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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
おまけ
37/151

現実と過去の絆(3)

活動報告から転載しました。

ブックマーク500件突破記念SSです。

現実と過去の絆(2)の続きとなります。


以前、感想の返信にも書きましたが、ファナ不在の現実の展開に興味のない方は読み飛ばしてしまっても構いません。あくまでおまけ短編ですので。

 ※ この短編は三人称に挑戦しています


 芝浦祐介はソファにゆったりと腰掛けて、大型ディスプレイのゲーム画面に見入っていた。

 手にはコントローラー。

 視線はディスプレイから動かさず、指だけが別の生き物のようにカタカタとボタンを押下していく。


 平日の昼間にゲームに興じる、普通の勤め人にはできない贅沢だ。


 芝浦祐介は多忙ではない。

 いやしかし、この表現は誤解を招く。

 正確には仕事に追われていないという意味と、収入にゆとりがあるという意味でしか無く、芝浦祐介は常にゲームに追われていた。


 多数のタイトルを遊ぶし、仕事としてプレイするものも多い。

 しかし途中で投げ出すことは滅多にない。


 サービス途中だったが、実況としてはひとまずの完結としたあの『幻想と召喚の絆』でさえ、プライベートでたまにログインしていたくらいゲームに対して義理堅いのだ。


 そういえば『幻想と召喚の絆』に魅力を感じなくなったのはなぜだろう。

 芝浦祐介にとって、魅力を感じなくなったゲームを実況する意味はない。

 だからひとまずの完結として実況は終えたのだが……。


 では肝心の失った魅力とは一体なんだったのだろうか。


 急に気になって、今まで手にしていたゲームのコントローラーを手放し、タブレット端末に手を伸ばす。

 確認するのは公式ではなく有志の攻略サイト。


 最期の状態を一通り眺め、自分の知らない追加された要素を眺め、それがどのようなゲーム体験をもたらすのか考え、そして芝浦祐介はひとつの結論をだす。


 紛うことなき名作。

 だがあまりにも常人には耐え難い煩雑さと自由度。

 故にプレイヤーは離れ、サービスは終了となった。


 ……だがこの理由では、むしろプロゲーマー芝浦祐介としては楽しみをいくらでも見いだせるし、それを実況の形で視聴者に提供し続けることもできたはずだ。


 それをしなかったのは、できなくなったのは、やはりファナというひとりの魅力的なプレイヤーの喪失を、ゲーム自体の魅力の喪失であると錯覚したから、なのだろう。


 芝浦祐介にとって、ファナは偉大すぎるゲーマーだった。

 自分がプロを名乗りゲームでお金を稼いでいることが恥ずかしくなるほど、ファナという異質のプレイヤーは魅力的だったのだ。

 惜しいことに一般受けしない感性と、あまりにも鋭利で利己的な思考が、彼女をプロたらしめない要因であると、芝浦祐介は分析している。


 だがしかし、それらの理由は尺度の問題でしか無い。

 ゲーマーとして、あれほど尖った魅力のある存在はそうそういないのだ。


 胸が締め付けられるような甘美な痛みを思い出す。

 今にして思えば、あれは恋だったのだろうか。

 ほとんどゲーム越しでしか知らない、リアルで幾度も合っていないような本名も知らない相手に?


 ……そうだったかもしれないな、と芝浦祐介は思った。


 メッセージの着信があったのは、そんなときだった。


「ファナさんの死に不審な点あり。プロデューサーの原口が関わっていたかもしれない? なんだそりゃ」


 あまりにも突拍子もない内容に、さしもの芝浦祐介も呆気にとられた。

 これが仲間からのメッセージでなければ、激高しないまでもやんわりと相手の関係を断つことを考えるような内容だ。


 だが今まさに、ファナのことを考えていた芝浦祐介にとっては、ベストタイミングだったと言わざるをえない。


「少し話を聞いてみるか」


 半ば気まぐれ。

 しかし芝浦祐介の決定はいつも物事を動かす。

 本人にその自覚は未だになく、今回もまた事態は彼の手で前進させられるのだった。


     ◆


「つまり、なぜか『幻想と召喚の絆』のプロデューサー原口雅直が、ファナさんの病室に何度か見舞いに訪れていた、と?」


「そうですわ」


「たしかにそれは妙だ」


 長澤クレアの抱いた疑問に、芝浦祐介は同じ感想を抱いた。


 芝浦祐介はオフ会でファナの仕事について聞いていた。

 ファナの勤め先はVRゲームハードのメーカーである。

 仕事はゲームソフトの内容を監査することで、『幻想と召喚の絆』に関わることが出来たと嬉しそうに語っていた。


 しかし彼女の専門は脳・神経外科だかの医学的分野だったはずだ。


 ゲームそれ自体の内容には全く踏み込まず、技術的・医学的見地からプレイヤーの安全性を測るのが仕事で、だからこそ彼女はゲームをゲームとして楽しめていた。


 ゲームのストーリーや仕様自体を調査する立ち位置にいたなら、先の先まで知り尽くしていただろうし、そのようなアンフェアな遊び方では彼女は楽しめないだろう。

 彼女は心底からあの『幻想と召喚の絆』を楽しんでいたはずだ。


 だからこそ、プロデューサーの原口が病院に見舞うことは仕事の繋がりがあるため全く無いとも言い難いが、それが複数回も訪れたとなると、何か異質なものを感じる。


 だが芝浦祐介はすぐにその陰謀論めいた考え方を改めた。

 男が女性の病室を訪れる理由など、普通に考えればそう幾つもないだろう。


「男女の仲だったという線は? ファナさんの仕事を考えると、原口と面識があってもおかしくない。個人的に親しくなったという線はあるんじゃないのか」


「否定する材料はありませんけど……」


 クレアはファナのことを一生懸命思い出そうとしたが、印象的な場面以外、うまく思い出せなかった。

 もうファナが亡くなって十年以上にもなる。


 年が離れた彼氏がいた、という話は聞いていないし、そもそも彼氏がいないと嘆いていた覚えすらあるのだが。


 と、ここでクレアは違和感を覚えた。

 そもそも遡れば、重要なのは原口の件ではないのではなかったか。


「ああ、いえ。原口の件は轢き逃げ事件のことを調べている過程で浮かび上がってきただけで、重要なのは事件の方ですわよ」


「あ、そうだったな……」


 先程まで、かつて自分はファナに恋をしていたかもしれない、などとセンチメンタリズムに浸っていたためか、芝浦祐介も原口がファナの死期に関わっていたことに気を取られすぎてしまっていた。


 ……まさかの十年後しの嫉妬というやつか。


 馬鹿馬鹿しいが、芝浦祐介の中でのファナは確かに別格。

 恋でなかったとしても、神聖視しているのは確実だった。


 そのファナにリアルでお近づきになった仲間以外の男の存在を、許容できるはずもないわけで。


 芝浦祐介は悶々とした感情を脳の端に追いやり、事件について思いを巡らせる。


 だがしかし轢き逃げ事件の方はとなると、どう考えてもプロゲーマーである芝浦祐介の専門外である。

 それは警察か探偵の仕事だろう。


 だから結局、芝浦祐介にできることはゲーム業界関連の調査になる。


「原口プロデューサーのその後を探してみるよ。まだ引退する歳じゃない。どこかでゲーム開発の指揮を取っているはずだ」


 十年もの間、サービスを続けた人気作品『幻想と召喚の絆』の敏腕プロデューサーを、サービスが終わったからと言って会社が放り出す道理はない。


 とはいえ退職してフリーになっている可能性もあるが、それでもたった一人でゲームを作ることはできない。

 新しいタイトルを作ろうとするなら、それなりの環境が必要になる。


 そして芝浦祐介の伝手ならば、その手の噂はいくらでも仕入れられた。


 ……だが想像とは全く異なり、原口が既に若隠居を決め込んでいるなどとは、芝浦祐介はこのとき知る由もなかった。

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