ホームルーム
学校中に響き渡る悲鳴。一条は、階段を駆け上がる。
(取りに行った教科書が、音楽の教科書で助かりました)
あの悲鳴は、濱田先生だ。緊急事態なので、廊下を走っていると、他の教室から先生たちが廊下に出て、一条の担任している教室の様子を見に来ていた。そこに分け入って、教室の中に入っていく。
「濱田先生!大丈夫ですか!?」
濱田先生を見ると、机にいる猫を見ながら、尻餅をついたままガタガタと震えている。
「あ~~いつもの猫嫌いですね。一条先生、後は頼みましたよ」
と、言いながら周りの先生たちは、納得したかのように自分たちの教室に戻っていった。とりあえず、濱田先生を落ち着かせるために、教室の角に連れて行き、椅子に座らせる。
彼女は、目と鼻を真っ赤にし、呼吸はヒューヒュー言っていた。典型的な猫アレルギーだ。
教室は、生徒たちがザワザワしていて、しきりに猫の事を話している。
一条は、持ってきた教科書を猫が座っている机に置き、黒板の中央に立ち、大きい音を出すために、柏手を打つ要領で、「パン!パン!」と手を叩き、生徒たちを注目させる。
「私が1年B組の担任になりました『一条 司』と言います。一年間よろしくお願いします」
一条は、軽く頭を下げる。
「机に座っている猫は、私の使いm」
「に゛!」
机に座っている猫が、一条の方を向き、横槍を入れて来た。
「っ! げふんゲフン、・・失礼。 昔、私がお使いを頼まれて、買い物に行った帰りに出会った猫で、名前を『アルジャーノ・ノイ』と言います。私は呼ぶ時に先生と言ってますが、校内は先生が多いので、ノイ 先生と呼んで下さいね」
「に゛」
ノイ先生と呼ばれる猫は、挨拶するかのように、右前足を上げて鳴いた。招き猫のような仕草をしたノイ先生は、生徒たちから「かわい〜」とか「目つき悪ぅ〜」とか色々言われたのだが、ある生徒が「ふて猫だ」と言った瞬間、態度を豹変し、食ってかかるように怒り出した。
「ぎにゃ〜!!!ぎにゃにゃ!!、フーーーーッ!!!!!」
一条は、あわててノイ先生の体を掴み、止めに入る。
(ノイ先生、落ち着いて下さい。私からちゃんと言っておきますから)
生徒たちに聞こえない声で言うと、落ち着いたのか、「フンッ!」と言って座るノイ先生。濱田先生は、怒っている鳴き声を聞いて「ヒッ!」と短く叫ぶと、ワナワナ震えている。
「えー、ノイ先生は、スコティッシュフォールドではなく、ペルシャ猫ですので、間違えの無いように、お願いしますね。でないと、今のように機嫌を損ねますので」
(ノイ先生、例の猫に対して、顔が似てるからって、言い過ぎですよ。耳の垂れてないスコティッシュフォールドなんて、ただの雑種だ、とか酷過ぎます。反省してもらうために、今日は、おやつ抜きです。それよりも、早く猫アレルギーになってる人たちを治さないと、可哀想です)
(に゛〜〜)
(文句言わない)
一条は、やれやれと言った態度でノイ先生を見るも、猫アレルギーを治すべく行動する。
「早速ですが、この中に猫アレルギーの人は、いませんか?いたら、手を上げて下さい」
教室を見回すと、1人手を上げている生徒がいる。教室の角にいる濱田先生も手を上げていた。
「では、花粉症とか、その他のアレルギーを持っている人は、手を上げて下さい」
今度は、さっきの1人と、他に5人が手を上げている。
「全国平均よりは割合が低いようですね。それでは、アレルギーが軽くなるおまじないをしますので、手を上げた6人の人は、立ってください」
一条は胸ポケットから、ペン型の指し棒を出すと、すっと伸ばして、オーケストラの指揮者のように構える。
「チチンプイプイ、シバシバ、カイカイ、飛んでけ〜」
立っている6人を、ひとりずつ指し棒で指し、魚がヒットした時に、釣竿を引き上げる感じで指し棒を引き上げ、手首を動かして、クルクルと指し棒に何かを巻き取るような動作をした後、窓の方へ向かって、「ヒュッ」と指し棒を振り下ろした。
生徒たちは、呆気にとられて、困惑している。漫画の表現ならば、はてなマークが飛び交っているだろう。
「猫アレルギーは、特殊なので、もう一度おまじないしますね」
そう言って、猫アレルギーの生徒に向けて指し棒を指す。
猫アレルギーの生徒が「えっ?えっ?」と言いながら自分の身体を見回し、一条に何か言いたげな顔をしていたが、一条が自分の人差し指を唇に当て、猫アレルギーの生徒に、『静かに』のジェスチャーをした為、何も言えずに呆然としている。
「はい、もう良いですよ。座って下さい」
立たされていた生徒たちは、釈然としないまま席に座る。一条は、指し棒を濱田先生に向けて、
「濱田先生も猫アレルギーでしたね。はい、これで良いでしょう」
一条は、指し棒を胸ポケットに仕舞うと、
「恐怖症は、和らげる事は出来ても、自分で少しずつ克服するしかないですね。残念ですが」
濱田先生は、キョトンとしながら、一条の方を見ている。
「濱田先生は、もうしばらく休んでいて下さい」
「は、はい、すいません」
濱田先生は、一条の行動に見とれていたのだろう、一条と目が合った時に、我に返り、返事が吃ってしまった。恥ずかしいのか、頬を赤くして、俯いてしまった。
一条は、生徒たちの方を向き、
「みなさんに、渡していない教科書を配りますので、そちらから順番に取りに来て下さい。それから、廊下にある教卓と、教科書が置いてあった長机を入れ替えますので、何名かの男子生徒は、手伝って下さい」
生徒たちに教科書が行き渡り、全員机に座ろうとしている。男子生徒たちは、手伝いに来る気配がひとつも無い。
「私に指名されるよりも、率先して動いたら、女子の見る目も変わるんですけどねー」
そう言ったら、何人か席を立ち、教壇の方に出てくる男子生徒たち。
(案外単純というか、歳の割りにオマセさんたちですね)
(に゛)
(そうですか、普通ですか)
教科書が置いてあった長机は、数名の男子生徒によって、廊下に出される。ノイ先生が座ったままだ。そして、入れ替わるように廊下にあった教卓が、数名の男子生徒によって運ばれてくる。いつのまにかノイ先生が、教卓の上に座って運ばれていた。
「はい!運んでくれた男子たちに、感謝の拍手〜〜〜とくに女子は沢山拍手して上げて下さい。運んでくれた皆さん、ありがとうございます」
パチパチパチと、拍手が広がる。机を運んだ生徒たちは、手を振ってアピールする子や、照れながら俯いて席に座る子やら様々だ。
一条は、ホームルームを進める。生徒自身の自己紹介を順番にさせていったり、明日からの授業の予定とか、これからの学校生活の事、学校でのルールとかを説明していく。
「今日のホームルームは、これで終わりです。帰って、明日の準備をして、明日の朝、元気に登校して下さい」
「に゛」
ノイ先生が鳴きながら右前足を上げると、丁度チャイムが鳴った。
一条は、出席番号順に決めた、今日の日直の当番の生徒に、号令をかけるように指示を出し、挨拶を終える。
生徒たちは、新しい教科書をカバンに入れ、帰宅する準備をしている。
「濱田先生、終わりましたよ。先に職員室に戻って、ご自身の仕事をなさって下さい」
「は、はい」
一条は、濱田先生の様子を見る。顔色は少し頬が赤いが、猫アレルギーの症状は消えていた。濱田先生は、一条に言われて席を立ち、ノイ先生を避けるように、教室を大回りして、教室の後ろのドアから出て行った。
一条は、帰り支度している生徒の一人に声をかける。猫アレルギーの生徒だ。
「依岡さんでしたね。少しお話良いですか?」
「はい」
「さっき、私がおまじないをした時に、何か見えましたか?」
「はい、綺麗な虹色の光がキラキラしてました」
「そうですか、それは良かったですね。明日また呼びかけると思いますので」
「はい」
「では、また明日」
「はい」
生徒は、緊張しているのか、声が固かった。ノイ先生が、ずっと生徒を睨むように見ていたからかもしれない。濱田先生と比べて、恐怖心は小さいのだろう。生徒たちは、帰り支度を済ませて、全員教室からいなくなっていた。
「ノイ先生が探した魔法使い候補生で間違い無いですね」
「に゛」
「私の担当顧問する部活動に、入部してくれると嬉しいのですが」
「ぎにゃ〜」
「そうですね、絶対入部させます」
一条は、ぐっと拳を握り、自分に気合を入れるのであった。
更新は、ゆっくりですが、丁寧に作っていこうと思ってます。