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目指していた桜が満開の山にたどり着きました。
特に罠の気配もなく、邪悪な魔物が巣食っているようにも見えません。
「桜が綺麗ですね、カナコさん」
「……うん」
ぽけーっと口を開けてふたりして山を見上げていると、ひとりの若者が桜並木を歩いて降りてくるのが見えました。
「おい、そこの召喚士。どっから来たんだ」
ぶっきらぼうなもの言いの彼は、長い笹穂耳を持つ長身痩躯の男性……つまりいわゆるエルフでした。
この『幻想と召喚の絆』では森人族でしたっけね。
「私はファナ。アドリアンロットの街から来ました。メオントゥルムを目指しているのですが、桜が綺麗だったので寄り道しているところです」
「カナコ、です」
カナコさんの百あるコミュ障の技、人見知りが発動したようです。
まあ私が対応しますよ。
どうやらゲーム的なイベントのようですし、こういうのは朽ち果てた寺院で体験済みですしね。
「アドリアンロットから? へえ、そっち側から来る召喚士がいるとは、珍しいこともあるもんだ。この桜の山は、お前らみたいな無茶をする旅人が寄り道するために派手さを保っているんだ」
「はあ」
「あーつまり、森人族の里があるんだよ。まだ旅は半分あるだろ? ここは中継地点。つまり休んでいけって言ってるんだ」
「ああーなるほど。しかしなぜこんな辺鄙なところに住んでらっしゃるんで?」
「辺鄙といや辺鄙だが、俺ら森人族からすると、人間の街は猥雑すぎて一日といられないぜ」
「あれ、でもアドリアンロットにも森人族はいますよね?」
βではエルフスキーなプレイヤーが話しかけてもすげなく応じるだけで、なかなか仲良くなれないNPCがいたはずです。
正式版になってからはどうか知りませんが。
「ああ、いるかもな。好奇心旺盛で人間の街に憧れる奴ってのが、子供十人いればひとりくらいいるもんさ。そういう奴は里を出て旅をするんだが……」
「だが?」
「そいつは街に定住しているのか? なら人間の街に嫌気が差しているんだろうな」
嫌気が差しているのに定住しているんですか、意味が分かりません。
「つまりだな。人間に興味があるって里を飛び出したはいいものの、実際には人間は余り好きになれず、かといってすぐに里に戻るのもダサい。だから二~三十年くらいほとぼり冷めるまで、人間の街に住むのさ。好奇心も薄れて、旅をする気力もなくなっているだろうしな」
「はあーなるほど」
つまり旅をしていないエルフを見かけたら、確実に不満を抱いて過ごしているわけですか。
そりゃそんなNPCなら仲良くなるのは難しいですね。
「ま、そんな話はどうでもいいや。早く来い、旅で疲れているだろう。客人は何十年ぶりかな。きっと大歓迎だぞ、お前ら」
森人族の青年は、軽く手を振って「ついて来い」と歩き出しました。
「歓迎されるそうですよ、カナコさん。行きましょう」
「……罠じゃない?」
「なぜそこで疑うんですか。そんな悪意あるイベントには見えませんでしたよ」
「イベント……? そうか、これはイベントか」
ゲームのイベントだと思い出したカナコさんは、なんとなく気が楽になったようです。
「そうですよ、カナコさん。今のところは久々に訪れた旅人を歓待したい、というイベントですね」
「今のところは?」
「はい。多分、ここからゲーム的には何パターンか考えられるんですが……最悪は酒に睡眠薬を盛られて気がついたら魔物の生贄にされている、でしょうか」
「罠だ、それ罠だよ」
「最悪は、と言ったでしょう。今回は不穏な気配を感じないので、困った魔物がいるので退治して欲しい、くらいの頼み事はあるんじゃないですかね」
単に歓迎されて見送られるというのはゲーム的に有り得ません。
少なくとも、最初に訪れたプレイヤーに何もなし、というのは考えづらいですね。
「ファナ、いつもそんなこと考えながらゲームしてるの?」
「あー。すっかり開発者側の目線でものを考えるようになっちゃいましたね。これも職業病でしょうか」
別に私はゲーム開発者ではありませんが、ゲーム開発者と話をする機会は多いですし、また飲み会でゲーム談義をする機会も多いのです。
そうするとつい、開発者がゲームを裏側から見るような視点をいつの間にか身につけていました。
「なんかネタバレくらった気分になる……」
「そうですか? カナコさんはネタバレが駄目な人ですか」
「ネタバレが平気な人の気が知れない」
「私の場合はですね。ネタバレされたとして、そのネタが面白ければどういう道筋でそのオチにたどり着くんだろう、と過程を楽しめるんですよ。逆にオチがつまらなければ、例えネタバレされていなくてもつまらなかったと感じると思いますし。だからむしろ積極的にネタバレして欲しいですね」
むしろネタバレを確認してからじゃないと、漫画やゲームになかなか手を出せないまでありますよ。
「おおい、早く来てくれよー。里長にせっつかれてるんだよー!」
「はあい、いま行きますよー」
どうやら青年は偶然降りてきたのではなく、私たちを見つけて里を代表して降りてきているようですね。
お仕事としてやって来ているなら、さっさと行ってあげましょう。
「じゃカナコさん、歓迎されに行きましょう」
「うん。お酒には気をつけよう」
二人で顔を見合わせて、くすくす笑いながら桜並木を登りました。