#1 婚約者
窓から見える桜の植えられた美しい庭園を、うららかな日差しが暖かくつつみこむ。
月明かりで染めた淡い金糸のような髪、野に咲くスミレより儚く、気高いアメジストよりも濃い透き通った澄んだ瞳。私とよく似た特徴を持つ、背の高い青年が歩く様は美しく、庭の風景と相まってまるで一枚の絵画か、はたまた少女の頃に読んだ絵本の王子様のようだった。
けれど、彼は絵本に出てくる王子様ではない。だって、絵本の王子様はみんな無垢な理想の王子様だから。でも、本当の彼は清らかでないし、道徳的でもない。少女が抱く砂糖菓子より甘い理想ともかけはなれている。それどころか、最低なの。許されないことをしているのに冷静で、笑った顔はどんな宝石の輝きよりもまばゆくて、綺麗なの。 でも、彼は人として本当に最低だわ。
だって、私という婚約者がありながら、浮気しているみたいなんですもの。
最近彼は茶会や社交会の合間を縫ってはどこかに出掛けている。婚約する前も城下に出て朝まで帰って来ない、なんてことはあった。でも、今回は明らかに違う。目的を持って誰かと逢っているのだ。
併合予定の王国に用事だと言う日もなぜか嬉しそうに彼は、ブランデーをたっぷり使ったチョコレート・ボンボンや、最高級のバニラが香る贅沢なメレンゲクッキーなどを可愛らしい小さな箱に詰めて、ピンクや赤のリボンをかけて持っていくのだ。
……あれは、絶対に女の子へのプレゼントだわ。
普段は何に対しても無気力なあなたがあんなにソワソワして出かけていくのに、私が気づいてないとでも思ってるのかしら。
それとも、そんなことにも気づけないほど相手の娘に夢中なのかしら。