ブックマーク1500件突破記念SS
※この短編は攻略組の一員であるトマスという輩の視点でお送りします
攻略組の朝は早い。
喫茶店にて、まずは点呼。遅刻は厳禁のはずだが、リーダーのヘルマンがちょっと甘いので、遅れてるく不届き者もいる。
朝食がてら状況の変化などがないかの朝のミーティングが行われるが、ログアウト不可となってからまだ二日目、全体アナウンス以外、何の変化もない。
「今日も外部ネットワークは使用不可、外部からのメッセージなし、運営からの他のメッセージなし、あと原口死ね。以上ですかね」
「ルリ~ぃ? 最後のは同意だがな、報告にはいらんだろ」
ヘルマンは軽く笑ってから、場にいる面々を見渡した。
「とりあえず提示された条件は、魔神を倒せ、だ。なんにせよ今日も変わらずレベリングをしていこう。平均レベルが5を越えたので、今日からは朽ち果てた寺院でのレベリングだ。各班、それぞれにβを経験しているメンバーを振り分けてあるから、彼らの指示に従ってくれ。多分、イビル・ゴーストを狩ることになる」
しかし俺はリーダーの提案に疑問を覚えた。
「イビル・ゴーストは物理じゃ倒せませんよ。魔法のないメンバーはどうします?」
「申し訳ないが、火魔法を第一段階だけ取得してくれ。魔法が弱点なだけあって、苦手分野でもファイヤアロー二発で倒せる。レベルが上がれば一発で倒せるようになるはずだ。しばらく効率も悪いが、レベリングのためにはひとつあって損はない」
レベリングのためだけにスキルを習得するのはあまりオススメできない行為だが、この場合は仕方がないだろう。
どうせ純戦士だろうと、最終的には最低限の魔法スキルは覚えることになるような気がする。
……ただ、それが攻撃一辺倒の火魔法かと言うと、違う気がするがな。
魔法は地水火風光闇の六属性がある。
それぞれに特徴があるのだが、分かりやすいのは回復魔法の有無だ。
地・水・光は第一段階が回復魔法という利便性の高い属性で、それぞれ段階が上がったら攻撃魔法を習得できるし、それぞれの個性がある回復魔法も増えていく。
対して火・闇に回復魔法は皆無である。
そして風については、第三段階で回復魔法を習得するバランスのいい属性だ。
だから専業魔法使いではない戦士が、火の第一段階だけを習得するというのは、後々無駄になる可能性が高い。
まあ俺はソウルブリンガーだから、魔法の武器で斬りつければいいだけだ。
やはりソウルブリンガーは最強職だな!
◆
暗視スキルを習得しているC班とD班は、日が落ちるま頃までは休憩だ。
逆に暗視スキルのないA班とB班は今頃、朽ち果てた寺院でイビル・ゴーストを狩っていることだろう。
火魔法のように全員が暗視スキルを習得すればいいというわけではない。
例えば夜間に活動し辛い、ランタンなどの灯りが必要になるドールメイカー、エレメンタラー、ゴーレムマイスターなどは単純に不便で、日中にレベリングをした方が効率がいい。
対して単独戦闘に長けたソウルブリンガー、夜行性の獣を従えられるアニマルテイマー、そもそも全て暗視状態のアンデッドを率いるネクロマンサーは暗視スキルを習得する価値、もしくは優先順位が高い。
一応、エレメンタラーは光か闇の精霊によって夜間戦闘をこなせなくはないが、地水火風の四大精霊を使ったほうが強いし、パーティ枠を光か闇の精霊に割くのは単純に無駄でしかない。
宿のベッドで横になりながら、目をつむる。
まだ日中に眠るのは難しいが、一晩中、レベリングに集中しなければならない。
疲労から来るミスは避けるのは、基本だ。
レベリング中にも適切に休憩を挟むし、その辺をリーダーが分かっているのが心強い。
リアルは社会人なのだろうか、休憩を取るタイミング、仲間とのコミュニケーション、細かいところまで気がつく気配りの仕方、どれをとってもリーダーシップの高さが伺える。
そのような良質な環境であるためか、これまで不思議と疲労なく戦えてきている。
だから俺達がゲーム攻略の最前線にいる、と思っていたのだが……。
驚きを持って迎えられた、初日夜の全プレイヤーへのアナウンス。
もちろん俺だって驚いた。
というより、怒りが湧いた。
なぜ俺達じゃないんだ、とな。
攻略の最前線にいると信じていただけに、アレにはショックが大きかった。
掲示板の進みはいつもより早く、流れを追うのも面倒で見るのをやめた。
必要な情報はミーティングで共有されるだろうし、ちょっとした幸運に恵まれたプレイヤーがたまたま初日に俺達の先を行っただけに過ぎない。
地道に堅実に、そして何より揺るがない基盤が、この攻略チームにはある。
すぐにその差は縮まり、俺達が先を行くのは確定事項だろう。
◆
「ん? なんだ貴様は」
一人の背の低い女性が、黒い骸骨を引き連れて寺院の二階にやって来た。
……コイツがファナとかいうネクロマンサーか。
ひと目見て分かったが、難癖つけずにいられなかったのは、我ながら狭量だと思う。
嫉妬とも怒りともつかない感情に苛立ちをついぶつけてしまったのを自己嫌悪しているところへ、
「日焼けサロンにでも行ってきたんじゃないですか?」
ウエシゲがおどけて見せながら言った言葉で、ずいぶんと気が楽になった。
皮膚もないのにメラニンもくそもねーだろ!!
いや問題はそこではない。
俺は怖気づいたことに苛立っていたのだと、ようやく気づいた。
黒いスケルトンの両目の奥にわだかまる闇。
その闇を視界に入れないように、直視しないように、怯えを隠すようにそっぽを向いた。
――俺では勝てない。戦えば負ける。
その確信は、目の前の女性がただの運だけでなく、強力な召喚獣を従えているという厳然たる事実を突きつけられているに等しい。
よりによってネクロマンサーが、だ。
βテストのときの最弱職、いや正式サービスになって大きく変更されたとでも言うのか?
そしてなんだ、この重圧は。
この差は、いったいどこから来るというのだ。
その後のイビル・ゴーストを難なく退けて先に進んだ姿も、圧巻だった。
回りのチームメイトも驚きで声を失っていたほどだ。
俺はリーダーのヘルマンに言われるがまま、ネクロマンサー検証スレを開いて、そこに添付されていた画像を見て、悔しさに歯を食いしばっていた。
レベル10のリッチ・ガール。
レア召喚獣を引いたのは別にいい。
俺だって強力な剣を持っている。
だがレベル10とは一体、なんだ。
どうやったら、何をしたらこのたかだか二日間のうちにレベル10に到達するというのだ?
俺達のレベリングはそんなにヌルいのか?
そんなわけあるか。
徹底して効率を重視しているはずだ。
適度に挟んでいる休息すらなしに奴は戦い続けてきたとしたなら、すぐに疲労で潰れる。
そのロスの間に、俺達は追いついて追い越す。
そうだ、そうに違いない。
きっと奴は初日に無理をしたんだ。
……だがどんなに徹夜で戦い続けても、ソロでレベル10に達するイメージだけは持てなかった。
得体が知れない奴のことなど、考えても無駄だろう。
「リーダー、とりあえずヤツのことは一旦忘れて、気合い入れ直してレベリングしましょうぜ。なに、どうせすぐに疲労で潰れるさ」
敢えて軽口を叩いて見せたが、想像外にヘルマンは渋い顔を返してきた。
「どうかな。ファナさんだからなあ」
そういえばヘルマンはβのラスト、ネクロマンサーだったな。
あの百鬼夜行に参加していたはずだ。
「リーダーから見て、ファナって奴はそんなに凄いんですか?」
「うん? そうだなあ。凄いよ、ゲーマーとして良い勘してるんだ」
「勘? 腕じゃなく?」
「ああ。直感に優れているというかなんというか。女の勘ってのとも違うよなあ。ゲーマーとしての感覚なんだよなあ、きっと」
「はあ」
結局、ヘルマンからは何も有益な情報を得ることもなく、俺はその後もあの女の後塵を拝し続けるなど、夢にも思わっていなかった――。