ブックマーク200件突破記念SS
活動報告から転載しました。
やはりβ時代の話で、芝浦祐介という人物の視点で語られています。
※ 本短編はバラスケこと芝浦祐介の視点でお送りします
湿った枯れ葉を踏みながら森を歩く。
横には狼と小さな熊を連れて。
木々の臭いに混じった獣臭が不思議と不快ではない。
この『幻想と召喚の絆』というゲームは実によく出来ている。
まだβテストの段階とは言え、十分に遊べるし先に進みたくなる面白さがある。
なにより全てのプレイヤーがサモナー系、つまり何らかの召喚獣を従えるというのはなかなか味がある。
ペットを飼う感覚でもあり、ともに苦難を乗り越える仲間でもあり、ときに悩みを打ち明けたくなる友人のようでもある。
召喚獣になにを求めるかは人それぞれ、だろう。
単純にゲーム中の武器として酷使するのが、一番ひどくて一番ゲーム的に合っている。
だがそれを裏切る要素、召喚獣への愛情こそがタイトルの『絆』の部分にあることは明らかだ。
おっと申し遅れました、私はプロゲーマーを名乗っている芝浦祐介と申します。
主にゲームの実況動画、ゲームフェスタでの敵役、未発売ゲームのテスターやレビュアーなど、プロゲーマーは多岐にわたる仕事をしております。
……まあまだまだ駆け出しもいいところで、大手ゲーム会社の後援を受けてなんとか仕事を貰っている状態です。
さて今の私の仕事はゲーム実況、の下見といったところでしょうか。
次に実況するゲームの品定めと称して様々なゲームを渡り歩いている最中です。
『幻想と召喚の絆』はその候補のひとつでしたが、現状、自分の中で最も実況したいタイトルに躍り出てきました。
いや素晴らしいゲームですよこれは。
今は下見状態なのでバラスケと名乗っているアバターの職業は、アニマルテイマーというこのゲームを象徴する基本的なサモナーなのですが、この召喚獣たちの可愛いこと、賢いこと。
私が最初に召喚したのはウルフでした。
自分が戦う横で頑張って敵に噛み付いているところを横目にすると、得も言われぬ感覚が芽生えてくるのが自覚できます。
ペットに対する愛情ってきっと、こういうものなのかな、ってね。
私は生まれた時からペット禁止のマンションでしか生活をしたことがないので、正直、アニマルテイマーは魅力的すぎました。
サモナー系職業のあるゲームは数多くあれど、動物ばかりを召喚できるというところが癒やし要素満載で楽しいのです。
きっと女性もこのゲームの虜になることでしょう。
おっとそんなことを考えていたからか、茂みを抜けた先で、女の子のプレイヤーが多数のコボルトを相手に奮戦しているところでした。
しかし私はこの時、目を疑いました。
……なんだあれは?
なぜか女の子が使役しているのは、骸骨とゾンビなのです。
「……」
「ウボァ」
湿り気を帯びたくぐもった声が、ゾンビの口から漏れます。
まだ十分な距離はあるにも関わらず、腐臭を感じた気がして思わず後ずさりしてしまいました。
率直に言って、ゾンビの造形は良く出来すぎていました。
どう見てもよたよたと動く腐乱死体にしか見えません。
いえ実際には腐乱死体など見たことはないのですが、ぶくぶくと膨れた腹や、妙な方向に捻れた腕、青紫色に変色した肌、どろりとした黄色を帯びたその双眸。
かなり真に迫ったものを感じさせます。
一体、どのようなこだわりを持った開発者が……いやそうではない。
そうではなく、なぜあの女の子はネクロマンサーなど選んだんだろう。
コボルトを鏖殺するその顔に、自分の召喚獣に対する嫌悪感は見られません。
ただ楽しげに、無邪気に骸骨とゾンビに命令していきます。
「ムラマサは右の一体を斬って。ハラミはそのまま目の前に来た奴を掴んで。おっとリペア・アンデッド!」
よりによってゾンビに牛モツの名前……昨日食べた焼き肉が途端に不潔なものに思えて一瞬、吐き気を催しました。
「ムラマサ、ハラミの掴んでる奴を斬ってから、残りの相手を任せます。ハラミ、まだ離さないで! あ、駄目だったらもう、……仕方ない子ですねえ」
えっ……なんでそんなにゾンビに優しく出来るんですか、君は。
そして私は間違いに気づきました。
そう、確かに気味の悪い骸骨やゾンビも召喚獣。
サモナーとの間に、『絆』が生まれない訳がないのだ、と。
◆
……危なかった。
森でのあの光景を見なかったら、私の実況は不完全なものになっていたでしょう。
他の多くの実況者と同じく、ゲーム的に弱いネクロマンサーを選択した物好きなプレイヤーを嘲笑していたかもしれません。
彼らはこの素晴らしいゲームに真面目に取り組んでいない、その証拠にわざわざ弱いネクロマンサーを選んでいるのだから、などと言ったふうに。
しかしそうではありませんでした。
サモナーと召喚獣との間には、それがどれほど歪で不格好でも、『絆』が生まれうるのだと。
そしてそれらは決して貶められてはならない、尊きものなのだと。
私はあのネクロマンサーの少女に教わったのです。
だから森の帰り道で、レベルをカンストさせたら次はネクロマンサーになろうと決めたのは私にとって当然のことでした。
今度の実況は面白いことになる、それは確信に似た予感でした。
後に少女が実際には女性と呼ばなければならない年頃であったことや、骸骨やゾンビに嫌悪感を抱くどころかむしろ可愛いとさえ言い放つちょっと美的感覚がズレている変人だったと気づいたりもしましたが、しかし彼女のことを知れば知る程、尊敬できるゲーマーなのだと確信していくことになるのです。