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兎人族の伝統料理、キャロットパイは絶品でした。
惜しむらくは上昇するステータスが敏捷だったので、役に立たないことはないまでも重要ではないのが残念です。
これで知力や精神なら毎日でも食べに行ったのですが。
「ファナはあれで満足できたか? パイはともかく、生野菜のサラダばかり……まるで森人族かと思わんばかりの食事だったが」
「いいんですよ。あれが一番、知力が伸びるので」
「料理はバフが全てじゃないと思うんだがな……だいたいこれから戦う予定もないだろう」
「気分ですよ、気分」
料理によるバフは数時間も保たないため、明日になれば消えていることでしょう。
そんな話をしながらソウルブリンガーギルドへ向かっていると、
「ファナ」
路地の影から、カナコさんが私を呼んでいました。
そしてグッと握った拳の親指を下に向けて首を傾げた後、肩より上に持ち上げて背後を示すようにクイクイっと動かしました。
……ていうか、ナチュラルに間違えるほど「地獄に落ちろ」なボディランゲージに慣れているカナコさんが相変わらず怖いです。
「ファナ、知り合いか? 呼んでいるようだが」
「そうですね。知り合いですね。何か用でしょうか」
カナコさんは決して自ら近寄ろうとせずに、「こっちに来い」ジェスチャーをしきりに繰り返しています。
仕方ないですねー……。
なにやら面倒ごとの予感しかしませんが、無視するわけにもいきません。
「すみませんウルシラさん。友人が急用のようなので、ちょっと行ってきます」
「え、あれは急用のサインだったのか? ……まあ、ファナがそれでいいならいいのだが。ソウルブリンガーギルドはどうする?」
「申し訳ないのですが、後でひとりで行くことにします。夜も遅いですし、ウルシラさんを待たせる訳にはいきませんからね」
「そうか。では何かあったら言ってくれ。連絡先は渡しておこう」
【ウルシラからフレンド申請が届きました】
うお、NPCとフレンドになれるとは知りませんでした。
考えてみれば当たり前のようにメニュー画面が見えるのですから、活用も当然しているのでしょう。
中世風ファンタジーな見た目からは想像もつかないほど、通信インフラは充実しているようです。
もちろん申請は受けました。
これでフレンドリストにカナコさん、セインさん、エクレアさんに続き四人目のフレンドが……うわ、私のフレンド少なすぎぃ。
いくらソロとはいえ、もう少し人脈は広げられるはずです。
β時代に特に仲が良かったので彼女らに優先的に会いに行っただけで、別に他に知り合いがいないわけではないんですよ。
優先順位の問題なのです。
まあ人間関係をダンジョンの低レベル攻略より下に置いている時点で、私の人間性が知れるのですが……。
いまさらですかね!?
まあ私の人間関係に関するあれこれは置いておくとして、ウルシラさんと分かれてカナコさんの方に近づきます。
「なぜ警戒をむき出しにする」
「いやだってカナコさん、なんか怖いですし」
このひと口数が少なめなので、直接話しをしていると何を考えているか分からなくて怖いんですよね。
文章なら明快な言葉を返してくるのに……たまにメッセージだけでやりとりしたくなる人です。
「怖くない。いいからこっち」
「はいはい」
路地裏に連れ込まれましたが、特に他に誰か居るわけでもありませんでした。
ふたりで話がしたいということなのでしょう。
「さっきのNPC、誰?」
「ウルシラさんですか? 兎人族のソウルブリンガーですよ」
「……そう」
カナコさんは一度、目を伏せてから言いました。
「グランドクエストについて、説明を要求する」
「おおう。ちょっと待ってください。うぇいうぇい、ウェイトプリーズですよカナコさん」
「ハリアップ」
「針あっぷ……ああ早くしろ、ですか。まったく、どういうことか説明して欲しいのは私の方なんですがね」
この会話で分かることは、ふたりとも英語のスピーキング及びリスニングが得意ではないということでしょうか。
それにしても、なぜカナコさんはグランドクエストの件に私が関わっていると判断したのでしょう?
まだ合体召喚獣は連れ歩くどころか作ってすらいないのですが……。
「召喚士NPCと一緒に冒険するイベントを起こしておいて、とぼけられるとでも?」
「ああ!」
そうでした。
そもそもNPCと一緒にダンジョン攻略なんてイベントは、β時代になかったものです。
そりゃ原因が私にあると確信するのも頷ける話。
……結局、誤魔化しきれる訳はなかったということですね。
もはや逃げ道はないようなので、素直に白状することにしました。
◆
「低レベル朽ち果てた寺院攻略、ネクロマンサー縛り…………バカなの?」
「いやあ、カナコさんならこのロマンを分かち合えると信じていたんですが」
「現実味のない目標をロマンとは呼べない。それは無謀」
「いやいや、その無謀を超えた先にこそロマンがあるのですよ!」
「ぬう」
実際に攻略を成功させた私に、カナコさんが言い返せる言葉はありません。
「ファナの話は分かった。つまり、何も分かっていないとうことが」
「そうなんですよ。魔神討伐とか、それこそいきなりなんですかそれ、ですよ。ストーリーが分かりづらいのはシナリオライターが悪いんです。私のせいじゃないですよ」
「違う。多分、それはファナが原因」
「えっ」
私が原因?
一瞬、原口さんの顔がよぎりました。
原口さんとの関係をカナコさんが知っているとは思えませんが、真実を知る私には、一瞬そう聞こえなくて嫌な汗をかかされました。
「ファナは多分、イベントをひとつ飛ばした」
「飛ばした? まあ確かに朽ち果てた寺院は未探索領域だらけですけど」
「違う。南の洞窟を飛ばした」
「……ああっ!?」
アドリアンロットの街周辺にはふたつのダンジョンがあります。
ひとつは言わずと知れた朽ち果てた寺院、もうひとつが南の洞窟と呼ばれる、文字通り街の南にある洞窟です。
攻略難易度を比べれば、南の洞窟は攻略の適正レベルは5。
一方、朽ち果てた寺院は適正レベル10と倍も違うのです。
ちなみにこの攻略適正レベル、ソロだろうと複数人のプレイヤーがいようと変わりません。
なぜなら雑魚もボスもプレイヤーの人数に合わせて出現するからです。
このゲーム、なにげにソロ優遇というかソロ推奨な面がありますよね、忙しい現代人向けなのです。
私はβ時代に、正式サービス開始後のスタートダッシュについて考えていたことがあります。
まず確実に他のプレイヤーと競争になる南の洞窟を避けて、いかにして高難易度の朽ち果てた寺院に先鞭をつけられるか。
つまりその解法こそが低レベル寺院攻略ですね。
「といういことは、もし南の洞窟から攻略していたらシナリオとしては筋の通ったものになった可能性がありますね」
「……問題はこれを他のプレイヤーに知られないようにしなければならないこと」
グランドクエストなんて大層なものが全プレイヤーに発令された今、通常と違う攻略ルートを通ったことで情報不足に陥る。
ラスボスを倒してゲームからログアウトしたいと考えている攻略プレイヤーの神経を逆なですること、確実です。
絶対に吊るし上げられるでしょう。
「てあれ。カナコさんは私を助けようとしてくれるんですか?」
「…………」
うわぁ。なんかすごい目で見られましたよ今。
「正直、迂闊だったと思っている」
「え、何がですか?」
「ファナを野放しにしたこと」
「…………」
今度は私の方が凄い目でカナコさんを見つめているはずです。
「と、ともかく。公式の世界観説明について、カナコさんはどのくらい把握していますか? 善なる神とか魔なる神とか」
「そんなところをチェックしているのは一部のプレイヤーのみ。どこかゲーム内で確認できれば解決するけど……」
そう、今は外部ネットワークと切り離されていますし、公式ホームページにもアクセスできません。
特に公式ホームページは十五年前の状態を復元しなければ、公開などできようはずもなし。
原口さんひとりでやっているこの牢獄『幻想と召喚の絆』、そこまでの手間は……
「なんとかなるかもしれませんね」
「……どうやって」
別に原口さんがやる必要はないのです。
覚えている限りで私が公式ホームページを再現してもいいですし、ホームページを適切に管理するAIでも組めば放っておいていいはずです。
ただしこの方法はカナコさんに説明できるものではありません。
原口さんと接触できるなんて知られたら、それこそカナコさんを含むすべてのプレイヤーから吊し上げを喰らいますからね。
「なんとかなると思いますが、詳しいことは言えません」
「……ファナ?」
「カナコさんを危険に巻き込むつもりは無いんですよ」
「そんなこと……」
カナコさんの目が悲しそうに伏せられます。
「そんなことより、イベントボスのドロップアイテムに興味ありませんか? カナコさん向きだと思いますよ」
「私向き?」
不可解と言わんばかりの表情が、トレード画面に載せられたものを見てみるみるうちに口角が上がっていきます。
「シャドウインゴット……これもしかしてユニーク素材?」
ええと、どうなんですかね。
これをドロップしたシャドウサーヴァントはデビルサモナーが召喚していたはずですから、今後のイベントで入手の機会はいくらでもありそうです。
「いえ。敵の召喚獣からなので、先に進めば幾らでも手に入るんじゃないですかね」
「そ。でも少なくとも今はこれひとつだけ」
「まあそうでしょうね」
「何を作って欲しい?」
悩ましい質問です。
できればヨサクの強化に使いたいのですが、これからソウルブリンガーの職を得る予定です。
やはりソウルブリンガーも召喚獣はガチャ形式なので、斧が引けるかは完全に運任せです。
かといって斧が出なかった場合、鎧や盾を合成したくなるはずなので、防具も微妙です。
……いや、別に召喚獣の強化ばかりに使う必要は無いですね。
「私用の防具はできますか? 筋力が低いのでかなり軽装の鎧にしてほしいんですが」
カナコさんはインゴットを矯めつ眇めつしながら、
「かなり軽い。防御力は不明だけど特殊効果に期待できるかも」
「おお、理想的ですね」
正直、前衛に立たないので耐性などの特殊効果のほうが嬉しいのです。
「ではそういう事で、お願いしますね」
「分かった」
話がまとまったので、路地裏を後にしようとして、ガシっと肩を掴まれました。
「え、なんですカナコさん」
「掲示板」
「はい?」
「リッチ・ガール。ネクロ検証スレに書いて」
「あー……書かないと駄目で――いや! はい! 書きます、すぐ書きます!」
あやうく本気で怒らせるところでした。
その場で書き込みましたが、なぜかカナコさんの目が厳しくなった気がしたので、さっさとその場をお暇します。
さて予定変更して、原口さんにメールしましょうかね。
私からのメールはピックアップする設定にしておくと言っていましたから、そう時間もかからず対応してくれるでしょう。