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グリズリーとササキの戦いは一進一退、どちらかといえば致命傷を与えられないまま徐々に傷を負っていくグリズリーの分が悪いといったところでしょうか。
蟻たちは無事にヨサクたちが倒したようです。
これ以上の仲間を呼ばれている気配もないため、ひとまずそちら側の警戒は解いても大丈夫でしょう。
「ムラマサ、ササキと一緒にグリズリーを始末して。ヨサクは引き続き蟻の新手が来ないか周囲を警戒」
「……」
「……」
警戒を言い渡されたヨサクがなんとなく哀愁を帯びた背中を見せます。
ごめんね、駆けつける速度と攻撃力を考えると、ムラマサが適任なんだよ。
それにヨサクは攻防一体。
単独でグリズリーの攻撃を完封して倒すことができます。
これは蟻に対しても同様で、蟻酸すらも大量の耐性のどれかに軽減されてヨサクに微々たるダメージしか与えられないのです。
ヨサク、マジ無敵ですねー。
「ファナ、私は?」
護衛にチャラ男とビッチをはべらせたカナコさんが、戸惑いげに問うてきます。
「んーファイヤアローを一発、お願いします。あとはMP節約でいいでしょう」
「分かった。ファイヤアロー」
カナコさんのレベリングも順調なのですが、そろそろ私に経験値をくれる相手が出てきてくれないものでしょうか。
◆
そんな願いが通じたのか、初見の魔物がお目見えです。
《ジャイアント・ビートル
Lv28 牙2 角4 筋力強化6 飛翔4》
なんと筋力強化が第六段階。
これは凄いパワーなんでしょうね。
しかしあれあれ、どうしたことでしょう。
……スキルに魔法攻撃できそうなものがありませんよ?
ヨサクがハルバードを振るいます。
しかし硬い外骨格に阻まれ、軽傷を与えるにとどまりました。
ムラマサが立派な角を両断しようとしましたが、切断するどころか刃先が食い込んでしまい、武器を手放さざるを得ませんでした。
なかなかやりますね。
こちらも決定打を与えられていませんが、それは向こうも同じこと。
ヨサクを角で突いても、ムラマサをギザギザの足で締め付けても、スペクター組は動じることはありません。
「マドカ、カナコさん。味方に当てないようにファイヤアローで支援を」
火力が足りないなら、ヨサクたちに支援をかけましょうか。
「アウェイクパワー!」
ソウルブリンガー専用魔法、アウェイクパワーはその武器と防具の力を高める効果があります。
これをヨサクとムラマサの武器にかけることで、
ガスッ!!
っザン!!
攻撃力が上昇したためか、さきほどよりも威力が目に見えて上がっていますね。
ヨサクの槍が外骨格を貫き、再び取り戻したムラマサの刀は遂に角を両断します。
良い感じじゃないですか?
アウェイクパワーは言わばソウルブリンガーの必殺魔法なので、消費MPが重めで乱発したくありません。
エンチャントファイヤでも良かったのですが、魔法なら大丈夫という保証もないため、今回はこちらを使いましたが……。
これなら強敵相手の戦術に組み込んでいくのもアリですかね。
強化するのは武器に限りません。
元がソウルブリンガー製なら防具も当然、強化対象です。
ウチの合体召喚獣は当然ながらソウルブリンガーとの合体ばかりなので、何某かの強化が得られます。
まだ使っていないソウルブリンガーレベル5専用魔法、インストラクト・スキルは武具に込められたスキルを一時的に上昇させるというこれまた強力なもので、やはり消費MPもそれなりにかかります。
ヨサクのハルバードにかければ斧と槍のスキルレベルが上昇するはずです。
正直、スキルは足りているのであまり使う機会もなさそうでしたが……技量が上がれば、攻撃力を上げなくてもムラマサは角を両断できたのでしょうか。
その辺はちょっと検証しておきたいですね。
最大火力を追究しておけば、いざというとき強敵を屠るのに使えますし。
おっと考え事をしているうちにいつの間にかジャイアントビートルはズタズタになっていました。
スガンっ!
最後にヨサクのハルバードが頭部にグッサリ刺さって、ポコン! というマヌケな音とともにジャイアントビートルは消滅しました。
ドロップ品はなになに……カブトムシの外骨格?
防具にでも加工できるんですかね。
今のところカナコさんに作ってもらった影の軽鎧が良い感じなので、新しい防具に必要性を感じません。
まだダメージを受けていませんが、軽いので長時間歩いても疲れないのがいいですね。
重複した部位でない限りソウルブリンガーの防具が合体できるようなので、それまでの繋ぎになにか作るのがいいかもしれません。
この辺は加工費と売却費次第でしょうか。
差し迫って必要性は感じません。
おや、さすがにEXPも少しは入るようですね。
とはいえアリやグリズリーなどの旨味のない敵も多いため、わざわざ狩りをしようとは思えないが残念です。
「さあ、桜のある山までもう少しですよ。頑張って歩きましょー」
「ファナ、休憩しよう」
「ん、疲れました? じゃあ少し休んでいきましょうか」
カナコさんは知る由もありませんが、今の私たちはCPUが発する神経入出力で活動しています。
どれだけ活動しても、せいぜいCPUクーラーのファンが激しく回る程度で、疲労によって動けなくなることはありません。
しかし実際には、カナコさんは疲れを訴えました。
これは「もうずっと戦いっぱなしで歩きづめだから、そろそろ休んでおかないと、いざという時に動けないかもしれない」という経験則から来るもので、厳密には疲労していないはずです。
私もつい「あー沢山歩いて疲れましたねー」なんて言いますが、実際には疲れなどあるはずもないのです。
これらは人間だった頃の名残で、適度に休息を挟むための口実だったわけですが、実は今の私たちには不要です。
まあそれをカナコさんに言うわけにはいかないので、私は素直に定期的に休息を取るようにしています。
ちなみに睡眠については、記憶の整理という脳機能の再現があるため無くすことはできません。
とはいえ私がソロだったら、狩りをしながら夜通し歩いてしまうのでしょうね。
人間的な生活リズムに忘れずに寄り添うという点で、カナコさんがこの旅に同行してくれたのはありがたいことでした。