現実と過去の絆(2)
活動報告から転載しました。
ブックマーク300件突破記念SSです。
前話の続きとなります。
本日は活動報告に上げていた短編を四つ、こちらに転載しています。
新章の更新は明日からとなります。
※ この短編は三人称に挑戦しています
「……どういういことですの」
長澤クレアは困惑していた。
ファナ……本名、船橋杏奈の轢き逃げ事件には不審な点が多すぎた。
まず犯人が未だに捕まっていないということは、遺憾ながら理解できる。
目撃者がいなかったか、いても名乗り出なかったかだ。
そうだとしても。被害者が亡くなるほどの衝撃でぶつかったなら、現場に車両の塗料なり、アスファルトにブレーキ痕なり、なにか犯人につながる証拠が残るはずだ。
それら一切が存在せず、報告書を読んでも「本当に轢き逃げだったのか」と事件そのものに対する疑念が湧き上がるばかりだった。
強い衝撃で全身を強打、その数日後、搬送先の病院で亡くなる。
……言い知れぬ不安を覚えたクレアは、もう少し深く調べようと決意した。
まず当時の見舞客を洗うところから始めるべきだろうか。
既に船橋杏奈が亡くなって十年以上が過ぎている。
見舞客の訪問履歴が残っているとは思えない。
だがクレアは何もせずにはいられなかった。
◆
クレアの元にその情報が届いたのは、調査を依頼して丁度半月が経った頃だった。
船橋杏奈の病室を何度か訪問した男の存在が浮かび上がってきた。
ゲーム開発者の原口雅直。
なんと『幻想と召喚の絆』のプロデューサーである。
VRゲームのプロデューサー……。
クレアには馴染み深い職種だ。
もしかしたら面識があるかもしれない。
その名を何度か頭のなかで反芻していたクレアは、電撃で撃たれるかのような衝撃とともに、唐突に思い出した。
原口雅直は、十年ほど前までウチに出入りしていた顧客だ。
なぜかぱったりと姿を見せなくなったのは、客の事情に過ぎない。
深入りはしないのが、マナーだった。
ただその原口雅直が長澤家に顔を出さなくなったのは、奇しくも船橋杏奈が亡くなったちょうどその頃だった。
◆
長澤家は代々、武門の家系である。
特にクレアは弓に長じており、VRゲーム内でも大抵は弓を武器に選ぶ。
そしてシステムの補正などに頼らずとも的に当てる技量を持っていた。
そんな武門の名家長澤には、主に戦闘を扱うVRゲームメーカーから武芸の型の指導を依頼されるという仕事を受け持つようになっていた。
なにせ長刀、短刀、薙刀、弓術、体術はもちろん、鎖鎌やトンファーなど戦闘に関する技能を一家で全て網羅しているため、一括で依頼すればいいというメリットがあった。
現在では個別の依頼ではなく武芸全般の型がライブラリ化されており、その権利関係で十分な収入を得るようになったから、より武芸の鍛錬に励むようになっていた。
またその鍛錬の成果でもってライブラリをアップデートする、という好循環を繰り返しているのだ。
原口雅直が長澤家の顧客だったのは、ゲームプロデューサーならば当然のこと。
しかしプッツリとやりとりが消えたのは何故か。
何か大きな心境の変化でもあったのか。
仕事の方は相変わらず、当時は『幻想と召喚の絆』のプロデュースに没頭していたはずだが……。
クレアは幾つかの疑問を吟味する。
本当にファナの死と関連性があるのか?
タイミングは怪しいが、原口とファナの関係性が分からない。
……いや、確かファナはゲーム業界の人間だったはずだ、接点自体はあったのかもしれない。
「芝浦祐介なら何か知っているかもしれませんわね」
これがクレアに出せる回答の限界だろう。
ことゲーム業界について仲間内で最も詳しいはずだ。
クレアもゲーム業界に関わりがないとまでは言わないが、仕事は長澤の家長である父の領分、自分は演舞や型などを3Dカメラに記録するような仕事はするが、直接、顧客と話す機会はほとんどない。
原口雅直の顔と名前を覚えていたのは、当時プレイしていたゲームのプロデューサーだったから挨拶をした機会があったに過ぎない。
そのときに何を話したかすらも覚えていなかった。
クレアにとってはその程度のことだったのだ。
そして何より、父母に問うのは憚られる。
客の事情には深入りしてはならない、という武人としての矜持を崩さないだろう。
クレアはそこまで頑なではないが、それが理解できる程度には長澤家の理想とする武人像を想像することが出来る。
雇われる相手は常に同じとは限らない。誰に雇われても誰を敵に回しても武人として常に戦場で勝つ。
常勝無敗、それが理想の長澤武人だ。
だが顧客を厳選し常に理と利の勝る方につくのでは駄目なのだろうか、という疑問もある。
しかし……そう思っているクレアでさえ、長ずれば理想の長澤武人となるのだろうと思っている。
望むと望まざると、そうなる。それが長澤で生まれ育った者の成れの果て、極地なのだから。
鍵は芝浦祐介の元にあるだろうか。
あればいい。
なければまた別を当たればいい。
クレアは早速、芝浦祐介に連絡を取ることにした。