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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
合体召喚獣編
32/151

27

 まずはエクレアさんのところに行きましょう。

 昨日、杖を注文すると言ってしまいましたからね。


 実際、私の杖は店売りのただの木の杖です。

 ただの木の杖だろうと、早めにプレイヤーメイドに変える方がいいでしょう。


 反面、マドカにはソウル・スタッフを持たせたので必要なくなりました。

 二本注文すると言ったので、材料を用意してあることでしょうからね。

 謝らないといけません。


 フレンドリストには簡単なメッセージ機能があります。

 さすがに通話は無理ですが、頻繁に開くメニューに通知アイコンが灯るため、ほとんどタイムラグなしで通信できるのであまり不便を感じたことはありません。


 杖が一本でよくなったことと、今から伺ってもいいか訪ねると、すぐに「いまから来ても大丈夫ですわよ」とのことなので、早速向かいます。


 遅い朝食なのか、ティータイムなのか判別し辛いですが、エクレアさんは喫茶店のテラスでセインさんと見知らぬ男性と三人でお茶をしていました。

 本当に私が来て大丈夫なんですかね、知らない人がいますけど。


「おはようございます、ファナ」


「おはようございます。急に一本キャンセルしてすみません」


「いいんですのよ。どのみち、杖の需要は当分あるのですもの」


 確かに。

 まだサービス開始二日目ですから、木の杖の需要は当分尽きないでしょう。


「ところで掲示板、見ましたわよ。随分、無茶をしているのではありませんこと?」


「無茶ですか? いえしてないですよ。無謀とか博打とか、そういうことならしましたけど」


「……それは無茶と大差ないですわね」


 そんな話をしていると、見知らぬ男性がにこやかな笑みで「いやあファナさんは相変わらずですね」などと言い出しました。


 あれ、面識ある人でしたかね。

 もしかしたらβ時代の知り合いで、アバターを変えたのかもしれません――ってそんなの一人しか心当たりはいないです。


「まさか、バラスケ!?」


「その通りです、ファナ様。β以来ですね」


 ガラリと口調を変えて、青年は答えました。

 昔のアバターは金髪の美青年でしたが、今は割りと普通の日本人のような外見です。

 どちらかと言えばさっぱり系。

 イケメンかと言われると微妙ですが、清潔感があるのでそう悪い印象はありません。

 ……というか、よく見たら知っている顔でした。


「もしかして、バラスケって芝浦祐介ですか? プロゲーマーの」


「……これは驚いた。私のことをご存知だったんですか? まだ駆け出しなんですが」


「あ、私これでもゲーム業界の者なので。その手の情報には詳しいんですよ」


「なるほど。リアルに立ち入る気はありませんが、もしかしたらどこかで仕事をご一緒することがあるかもしれませんね」


「そう、ですかねー。業界と言っても私は広報にも開発にも関わりありませんから、機会はなさそうですねー」


 実際にはゲームクリアしたらこの芝浦祐介は消去されてしまいますし、私もとっくに死んだ身ですから、仕事を一緒にする機会はないでしょう。


 しかしあのバラスケが芝浦祐介だったとしたら、もしかして現実の私も『幻想と召喚の絆』内で交流があったかもしれませんね。

 だとすると案外、一緒に仕事をした可能性はあったかもしれません。

 私にもそれなりの伝手はあるわけですし。


「ファナは知っていたようだが、私もエクレアも知らなかったぞ。有名人なのか?」


 セインさんがやや控えめに問うてきます。

 私が答える前に、芝浦祐介がにこやかな笑顔を返しました。


「いいえ、セインさんやエクレアさんが普通ですよ。さきほども言った通り、まだ駆け出しで知名度はほとんど皆無なんです。むしろファナさんが知っていたことに驚きましたよ」


 この謙遜といい、芝浦祐介は好青年を絵に描いたような人物です。

 ゲーム実況の動画を見たことがありますが、不快な要素がほとんどないゲームの楽しい部分だけを視聴者に伝えようと努力しているのが伺えるのです。


「芝浦さんは――」


「バラスケでいいですよ、ファナさん。むしろ是非、そう呼んでいただきたい」


「いいんですか? こっそりβで情報収集していたのがバレませんか」


「いやあ、敵わないなあ」


 恐らく芝浦祐介は、『幻想と召喚の絆』を初見のふりをして実況するつもりだったのでしょう。

 だからバラスケというちょっと安直だけどまず本人だとバレないアバターでプレイしていたはずなのです。

 私がバラスケと呼んでいたら、β時代のプレイヤーは気づいてしまうと思うのですが。


「今はこんな状況でしょう? 外部ネットワークと繋がらないせいでストレージに動画をアップロードできないんですよ。だから録画時間がほとんどなくて、実況は諦めているんです。そもそもそれどころじゃないですしね」


 なるほど。

 確かに動画機能の容量は一時間と、あまり多くありません。

 本来ならば外部ストレージにアップロードすることで一時間ずつ録画できるのですが、それができなければ後に実況したくても動画素材が皆無となってしまいます。


「動画は諦めて、日記をつけることにしました。タイトルは『芝浦祐介ゲーム脱出記録』とか、そんな感じで行こうと思っています」


 ……さすがはプロ。

 転んでもただでは起きませんね。


「まあ事情はわかりました。バラスケと呼びますね……ああ懐かしいですねえ」


「百鬼夜行、また出来るといいのですが。ネクロマンサーが少ないんですよ、正式サービスではかなり」


「そうなんですか?」


「はい。私が知る限り、私とファナさん、それとあと百鬼夜行に参加した方々の中で十数名ですね」


「うわあ、ほんとに少ないですねー!」


 原口さんは二万何千人かをこのゲームに閉じ込めたはずです。

 その中でネクロマンサーが二十人もいないとは……!!


 驚きの情報にセインさんも苦笑しながら言いました。


「いくら弱いとはいえ、人気なさすぎだろう」


「セインさん、別にネクロマンサーは弱くはないんですよ」


「とてもそうは思えないが……」


「いいえ。掲示板はご覧になったでしょう? 現時点で、ファナさんがトッププレイヤーですよ確実に」


 うっかりレベルを載せてしまいましたからね。

 リッチ・ガールを引いたときにスクリーンショットを撮っておかなかった私が悪いのです。


 あ、忘れる前にスケルトン・アーチャーとマミーのステータスをスクリーンショットに撮っておかないと。

 合体組についても、見せる気はさらさらないですが念のため残しておきましょうかね。


 メニューをごそごそいじっていると、エクレアさんがお茶を飲み終えてこちらに向き直りました。


「それでファナ、杖はどうします? 何か希望があれば聞きますけれど」


「でも選択肢はまだそうないでしょう? エクレアさんの木工のスキルレベル分の補正があれば十分ですよ」


 その言葉に、エクレアさんは大層気分を害されたようです。

 憤慨しながら言いました。


「宝石は無理でも、魔石ならひとつ用意できますわ」


 魔石はボスのレアドロップのはずです。

 それはつまり、南の洞窟をクリアした人がいるということではないでしょうか。


「え、誰か南の洞窟をクリアしたんですか?」


 私の疑問に、三人が疲れたような笑みを浮かべました。

 えーつまり?


「どうしても芝浦祐介がボスまで倒しておきたいって。徹夜になっちゃったよ」


「今朝方ようやくボスを倒して、街に戻ったのですわ。実のところ杖を作成して、早く眠りたいのです」


「すみません、私の我が儘でセインさんとエクレアさんにご迷惑をおかけして。どうしても初日のうちにクリアしておきたかったんです」


 どうもバラスケは、私が低レベル朽ち果てた寺院攻略を狙っていることを察していたようで、なんとか差をつけられないように無理をして南の洞窟をクリアしてきたようなのです。


「バラスケ、βと違ったイベントはありましたか?」


「βとですか? いえ特には。細かい部分でちょっとした違いはありましたけど、イベントレベルで大きな変化はありませんでしたよ。ねえ?」


 セインさんとエクレアさんも頷きます。


「例のグランドクエスト、ファナだろう? そっちは何があったんだ。聞いてもいいなら教えて欲しい」


 セインさんが聞きづらそうに切り出しました。

 まあ知らせないわけにもいきませんか……。


「寺院の途中でNPCと同行することになって、ロッティングコープス撃破後にデビルサモナーに襲われたんですよ。詳しくはカナコさんに話しましたから、細かいところはあっちに聞いてください。あ、あと質問メールを運営に送った返事に、公式ホームページのワールドガイドを全プレイヤーに向けて通知するともありましたね」


「運営は質問メールに回答するのか……。カナコに聞けって無茶を言うなあ」


「他のプレイヤーも知りたい情報でしょう。掲示板で聞けば、細大漏らさず語ってくれるはずですよ。間違っても直接、聞きに行かないように」


 私のアドバイスになるほど、と三人が納得しました。


「それでは杖を作りましょうか、ファナ。わたくし、仕事を終わらせて早く休みたいのです」


「あーなんかすみません。急ぎじゃないので明日でもいいんですよ?」


「……苦労して魔石まで用意して、明日に回すのはありえませんわ。今のこのテンションで作るべきなのです」


 ちょっと意味が分かりませんが、エクレアさんなりに本気で杖を作りたいという気持ちは伝わってきました。


 ではお言葉に甘えるとしましょう。


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