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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
おまけ
57/151

ブックマーク1250件突破記念SS

活動報告から転載しました。

 ※この短編はエクレア視点でお送りします


 随分と水をあけられましたわね。

 宿の窓際、夜空に点々と輝く星々を眺めながらわたくしはファナのことを考えていました。


 申し遅れました、わたくしエクレアと名乗るエレメンタラーですわ。

 え、このロールプレイで分かっていた、ですって?


 失礼な! 演じてなどいません! これは素ですわ!!


「お嬢様、窓際は冷えるでしょう。お茶をお持ちしました」


「ありがとうセイン」


 セインが身体を温めるためのお茶を持ってきてくれましたが、その心遣いは実はズレたものです。

 なぜなら、ここはゲーム内。

 窓際にいて寒くて風邪をひくわけないじゃないの。


 ……あら、水耐性がつくのねこのお茶。

 確かに温まる気がしてきましたわ。


「本当に気が利くわね、聖菜」


「お嬢様、ゲーム内で本名を呼ぶのはお止めください」


「あら、ふたりきりじゃないの」


「誰かが聞き耳を立てているやもしれません」


「そんな気配がありまして?」


「それは……」


 気配察知のスキルを所持しているセインが気づかないなら、それは相当な手練の気配遮断スキルの持ち主か、誰もいないか、しかないではありませんか。

 そもそもふたりきりのときにしか、「お嬢様」などと呼ばない聖菜です。

 周りに聞かれていないからこそ、リアルに繋がる呼び方ができるということじゃありませんか。


 馬鹿馬鹿しい。


「聖菜もわたくしの名を呼んでもかまわないわよ」


「お嬢様のお名前を呼んだことはございません。呼びかける時は常にお嬢様、でしたから。ゲーム内だけですよ、アバターの名前といえどエクレアと呼び捨てにできるのは」


「…………そうでしたわね」


 詮無きことを言いました。


 お茶を持ってきた聖菜は、しかしそのまま何か言いたげに立ち尽くしています。


「どうしたの、聖菜」


 この場ではいくら言っても本名を呼ばれることを避けられないと聖菜は悟ったようです。


「お嬢様のご表情が優れないものですから。何か懸念でも? ゲーム内に閉じ込められていることが不安でならないのではないでしょうか」


「あら、聖菜はわたくしがそんな弱そうに見えますの?」


「…………いえ、ですから、少し不安に思いました」


「そう。わたくしが考えていたのは、ファナとのレベル差のことよ」


 その言葉に聖菜は目を見開き、同時に納得の表情を浮かべました。


「確かに。随分と差ができましたからね。同行しても足を引っ張ることになる、とは屈辱以外の何者でもありません」


「ええ。ですからとっととレベルを上げましょう。少なくとも合体召喚獣とやらが手に入るレベル10は必要ですわ」


「攻略集団に参加されてはどうでしょう。彼らはもうレベル10に手が届きかけているそうですよ」


「駄目ですわ」


 聖菜には意外だったようですね。

 怪訝そうに問いかけてきます。


「なぜですか。攻略に参加して、ラスボス……魔神とやらを倒すのではないのですか」


「ラスボスの討伐はファナについていくことができれば、最低でもその場に居合わせることはできますわ。あの集団については、ただ危ういとしか思えませんの」


「危うい、ですか?」


「そうですわ。最前線の攻略部隊。しかしトッププレイヤーは別にいて、かなりの差を付けられている。きっといずれ、いえ今も無茶をしている最中かもしれませんわね」


「なるほど……」


「私達が目指すのは最前線の攻略部隊にあらず。最前線でなくとも精鋭部隊であるべきですわ。確か芝浦祐介は攻略集団に参加していないでしょう、彼も引き込みましょう」


「芝浦祐介……お嬢様は彼を信用できるとお思いでしょうか。正直、彼の人品については、私は掴みかねております」


 そうでしょうね。

 芝浦祐介は才能に溢れた、まっすぐな人間ですもの。

 プロゲーマーなどという世間ではやや浮いた肩書を名乗っているから曇るだけで、その本人だけを見れば破格の人材だと気づけるでしょう。


 ただ同時に、大半の人間が彼の価値に気づくことはないでしょう。

 なぜならそんな大人物が目の前に実在するなどと、人はなかなか信じられないものです。


 優れていれば優れているほど、真っ直ぐであれば真っ直ぐであるほど、人はそんな人間がいるはずはないと否定したくなるのですわ。

 その辺、聖菜は凡庸ですから仕方のないことです。

 だから、


「わたくしが保証しますわ。あれは有用な人材である、と」


「有用な人材……」


 芝浦祐介を利用するようなもの言いに、逆に安心したのか聖菜の表情から硬さが消えました。


「分かりました。お嬢様のお望みの通りに」


 さて、それで実際には、どうやって強くなろうかしら。

 わたくしの悩みはまだまだ尽きないのですわ。


 実のところ、才能ならばファナもかなりの才能があるのです。

 そう芝浦祐介とは真逆の、歪んでねじ曲がっているので分かりづらい、英雄の才が。


 カルネアデスの板の逸話はご存知でしょうか。

 海難事故で溺れかけているところ、一枚の板切れを掴んでひとまず事なきを得た者が、「私も掴まらせてくれ」と言ってきた別の者を遠ざけ、殺す話です。

 自己の命のためならば、緊急時は殺人を厭わない。


 彼女は……ファナはそれを何の躊躇も感慨もなくやってのける才能があります。

 しかも女子供が来ても老人が来ても、たとえ百人の命がかかっていても退け、自分ひとりが確実に生き残るために板を手放さないでしょう。

 すなわち自分のためなら他のあらゆる他人を犠牲にできる、利己的な人格の持ち主。


 ひとり殺せば犯罪者となりますが、百人を殺せば英雄に祭り上げられてもおかしくない、というような逸話もよく聞きますわね。

 つまりファナは後者の性質を持っています。

 ゲーム内で人死は出ませんが、いずれファナは大きな犠牲を前提にした戦いで頭角をあらわすでしょう。


 そして平時には決して開花しないそのような才能も、今の状況ではその限りではありません。

 現にトッププレイヤーとして先陣を切っているのですから、才能は順調に開花していると見て間違いないでしょう。


 ……どうにか英雄の誕生を傍らで見届けたいですわね。


 友人の足を引っ張りたくない、というのは本音ですが、どちらかといえばこちらの方が強い願望です。


 わたくし、必ず追いつきますわよ――。


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