ペア・コンバット
前回、閑話を挟みました。今回から本編再開です。
一日に二度、ジャンキーと対峙することは異例なのか。草介には初めての場所であるプロト製薬から、これまた乗るのも初めてなヘリでの移動。極め付けは、技薬工場の防衛を目的としたジャンキーとの戦闘……。さすがに、気力体力が枯渇する。
「八木くん、ごめん。これが終わったら休めるから。それまで耐えてほしい」
「休むためには、凌いでみせろ、と……。これまではどうやって対処してきた?」
暗闇の先、徐々に姿が確認できるようになっていくジャンキーの数は十体もいない。先行したペアと草介たちを含めて囲めば、殲滅も夢ではないかもしれない戦力差。
「不安を煽るようで悪いけど、私もこうやって工場防衛は初めてなの……。複数のジャンキーを相手に動いたことはないわ。でも、見て。彼らと一緒に確実に一体ずつ仕留める。これまではそうやって動いてきたそうよ」
「協力して倒すようなことは? ……って、まずい!!」
突如、先頭を歩いていたジャンキーが一体、工場目がけて突進してきた。どうやら複数で押し寄せるということを考えられていないらしい。このまま何もしなければ、方法は分からないが壁でも何でも突き破って工場への侵入を許してしまうだろう。
「フィフティーン、ヤツを止めるぞ!」
「はいっ!」
返答の声からして、女性だということが分かった。そのローブの隙間からタブレットを口に含んだ姿が見え、次の瞬間にはローブの周囲に蜃気楼が発現した。声を上げたペアは互いにジャンキーへと駆け出し、速度、歩幅、全ての行動を揃えている。もうすぐジャンキーと接触する瞬間、ペアは間隔を少し開けてジャンキーの左右に着地した。直後のジャンキーの耳障りな悲鳴から、ペアが技薬の効果を使ったことは推測できるが、ジャンキーの身体が上下で分離されるような効果を想像することはできなかった。ただ、微かに耳に届く小さく高い音が、何かが高速に振動していることを予感させた。
「…………すげぇ」
「『協力して倒す』。たった今、八木くんの言ってくれたことだよ。これが私たちの戦闘スタイル。私は何度も戦闘の練習は重ねてるから、あとは八木くん次第」
「できる……とは、言わないぞ……」
「ありがと。必ず私の次に一発入れる、これを守ってほしいの。自分が打ち込むときは、逃げることを考えて」
後方からゆらゆらと近づいていたジャンキーが、動きを止めた。低く唸るりながら目を光らせる姿は、仲間の死では目的を諦めないと言っているようだった。ここで、サーティーは技薬を飲んだ。
「…………サーティー。何を飲んだ?」
「さっきと一緒。だから必ず私の後にね」
「了解だ……」
唸り声は咆哮となって押し寄せた。一体、また一体と工場目がけて突き進む。ジャンキーが複数押し寄せる光景には、一種の絶望が感じられる。だが、工場を背に立つ人間に、その感情は邪魔なだけだった。
「ここを守るぞ!」
先行していた、きっと何度か工場の防衛に参加したことがあるワクチンが叫んだ。これを合図に、ペアはそれぞれジャンキーへと向かっていく。出遅れた草介を含む初の防衛参加ペアは、収集課に助けを求めた。
「サーティー、どのジャンキーに向かえばいい!」
「ジャンキーが固まっている方向に走って! 絶対に素通りなんかさせたらダメだよっ!!」
先行隊の背中を目印に、草介とサーティーは地面を蹴った。向かう先のペア数は四組み。ジャンキーは五体。ここに草介とサーティーが加われば、一組一殺の計算で戦闘は進むはず。別れてしまったペアたちの方は、数では押してるはずなので抑え込めば対応できるだろう。目の前では、声を張り上げたペアを含めて、それぞれがジャンキーに対して技薬の効果を使い始めた。その合間を縫うように、速度を増すジャンキーが一体、草介たちを目指す。
「順番は守ってね! 私からだよ!」
草介は速度を落とし、サーティーの身体を先行させた。サーティーのローブを後方から見ながら、彼女が飲んだ技薬を思い出す。
『さっきと一緒。だから必ず私の後にね』
「ちょっと止まってね!」
ローブから発現した歪みが液体へと変化していく。それをジャンキーの足元目掛けて放水した。片足を完全に濡らすまで被ったジャンキーは、その液体の効果を知らずに走り続ける。
「お待たせ、八木くん」
草介は既に右手を手刀の形にしていた。腕を水平にして身体の前で構えがら、今度はサーティーが速度を落とし、草介が先頭を走る。すると、ジャンキーの体勢が急に崩れ、地面に縫われたかのように片足が動かなくなった。氷漬けとなった足は動かすには難しく、立っているのが精いっぱいのようだった。
「はぁ!」
構えた右手を横に振りぬく。ただ、目の前の怪物を倒すために。
「や、やめろーーー!」
草介の目の前のジャンキーは朽ちていた。もう動くことはない。初の防衛戦にしてジャンキーを一体仕留めることがどれほどの戦績かは不明だが、草介ほど動けないワクチンも存在する。初めてジャンキーを見る、そんな不運な場合などがそうだ。
「サーティー、間に合うか!?」
悲鳴は背後から、しかも距離がある。草介は、絶対に間に合わないと踏んでいたが、叫ばずにはいられない。後ずさるワクチンを見て、サーティーはペアであるはずの収集課を探した。
「…………っ!」
収集課に気付く前に、ワクチンを狙っているジャンキーの口元が赤いことに気付いた。地面には、ボロボロになった赤いローブが風に翻っている。涙は、出なかった。
「八木くん!」
「まずはお前からだろっ!」
液体が届く距離まであと数秒、サーティーの速度は限界だ。
「あぁ、もう! サーティー動くなよっ!」
「え?」
アスファルトを裂く巨大な刃。それがサーティの真横を駆け抜け、へたりこむワクチンと獲物を狙うジャンキーとの間を通過した。動くなと言われながらも走り続け、一瞬の間がジャンキーに生まれたことで、サーティーは放水が届く距離までジャンキーに近づくことができた。
「こんのぉ!」
冷静ではないから、ジャンキーの足元は狙えない。放水はジャンキー全体を濡らし、徐々に行動が鈍っていく。
「下がれ!」
草介は再び、サーティーの前方へと出て、刃によってジャンキーを切り裂いた――――。
ヘリ到着から一時間。
ジャンキーは全て倒された。今、工場を背にして立つことができる者の中に草介がいることが、自身の中で最高の驚きとして残っている。
「これで防衛、成功なのか…………」
身体の半分を失くしたワクチンを抱えて嗚咽を漏らす収集課。また、その逆も……。無傷の工場のために出た人的被害は、草介の想像を超えていた。
「これまでも、防衛に成功した事例はある。でも、その時の人的被害は二度と聞きたくないものだった……。防衛が失敗したときはね、みんな口を揃えて言うんだよ。『次は勝とう』って……」
「失敗でも、人的被害は出るんだろう? 俺にはそんなポジティブに考えられない……」
「人的被害? 出ないよ。工場以外、被害なんて出ない。だって、みんな逃げちゃうから」
理由は様々と、サーティーは言う。恐怖心、人事からの命令、捨て駒の工場……。
「こんなこと、聞きたくないが……。どうしてどのペアも逃げなかったんだ?」
「ここは普通の工場じゃない。技薬を精製している場所。数少ない精製工場が落ちると、私たちにとっては最悪の打撃になるから」
聞きながら、ふらつく足は疲労からだろうと決めつけた。立っているのもやっとの身体となるまで、草介は二体のジャンキーをサーティーと協力して倒していた。
「……引き上げるぞ」
虚しい、勝鬨となった。
ヘリに戻り、疲れた身体を椅子へ投げ出す。立てる者は来た時と同じヘリに乗るが、立てない者は新たに到着した小型のヘリにて輸送されるらしい。限られた範囲に人が収まると、先ほどの人的被害がどれほどのものだったかが把握できる。もう、ペアと呼べるのは当初の半数くらいである。
「……八木くん」
「…………」
「今日みたいな防衛を、これから何度も頼まれることになる。それでも、ジャンキーを相手に戦ってくれる?」
「…………」
「君のパターンは珍しい。それに、強い……。これからも私たちの力になって…………」
「…………ぐぅ」
「…………」
踏みつけようと上げた足を、サーティーは戻した。
「(今回だけは、許してあげよう……)」
目を閉じたサーティーの頭は、睡魔によって草介の方へ傾く。技薬の効果が残るサーティーに適度な冷たさを感じながら、草介は会社に戻るまでの数分間、深い眠りに落ちた。
-=-=-= ジャンキー対処報告 =-=-=-
・対処内容:技薬工場の防衛
・工場被害:損害なし
・出動ワクチン数:十名 (四名損失)
・出動収集課数:十名 (三名損失)
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次回の更新は遅めです。(保険)