間奏曲 ~相田家~
年が明けて一月三日の夕方。両親と同居している相田将平の家には、年末年始は親戚や会社関係の人間が多数挨拶に訪れる。だが、それも例年三日の昼頃までには収まるので、午後六時に小夜が泊まりがけで遊びに来ることになっている。今年は曜日の関係で将平の仕事始めは五日なので、明日の昼頃まで滞在する予定だ。
リビングで将平は、和と二人で幼児に大人気のアニメのDVDを見ていた。オープニングとエンディングの音楽に合わせて踊る息子の姿を見て、将平は頬を緩ませる。
「あんまんまん!」
「惜しいな」
違う食べ物になってしまっているところも堪らなく可愛いと思っていると、将平のスマートフォンが震えた。妻の百合子からだった。
「和。お母さん、もう少しで帰ってくるぞ」
「いつ?」
「今みてる話が終わる頃だな」
「じゃあ、みる!」
テレビのすぐ前に正座で座り、和は真剣な眼差しで画面を見つめる。そうしていれば、早く終わると思っているようだった。
百合子は近所のスーパーに買い出しに行っていた。おせちに飽きた将平が、クリームシチューとバゲットが食べたいと急に言い出したからだ。そのとき、ちょうどDVDを見始めたばかりだった和が外出を嫌がったので、二人は留守番をすることになった。
連絡から約十分後、百合子が帰ってきた。
「かあしゃん、おかえりー」
キッチンに荷物を置いてからリビングに入ってきた百合子に、和は抱きつく。
「お義父さんたち、もう出掛けたの?」
「あぁ。ユリが出てわりとすぐに行った」
将平の両親は友人夫妻と、近場の温泉宿に一泊しに出掛けていた。これは、毎年の恒例行事だった。
「少し休憩してから、晩ご飯作るわ。小夜ちゃん、六時だったわよね?」
「そうだ。夜になったら薫のところに行くから、軽めでいいぞ」
「うん。──和、もう少しDVD見る? 今度はお母さんも一緒に見ようかな」
白いレザーのソファーに深く座り込んだ百合子を、将平はしばらく見つめていた。
夕食ができあがって間もなく、約束の時間どおりに小夜はやってきた。二本のワインと和へのお年玉を持って。
「いらっしゃい、小夜ちゃん。こっちに座って」
食卓の上には数々の器が並んでいた。クリームシチューには、定番のジャガイモ、玉ねぎ、人参の他にたっぷりのスイートコーン。メインのチキンステーキにはトマトと大豆のソースが掛かっていて、脇にスライスして軽く焼いたバゲットが添えられていた。サニーレタスにベビーリーフ、ブロッコリーときゅうりとほうれん草のグリーンサラダには、裏ごししたゆで卵が乗せられている。
「うわぁ、美味しそう!」
カラフルな食卓に、小夜のテンションは上がる。念願のシチューとバゲットを前に、将平の顔もほころんだ。大人三人は小夜の手土産のスパークリングワインで乾杯してから、それぞれスプーンやフォークを手にした。
「和くん、すごいですね」
アルコールを飲みながらゆったりと食事を楽しんでいる大人たちをよそに、和は必死とも思える勢いで、彼にだけ用意された白米をかっこんでいた。
「この子、お米が好きなのよね。パスタのときにも食べたがるから、将来の成人病が心配」
「気が早ぇよ。若い男なんてそんなもんだ」
三歳児には大きいように見えたプラスチックの丼の中身は、すでに半分以下になっている。
「かあしゃん、しつーかけて!」
息子のリクエストに、百合子はわずかにためらいを見せながら応えた。丼の中のシチュー掛けご飯を見て一瞬物足りないような顔をした和は、右手のスプーンと何も持っていない左手を使って一口大にカットされたチキンステーキをトッピングした。彼の顔はどこか得意気だ。
「……確実に、ショウの子だわ。あなたも、丼物が好きだし、外食のときにはワンプレートのものばかり注文するし」
「だって、美味ぇだろ。米にダシやソースが染みてんの」
「でも、主食とおかずは別の器に盛って、交互に食べる方がお行儀がいいでしょ?」
黙って聞いていたが、小夜も内心で将平に同意していた。彼女も、白米にハンバーグのソースやサラダのドレッシング、付け合わせのパスタのトマトケチャップが染みているのが嫌いではない。だから、メニューのワンプレートランチの見本写真を見て、皿の仕切りが深かったり、おかずが小鉢に盛られていたりしたら少しがっかりする。
夫妻が互いの主張を言い合っている間に和は食事を終えて、麦酒を飲むように麦茶をゴクゴクと飲んでいる。食後には風呂に入るのだが、将平がまだ食事を終えていないので、和はデザート代わりにおせちの残りの栗きんとんを食べながら待っている。
「ユリ、ごちそーさん。──小夜、先に風呂使うか?」
「いえ、和くんが待ち切れなさそうなので、お先にどうぞ」
「そうか、悪いな。和、行くぞ」
将平は息子を肩車しながら風呂場に向かった。
「小夜ちゃんは薫の店から帰ってからお風呂にする?」
「いえ、何時になるのかわからないので、百合子さんが入った後にお借りします」
「私は寝る直前に入りたいからショウの後には入らないわ。それに、お風呂に入ってから外に出たら体が冷えちゃうでしょ。遠慮しないで帰ってきてからにしなさいな」
「……お言葉に甘えてそうします」
百合子はにっこりと微笑む。二人は、まだ途中だった食事を続けた。