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山の頂上まではたどり着けませんでしたが、おおむね八合くらいまでは登ったはずです。
日が傾いてきたので、野営の準備を始めるために今日はこれ以上は進みません。
食料も水も気分以外では必要ない私達も、睡眠と休息はかかせません。
とはいえそういう感覚でいるのは私だけのようで、カナコさんとソコヤマさんは黙々と枯れ木を集め、食事の下準備を始めています。
……彼女たちも必要ないと分かっていると思うのですが。
単純にキャンプを楽しみたいのでしょうか。
それとも人間らしい生活をしていたいのでしょうか。
前者は微笑ましいですが、後者なら痛ましいですね。
私はスペクターコンビのヨサクとムラマサ、レイス・ソーサレスのマドカとスケルトン・ガーディアンのササキを歩哨に立てて、不寝番とします。
疲労のないアンデッドですから、野営の見張りは彼らに全て任せられます。
あとカナコさんの人形も……ってメイド・ドールが料理してる!?
しかも初日に見た奴と色が違うので、二体目ですか。
豪運ですね……。
私の驚きに気づいたのか、カナコさんは自慢げに初日に見せたメイド・ドールも召喚して、並べてくれました。
おお眼福眼福。
私は男ではありませんが、美少女を眺めるのは好きですよ。
一体目のメイド・ドールの髪は青いから蒼玉、二体目のメイド・ドールの髪は赤いから紅玉と名付けたそうです。
それぞれサファイアとルビーの和名ですね。
蒼玉には鍛冶の手伝いをさせるために鍛冶、木工、細工のスキルを仕込み、紅玉は自分の身の回りの世話をさせるために料理、裁縫、整髪のスキルを仕込んだといいますから、ちょっと羨ましくなります。
あ、スキルを仕込むと言っても最初に対応する部品をセットするだけで、部品代がかかる以外は勝手に成長していくものらしいです。
ドールメイカーもなかなか楽しそうですね。
◆
メイドさんの夕食はなかなかのお味でした。
バフは生命力なので、歩き疲れた身体にはいい効果だと言えます。
いやゲーム的にはあんまり関係ないのですがね、メニュー構成としては体力を回復させるために肉、野菜をバランスよく、といった感じでして。
夕食後のまったりした時間ですが、ソコヤマさんは女性ふたりと一緒ということで少々居心地の悪い思いをしているようです。
カナコさんはコミュ障だし、私は私で必要なければ話題を提供するタチではないのです。
特に意味もなく重苦しい空気の中、カナコさんが真剣な顔で私に向きなおりました。
「ファナ、言わなくてもいいけど、できれば今のレベルを聞かせて欲しい」
「16ですよー」
「11レベル差……」
「わ、私は9レベル差ですね」
ふたりは愕然とした表情をしています。
まあ10も差があるということは、二段階も強さが違うので、当然のことですが。
カナコさんは続けます。
「今日、攻略組の何人かがレベル10に到達したと掲示板にあった」
「ほう」
遂に来ましたか、後続がインフレの波に乗る時が……。
これはうかうかできませんね。
なんとしても今のリードを守らなくてはなりません。
いや別に守らなくても良いんですが、せっかくトップをひた走っているので、ここでむざむざ転落してやる必要もありません。
過ごしやすい生活のためにはレベルは必須。
たとえ世界に争いがなくなっても、浮いたSPは豊かな生活を保証してくれるでしょう。
「ファナ、こんなことを言いたくないけど。……寄生させてください」
そう来ますか。
寄生、つまり経験値を安全に分けて欲しい。
パワーレベリングをしてくれということですね。
「まあそうですね。こういう状況ですし、レベルが低いのは不安でしょう。旅が進んで敵が強くなったら、私もどこまで戦えるか分かりませんし」
敵がグリズリーという脳筋一種類というのが既におかしいのです。
グリズリーはただの門番、ゲーム的には最低、このくらいは倒せないとこの先は無理だというサインです。
魔法を使ってくる敵もいるでしょう。
特殊な能力を駆使する敵も出てくるでしょう。
果たして、それに私は対抗できるのか?
……まあヨサクの強さがアレなので、大丈夫だと思いますけどね。
しかしカナコさんが自衛できるというのは素晴らしいことです。
私の使役する召喚獣のうち四体すべてを攻撃に回せるのですから。
「対価は支払う。できるだけ良質な装備を、出来る限り回す。今後、ファナの注文は私が一手に引き受けられる程度には、鍛えて欲しい」
その眼には真剣そのものが宿っていました。
なにをそこまで追い詰められているのでしょうか……。
「分かりました。条件などは後回しでいいですよ。グリズリー相手ならご覧の通り楽勝なのですが……カナコさんは戦闘、何ができますか?」
「ファイヤアローを撃とうと思う。牽制にもならないかもしれないけど、それで少しでも確実に稼ぎたい」
「分かりました。それでいいですよ。開幕から撃ち込んでください」
「ありがとう」
ほっとしたのか、カナコさんの目尻には光るものが在りました。
直接、話すことが得意でないカナコさんにはとても勇気のいる交渉だったのでしょう。
さて、そこでおこぼれに与りたそうな顔しているソコヤマさんは、どうしましょうかね。