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幻想と召喚の絆  作者: イ尹口欠
朽ち果てた寺院編
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 さて、ようやく朽ち果てた寺院内に入りました。

 ワイルドキャットが住処にしていただけあって、礼拝堂は酷い荒れ方をしています。


 そんな無残な礼拝堂の、まずは右手奥から参りましょう。

 そこはこの寺院の司祭様の執務室になっています。


 実は気になる事がありまして、真っ先に調べたかった部屋なのです。


 β時代には資料らしき羊皮紙の束や読めないほど汚れた本やら、荒れ果てていることを示す演出というか背景的な部屋で、敵もいないしお宝もないというゲーム的には意味のない場所でした。


 それが正式サービスになったら何か変わるのではないかと、密かに楽しみにしていたのです。


 この手のダンジョンなら定番の日記など、期待できそうですよね。


 あるいはβ時代にもあったけど、最初に見つけた人が持ち去ってしまった可能性もありますね。


 いろいろあったゲーム開始日ですから、もしかしなくてもここへ入るのは私が一番乗りに間違いありません。


 ヨサクに扉を開けさせて、中を確認します。


 うん、酷く荒らされていますね。

 ここまではβのときと変わりません。


 さあてまずは定番、机の引き出しから調べましょう。


 ……何もないですね。


 では棚を調べましょう。

 何かあるはず……何もないですねえ。


 ええと、床下は……剥がせそうもないオブジェクトですね。


 あっれーもしかして、もしかします?

 ただの深読みだったとか、そんなことが――


「ここでなにをしている?」


「へ?」


 思わず間抜けな声を上げて、慌てて振り返りました。

 ウサギ耳の女性戦士が私達が入ってきた扉にもたれかかっているではありませんか!


「あ、どうも初めまして、私はファナという者です」


「うむ。私はウルシラ。兎人族の召喚士だ。どうやらファナはネクロマンサーギルドの人間のようだが、ここがアンデッドの巣窟だと知らないのか?」


「いえ、知ってますよ。ここへは……そう、修行にやって来たのです」


 話しながら今の状況を考えます。

 相手は兎人族のNPC、しかも召喚士を名乗りました。


 NPCだと判断したのは、プレイヤーは全て人間族だからです。

 現状、異種族を選択することはできませんからね。

 獣人族が現れたら、それすなわちNPCなのです。


 凝った変装という線も考えられなくはないですが、耳と尻尾が動いているのでその線はないでしょう。


 そして『幻想と召喚の絆』では召喚士は特別な存在です。

 プレイヤーが漏れなく召喚士なので忘れがちというか、公式の世界観ページを読まないと分からないことなのですが、この世界では希少な才能であり、神々に為すべき定めを負わされている、とされていた筈です。


 考え事をする私に構わず、ウルシラさんは話を続けます。


「そうか、修行熱心なのは良い事だが、ファナ。君にはここはまだ早いのではないか? 二体しか召喚獣を扱えていないじゃないか」


 そして私は、ダンジョン内でNPCと遭遇するという予想外のイベントに内心、大混乱しています。

 少なくとも敵対的な雰囲気はありませんよね?

 とにかく情報、少しでもなにか情報を引き出してイベントの流れを読まなくては!


「そう言われましても。私はここにはこれで十分だと思っているのですが。そう言うウルシラさんこそ、おひとりのようですがーーああ、もしかしてソウルブリンガーですか」


 ソウルブリンガーは武器や防具といった装備品を召喚することができる職業です。

 召喚されるのは全て特殊な効果をもつ魔法の武器で、かつ召喚士のレベルに応じて強くなるという召喚獣の特性を持ちあわせています。


 しかしあくまで装備品であるため、パーティー枠を使うにもかかわらず戦力的な人数は増えないという、なんともソロ気質な職業でもあります。

 まあ他のプレイヤーと行動すれば、人数の問題は何とでもなるんですけどね。


 そう思ってみれば、ウルシラさんが腰に差している剣は柄からして豪奢なものですし、鎧も小手も魔法がかかっているような気配のある一品です。


 ひとりでこうして現れたということは、ウルシラさんは単独で行動しているソウルブリンガーなのかもしれません。


「君の言うとおり、私はソウルブリンガーだが。しかし聞き捨てならんな。ここを使役する召喚獣、二体で十分だと? 君はこの場所を舐めすぎているぞ。悪いことは言わない、出直して来なさい」


 えーなんですかこの面倒なお節介さんは。

 私はβの話とはいえ、低レベル朽ち果てた寺院攻略ネクロマンサー縛りを研究し尽してきているんですよ?

 正式サービスで真っ先に攻略してやろうと思っていたのに……NPCが水を差してくるとは思いませんでした。


「出直すつもりはありません。私はこの戦力で十分に攻略可能だと確信しておりますので」


「ファナの決意は堅いようだが、しかしな……」


 ウルシラさんは顎に手をやり、しばし考え込んだ後に言いました。


「……よし、ならば君が如何にして戦おうというのか、見学させてもらおう。もちろん、手出しは一切しない。願わくば、君がここの危険性と自分の力量とを正確に把握してもらいたい。死ぬ前に、な」


 ふうむ、そうきますか。


 正式版からのイベントなのか、それともアップデートで追加されたイベントなのか……まあいずれにせよ私には判別できませんし、考えるだけ無駄でしょう。

 少なくともイベントの発生条件を現時点で満たしているということは、それほど無茶な難易度のイベントだとは思えません。

 せいぜい適正レベルはここ朽ち果てた寺院の攻略に相応しいレベル10くらいでしょう。


 ……まあ、想定外の要素が増えるのはまことに好ましくないのですが。


 寺院に出現する魔物の対応策は万全のつもりだったのですが、万が一そこに含まれない魔物が出現したりすると、確実に手に終えません。


 ……ところでこのゲーム、実は死んでも大したペナルティは無いんですよね。

 いわゆるデスペナルティは、一時間の間、街から出られないというものです。


 死んだことで肉体と魂の接続が弱まっている状態なので、その接続の回復に費やす時間が一時間なのだ、という世界観的な理由が説明されていたと記憶しています。

 その回復中の間に死んで、肉体と魂が離れ離れになったらいかにも完全に死んで復活できなさそうですもんね。


 ゲーム開発者の視点で考えると、ステータスにペナルティなどを与えると、ゲーム内で何もすることが無くログアウトするしかないため、死んだ事に対して冷静になる時間を与えつつ生産活動で気を紛らわせてほしい、という狙いがあるのだと思います。


 まあ今このゲームはそもそもログアウト出来ませんし、私は生産系スキルを持っていないため、一時間のペナルティ中は街の観光くらいしかすることがないのです……って結構それ悪くないんじゃないですかね。


 さてつまり、死んでも大したことはないうえに強そうなNPC保護者が同伴。

 悪くないじゃないですか。

 せっかくのイベントです、難易度が上がろうが、気にせず楽しんでいきましょー!


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