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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
おまけ
25/151

現実と過去の絆(1)

活動報告から転載しました。

前々作のブックマーク数を越えた記念SSです。

ファナの認識から十五年後、つまり現在の話です。


感想の返信にも書きましたが、ファナ不在の現実の展開に興味のない方は読み飛ばしてしまっても構いません。あくまでおまけ短編ですので。

もちろん読んで楽しんでいただければ作者冥利に尽きます。ですが趣味に合わない、ファナの活躍が読みたい方に無理強いする内容ではありませんので。

その辺は読んでみて、読者様の判断にお任せします。

 ※ この短編は三人称に挑戦しています


「すみませーん! ビール追加ひとつー」


 最初に注文したビールがジョッキからなくなると、カナコは手を上げて店員を呼んだ。

 それを隣りに座る金髪を後ろでまとめた女性がたしなめる。


「カナコ、まだ全員揃ってませんよ。あまり飛ばしすぎないように」


「わぁってるって、エクレア」


 既にろれつが怪しい。

 エクレア――本名はクレアだが、この酒の席、つまり仲間内ではエクレアと呼ばれている。


「カナコは酒が入ると別人のように親しみやすくなるな」


「言葉を選ばなくてもよろしいのよ、セイン。コミュ障でネット弁慶、その上酒癖も悪い、ただのロクデナシ――きゃっ」


 カナコは唐突にエクレアにもたれかかり、「セイン~。エクレアが私の事、悪く言うのーぉ。ひどくなぁい?」とのたまった。


 吐く息に酒精が混じっている。

 弱いくせに飲むからだ、とエクレアはげんなりしてカナコを引き剥がした。


 逆隣に座るセインと呼ばれた女性は、酔っぱらいの言には耳を貸さないことにしているため、口からでまかせのような慰めの言葉を幾つか並べ、やり過ごした。

 夜の高級クラブで酒を供することに慣れているセインにとって、酔っぱらいの相手は手慣れたものだった。


 そうこうしているうちに、本日の酒宴の参加者のひとりがやって来た。


 自動ドアを潜った辺りでセインは気づいていたから、軽く手を上げて席の位置を知らせる。


「あ、芝浦祐介さんだ~。おっそいですよ~ぅ」


 カナコの迂闊な発言で、店内の数名が気づいた。

 新たに入ってきた男の名は、知る人ぞ知る、という類のものだ。

 だが知っているならば、気にならない訳がない。


「カナコ! ちょっとお黙りなさい」


 エクレアが慌てて制するが、とっくに遅い。

 てっきりファンに囲まれるかと思ったが、芝浦祐介はすんなり席にやって来た。


「や、遅くなってすまないね」


「いえいえ、まだ時間じゃないでしょ。こいつが早く来すぎたんですよ」


 セインは完全にできあがっているカナコを顎で指して、ドリンクメニューを芝浦祐介に差し出した。


「まだ来てない連中には悪いけど、仕方ないんで始めましょう。仕事で少し遅れると連絡貰ってるんで」


「そうなの? ふたりとも出世したんだってね」


「そうだったんですか。じゃあお祝いがてら、飲み代は私ら持ちにしましょうか」


「いや逆だろ。給料増えたんだから、奴らに持たせたらいい」


 さすがに冗談だろう、とセインは思った。

 だが実際に本日の支払いは遅れてやって来た二人が半額もつことになるのを、この時のセインは想像だにしていなかった。


 逆に芝浦祐介は全額とは言わなくとも、半分くらいは二人で持つだろうと予想している。

 付き合いが長い割に、そういうところは分かっていないのだな、と意外な寂しさを芝浦祐介は感じていた。

 セインの察しが悪いわけではないが、恐らく彼女なら言葉にしなくても察してくれたのではないかと、未練がましくも美化された記憶がそう思わせる。


「しかしこのオフ会も長いね。もう十年以上になるか」


「『幻想と召喚の絆』正式サービスからだから、十五年ですよ。ほんと月日は矢の如しってあれ、真理ですね」


「光陰矢のごとし、ですわよ」


 セインの適当な慣用句を訂正して、エクレアも同じことを思った。


 果たして十五年前、自分がこんな安い居酒屋のボックス席に座ることなど、予想できただろうか。


 チラチラとこちらを伺う視線が多くなってきた。

 どうやら芝浦祐介の名前は、大きすぎたらしい。


「座敷のある店にすれば良かったですね。すみません」


 店を予約したのはカナコだが、当人は既に周囲の視線など気にもとめていないので、代わりにセインが謝罪した。

 居心地の悪い思いをしているのは、芝浦祐介だ。


 しかし芝浦祐介はその謝罪を手で制して、笑った。


「気にする必要はないよ。うちのファンはみんなマナーを弁えてるから。プライベートだと判断したら話しかけてこないよ。視線は、君たちには気になるかもしれないから、俺の方こそ謝らせてくれ」


「いやそんな」


 逆に謝らせてしまい、セインは恐縮した。


 他人からの視線に慣れているエクレアは視線がこの席に向けられていても鈍感だ。

 カナコは酔いのせいで気づきもすまい。


 セインが言わなければならないかと思ったが、どうやら正解は言及しないこと、だったらしい。

 まだまだ気の使い方が上手くないなあ、とセインは心中でごちた。


 夜の店で客相手に酒を出すというのは、当然ながら気遣いがないよりあった方がよほどいい。

 自分に足りないスキルであるが、どうにも目の前に座る男のもつ同一スキルには到底練度で及ばず、器の大きさとそれに伴う名声も合わせてもはや嫉妬すら抱く余地もない。


 セインがひとり自省していると、エクレアが眉をひそめながら言った。


「ちょっと、無言で飲むのは止しなさいな。何か場があたたまる話題を提供してくださらないかしら?」


 お嬢様のわがままに、思わずセインと芝浦祐介の表情が緩む。

 明らかにセインに気を回したのがバレバレだが、このお嬢様の行動はなんだかんだ周囲に気を使ったものが多い。


「エクレアの無茶振りかあ。そうだな、なんかあったかな」


「このオフ会、最初はファナさんが発案だったよな」


 思わぬ名前が出て、セインとエクレアはぎょっとして芝浦祐介を見た。


 もう亡くなって十年以上になるか。

 しかしセインとエクレアは、彼女の名前を聞いただけで、破天荒な所業の数々がすぐに思い出された。


「そうでしたっけか。ああ、そうだ。あいつ基本的に他人に構わないくせに、こういうイベントごとを企画するのが好きだったんだよなあ」


「そうですわね。カナコをリアルに引っ張り出した偉業も、彼女の仕業でしたわね」


「そうだ、そうだ!」


 セインが手を叩いて笑い声を上げた。


 掲示板など文章では自分をやたら主張するのに、実際に面と向かってはぶっきらぼうなもの言いしかできない不器用な娘を、あろうことか酒の席に着かせたのは偉業と呼んで差し支えないことだった。


 ファナが『幻想と召喚の絆』でしでかした事件で盛り上がり始めた場に参加しながら、エクレアは冷静に記憶を辿っていた。

 ……たしか轢き逃げですわよね。犯人は捕まったのでしたっけ?


 覚えていない。

 エクレアは帰ったら、調べてみようと頭の片隅にメモして、目の前の楽しい話題に加わった。


 ふと横を見ると、カナコはすでにうつらうつらしており、先程までの騒がしさが嘘のように静かになっていた。


「カナコさん、大丈夫ですの?」


 楽しい席に水を差したくない。

 エクレアはカナコにだけ聞こえるように声を抑えて、問うてみた。


「ファナ、どうして死んじゃったんだろ」


 酔いつぶれていたわけではなかったらしい。

 そういえばファナと一番仲が良かったのは、カナコだったはずだ。


 辛いことを思い出させてしまったかもしれない。


 エクレアは話題の出処である芝浦祐介に余計な気を使わせないために、先手を打つことにした。


「カナコは何か、ファナと思い出があって?」


 目を丸くしたカナコに、セインと芝浦祐介が興味深そうに顔を向けた。

 やはりファナと一番親しかったのはカナコだからだと、ふたりとも認識しているようだ。


「……酒場で」


「ああ」


 カナコのそのか細い一言で、三人は思わず口元が緩んだ。


 ファナの身長は女性としてリアルでも低い。

 ゲームのアバターも日常生活への影響を考慮して同じ身長にしていたのが仇となった。

 酒場のNPCマスターから「この酒は子供が飲むものじゃない」と諭されたのだ。


 これが蜂蜜酒あたりなら何も言われなかっただろう。ゲーム内では子供でも飲むのだからだ。しかしプレイヤーは新たに実装された酒精の強い酒をこぞって試していた最中のことで、当然周囲には沢山のプレイヤーがいた。


 そこでファナはマスターにこう叫んだのだ。


「私はこう見えて二十代後半です、だろ? リアル年齢バラしてどうするんだって話だよな」


 セインがニヤニヤしながら当時の光景を思い出している。

 セインは爆笑し過ぎて腹筋がつっていたことを、エクレアは覚えている。


 ただ笑えないのは、妙齢の女性としてわざわざ実年齢通りのアバターを作る者はほとんどいないという事実だ。

 大抵、デフォルト設定されている十代中盤くらいのアバターをカスタマイズして使う。

 わざわざ小じわをつくったり、肌のハリを失わせてまで年相応のアバターを作るには、労力も結果も納得いくものにはならないだろう。


「まあ年齢通りのアバターを作る奴は男でもそういないだろうけど、あれには笑わせてもらったよ」


 芝浦祐介も当時の微笑ましい事件を思い出していた。

 実のところエクレアとセインは芝浦祐介があの場にいたかどうか思い出せなかったが、ファナはともかく自分たちとは当時、まだ親交も浅かったから仕方のないことだろう。


 故人を偲びつつ、思い出話に花が咲く。


 死者が確かに生きた証、ネクロマンサー・ファナの残した、短い伝説の数々であった。


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