですか?」


「無事にログアウトできるようになった、とアナウンスして、消去するつもりだ」


 消去、消去ですか。

 つまり死ねということですね。

 なにが人間と変わらない、ですか。

 原口さんにとって私たちは人間ですが、同時にいつでも後腐れなく消去して無かったことにできる程度には、データの塊だとも認識されているようです。



 現実の私は既に死んでおり。



 ゲーム内のわたしはゲームがクリアされればやはり死ぬ。



 ……納得、いきませんね?



「原口さん。ゲームがクリアされても、そのまま私だけは消去せずにサーバーを維持できますか」


「まさか君は、ゲーム内で生きていくつもりか? 確かにサーバーの維持はハードのメンテナンスを含めて、私が生きている間は可能だ。それが君にできる贖罪になるなら、否応はないが」


「贖罪だと考えられるのは結構ですが、私が許したなどと勘違いはしないでくださいね」


「勿論だとも。それより一人でいいのか? クリア後に全ての事実を公表して、プレイヤー全員を残すこともできるが」


「嫌ですよ。気の合う人ならともかく、そうでない他人に煩わされるのはゴメンです。……それに事実を知っていながら、ゲームクリアまで秘密にしていなければならなくなるでしょう。後ろめたくてやってられませんよ」


 それに「あなたはブレインエミュレーションされたデータです」と言われて全員が正気を保てるとは思えません。

 いったいどれだけの人が人間的な理性と倫理観を失わずにいられるでしょうか。


 少なくとも「あなたはブレインエミュレーションされたデータです」と言われて「そうですか。じゃあそれならそれで生きていきます」と言える人でなければ、いつ突然終わるとも知れないゲームの中で一緒には生きていけないのです。


 別に私が特別、メンタルが強いという話ではないですよ?

 価値観の問題なのです。


「まあ、船橋さんがそれで構わないなら……」


「それより本当に維持できるんですか? 電気代だけでも馬鹿にならないはずですが」


「うん? それを含めて私が生きている間は維持は容易だよ。これでも結構、稼いできたんだ」


「それなら安心です」


 とはいえ原口さんに何かあれば、ふっつりとこの世界は止まって消えるのでしょう。

 いつ世界が唐突に終わってもいいように、ゲームを満喫しましょうか。

 出社しないでゲーム三昧できると考えれば、なかなか悪くない人生ですよ。


「あ、そうだ原口さん。最後にひとつ、質問していいですか?」


「なんだね」


 これまで散々、質問攻めにしておきながら、わざわざ確認をしてきた私に原口さんは見てわかるくらいに動揺しています。


「十年後のゲームバランスでは、ネクロマンサーは救済されていましたか? 相性の良い第二職業のオススメとか教えてもらえませんか」


「……く、くくく。ははははは! 何を聞かれるかと思えば、この状況でゲームの攻略情報とはね。……君も相当、イカれてるな」


 結局、原口さんはゲームの内容については一切、口を割りませんでした。


これにてプロローグは幕となります。

……と思っていたのですが、VRMMOに掲示板回は必須ですよね?

明日夜の掲示板回を含めて、プロローグということにします。

ファナ以外の視点から得られる情報は、この『幻想と召喚の絆』の紛うことなき真実の一面を映し出すことでしょう。


《7話の要約》

原口はサービス開始から十年後に『幻想と召喚の絆』がクリアされないままサービス終了となったことに納得がいかず、「プレイヤーが減ることもなく、一日中ログイン状態を保ち続けられればクリアできる」のではないかと考えた。

折しもゲームの開始当初から、ゲームに接続したプレイヤーの脳を密かにコピーして違法に買い取るあるクライアントの存在があり、ゲーム開始当初の状態を再現する下地は存在した。

原口はこの準備に五年をかけ、サービス開始から十五年後、あらためて「サービス開始以降の記憶をブロックされて何も知らないプレイヤーたち」を外部ネットワークから隔絶したゲームサーバーに放り込んだ。

しかしゲームメーカーでゲームソフトの内容を監査する仕事をしているファナ(本名:船橋杏奈)は、全体アナウンスで見たプロデューサー原口が妙に老けていることに違和感を持つ。

実時間とのズレ。それはある最悪の可能性を想起させた。

ゲームに接続した人間の脳を記憶媒体にコピーして運用するブレインエミュレーションという技術があり、自分はコピーされた脳データだと直感したのだ。

そして原口に直接、それを問いただした。

結果、その通りであったが、原口は「ゲームがクリアされたら全てのプレイヤーをログアウトさせると称して消去する」と答えたのだ。

現実のファナは原口の会社の違法取引を察知して内部告発しようとしたが失敗、既に殺されており、このコピーされた自分まで消去されることに強い怒りを覚え、自己保全のために交渉を切り出した。

そこで唯一真実をしるプレイヤーとして「ゲームがクリアされてもサーバーはそのまま維持し、自分だけはゲーム内に留めてほしい」と願い出て、原口に了承された。

原口の突然死や違法行為の発覚により、いつ突然終わるかもしれないゲームの世界でファナは生きていくことにする。どうせ現実のファナは死んでいる。他の誰にも真実を告げず、ゲームをただ遊び続ける人生も悪くない。そう考えたのだった。

かくしてファナはネクロマンサープレイを満喫することにしたのである。

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