サンタクロースの伝言
【第77回フリーワンライ】
お題:
真夏のクリスマス
カラフルを敷き詰めた
夢現
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
八月、外気温が今夏最高記録を示した日。
その日、アルフレッドは余命三週間を告知された。それはまだ十歳になったばかりの少年には重すぎる現実だった。
「あの子、今年もクリスマスを楽しみにして……そんな……」
主治医に縋り付いた両親が、一時間半後に泣き崩れるのを見た時、彼は生まれて初めての空虚を味わった。
さらに数時間後の晩、人の気配を感じて、アルフレッドはもそもそとベッドから起き出した。横向きに寝ていたその右目尻と鼻梁には涙の跡がついている。
「だれ? だれかいるの?」
病室は不思議と明るかった。レースカーテンが昼間のように明るい月光を透かしている。
一渡り見渡して、最後に入り口の方を見るが、個室にはアルフレッドしかいなかった。気のせいだったのだろうか。
「ホー・ホー・ホー!」
突然耳元で降って湧いた笑い声に、アルフレッドは飛び上がって床に尻餅をついた。見上げると、いつの間にか窓側の枕元に赤い人物が立っていた。
「メリー・クリスマース!」
そう嘯く赤い人物は、その台詞に最も相応しい姿形をしていた。全身を柔らかくて暖かそうな赤い衣装に身を包み、帽子の先や襟元、袖口に純白のファーがあしらってある。深い皺の刻まれた赤ら顔には、たっぷりした白髭が顔の下半分で爆発していた。
サンタクロースその人であるようだった。
「な、なんで……? サンタさん……?」
アルフレッドは混乱した。全ての年少の子どもがそうであるように、彼もまたクリスマスを指折り数えて楽しみにしている一人であり、サンタクロースに憧憬を抱いていた。
だが今は夏だ。それも真夏だ。クリスマスには遠すぎる。
サンタ風の老人はまたしてもホー・ホー・ホーと笑った。
「良い子が心の底から願う時、サンタはそこにやって来るんだよ。そら、アル、君も笑ってみな」
ホー・ホー・ホー!
促されて、アルフレッドも真似して笑ってみた。わけはわからなかったが、なんだか楽しくなってきた。
サンタクロースは両腕を広げて言った。
「さあ、アル、プレゼントはたくさんあるよ。好きな物を選ぶといい!」
そう言う老人の手には何もなかった。しかし、ふと周りに光が満ちていることに気付いた。見回すと、いつの間にか病室の床いっぱいに色とりどりの箱が溢れている。数え切れないほどのプレゼント箱。まるで煌びやかな包装紙で床が出来ているようだった。
アルフレッドはすぐ傍にあった白と青のストライプに、黄色いリボンのかかった箱を取り上げた。
「こんなにたくさん、ぼくの部屋には入らないよ」
「君一人の手に余るなら、みんなに配ればいいんだよ!」
それもそうか。その言葉は妙に腑に落ちた。このプレゼント箱一つ一つの向こうに、手渡された子どもたちの笑顔があるのだ。それは素晴らしい考えに思えた。
サンタクロースは白い布を取り出して一振りすると、それは部屋いっぱいに広がってプレゼントを包み込んだ。口を縛って一抱えほどもある袋にする。
サンタクロースはそれをアルフレッドに手渡した。
「実を言うと、今日ここに来たのはサンタの規則違反なんだ」
「え?」
「君ほどの良い子が悲しんでいるのを見ていられなくてね。でも、良かった。私の君は見込んだ通り、人の幸福を自分のように喜べる子どもだった」
――私の代わりに、サンタクロースになって欲しい。
それは夢か、うつつか、幻か。朝目覚めた時、アルフレッドの瞼にはまだ赤い老人の姿が残っていた。
面会に来た両親に、アルフレッドは嬉しそうに話した。
「ねえ、聞いて! サンタさんが会いに来てくれたんだよ!」
両親は笑顔でそれを聞いたが、内心大層狼狽えた。告知がよほど応えたのだろうかと。あれほど楽しみにしていたクリスマス、サンタクロースの夢を見るなんて。
二週間後、両親はクリスマスまで保たない息子のために、早めのプレゼントを用意した。
両親が白と青のストライプに、黄色いリボンのプレゼントを枕元に置いた翌日の朝、アルフレッドはこの世を去った。
十二月二十四日。
両親はアルフレッドに渡せなかったプレゼントを、彼の部屋のベッドの枕元にそっと置いて眠りに就いた。
悔いても悔やみきれない空虚さがあった。
するとその晩、両親はふと気配を感じた。それは我が子アルフレッドのものだった。そこにいるのを感じるが、どうしても起きることは出来なかった。
だが、亡くなった息子が会いに来てくれたのだと思うと、両親は救われた気分になった。
それは夢か、うつつか、幻か。
翌朝、久方ぶりに満たされた目覚めの中、両親は枕元にあるものに気が付いた。丁寧に梱包の解かれたプレゼント箱だ。中にはアルフレッドが大人ぶって欲しがっていた万年筆が入っているはずだった。
箱の中には、万年筆の代わりにメッセージカードが入っていた。
パパ、ママ、ありがとう。愛してる。
ホー・ホー・ホー!
『サンタクロースの伝言』了
「おい、シドニー生まれ! オーストラリアは、今は夏だぞ!」
素直に南半球のことに出来ないへそ曲がり。
八月に設定して、わざわざ子どもの元にやって来るサンタクロースがいるとして、じゃあなんでそこまでしてやるのだろうと考えてこうなった。悲劇にしたいわけじゃないのにラストはあんな感じに。