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一階フロアは太い柱が立ち並ぶ広間でした。
目を引くのは床に描かれた巨大な魔法陣と奥の階段でしょうか。
上階へ向かう階段だけでなく、地下への階段もあるようです。
「ドナさん、この魔方陣はなんでしょうね?」
「私にはさっぱりです」
試しに触れてみます。
…………変化はありませんね。
「ファナ様、あまり迂闊なことを……なされないでください。ここは魔なる神を封じる塔のひとつなのですよ!?」
悲鳴のようなドナさんの忠告を聞き流し、先に地下へ向かうことにします。
「ドナさん。まずは地下から確認しましょう!」
「地下ですか。分かりました。ちなみにどうして地下からなのでしょう?」
「なんとなくですよ」
ドナさんが頭痛をこらえるような面持ちでため息を付きました。
直感的に地下から、と思ったのは確かですが、理由が皆無というわけではありません。
見えている塔の上階よりも、見えない地下部分の把握が先だと思うのです。
◆
地下一階は地上一階と変わらないくらいの広さで、太い柱が幾つかある大部屋でした。
ただし部屋の中央に水晶のような柱が目につきます。
魔法陣の丁度真下にあるからして、何やら仕掛けがあるのではないでしょうか。
おもむろに柱に近づく私にドナさんが呼び止めようかと逡巡する気配が伝わってきましたが、黙殺して柱に手を当てます。
【魔法陣を起動しますか?】
ほほう。
どうやらあの謎の魔法陣、起動できるみたいですよ?
何の魔法陣かは知りませんが、起動しない手はないでしょう。
ぽちっとな。
水晶の柱が光を放ち、……あれ、これだけですか。
「ファナ様、今のは……?」
「どうやら上の魔法陣が起動したようです。戻ってみましょうか」
「魔法陣が……あの、それは封印に影響のある行為ではないのでしょうか」
「それは分かりません。何事も試してみなければ」
「そんな……」
現場責任者のドナさんの双肩にかかっているものがどんどん大きくなっていきます。
もし魔神の封印が弱まったりしたら?
その責任を街に戻ってから追求されるかもしれません。
ちょっと可愛そうですが、何事もなさなければ進まないのです。
◆
一階の魔法陣は柔らかな光を放ち、起動したことを主張していました。
これが禍々しい光だったら危なかったのですが、どうも悪いものではなさそうですね。
「ほらほら、杞憂ですよドナさん。あんなに神々しい光を放っているのですから。善なる神の魔法陣ですよきっと」
「そ、そうですよね」
さて、では魔法陣の方はどうなっているのでしょうね?
はい、ぺたり。
【第一の封印の塔:試練を起動しますか?】
…………。
ちょっと説明不足が過ぎませんかね?
それとも私が必要なNPCとの会話をすっ飛ばして無視してきたのでしょうか。
まったく否定できませんが、それにしたってもう少し何かあるでしょう。
「ファナ様、どうしました? やはり何か悪影響が……」
「大丈夫ですよ。ちょっと意味が分からないだけですから」
「そんな……っ!」
いやいや。
ドナさんはここに来て悲壮感を漂わせながら、「やっぱり連れて来るべきではなかった」と後悔しきりのご様子。
まあそんな感じのドナさんですが、私よりも封印の塔には詳しいはずです。
ちょっと御知恵を拝借してみましょう。
「ドナさん、封印の塔の試練ってなんだか分かりますか?」
「試練ですか?」
「はい」
「そうですね……試練……封印の塔……ああ、そういえば古くからの言い伝えなのですが」
おお、ビンゴ!
正解はこんな近くに転がっていたのですね!
「あくまで古い言い伝えですから、真偽の程は不明です。ですが、封印の塔の試練といえば、魔なる神に挑むための……試練しかありません」
「魔なる神に挑むための試練?」
なんと。
それはラスボスと戦うためのフラグじゃないですか!
「そんなまさか。ファナ様は魔なる神と戦おうというのですか!?」
「私ひとりじゃありませんけどね。善なる神に召喚された召喚士はざっと二万人以上いますから。その中で試練をクリアした精鋭たちが、魔神を倒すことになるでしょう」
「な、そんなに!?」
ええ。
そんなにいるんですよ。
…………しかし妙ですね。
封印の塔が六つあると聞いていますから、試練も六つでしょう。
それをクリアしたら魔神と戦えるというのなら、どうして五年前はクリアできなかったのでしょうか。
そんなに塔の試練は難易度が高いとでも?
ま、考えても仕方ないでしょう。
ここはまず挑んでみるべきでしょう!
はい、ぺたり。
【第一の封印の塔:試練を起動しますか?】
ぽちっとな。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……! と上階から重い石を動かすような音が聞こえてきます。
そういえば、二階より上層はまだ調べてなかったですね。
十秒ほどで音は止み、塔の中はシンと静まり返ります。
……特にそれ以外の変化はないようですね。
「では私は試練とやらを受けに二階に上がりますけど、ドナさんはどうします?」
「……私たちは……」
逡巡の後、出した答えは「ついていくことはできません」でした。
「私たちは善なる神に召喚された召喚士ではありません。ならば試練は、ファナ様のみで受ける方が封印に悪影響はないでしょう。見届けられないのが残念ですが……」
「いえ、いいんですよ。ドナさんたちはお努めを果たしていますよ」
それに、そろそろ戦いたいんですよねー。
適正レベル40のダンジョンを抜けた先での試練です。
難易度はきっと、……今の私に丁度いいはず。
「では行ってきます!」
「……ご武運を」
私は二階へ続く階段を登りました。