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初陣の鬼

珍しく、前書きに書くことが思い浮かばないので、このまま本編に進んでください。

 「おい……、起きろ。会社に戻ってきたぞ……。おーい……」

 頬を軽く叩かれて、ようやく意識が覚醒を始める。左腕に重さを感じつつ、ヘリの操縦者の声を理解しようと努力する。

 「ほら、降りた降りた。さっさと報告してこい。さっきから原山っていう人事から連絡が入ってばっかりなんだよ……」

 「俺、どれくらい寝てました……?」

 「三十分。ずっと起きなくて困ったんだから」

 寄りかかるサーティーに気が付く。まだ寝ているようだ。

 「す、すいません……。ほら、サーティー! 起きろ、原山さんのところに行くぞ」

 「うん…………ぐぅ」

 「ぐぅ……じゃない。ほら、立って」

 そうして、寝ぼけるサーティーを半ば引っ張るようにしてヘリから会社の内部へと戻ってきた。操縦者の話では、原山をかなり待たせているようだ。自然と足は早くなる。

 「あ、やべ。人事部の場所、分かんねぇや……」

 その後、少々強引ではあるがサーティーを起こし、無事に人事部までの最短ルートを辿ることができた。




 出発前と比べると、人事部は落ち着いていた。しかし、それも草介の姿を確認するまでのことであった。皆、草介を見るなり小声で近くの人と話し始める。そんなことに気付かず、ずかずかと原山のところまで到着した二人は疲れ切っていた。

 「原山さん……。只今、戻り、ました……」

 サーティーの途切れ途切れの挨拶に、原山は苦笑いだ。

 「はい、お帰り。本当は休養を優先してほしいんだけど、報告だけは急いでもらいたかったから」

 「いえ、構いません……。ペア、無事に帰還いたしました。ワクチンにも問題はありません。……ないよね?」

 「うん? あぁ、眠いこと以外は問題ない」

 「八木くん。良く戻ってきてくれた。ボクは嬉しいよ」

 これほどまでの笑顔を見たことがなかった。両肩に手を置かれると、軽く乗せられただけだと思うがずっしりと重いと感じた。

 「何より、工場防衛にも成功して戻ってこれたんだ、取りあえずは寝てくれ。初陣の鬼さん」

 「……鬼?」

 これ以上突っ込んで聞いてもよかったが、背中を押す原山の力に対抗しようとする気力は湧かなかった。

 「今日は休むんだ、いいね」

 そう促されてやってきたドアは、検査室のドアと変わらない。安らかな睡眠が期待できそうにない。草介は肩を落とした。

 「じゃぁ、原山さん。あとは私が」

 「ん、そうかい? それじゃぁお願いね」

 二人のやりとりが耳に入ると、草介の目はだんだんと閉じられてきた。

 「…………サー……ティー……。悪い、疲れた……」

 「お疲れ様。今日は眠って」

 ドアを開けたサーティーは器用に草介を部屋の中まで運び、横に連なるベッドのひとつに促す。草介も、崩れてはならないと、足だけは気力で動かした。

 「…………工場は、守れた……よな? これで、よかったんだよな?」

 「そう、八木くんは頑張った。みんなも頑張った。だから工場は守れたよ。だから……おやすみ」

 「…………」

 最後はうわ言のような、なんとか呂律が回った会話だった。


:-:-:-:-:-


 その日、草介は両親とともに遊園地へと遊びに来ていた。小学校も低学年が過ぎ、たまには贅沢に遊ぶのも悪くないという、父親の言葉から始まった。

 「それでは皆さん、心の準備はよろしいですね? ここからあなたの目に映ることを、信じるかはあなた次第。それではオバケの世界へ――――」

 快活な喋り方から、背筋を這う一滴の水のような緊張感に変わっていくアトラクションの担当MC。森の奥に(たたず)む大きな屋敷から、そのまま持ち出したのではと疑うほどの、(つた)が這う見事な木製の観音開き。MCが扉の押し開いていくと、徐々に響き始める木の軋む音が恐怖を掻き立てた。これら全ては偽物である。こんな暗い場所では人間の視覚に限界があり、『それっぽく作れば、それっぽく見える』のである。ただ、瞬間的に本物だと思わせるだけの技術力は、遊園地のアトラクション制作部門の底力であろう。少し目を凝らせば、観音開きの両側には壁から覗くスピーカーも見える。

 だが、これらの存在を忘れさせるMCの誘導。八木家を含めたアトアクション参加者は、徐々に作られた恐怖に晒されることになる。


 「今では忘れられた大富豪、そのご主人と奥様がこのお屋敷で余生を過ごしていました……。ある時、勤めていた人の一人が突然、『変なもの見た』と、奥様に相談したそうです……。そう、例えば……その床」


 必要以上に警戒心が強くなる恐怖系のアトラクション。先頭を歩く者に指と言葉で誘導されれば、きっと怖いものがあると分かっていながら、警戒のために参加者の視線は見事に床へと誘導された。


 「見えるでしょう……。わらわらと、富豪の(とみ)にすがろうとする亡者(もうじゃ)が……!」


 参加者の、特に女性の悲鳴により、MCの語尾を聞き取ることは不可能だった。それからも、大富豪の屋敷に住み着いた幽霊や怨霊などの恐怖を擬似体験しながら進むが、草介にはどれもピンと来なかった。


 「よく、ここまでたどり着きました……。目の前、あれがこの屋敷の主が生前に抱えていた頂点……。黄金、各地から出土した希少金属などなど……、主を失った今でもなぜか、光り続けています……」


 アトラクションの最終局面、屋敷の主が持っていたとされる宝の数々を目の前にする。もちろん、本物の(きん)をここまで用意することは不可能だろう。これも、制作部門の意地をかけた力作に違いなかった。色とりどりに輝く宝物(ほうもつ)を見ながら、MCは続ける。


 「この屋敷には、何人もの使用人が仕えていました。その中には、主人が持つ宝を狙った物も少なくありませんでした……。しかし、宝を盗むためには持ち主が邪魔になる……、その考えから使用人から命を狙われる日々。ただ、一度も主人の命を奪うことには成功しませんでした。……たった一人を除いて」


 目の前に積まれている宝の山の(かげ)から、白いエプロンを赤に染めた若い女性の使用人……のマネキンがゆっくりと参加者の方へ移動してきた。そう思うと、片手に携えた布袋に金品を詰め込むしぐさを始めた。どうやら、この使用人が唯一、主人の殺害に成功したようだ。


 「なんと言うことでしょう……! 主人は一番に信頼していた使用人に殺されてしまいました。彼女は、主人を(あや)めた夜に、宝を持ち出そうとしました」

 『え? キャーーーーーーー!!!』


 突如、マネキンに搭載されたスピーカーから悲鳴が聞こえた。今ではパンパンに膨らんだ布袋を床に落として、身体全体を震わせている。徐々に膝から崩れ落ちる仕草を参加者に見せつけながら、最後には宝の山を目がけて倒れ込み、動かなくなった。


 「……うぅぅ」


 草介は気づかれないように両親の傍に近寄った。これまでは“オバケ”の(たぐい)だったが、ここに来て本物の死体を連想させることが起きた。マネキン一体の演出だけなら派手ではないが、夜が明けた演出なのか、参加者の視界はだんだんと明るくなり、周囲には同じような使用人が何人も控えていたことに気付かされた。後から視界に入った使用人たちは血で汚れていないが、主人を殺めた使用人が宝に触れてから、バタバタと周囲の使用人も崩れ始めた。これが、この屋敷に“人間”が居なくなった理由だろう。MCは大詰めだとばかりに気合が入っていた。


 「大変ですっ! 死んでしまった主人の未練でしょうか、この屋敷にいる人たちが次々に……」


 そこで雷が(とどろ)いた。スピーカーから発せられたことは承知だが、音の大きさに身が(すく)む。その音に(まぎ)れるように、アトラクションのマネキン、そして参加者の一人も崩れ落ちた。


 「…………え?」


 雷鳴(らいめい)は休まず参加者の耳を襲う。その度に、参加者は一人、また一人と床へと倒れ込んだ。これが擬似体験の一部なのだとしたら、いったいどんな手段で昏倒させたのだろうか。しかし、草介にそれを考える余裕は最後まで生まれなかった。


 「お、お客様っ!! 大丈夫ですかっ! お客様!!」


 それまで、アトラクションの雰囲気を作り出すために喋り方を工夫していたMCが、いきなり『お客様』という言葉を使った。何が起こっているのか分からない。そんな気持ちでMCも叫んだのだろう。だが、アトラクションの制御装置は時間通りにカラクリを動かしていく。さらに時間が経過して、これまで鳴っていた雷も()み、明るくなった視野を喜ぶ頃には、鈍く光る銀の殺意に気付くことになった。


 「お父さんっ!! お母さんっ!!」

 「黙れ、ガキがぁ!!」

 目の前に父の大きな背中が見える。そのすぐ横には父に密着するように母の背中も見えた。二人の足元からこれまでに何が起きたかを想像することは簡単だった。照明が落とされた空間では気づけなかった赤の池。マネキンとは違い、柔らかく関節曲げて床へと倒れ込む人たち。二人の間から見えてしまった、命を奪ったであろう拳銃。…………全部、嘘であってほしかった。


:-:-:-:-:-


 寝覚めは最悪である。

 夢見慣れた光景に汗のひとつも流れないが、心臓だけは存在を主張していた。

 上体だけ起こしてみると、まるで入院病棟のような一室に寝ていることが分かった。ベットは他にもあり、草介と同じワクチンが数人、まだ寝ていた。

 「……今、何時だよ?」

 『朝の八時だ。早起きで何より』

 『私もいるよ』

 ベッド脇のスピーカーから、原山とサーティーの声が聞こえた。

 「……覗き見とは、いい趣味じゃねぇな」

 『あぁ、ゴメン。勘違いしないでくれ、偶然なんだ』

 「偶然?」

 『八時になったらちょっとだけ八木くんの様子を確認して、それからすぐに見るのはやめようって、そう決めてたんだ。そうしたら、確認を始めた瞬間に起きちゃうもんだから、ね』

 「……悪かった。それで、起きた俺はどこに行けばいい?」

 不機嫌そうに頭を掻くと、風呂に入りたい気分になった。このまま原山へその旨を伝えてもよかったが、原山に先手を打たれた。

 「まずは入浴だ。初陣で生き残った君への賞賛と身の清潔のために」

 「……ありがとさん」

 それから数分。ドアが開くとサーティーが入ってきた。いつ休んだのだろう、草介と違ってシャキシャキと歩いている。状況に慣れているだけなのだろうか。

 「おはよう、八木くん。原山さんから聞いてるよね。お風呂に入ろう!」

 「…………おー」

 力のない返答をすると草介の耳には、サーティーの元気な声が良く響く。

 「元気ないなぁ。いいから来なさい!」

 そうしてまた、防衛戦に引っ張られていったように、サーティーに手を引かれるのだった。

 「…………もうちょっと身長があって、年齢も俺と近ければ、鼻血ものなんだけどなぁ」




 エレベーターを乗り継いでいった先は、かなりの地下だと思われた。

 肌に感じる熱気と湿度、そして若干の硫黄(いおう)の香り。

 まさかそんなことは。そう思いながらも頭を駆け巡る『温泉』の二文字をかき消すことはできなかった。

 「やぁやぁ、八木くん。元気そうでなによりだ。…………鼻に詰まっているティッシュを除いて」

 軽く背中を叩こうと上げた手を静かに下ろしながら、原山は脱衣所のカゴへ衣服を入れていく。恨めしそうに鼻に詰めたティッシュを抜くと、草介もまた、原山に(なら)った。

 「鉄のにおいと硫黄の香りを同時に嗅ぎたくはなかった」

 「硫化鉄(りゅうかてつ)

 「…………ちくしょう」

 「名物の温泉卵はいかが?」

 「いらねぇよ!!」

 怒らない怒らない。(なだ)める原山と一緒に扉を過ぎれば、そこには名物旅館顔負けの大浴場が広がっていた。しかも早朝。人が少ない今が、最高の時間なのだと原山は言う。

 「……俺、生き残ったな」

 「信じていたよ、ボクは」

 身に沁みる温かさを感じて、衝撃的だった昨夜の防衛戦を思い出す。死んでいった者たちを振り返るには彼らを知らな過ぎる。しかし、忘れることはできなかった。

 「次もこうして温泉が使える未来が見えない……」

 「考えてごらん。どうして生き残ったのか」

 言ったきり、原山は眠るように目を閉じた。

 「どうしてって、そりゃぁ…………、サーティーと一緒だったからだろうよ。俺一人だったら今頃ここにはいない」

 「サーティーと一緒だったから。それは、君にとって苦痛だったかな?」

 否定や肯定の言葉は浮かばなかった。

 「必要だった……が、俺の答えだ。何より苦痛なのは、アイツらの相手をしなくちゃならないことだ……」

 「…………温泉卵はいかが、初陣の鬼さん?」

 「…………またか」

 後から聞いた話では、ジャンキーとの初陣で生還するということは、すなわち『よっぽどの幸運』か『技薬の使い方を早々に熟知した』かのどちらかだと言う。草介の場合は無意識の後者であったということになる。

 「俺が苦痛だって言ってるのに、説教もしなければ家に帰そうともしないんだな。何考えてるんだよ?」

 「昔の自分を見ているようでね、こう……難しいな」

 「原山さんは何が苦痛だったんだ? …………答えたくなきゃいい。忘れてくれ」


 ――――原山、お前の苦痛はなんだ?


 「ボクの苦痛かい? ははは、何年もジャンキーの相手をしてるとね、そんなことも考えなくなってくるんだよ。…………あ、すまない。少し君に失礼だった」

 「いや、別に……」


 先輩、俺の苦痛は――――


 「そうだねぇ。苦痛って言えば、ワクチンが死んでしまった時だ。少なくとも、人事の人間は一度は言葉を交わすだろう。それがケンカ腰なのか、諭すような物言いなのかは関係ない。人事には情が移りやすい人が多いから。(とむら)ってやれない悔しさが、いつまでも、何人分も背中に圧し掛かる。だから収集課を鍛えるんだ。慣れないワクチンを最初は引っ張り、いつかは息の合う、最高のパートナーとして」

 原山の目はまだ閉じたままだ。そこから推し量れることは少なく、草介は黙って原山の言葉を促した。

 「原山さんは俺に強いと言った。俺はそれを信じていんだよ。…………そうしなくちゃ、どこかで折れそうだった」

 「ボクの言葉が少しでも力になったなら、嬉しいな」

 君は強い。技薬への適性が云々(うんぬん)、初めてにして収集課と一緒に云々。散々聞いた文句が、窮地の草介を支えたのは事実だ。何故だ。

 「八木くんはね、ボクたちの支えなんだよ。ただ強いワクチンならばいくらでもいる。君も見たはずだ。だけど、何かが違う」

 「何が……違うんだ?」

 「そのパターン……。これまで技薬の効果を体内でブーストさせるワクチンはいた。今でも活躍しているし、これからもきっと見つかるかもしれない。でもね、八木くんの増幅量は凄まじく大きいんだ」

 「サーティーも言ってた。たしか、俺は技薬の効果を十倍にも跳ね上げるって」

 「稀に見られるパターンならば、是非とももう一人くらいは欲しいね」

 「……そんなに貴重なのか、俺のドラッグ・パターンは」

 黙って頷く原山に、先ほどの言葉を思い出す。


 俺は……支えになれる、のか?


 少し、のぼせたかもしれない。

お読みいただきありがとうございます。このセリフもテンプレート化しているみたいに読まれるかもしれないですが、感謝感謝です。


今回はちょっとした過去の話を挟んだところで、膨らんでしまい、挙句に最後の内容がふらつきました。次回は安定させたい。


では、次話にて。

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