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「行くよ、ファナ!」
「来なさい、マルキド!」
「……うん?」
ファラオのマルキドは、鞭を振るってツヴァイの尻尾に絡めました。
「え、ひゃ!?」
魔王ツヴァイが可愛い悲鳴をあげますが、気にせずボコりましょう!
「尻尾戦法は失敗でしたね。拘束スキルを持つマルキドのいい餌ですよ! 果たして抜け出せますかね?」
「何を……この! うひゃ!?」
完全に絡み合った鞭と尻尾が、ツヴァイの動きを阻害します。
ツヴァイが簡単に抜け出せないことを確認すると、私は大魔法の行使に入ります。
「マルキド、決して逃さないように。魔法も使わせては駄目ですよ? ……アストラルゲート!」
決め手は闇魔法の第十一段階、アストラルゲートです。
霊界と繋がる門からぞくぞくと戦士たちがやって来て、ツヴァイに殺到します。
「な、なにこれ!? 卑怯すぎる!!」
「人の戦法をパクっておきながら、どの口で卑怯とかのたまうんですかね?」
尻尾戦法の弱点、それは護衛の存在です。
前回の戦いでは、ツヴァイの周囲に召喚獣はいませんでした。
私は一対一ならば尻尾戦法で押し切れると見切って勝負を挑み、読み通りに勝ちました。
そして今回は逆に、ツヴァイは護衛のマルキドに拘束されて、私の魔法でとどめを刺されようとしています。
そもそも召喚士が倒されたら負けのゲームで、召喚士が前線にのこのこ出てくるのは問題があるとしか言いようがありません。
戦士系スキルを高めたところで、香奈美ちゃんは近接戦闘が得意なタイプではないのです。
どうせ現実のゲームでは、ろくに街から出ずに生産三昧、恐らく鍛冶ばかりしていたことでしょう。
戦闘してもせいぜい鎚スキルと魔法くらいしか使わなかったはずです。
その香奈美ちゃんがまともに尻尾戦闘、できるとは思えませんね。
その点、私はβ時代にいかなるプレイスタイルがネクロマンサーにとってベストなのか追求していますから、一通りの近接戦闘も経験済みなのですよ。
前線ではカースドアーマーのミスリムがインプを殴り飛ばしているところでした。
胴体は全属性耐性をもつミスリルフレーム、対物理、対魔法に万全の硬さ。
そして能力値とスキルで高められた筋力から振るわれるヘヴィメイスは、強力無比のひとことです。
二体のインプは問題なく処理され、バジリスクとドレイクはチルレインの影響で弱体化。
レッサーデーモンたちもヨサクとムラマサ、そしてセルフィとでなんとか拮抗状態に持ち込んでいます。
グラインダーは好き勝手飛び回っていますが、ちゃんとドレイクとバジリスクに対応していますから、大活躍と言っても過言ではないでしょう。
さてツヴァイはというと。
「わ、わ、やめて、ちょっと数が多いっ!?」
尻尾を絡め取られてその場を動けず、アストラルゲートから出てきた戦士たちに囲まれて一方的な展開になっていました。
あ、これはもう終わりですね。
召喚士さえなんとかしてしまえば、後のことは気にしなくてもいいわけです。
正直、ツヴァイが後ろで魔法を放ちながら時間を掛けて攻めてきていたら、私たちはレッサーデーモンAの前に為す術もなく壊滅していたことでしょう。
【ユニオン戦は『グレイブキーパー』の勝利です】
あ、ツヴァイのHPがゼロになりましたね。
◆
「そもそもこっちは威厳やら耐性やらにスキルを取られているのに、そっちはリソースを全部戦闘系のスキルに割り振っているのは不公平だと思うのですよ。今回のレッサーデーモンAをはじめ、もう少しスキルの割り振りを考えたほうがいいですよ」
「そのうえで勝つファナは一体なんなの……」
「それはツヴァイの作戦上の欠陥を突いただけですよ。そもそも護衛がいるのだから、先に排除しないと以前のような展開にならないじゃないですか」
「それは……迂闊だった」
「まあでも。楽しかったですよ、悲鳴を上げる香奈美ちゃん」
「いじわる」
正直、なんとかなってホッとしました。
持久戦では勝ち目なしですからね。
今度から魔王戦では、ヨサクを出すのは止めたほうがいいかもしれません。
「ヒントもユニオンポイントも貰ったし、後は……もしかして今回で?」
「うん。次からは確実に別の人が来るよ」
「やっぱり、交代ですか」
「ルールだからね。二回負けたら、交代。みんな、ファナに会いたがっているから」
「そう、ですか……」
「だから早くゲーム、クリアしてよ。そうすれば誰にも気兼ねせずに、お姉さんに会いにいけるんだから」
「まあゲームクリアは攻略組の進度次第ですよ。正直、ソロでラスボス撃破は無理でしょう?」
「私たちがヒントを出して導いているから大丈夫。とはいえ、お姉さんとは差が開く一方だね」
「私は自分が疲れることのない機械の身体だと、知っていますからね。無理も無茶もし放題なんですよ。他の人達は現実の肉体の健康を思って、無理ができませんから」
「……そうだね。でも普通、知っていても無茶はできないと思うけど」
その辺の割り切りは得意ですからねえ、私。
……なんとなく別れるタイミングを失った私たちは、しばし無言で時が流れるのに身を任せます。
しかし時間は有限。
特に香奈美ちゃんは現実の方で働いている中、ここにログインしてきている多忙な身。
ずっとこうしているわけにはいかないのです。
「それじゃ……」
「香奈美ちゃん、最後に私にプレゼントはないんですか?」
「……なにを言い出すかと思えば」
「ユニオン戦だと実入りが少ないでしょう。経験値もドロップもなし。ほらほら、前回みたいに何かスキルをくれてもいいんですよ?」
「……はあ。まあ現状、唯一魔王に勝ち続けているご褒美ということで」
「おお!? ほんとに何かくれるんですか。嬉しいですねえ、お姉さん思いの妹を持てて」
「ウザい……」
「まあまあ」
「じゃあ飛行スキルをあげる。うまく飛べてないみたいだし」
「え、それはすごくありがたいですね! 実は随意飛行がなかなかできなくて、ドラゴンウィングが使いづらかったんですよ」
「それは昔から飛行系はみんな苦労して練習しているから。でもスキルで補正があるとかなり楽になる。デビルサモナーになってから、なんでプレイヤーが取得できないのか不思議に思うくらい」
「AIがスムーズに飛行するノウハウなんでしょうね」
「……はい、付与完了。まったく、他のプレイヤーよりみっつもスキル得している」
「魔王を撃退したご褒美だと思えばいいんですよ」
「他のプレイヤーにも何か与えるようにしておかないと不公平……また作業が増える」
「ありがとうございます、香奈美ちゃん」
「急に何」
「だって、こんな犯罪、しかも原口さんのゲームをクリアしてもらいたいって碌でもない理由のためだけに、貴重な時間を使って……」
「それはいいの。むしろ原口さんには感謝している」
「そうなんですか?」
「またお姉さんと会えたから。みんな、そう思っている」
「……私、そんな大層な人物じゃないでしょうに」
「ファナが回りに与えた影響は凄く大きかったんだよ。本当に。現実でもそうだったし、今でもそうじゃない。トップひた走っている」
「たまたまじゃないんですか」
「そんなことない。きっと特別な人はいつも特別。少なくともお姉さんは、今も昔も変わらない。特別な人」
「……はあ」
「名残惜しいけど、そろそろログアウトしないと」
「本当に名残惜しいですね。別にヒントとか戦闘とかなしでいいので、会いに来てもいいんですよ?」
「……そうだね。それもいいかもね」
なんとなくそういうルーズなことはしなさそうですね、この子は。
「それじゃあね。頑張ってゲーム、クリアしてね」
「はい。飛行スキルも貰ったし、大活躍しちゃいますよ」
「……うん。またね」
魔王ツヴァイは飛び去りました。