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日が落ちてから、ネイヒェルさんに試練場と呼ばれる場所に案内してもらいました。
そこは日々の訓練も行われるそうで、木製の訓練用の武器やら、弓とか魔法の的が転がっています。
ネイヒェルさんはそれらを適当に隅に片付けて、布で丁重に巻かれた球体を取り出しました。
「ファナ。これが竜を呼び出す試練の鈴だ。渡しておくが、くれぐれも準備ができるまでは布を外すな。布を外せば音を立てて、途端にドラゴンが現れるぞ」
そんな危険物を慣れた感じで片手で差し出し、ネイヒェルさんは注意事項を幾つか述べて、試練場から出ていきました。
この試練場には本人以外の立ち入りは禁じられており、カナコさんの応援もなしです。
少し寂しいですね。
さて、呼び出したるは対ドラゴンを見据えた……と言いたいところですが、いつも通りの最強メンバーです。
すなわちスペクター・ウォーリアバロンのヨサク、スペクター・ブレイドマンのムラマサ、レイス・ソーサレスのマドカ、リビング・チャクラムのグラインダーです。
問題児のグラインダーを使うか、それとも新たな対空兵器であるスケルトン・バリスタのロビンを使うかは悩んだのですが、仮にも三体合体と二体合体では能力値にまだ差があるのです。
また実戦経験も確実にグラインダーが勝るため、すくなくともグラインダーが戦いにおいて適切ではないと判断できるまでは、使ってみたいと思います。
そもそも新しい武器に習熟する時間を取っていないため、どれほどクロスボウが強くても不安が残るのです。
それにワイバーン戦でも活躍してましたしね、グラインダー。
さて、まずは私の付与魔法を第二段階にしましょう。
付与魔法の段階は習得のときと同じくSPを3点消費します。
よって付与魔法を第二段階にすると、残りSPは3点になります。
ドラゴンがどんなブレスを吐くかはまだ分かりませんが、最低でも三属性までは新たにカバーできるというわけですね。
さてまだ準備は続きますよ~。
「ナイト・ウォーカー!」
この魔法は初披露でしょうか。
ネクロマンサーレベル15の専用魔法ナイト・ウォーカーは、時間帯が夜である限り、全ての使役するアンデッドを強化するという非常に私好みの魔法です。
全体強化魔法は希少で、他にはやはりアニマルテイマー専用魔法のオーバーランくらいでしょうか。
おっとこうして解説している間にも効果時間は過ぎていきます。
手早く準備をせねばもったいないですね。
「アウェイク・パワー!」
ヨサク、ムラマサ、マドカの武器とグラインダー自身にソウルブリンガーの専用魔法アウェイク・パワーを掛けます。
都合四回、戦う前から結構なMP消費ですね!
「インストラクト・スキル!」
この魔法もソウルブリンガー専用魔法です。
元の武具の記憶を引き出し、武具に対応したスキルの段階をひとつ上昇させるというものです。
これはグラインダー以外の三体の武器にかけます。
ヨサクのハルバードは斧と槍、ムラマサは剣、マドカは杖のスキルの段階がひとつずつ上昇しました。
さあ、これでかなり攻撃力を増したはずです。
後はMPポーションをぐびり。
……これで準備万端です。
鈴の布を解いて、天高く掲げて鳴らします。
カラン、コロン――
【竜の試練を開始します】
――――――――ォォォォォォオオオオん!!!!
空から耳をつんざくような鳴き声。
そして真っ赤なドラゴンが、一直線に試練場に向けて落ちてきます!
《レッサードラゴン
Lv32 爪4 牙4 尻尾 竜爪 竜鱗 火の吐息3 飛行5 筋力強化2 生命強化2 敏捷強化2 精神強化4 火耐性5 夜目》
ふうむ。
レベル自体はスノウ・ワイバーンよりマシですが、ソロでとなると厳しいものを感じますね。
スキル的にはワイバーンをスピード寄りに強化した感じになっていますし、吐息の段階も地味に高いです。
あと竜鱗なるスキルも気になりますが、単純に硬いという意味ならそれはそれで厄介ですね。
そういえばジャイアント・ビートルもかなり硬かったですね。
すでにあのとき以上の強化を施してありますが、さて通るでしょうか。
竜爪の方は想像がつきます、多分あれは魔法の武器扱いなのではないでしょうか。
スペクター組とレイスがブレス以外でダメージを受けないとなれば楽勝ですしね。
最強の生物が、さすがにそんなに甘いわけがありません。
まあ何にせよこの試練、全力で望むのですから出し惜しみは無しですよ。
「レジスト・ファイヤ!」
これは全員に必要な魔法となるでしょう。
ドラゴンのブレスに対してどの程度の軽減が可能か未知数ですが、SPを3点も消費しているのですから、それに見合った程度の働きはしてもらいたいですね!
「ドラゴンがもう少し高度を落としてきたら攻撃を開始しましょう。マドカ、ストーンボルトで翼をねらえ! グラインダーは自由に動いても良い。ただしできるだけマドカの狙う逆を突け、味方の魔法に巻き込まれるのは馬鹿らしい。またドラゴンの攻撃は最優先で回避しろ。ウチのメンツで高空を飛べるのはお前だけだ、代わりはいないと思え」
マドカはレイスになってから浮遊していますが、地上から高く離れることはできません。
ある程度の高度まで昇れるのは、手持ちの戦力ではグラインダーとイビルゴーストの二体のみ。
そのうちイビルゴーストは引いたばかりで実戦経験ゼロなので戦力として数えられる段階にありません。
「ヨサクとムラマサは私の護衛だ。ただしブレスが来たら全力で回避に専念。防御魔法を過信しすぎるな。それから奴がもしすぐに地上に降りてきたら、二度と空に戻れないよう翼を狙え」
ぐん、と風に圧されて足元が揺らぎます。
「……っ」
ドラゴンは、地上五十メートルほどを悠々と滞空し、こちらを見下ろしていました。
『鈴が鳴らされる前から小賢しい真似をしていたな。見ていたぞ』
……見られていたとは、まったく想像だにしていませんでした。
てっきり転移なりしてくるものだと思っていたんですが、違ったようですね。
『ゆえに待つ。お前の準備は無駄であった。試練が始まる前から準備するのは、確かに試練の注意事項にはなかっただろう。しかしそのような小細工だよりの小物がドラゴンの助力を得ようとは、片腹痛いわ』
「はあ。ドラゴンと言えば最強の生物だと敬意を表してここまで準備してきたのに。……がっかりしましたよ」
『……何ぃ?』
「人間の小賢しい準備を力でねじ伏せてこそのドラゴンでしょう。なんですか、それは。待つ? 若い竜と聞いていましたが、まさかまさか。この程度の準備に恐れを為す赤ん坊とは! そのような者の助力を乞おうなどと考えていた私の方が恥ずかしいではありませんか!」
『貴様ぁ』
「は~い、怖いでちゅね? 私のこと、怖いんでちゅね~? なんといってもヨサクの顔は怖いでちゅもんねえ。ムラマサにかかれば赤ちゃんトカゲの鱗なんて紙くずも同然! マドカの魔法で吹き飛ばされるのも、そこのいたずらっ子に切り刻まれるのも、怖くて怖くてしかたないんでちゅもんね~?」
『その赤子にでも話しかけるような言葉遣い、今すぐに改めよ!!』
「は~い怖くないでちゅよ~」
『聞けえ!』
「じゃあ怖くしましょうかね、フィアー!」
『!!』
「ほぉら、怖いでちゅねえ?」
それは恐れを呼ぶ魔法、恐怖を撒き散らす魔法。
しかしあくまで、格下に向けて放つ魔法。
もちろん、格上であるドラゴンに効果はありません。
しかし格下から恐怖を与える魔法なんてものを使われて、
――果たして耐えられるでしょうか、この屈辱に!?
『よい。もう分かった。お前の試練の結果は、里で語り継がれる中で最も無様なものになるだろう!!!!』
ガァァァァッッ!!
大口を開けて一気に降下してくるドラゴン。
これでようやく試練の入り口に立てたようなものです。
高空に居座られたら、勝ち目ないですもんね。