47
無事、目論見通りに事は運びました。
まずキャスターくんのウィンドブラストで遂にワイバーンが墜落、そこにマドカのシャドウバインドが決まります。
うねうねと幾本もの影の腕がワイバーンを地上に捕らえました。
そこをヨサクのハルバードが痛烈な一撃でもって、翼を叩き折ると、そのまま頭部に攻撃を始めます。
もちろん攻撃を受けない状況なので、グラインダーも果敢に攻めます。
好機とばかりにキャスターくんを外してムラマサ投入、首をバッサリやって決着したというわけです。
いやー疲れました。
まさか私の手持ち召喚獣をフル投入しないと勝てない相手がいるとか、思いませんって。
なんですかレベル35って。
お陰でふたつもレベルアップしましたよ。
カナコさんは疲労困憊といった様子で、人形に運ばれてきました。
ビッチが付き従い、チャラ男に抱きかかえられている構図は、なんとなく犯罪の香りがします。
「ファナ、レベルがふたつも上がった……」
カナコさんはファイアボールを何度も当てたので、それなりの経験値を得たようですね。
「おお、カナコさんもですか」
「も? ……ファナ、まさか」
「はい。私もレベルがふたつ上がって、レベル18ですよ」
「…………」
どうしましたか?
翼に延々とダメージを与えて、とどめを刺したのは私と私の召喚獣なのですから、ほとんどの経験値はやはり私に入りました。
それでもおこぼれでふたつもレベルアップしてしまうカナコさんは運がいいと言うか、本来はここに挑むべきレベルじゃないのは明らかです。
それでもファイアボールは役に立ってましたから、プレイヤーは強いですねえ。
「さて、ドロップアイテムは、……氷の魔石?」
「こちらも魔石だった。多分、ボスだった」
南の洞窟という最初のダンジョンのボスは火の魔石をドロップします。
朽ち果てた寺院のロッティングコープスも、実は闇の魔石をドロップします。
闇の魔石は杖に加工してもらうのが良かったのですが、エクレアさんの頑張りの前にさすがに「こっちを使ってくれ」とは言えませんでしたね。
むしろ段階の低い火魔法を補強できたと考えれば、そう悪くもないのです。
さて魔石を落としたということは、つまりこのスノウ・ワイバーンはボスであったと、そういうわけです。
……まあこの強さでこの辺の雑魚だと言われたら、私はアドリアンロットの街に帰りますけどね!
山頂はあと少しです。
「カナコさん。とりあえず、登りきりませんか。旅が後どの位かかるのか、分かるかもしれません」
「……一度、戻らないの?」
「なんのためにですか? ソコヤマさんのことなら、もういなくても大丈夫でしょう?」
サバイバルの知識は確かに卓越していました。
しかし交代なしで不寝番を務められるアンデッドと人形の見張りが居て、テントの設営はもう覚えました。
食事はそもそも不要ですが、カナコさんのメイド・ドール紅玉の料理は悪くありません。
そもそも『幻想と召喚の絆』はゲームです。
専門知識がなければ野営がままならない、なんて仕様では多くのプレイヤーが困ることでしょう。
「そう……」
「じゃあ行きましょうか、カナコさん」
「…………」
足を止めているのはなぜですかね。
直接、伝えたいことを伝えられないカナコさんのことです。
多分なにか言いたいことがあるのではないかと思うのですが……。
「どうしました。言いたいことがあれば聞きますよ」
「ファナは……どうして私に優しいの?」
「……は?」
それは全く心当たりのない質問で、虚を突かれました。
「カナコさん、ちょっと意味が……分かりませんね。カナコさんに特別優しいんですか、私は」
「レベリングを助けてくれた」
「自衛できるようになってくれると旅が楽になりますからね。それにワイバーン戦でもファイヤボール、役に立ってくれましたよ」
「この旅に同行させてくれた」
「鍛冶のメンテナンスが必要じゃないですか。カナコさんが来てくれて助かりましたよ。そこは完全に失念してましたからね」
「でもファナ、SPを温存しているはず。ただSPを一点、鍛冶に振ればいいだけなのに」
「……鍛冶ならカナコさんがいるじゃないですか。貴重なSPを不要なことに割り振れませんよ。今回のワイバーン戦でも、咄嗟にSPを割り振る必要がありました。SPはいつでも必要なスキルを生やすために重要なんです。一点をカナコさんの護衛で節約できるなら、私は節約を選びますよ」
「本当に?」
「……どういう意味です?」
「ファナは本当に、SP一点と私の護衛、後者の方が効率がいいと思っている?」
「…………仮に多少、効率が悪くても十分に守りきれる自信はありました。ならばSPの一点を浮かせるのも、また悪くないのではないですか。それに私は掲示板に書き込むのが億劫なので、カナコさんに任せられるなら任せちゃいたいです」
「……そう」
納得は得られなかった気がします。
多分、カナコさんの欲しい言葉も私は口にしませんでした。
確かにカナコさんを特別扱いしている自覚はあります。
あっさりと死んだソコヤマさんにはろくに命令もせず、ワイバーンの行動と実力を図るために捨て駒にしましたし。
でもカナコさんとソコヤマさんなら、捨て駒にするのはどう考えてもソコヤマさんの方でしょう?
付き合いの短い男性の方を、危ないことに使うでしょう?
気配の遮断もできて、逃げ足の早いソコヤマさんなら、上手くやれる可能性は皆無じゃなかったんですよ。
現に、カナコさんは逃げ切っているのですから。
「さ、カナコさん。とりあえず山頂の眺めでも拝みましょう。ここまで来たのは、私たちが初めてですよ。一番乗りなんですから、景色を楽しみましょう。スクショにでも撮って、掲示板に貼り付けて自慢してやりましょうよ」
「ソコヤマさんが悔しがりそう」
「あー悪いことをしましたね。でも犠牲なしに勝てる相手じゃなかったですし、仕方ないですよ」
「……そう、だね」
山頂からの景色は、まるで絶望的な光景でした。
北の山々とはよく言ったものです。
視界を鬱蒼と茂る木々が覆う、野生の山嶺。
この山岳地帯、難易度はどの程度のものなんでしょうか。
全部グリズリー?
それは希望的観測ですね、絶対、別の何かが出てきますよこれ。
「アドリアンロット北部山嶺地帯……とマップにありますねえ」
「……ファナ、あのピンクいのは?」
先程から私も気になっていたのですが、一面の濃い緑の山々あの中に、サクラと思しき薄いピンク色の木々がなる山があります。
「何か行けばイベントがあるかもしれませんね」
「……行く?」
「行きましょう。この広い山を単に踏破するより、飽きなくて良さそうです」
例え何もなくても、お花見くらいはできるでしょうしね。