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間奏曲 ~草太~

「和くん。お願いがあるんだけどいいかな?」

「うん」

「お姉ちゃんを迎えに行ってくれないかな。あっちのこげ茶色の車のところにいると思うから」

「いいよ!」

 勢いよく走り出した和の後ろから、母親の百合子が歩いて追いかける。

 スイカを食べ終えた将平は、自分がからかってしまったせいだと、少しだけばつが悪い思いで妻と子を見送った。

「もう帰っちまったんじゃねぇか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。星野は真面目な子だから、挨拶もしないで帰ることはしないです。今頃、車の中でどうしようかと困り果ててるはずです」

 新しい缶ビールを開けて喉を潤した将平は、この熱い日差しの下でも涼しい顔をしている後輩を軽くにらみつけた。

「おまえもなかなかイイ性格をしてるよな。そんだけ小夜のことをわかってんなら、あんなことをしたら逃げ出すこともわかってたんじゃねぇのか?」

「いいえ。逃げ出したのは将平さんのせいですよ。髪を撫でるだけなら、固まるくらいで済むはずだったんですけど」

「ブラック草太、降臨」

 在校時期こそ重ならなかったが、卒業後に遊びに行ったり演奏会の手伝いをしたりで、将平は草太と何度か顔を合わせていた。そこで何となく気が合って、いつの間にか二人は飲み友達になっていた。だから、楽団を立ち上げることになったとき、一番最初に声を掛けられたのは将平だった。

 草太は小夜に楽団のメンバー全員に声を掛けたのは自分だと言っていたが、正確に言うと少し違う。途中からは顔の広い将平が団員の候補をあげて、草太が実際に会って入団の可否を決めていた。彼がノーを出した人間の中には演奏技術の優れた者も多くいて、将平は何度か草太に理由を問いただしたことがあったが、教えてはもらえなかった。

「今日、やっとわかったぞ」

「何がですか?」

「おまえのメンバーの選考基準」

 草太はキョロキョロと辺りを見回した。とりあえず、二人の会話が聞こえそうな距離に人はいなかった。将平もその辺は気を使っているのか、いつもより声のトーンは低い。

「ここは、小夜のためなんだな」

「……違いますよ。ぼくが吹奏楽をやりたかったんです」

「だったら、どうして田渕の入団を断った。あいつは東京在住だがプロのサックスプレーヤーだぞ。地元でも音楽をやりたいから、できる限りスケジュールを調整して北海道に帰るとまで言ってくれたのに」

「だって、申し訳ないじゃないですか。わざわざ来てもらうなんて」

「違うな。田渕が女にだらしねぇからだろ? 性格は悪くないが、見境ないからな」

 黙ってしまった草太に、将平はなお言葉を重ねた。

「他にもいたぞ。クラの安東は裏表が激しくて人の陰口はしょっちゅうだし、ペットの佐々木は神経質で言葉が嫌みっぽい。パーカスの丸山は気が短くて喧嘩早かったな。あとは、チューバの松川さんは女を馬鹿にしてるところがあるし──」

「わかりました! もう、やめてください。将平さんの言うとおりですよ」

「おまえは、小夜をどうしたいんだ?」

 草太は将平の手から飲みかけのビールを取り上げ、一気に飲み干した。

「星野は吹奏楽をまたやりたがってました。口にはしませんでしたが。でも、今の星野では既にある楽団の和の中には入っていけないでしょう。だから、あの子が普段通りでいられる環境を作ってやりたかったんです」

「ちょうど、大金も手に入ったしな」

「えっ! どうして……」

 将平は空になったビール缶を取り上げ、それで草太の頭を小突いた。

「今はネット社会だぞ。俺は普段、営業活動の役に立つかと思って地元の掲示板なんかを見るんだがな、そこで見つけた書き込みに『宝くじの換金に来た若い男が、銀行の奥に入っていった。もしかして、高額当選者か?』ってのがあってな。そこからそれほど間を空けずに、おまえが数億はかかる工事を持ちかけてきた。わからねぇはずがないだろ」

「一応、用心して人が少なそうな時間に銀行に行ったのに」

「まぁ、ここが田舎で高額の宝くじの換金ができる銀行が一つしかなかったのも悪かったな。これは俺の予想だが、書き込みをしたのは銀行の関係者じゃねぇか? 『王様の耳はロバの耳』ってな具合に、黙ってられなかったんだろ」

「いつかはバレると思ってましたが、最初からとは」

「俺をなめんなよ」

 将平は団員たちに視線を巡らせた。みんなそれぞれ楽しげに過ごしている。

「で、ここはおまえの理想の楽団になりそうか?」

「えぇ、きっと星野も楽に過ごせると思います」

 小夜の入団は最初から決定されていて、団員たちは草太からあらかじめ彼女に接する際の注意事項を聞かされていた。正直、団員の何人かは小夜は草太の恋人で、彼女を甘やかしたいがために自分たちも巻き込まれたのではないのかと反発した。そんな団員たちに、草太は根気強く何度も説明を繰り返した。今では、ほとんどのメンバーが小夜の保護者のような気持ちでいる。

「おまえも楽になれるといいな」

 将平の小さな呟きは、草太には届かなかった。

「あっ、星野が戻ってきた。将平さん、何もなかったみたいに迎えてくださいよ!」

 将平が草太の視線の先に目をやると、百合子と和に両手を引かれながら、渋々といった体で歩いてくる小夜がいた。そんな彼女を見守る草太の横顔には笑みが浮かんでいる。

「おーい、早くこっちに来てシュークリームを食え。おまえが買ってきたんだから、責任持って全部!」

 将平の前には、まだ二十個ほどの洋菓子が山を作っていた。

「そんなの、無理ですよ。先輩じゃあるまいし!」

 小夜の頬は、日に焼けたのか羞恥なのか、リンゴのように真っ赤になっていた。


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