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私は神を信じていない(3)

 赤坂との邂逅について話したところで、冒頭に場面を戻そう。

 私は今、八雲神社という神社に恋愛成就を目的として来ている。

 読者の方々は何故神を信じていない私がこのような場所にやって来ているのか不思議に思うことだろう。

 それはこの親友、赤坂の要らぬお節介のせいである。



 私は今、とある女性に惚れている。同学年の他クラスで黒い髪と真ん丸な瞳を持つ女性だ。とてもお淑やかで、それでいてしなやかな強さを持っている。

先日、不逞の輩が彼女に絡んでいるところを目撃した。肩で風を切りながら彼女に近づき、下衆な笑みを浮かべて彼女に言いよる。驚くべきことに、恐らく先輩であろう彼らは、身の程もわきまえずに彼女を口説こうとしていたのだ。

諸君らに聞きたい。もし、自分が彼女と同じような状況に陥ったとしたら、どうしたであろうか。

おそらく、諸君のうちの殆どは、ついて行くまではしないまでも、何も話せなくなるのだろう。力も弱く、華奢な女の子だ。そうなるのは仕方の無いことである。

しかし彼女は違った。弱々しく見えた彼女は、その実、強かであったのだ。

「あなた、口臭いわ。」

「そこのあなたはぶたっぱな。」

「そっちのおひとは服がださい。」

彼女はガラの悪い男たちの脅迫的な態度に委縮するどころか、その舌銃で男たちを返り討ちにしてしまたのだ。彼らは言葉のダムダム弾で心に大きな花を咲かせ、目を水分で光らせながら肩を落として逃げ返った。

男に囲まれた彼女をどうやって助けようかと、棒を片手に物陰から息をひそめて機会をうかがっていた私は―――断じて男たちに委縮して手をこまねいていたわけではない――――今しがた見た光景に口を開けて唖然としてしまった。何も出来なかった私が帰りしなにそばを通った彼女と目が合っても、目を伏せてしまうことしか出来なかったのは、当然のことだったであろう。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合に花とはよく言ったものだ。彼女の場合は立てばラベンダーのように清楚、座れば向日葵のように明るく、歩けばそこには薔薇の香りが広がる。その様相は筆舌に尽くし難いない。なので書かない。

彼女の凛とした性格と、しゃなりとした姿を間近でみたのだ、彼女に惚れてしまうというのも、それはもはや必然のことであった。片時も頭から離れず、寝る前ですら彼女のことを思い頬を赤くするのも仕方の無いことだろう。

学業には身が入らず。授業中の暇を見つけては彼女のことを思い、溜息をつきながら遠くを眺める。青い春を称えるような恋愛小説のようなことをいつもしてしまっていた。怠れど怠らず、偲べども忍べず、少しでも私のことを知っている人間からすれば、明らかにそれが恋の病だと気付いたであろう。

しかしながらこんなにも分かりやすい、まさに色に出にけりな私の恋をあらぬ方向に勘違いした男がいた。

 そう、赤坂である。

 こやつは私の恋の表装を、恋ではなくモテないから来る憂いだと勘違いしてしまったのだ。悠々自適に一人暮らしライフを満喫している私の家に突如として押し入って来た赤坂は、開口一番に「お前の悩みは全てわかっている。俺に任せろ。」とサムズアップをし、約一時間と二十分程「モテるとは何か。」について講釈を垂れたのち、私をここまで連れ出した。

 彼はドーナツのような人間なので、基本的に話を聞かない。特に私の。よしんば聞いたとしても、自分がそう思い込んだらまず考えは変えない。つまりは聴いていない。彼が私の友人でなければ、ぶん殴って痰唾を吐きかけていたであろう。何度そうではないと否定すれど、彼はわけを知ったような優しい顔で頷くだけであった。

 赤坂は右手の人差し指を立てて言う。

 「ここの神は凄いともっぱらの噂だ。」

 「だから何度も言っているだろう。俺はモテたいなど思ってわいない。そもそも髪を信じていない」

 「お前のクラスの中での状況を言ってみろ。」

赤坂は呆れたような顔を作って言った。

 「ほぼ一日中本を読んでいる。」

 「飯は?」

 「お前としか食ったことがない。」

 「最近クラスのやつ、いや、俺以外の学校の人間で誰と喋った?」

 「くだんの彼女だ。」

 「二週間前じゃないか!」

 そう軽く怒鳴ると赤坂は深い深い溜息をした。

 『くだんの彼女』とは勿論私が惚れているあの人である。なんとなく名前を呼ぶのは恥ずかしいので、名前を出すときは『くだんの彼女』と呼んでいる。

もう一度言うが赤坂は私の恋慕に気づいていない。

 赤坂は私の頬を両手で押さえつけ、タコ面にした。

 「お前の青春はそんなものでいいのか!!」

 「にぁ、にぁんだとー!うぉれはげんぞうにまんぞくしてるんだ!!」

 腕をつかんで離そうとしたが、さすが完璧イケメン野郎。力が強く全く離れない。さながら万力のような力で押さえ付けてくる。全く離れないので、このままタコとして生きていくことを念頭に置かなければならぬ。と、くだらないことを考えていると急に万力の力が弱まった。

 「どうか現実を見てください…。」

 そういって赤坂はわざとらしい泣きまねをすると、右手の甲を口に当て膝からしな垂れた。左手にはハンカチを握っている。

 「おいなんだそれは、気持ち悪い。」

 「だって、痛ましいじゃありませんか。一人のモテない男が現実を理解しようとせず、その状況に甘んじているなんて…。」

 よよよと泣いた。

 イラッとしたので頭をはたいた。

 「痛い!」

 「今のはお前のノリに合わせただけだ。俺は現状に不満はない。」

 赤坂は顎に手を当ててメモを取るジェスチャーをした。

 「ふむ、自覚無し、と。」

 「おい、だからはなしを」

 「しゃらっぷ!」

 言い終える前に左手をこちらに向けられ、欧米風に遮られた。その左手には先ほどのハンカチが握られていた。よく見てみると白と桃の市松模様を背景に真っ赤なハートがあしらってある。女子からのもらい物なのだろう。血反吐を吐いてはくれないだろうか。

 右手を顎に当て二、三分程考えたかと思うと、赤坂はこう言った。

 「よし、俺の分も神に頼もう。」

 左手を引っ込め、手のひらを上にし、右手で握りこぶしを作って軽く打った。その際ハンカチが下敷きになっていたが、気にしていないようだ。

 潰れたハンカチが、私の恋の行く末を暗示しているようだった

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