現実と過去の絆(4)
活動報告から転載しました。
ブックマーク1000件突破記念SSです。
現実と過去の絆(3)の続きとなります。
以前、感想の返信にも書きましたが、現実の展開に興味のない方は読み飛ばしてしまっても構いません。あくまでおまけ短編ですので。
※ この短編はリュウという本編未登場のキャラクターの一人称で進行します
「『幻想と召喚の絆』、二周年記念キャンペーン! いま新規登録されれば、2レベルアップチケットと一ヶ月間パーティー2枠拡大チケットが、なななんと全員にプレゼント!」
ディスプレイからよくあるVRMMOのコマーシャルが流れていた。
なんとはなしにそのゲームの情報収集をポケットAIの芥川に任せて、その日はそれっきりゲームについて忘れた。
次の日の朝、いつも通りに起床して朝食を食べている最中に、今日が祝日で学校が休みであることに気づいた。
なんとなくホッとして芥川を呼び出すと、
【完了したタスクがあります】
との表示。
はて何か命じてあったかなとタスクの結果表示をさせると、なんと昨日チラッとCMで見たゲームについて詳細なレポートが作成されていた。
……いや、レポートというよりプレゼンテーションだ。
いかに僕がこのゲームをプレイすべきか、スクリプト問答集まで完成している始末。
怪しい新興宗教の勧誘ばりの熱心さに驚いた。
というのも、芥川がここまで僕にプッシュするというのがまず新鮮だった。
芥川は僕の作成したAIで、簡単な対話と情報の収集とその結果の処理を行うことができる。
その芥川が熱心と評するに値するほどの、プレゼン資料を作成してきたのだ。
日々のタスクによりどのような進化を遂げたのか。
僕のことをまず第一に考えるようプログラミングされているから、きっと芥川は僕にこのゲームで学んでほしいことがあると考えたのだろう。
つい先日までは想像もしなかった芥川の変化を、素直に喜んだ。
そして、その心意気に応えたいと思う。
もちろん芥川に心なんてあるはずもないのだけれど。
◆
『幻想と召喚の絆』にログインした。
二周年記念と謳っているが、実際には正式サービスから一年しか経っていない。
どうやらβテストの期間も含めての二周年記念キャンペーンだったらしい、とは芥川のレポートで知ったことだ。
数日、遊んでみて分かったが、召喚獣のAIが優れていると思う。
アニマルテイマーという動物を召喚する職業がバランスが良いと、芥川のレポートにあったのでその職業を選んでみたが、確かにその通りゲーム的なバランスは良かった。
でも趣味じゃないんだよな。
芥川は僕の世界を広げたいと考えてこの『幻想と召喚の絆』のアニマルテイマーを猛烈に勧めてきたが、どちらかと言えばAIに関わる趣味の延長にあるゴーレムマイスターの方が性に合うと思う。
キャラクターを作り直そうか、それともレベル10にまで上げて第二職業に選択しようか。
しかし芥川の名前に合わせたリュウというアバターには愛着が湧きつつあった。削除して同じ名前をつけることはできるのだが……。
このゲームでは名前の重複が可能であり、ネタとしてキラトという名前でフレンドリストを1ページ埋めた画像があったりもする。
キラトは有名なライトノベルの主人公で、VRMMOで活躍することからその名前にあやかるプレイヤーが多いらしい。
そんなことを考えながら、街道の脇にある腰掛けるのに丁度いい岩に座ってブラウザを眺めながらMPの回復を待っていると、ひとりの女性プレイヤーが近付いて来た。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「それ、AIのパラメータグラフですよね。自作ですか?」
少しだけ驚いた。
確かに女性の言うとおり、これはAIのパラメータグラフ、芥川の進化の推移を確認するものだ。
「よく分かりましたね」
「仕事柄、たまに覗くことがあるんですよ。……へえ、スゴイ機密性能ですね。個人情報の保護にしてはやり過ぎなくらい、口の硬いプログラムなのでは?」
「そんなことまでわかるんですか」
それは芥川を作るときに参考にした書籍が企業のタスク管理ツールとしての対話AIだったためだが、個人的なデータが日々蓄積されることを不安に思って、その後は機密管理の書籍などを参考に地道に改良を重ねていった結果だ。
「私は最近、その手のAIについて勉強していたんですよ。ちょっとそのAI、ここに呼べますか?」
「あ、はいできますが……」
「おっとごめんなさい。私はネクロマンサーのファナと申します」
「え、と。アニマルテイマーのリュウです。芥川……このAIを呼び出せばいいですか」
「はい、よければ見せてください」
僕のキャラクターネームとAIの名前のリンクに、ファナさんは笑いを堪えながら僕の手元を覗いている。
言わずと知れた文豪の名が由来だ、少し恥ずかしい。
アバターからではリアルの年齢は分からないけど、なんとなく年上だろうと思った。
◆
ファナさんのAIに対する知識は意外にも浅かった。
いや特定分野に偏っていたと言うべきか。
機密保持に関する分野については話が盛り上がったが、AIそのものに興味がある風ではなかった。
「大変参考になりました。リアルを聞くのはマナー違反と心得ていますが、その道の方ですか?」
「いえ、趣味なんです。まだ高校生ですから」
「え、その若さでソレを組んだんですか? それは凄い。将来、有望ですねー」
「いえ、そんな」
実際には僕は学校に通えていない。
いわゆる不登校だ。
高校は義務教育ではないが、同年代の九分九厘が通う場所だから、未だにズルズルと在学していた。
「勿体無い」
「え?」
「リュウくんなら今すぐにでも企業に入って働けますよ。学校に通うなんて、時間の浪費じゃないですか」
その言葉はリュウにとって、今までに掛けられたことのない類の言葉だった。
常にコンピューターに張り付いているオタク、それが周囲の抱くリュウのパーソナルイメージであり、自身でもそう思っていたからだ。
確かに同年代の中ではAIに対する知識はある方だと思っている。
しかし親にも褒められたことのない趣味を、見知らぬ年上の女性が褒めてくれたことが、認めてくれたことが嬉しくて仕方がなかった。
「……ありがとうございます」
「あ、そうだ。ちょっとついでにそのAIの口の堅さを見せてもらってもいいですか?」
「はい? ええ、いいですよ。……と言っても、どうやってテストします?」
「今から、重大な機密情報を転送しますので、それをリュウくんに芥川がどのように開示するのか、見せてもらおうかなーって。どうです?」
「重大な機密情報を渡しちゃ駄目でしょ。ファナさんは社会人、ですよね? 会社か何かの情報ですか?」
「まあそんなとこですよ。パラメータグラフとリュウくんの話から推測になりますけど、多分、芥川は機密をリュウくんにも明かさないと思いますから。送り先を教えてください」
「え、僕に明かさない?」
それは奇妙な話だった。
芥川が取得した情報をリュウに渡さない……そんなバグがあるとは思えない。
急に興味を惹かれたリュウは、芥川への情報転送用アドレスをファナに渡した。
「……えーと、…………はい。送りました。さてどうなるかなっと」
「芥川、いまファナさんから送られた情報を整理して僕に見せろ」
しばしの処理時間の末、
【完了したタスクがあります】
芥川のいつも通りの反応にリュウは内心で安堵しながら、しかしタスクの内容を開いて絶句した。
【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■】
それは全面、黒塗りのレポートだった。
「な、なんですかこれは!?」
「やっぱり。リュウくんのAI、芥川は優秀だってことですよ」
意外な言葉に、リュウは目を見開いてファナを見た。
「バグじゃないんですか?」
「バグ? とんでもない。リュウくんの組んだプログラムがしっかりしていたからこそ、芥川は開示できないと判断して情報を全部、黒塗りにしたんでしょうね」
「そんな……」
それは相当に重大な機密情報であるという意味だった。
実験、しかも見知らぬ男子高校生の組んだAIに放り込んでいいものではない。
「僕が芥川のデータベースの暗号を解いて、内容を見たらどうするつもりですか!?」
「あれ。リュウくんは芥川の判断を信用しないんですか?」
当然のように言われて、リュウは言葉に詰まった。
芥川が開示スべきでないと判断した情報を、データベースの暗号を解いて閲覧する。
それは自分の作った芥川への裏切りに他ならない。
「いえ。信用しますよ、自分の組んだAIですから。……でも、とんでもないことしますね、ファナさんは」
「よく言われます」
◆
そうして仲良くなったファナと、その仲間たちとの関係は一年ほど続いた。
いや、仲間たちとはもう十年以上の付き合いだ。
ただファナだけが、出会って一年もしないうちに不幸にも交通事故で亡くなったというだけで。
結局、リュウはアレがどんな情報だったのか、未だに知らないし、知るつもりもなかった。
芥川の判断と、ファナの信頼を裏切らないために、これからも知ることはないだろう。