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技薬

どうも、赤依です。


活動報告の方から更新予定をお知らせしましたが、どうやらこちらの手違いで更新されていなかったようです。申し訳ありませんでした。

 ジャンキーと呼ばれた怪物との対峙に一息つき、エフェクト・サーティーと名乗った少女は通信端末のような機械で応援を呼んだ。質問を浴びせても納得いかなかった草介は、サーティーに対して小言のような愚痴を零し続けた。聞いてるのか聞いていないのか、サーティーは半笑いで全てを受け流し、応援の到着まで粘った。

 「ご苦労だったね。……まさか生け捕りとは」

 「ご足労、申し訳ありません。原山さん」

 「いや、気にしないでくれ」

 草介を相手に敬いの気持ちを欠いた態度を示していた時とは一変、サーティーはとても落ち着いた声で原山という男と話していた。同時に到着したジャンキーの収容作業を行う作業員とは異なり、折り目のはっきりとしたスーツに身を固めている。

 「……君が、八木くんだね」

 「そう、ですけど」

 はっきり言って、自分に不利な状況が続いている。そう感じた草介は相手の出方(でかた)に応じるしかなかった。

 「話すべきことは山ほどあるけど、こんな場所で長時間の立ち話もスマートじゃない。君には二つ、選ぶことができる。一つは今から僕らについてくること。もう一つは、このまま全てを忘れて回れ右だ」

 「……はっきり言います。俺はね、意味不明なヤツらに追いかけられて、もしかしたら変死体になっていたかもしれないんです。挙句の果てに、変な薬を飲まされた……。あんた達は全部知ってるかもしれないけど、こっちの身にもなってくれ……」

 捲し立てるように言葉をぶつけるのを見て、サーティーと原山が顔を見合わせた。

 「説明しないとは言ってないじゃん。少しは受け入れようって考えはないの?」

 「受け入れたとしてっ!! …………また襲われるんだろう、アレに。俺は御免(ごめん)だ」

 回収作業が終わった直後のようで、回収班と思しき人々が大型車両に乗り込み始めた。原山は時間を確認すると、回収班へと何かを伝えていた。

 「八木くん、どうしても嫌かな? 君の質問には全て対応するし、訓練だって施す準備があるんだ」

 「訓練? アレと戦えって? 冗談じゃない」

 草介の顔は原山を、目の前のすべての人間を嘲笑していた。

 「もう話しても無駄だ……あんた達みたいな訳の分からないモンについては行かな……」


 「…………ボク達の助けになってほしい。この通りだ」


 生身の人間にとっての最大の弱点が、草介に差し出された。読み取れない表情からは誠意を測れないが、続く言葉に籠る感情が、少しずつ草介の心を()く。

 「まだ薬の効果が残っているはずだよ、八木くん。今ここで目の前の頭を潰せば、“訳の分からない”者は二度と君の前に現れない」

 「何言ってんだよ、あんた……」


 「今日を忘れたければ、ボクを殺せ。自由になった君への危険は自己責任だけどね」


 気づけば、弾かれるようにしてサーティーが草介と距離をとった。バックステップを重ねながらローブの周囲に歪みを生じさせ、敵意をむき出しにして。ジャンキーとの戦闘のように飛びかかることはせず、草介の指の動きすら見逃さないくらいの意志で草介を睨んだ。

 「悪いね、八木くん。いきなり頭なんか下げられても、困るだろう。でもね、君が必要なんだ。断るならば薬の効果が切れる前に一思いにやってくれ。サーティーは…………君よりも強いかも」

 「……頼んでんのか、(おど)してるのか、はっきりしろよ。なぁ、頭上げてくれねぇか?」

 「返事を聞いたらね」

 仮に草介の返事が否定的なものだった場合、二度と原山の頭は上がらないだろう。そう考えているのは、先ほどから無言で睨むサーティーだけかもしれない。

 「あんた、薬は飲んでるのか?」

 「ボクはデスクワーク専門でね。君が言うような薬は飲まないんだ」

 「そうか……。それなら安心した、ぜっ!」

 素早い拳が、原山の後頭部…………の、上を通過してサーティー目掛けて突き出された。豆鉄砲を食らったような表情を一瞬で引き締め、ローブの周囲から水分を大量に放出したサーティーは後悔した。


 「逃げて原山さん!!」


 しかし、衝撃波と放出水分が互いに衝突した。水分が原山へと届く前に、高架下に雨を降らせた。アスファルトを湿らしたその水分は、徐々に凍結しているらしく、アスファルトに(しも)を着せていった。

 「な、何するのよ八木くん!!」

 「…………本当に何も飲んでなかったんだな」

 「言っただろう、デスクワーク専門ってね」

 「ちょっと!! 聞いてるの!?」

 そこで頭を上げた原山は、草介の手を固く握った。

 「良い返事をありがとう」

 「質問には全部答えてもらうぞ」

 「もちろんだとも」

 「無視しないでよねー!」

 その後、サーティーは身長を生かしたローキックを草介に加え、原山にも小言を並べた。


><><><><><


 「…………狭い!」

 「贅沢(ぜいたく)言わないでよっ!」

 氷漬けのジャンキーと草介を新たに乗せたワゴン車は、鮨詰(すしづ)め状態だった。

 「人を乗せたきゃもう少し余裕のある車でも引っ張ってくればよかっただろう! えーと……」

 「原山、ね。いや~、まさかあんな良い返事がもらえるとは期待してなくてさぁ。それに、八木くんが断ればボクは車に乗れなかったわけだし」

 「ちょっと! 誰が運転するのよっ!」

 「あれ? サーティーは免許持ってないの?」

 「この(とし)で持てるかっ!」

 運転する原山に言葉で噛みつくサーティー。ジャンキー回収班は原山の運転が気がかりなのか、冷や汗を流しながらこのケンカ眺めていた。

 「この歳って……。そういえばお前、いくつだ?」

 「へぇ……レディ(・・・)に年齢を聞くの?」

 サーティーが精一杯の妖艶(ようえん)な表情で草介を下から覗いた。両腕を身体の前で挟んで何かを寄せているようだが、草介には何を寄せているのか分からなかった。

 「原山さん。こいつ、いくつ?」

 「まぁ、当然の疑問だね。サーティーは今年で十歳だよな?」

 サーティーの動きが止まる。目は閉じられ、先ほどの悪ふざけの雰囲気が立ち消えた。

 「ねぇ、原山さん。運転を邪魔して事故を起こすことくらい、簡単にできるよ?」

 「ゴメンゴメン……」

 「十歳って、まだ小学生じゃないか……。どうしてあんな……」

 視線は無意識に後部座席に冷凍保存されているジャンキーへと流れる。怪しげな大型装置に囲まれて、ジャンキーは微動だにしない。

 「理由があるのよ、()には」

 「はいはい、まずは身長を伸ばそうねー」

 原山の頭頂部に振り下ろされた小さな拳が、常に運転を危うくするのである。


><><><><><


 緊張の中でも、疲労は襲ってくる。草介は車中で寝てしまった。気を抜けば何が起きるか分からない状況から、何を考えているのか分からない人に囲まれていても。

 「……サーティー、彼を起こしてくれ」

 「ん。……ほら、八木くん、起きて。車から降りるよ」


 『早く降りろっ!!』


 草介の瞼が少し、強く閉じられる。サーティーも少しだけ強く身体を揺する。

 「疲れてるのは分かるけど、降りてくれないと話もできないんだけどなぁ」


 『●にてぇのか!? え? これが何か分かるよなぁ……?』


 「……原山さん、起きない。どうしましょうか?」

 「困ったなぁ……。耳元で手でも叩いてみる?」

 「あ、それいいですね」


 『良く見ておけ……。お前の●ちゃんと●ちゃんの最後の姿だ……』

 『やめてっ!!』


 パンッ!


 「サーティー!」

 原山が、草介の腕を掴んでいる。その草介の腕は、耳元で叩いた手をすり抜けて、サーティーの首を絞め上げていた。

 「…………がっ……はっ!!」

 「八木くん!!」

 「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 少女の細い首には、男の両手は余った。原山に何度も名前を叫ばれ、ようやく手を緩める頃には、草介は滝のような汗をかいていた。

 「…………」

 意識が覚醒されると、守られるようにして抱えられているサーティーを見て戦慄した。サーティーは意識があるものの、両目に涙を溜めて草介を睨んでいる。

 「あ、……いや、違うんだ…………これ、は…………その、夢、見てて、それで、ちょっと勘違いして……」

 背筋が冷たい。先ほどから冷めた目で見つめてくる原山の視線が、背中まで貫いているかのようである。

 「……八木くん。驚かせたのなら謝る。だけど、これは……」

 “異常だよ?” 言われなくても聞こえてくる突き放すようなセリフに、数秒前まで凶器となっていた手が震える。足も脱力した。自分以外のすべての人間が忌避の目で見つめていると錯覚する――――。


 「……ごめんなさい。だから…………」


 原山に抱えられたサーティーは、片腕を草介へと伸ばす。首を絞められたにも関わらず、どこまでも、伸ばせるだけ伸ばした。

 「いや、悪いのは……俺、だから」

 「何があったかは知らないけど、取りあえず降りてくれ。目的地に着いたよ」

 気づけば視界を覆うコンクリートの壁。どこかの駐車場に到着したらしい。深い呼吸を繰り返しながら緩慢な動作で車を降りても、抜けた力はなかなか戻ってこなかった。先を歩き始める原山と、背後を気にするサーティーに恐怖を覚えるが、気持ちだけは二人を追いかけた。

 「八木くん、気分が悪いのかい?」

 「……いや、気にしないでくれ」

 首を絞めた感触を、食い込ませた爪で消し去った。




 「さて、八木くん。君に会ってもらいたい人がいる」

 灰色の駐車場から重い扉を隔てると、世界は一転して白色となった。もしここが何かのオフィスだったなら、足音が吸い込まれるカーペットが敷き詰められた風景だったはずだが、壁、床すべてが白を基調とした病院のようだった。一定の周期で足音を刻む原山の前を、サーティーはさらに早い周期で音を刻んでいる。

 「まだいるのか……」

 「八木くんが望むすべての答えを持ってる人だ。簡単に言ってボク達の責任者ってとこかな」

 白衣を纏う数人の集団とすれ違う。携帯電話を片耳に当てるスーツ姿の男性が追い抜かす……。(せわ)しない空間に、草介の歩調も自然と早まった。途中、エレベーターに乗り込み階下を指定した原山に疑問を投げた。

 「どこまで掘ってあるんだよ、この場所は?」

 「正確には分からないけど、かなり深いよ。地上まで一苦労なんて時もある」

 サーティーは相変わらず黙ったまま、原山を盾にするように付いてきていた。数分後にエレベーターが目的の階層で止まった。

 「ここか?」

 「そうだよ。サーティー、頼めるか?」

 「うん。…………失礼します、収集課のサーティーです。いらっしゃいますか、天霧さん? 先ほど原山さんからお伝えしていただいたワクチンを連れてまいりました」

 「……ワクチン?」

 エレベーターに備わっているマイクに呼びかけるサーティーの声は、事務的な内容を淡々と述べるために抑揚がない。

 『遅かったじゃない。いいわ、入って』

 「失礼します」

 草介の耳には、天霧と呼ばれた人物の声が不自然に聞こえた。スピーカーを通しての音声でも、ここまで変に聞こえるものだろうか。草介は様子見も兼ねてサーティーに声をかけた。

 「このエレベーター、変声器でも使ってるの?」

 「それ、本人の前で言わないで、絶対に」

 そうして、サーティーにより押された開閉ボタンによって、エレベーターの扉はゆっくりとひらいていく。

 照明は少しだけ落とされているのか、部屋全体が微かに青い。黒く塗りつぶされていないのは、巨大な水槽に泳ぐ数々の熱帯魚が放つ極彩色豊かな鱗が原因のようだ。唯一のはっきりとした光源として、一台のノートパソコンが立ち上がっている。その液晶の光によって、この部屋の(あるじ)の存在が認識された。

 「どうぞ、こっちまで来て。ここにワクチンを連れてきたということは…………期待していいんでしょうね、原山ちゃん?」

 “原山ちゃん”。草介は慌てた。サーティーは目を細めて、天霧という人物を見つめている。

 「え、原山ちゃん? ……(いて)っ!!」

 サーティーが、その小さな足で草介の足を踏みつけた。『少し黙って。』そう言っている気がした。

 「過度な期待は精密検査の結果次第ということで……。では、改めて。天霧さん、こちらがサーティーの見つけた新たなワクチンです。先ほど、突発的に現れたジャンキーをサーティーと供に無力化しました。久しぶりの生け捕りにも成功しています」

 「生け捕り? 本当に! いやぁ、被検体が増えるなんてうれしいわねぇ」

 「…………。(いて)っ!! 今度は何だ!?」

 「自己紹介くらいはしたら?」

 もう、見るからに怪しい人物に対して自らの情報を明かすのは危険行為であると、警鐘が鳴り響いていた。それでも、ここまで来て無事にやり過ごそうというのが、無駄な思考なのかもしれいという思いもあった。

 「あぁ、もう……、分かったよ。……「はじめまして、八木草介で…………」」

 「驚いたかしら? なるほど、お名前は八木くん、っと」

 同じセリフが二人分。その後に笑う天霧の、挑戦的な表情。草介はジャンキーと対峙した時のように警戒心をむき出しにした。

 「天霧さん、彼はまだ薬のことを良く知りません。あんまり刺激しないでもらえると助かります」

 「あら、そうだったの? それは悪いことをしたわね。じゃぁ、説明する前に収集課の子からさっきの話を聞こうかしら」

 「はい。先刻、通常通りに業務をこなしていたところ、ジャンキーと遭遇して逃走中だった、こちらのワクチンに出会いました。試薬を服用させたところ、驚くべきことに、何台もの自転車を簡単に吹き飛ばす威力を射出しました」

 「それ、本当なの?」

 今の内容を聞いて少しだけ余裕を失ったのは天霧だった。

 「飲ませたのは試薬なのよね?」

 「たしかに試薬です。その後、ジャンキーが追い付いてきたため、私自身も技薬を服用。ワクチンの試薬による援護を受けながら、生け捕りに成功しました」

 「彼の技薬を生かす体質は本物だと、ボクも感じます。ちょっとしたやりとりがあり、ワクチンがサーティー……収集課へ力を使いました。その際に、防衛の目的で収集課も力を使いましたが、結果は相殺(そうさい)です」

 交わされる会話のすべてを、黙って聞いていると、草介に理解できるのは大筋の内容のみで、飛び出す単語の意味などはさっぱりだった。堪忍袋の小さい草介は、いい加減に口を挟んだ。

 「……原山さん。いつ、説明してくれるんだ?」

 「おっと、そうだった。それじゃぁ……」

 「私から伝えます。八木くん、あなたが飲んだ薬が、ただの風邪薬じゃないってことは理解していると思います。これは技薬(ぎやく)といって、身体に対して強制的に異能を組み込むものです。そうは言っても有効時間があります。もう衝撃波は出せない時間です。試してみますか?」

 「え? お、おう……」

 突然の丁寧な口調のサーティーに違和感しか覚えなかったが、説明だと先ほどのようには物を吹き飛ばすことができなくなっているらしい。草介は、近くの机上に立っている花瓶に向けて拳を突き出した。

 「…………あれ? 本当だ、吹き飛ばせない」

 「八木くんが服用した技薬は、その人がワクチンに成り得るかを判断するために用いらる試薬(しやく)です、本来は(・・・)。効能は、強い意志を伴う動作に対して微弱な風圧を出力するものです、本来は(・・・)。床に置いてある紙が少しだけ飛べば、それでも十分な威力として認められるものなので、ジャンキーを吹き飛ばすほどの威力なんて出力されないんです、本来は(・・・)!」

 「お、おう……。じゃぁ、さっきの天霧……さん? の、俺の言葉を同時に喋ったのも……」

 「薬の効果よ。信じてもらえるように私も飲んだわ。でも不思議ね、試薬でここまでやれるなんて聞いたことないわ。原山ちゃん、精密検査が終わったら情報は全て回してくれる?」

 「承知しました」

 「待てよ、まだ聞いてないことがある」

 お開きになりそうな雰囲気を押しとどめ、草介は目の前に現れた異形を思い出した。

 「ジャンキーだ。アレはどうして俺を狙ったんだ?」

 天霧たちにとって、薬の説明は取るに足らないことだったのだろう。今、この瞬間、草介の口から出た“ジャンキー”という言葉にどれだけ重い意味があるかは、押し黙った三人から簡単に推察できた。

 「…………八木くんには全てを説明するとは言ったが、ジャンキー。……この話題だけは難しい」

 「話が違うぞ……!」

 「そう怒らないでよ、“八木ちゃん”。何も教えないとは言ってないわ? 信じてくれるか分からない……。そう思ってる節が私たちにはあるわ。それでも、聞いてくれる?」

 草介は無言で頷いた。

 「そうねぇ……。ジャンキーに追いかけられたということは、八木ちゃんも何か使ってるんでしょう?」

 「使う? 俺が何を使ってるって言うんだ?」

 「薬よ薬。プロトタイプ製薬製の薬よ。何を使ってるの?」

 「……これだ」

 命ほどに大切な気管支拡張薬。草介を除く一同は、もはや見慣れているのか驚きもしない。

 「八木くん、服用期間は?」

 「それならジャンキー無力化後に聞きました。二年は経つそうです」

 「持病の喘息だ。この薬で助けられたことも多い」

 「嬉しいこと言ってくれるじゃない? でも、悪いわね。ジャンキーと私たちが作る薬には関係性があるわ。これまでにジャンキーに襲われた人たちの共通点を知ってるかしら?」

 「知らねぇよ、そんなも……んっ!?」

 サーティーの(かかと)が足へと降ってきた。

 「実はね、これまで遺体として処理された変死体には皆、薬物使用の痕跡があったんだ。ただ、薬物といっても麻薬の類ではなくて、市販薬だったり処方箋だったり。……その全てをプロトタイプ製薬が作っていることを除いて、世間には公表している。あぁ、そうだサーティー。精密検査の準備を整えてきてくれるかい?」

 「分かりました。では、失礼します」

 背後のエレベーターに戻り、サーティーはどこかの階層へと移動を始めた。

 「それで、プロトタイプ製薬(ここ)の薬が共通点ってのはどういう意味だ?」

 「詳しくは分からない。ただ……」

 伏し目がちに天霧の表情を伺う原山。咳払いをして天霧は続けた。

 「さっきから話が飛んで悪いわね。数年前にだけど、私たちの会社に居たのよ……えーと、マッドサイエンティストって言えばいいのかしら? 頭の良さはずば抜けていたのはよく覚えてる。ただ、その使い方を誤ったのよ。仕事に就きながら、何の研究か明かさずに閉所に籠って作業を続けていた……」

 「ある時、連絡がつかなくなった。緊急の用事を伝えたかったから会ってでも、と思っていつも籠っている部屋を尋ねた。問題はここからだ」

 これまで部外者と思って力を抜いた姿勢をしていた天霧と原山の背筋に筋が通った。

 「部屋のドアは、壊されていたんだ。それも、鍵の部分だけでなく部屋の内側から吹き飛ばしたように廊下に粉々になっていたそうだ」

 「『いたそうだ』って……、曖昧だな。それに、ドアが吹き飛んでたんなら中が見えただろう? そのマッドはどうしてたんだ?」

 「私たちだって知りたいわよぉ。でもね、正確な情報は二度と聞けないわ」

 “どうして?”とは聞けなかった。原山の固い表情が拒んだからだ。

 「……最初に見つけたヤツは同僚だったんだ、入社当初からのね。気付いたら会社は内部からズタズタさ。本当に、生きてるのが不思議なくらいだ」

 今となっては、真実は闇に落ちている。マッドサイエンティストが籠っていた部屋から飛び出したモノがジャンキーであったことは間違いない。しかし、それがサイエンティスト自身なのかは、誰にも分からなかった。

 「その……捕まえたのか? マッドが籠った部屋から飛び出したジャンキーは」

 誰も、首を縦に振らかった。




 エレベーターで地上付近へと戻ってきた。隣を歩く原山に、疑問に感じていたことを聞いてみる。

 「天霧さんって……」

 「強烈だったろう? でも言動だけで判断して馬鹿にするのはやめてくれ。あれでもトップなんだから」

 「ネオン管が眩しい特殊な趣味をお持ちの方が常連客のお店の?」

 「いやぁ……まぁ、慣れるしかないだろうな……」

 立ち止まった二人の頭上には、赤い文字で“検査中”と表示されていた。傍らの壁に埋め込まれた小さな液晶に原山は近づく。

 「お待たせ、サーティー。準備はいいかい?」

 『あ、やっと来た。早く入って、機器の準備はとっくに終わってるから』

 「助かるよ。……さて、八木くん。これから君には検査を受けてもらう。別に身構える必要はないよ」

 「また変な薬でも飲まされるのか? それだったらもう……」

 「いやいや。そうだな、健康診断だと思ってくれれば、それで」

 剥き出しの敵意をやんわりと躱す原山に腰を折られ、しぶしぶと扉に向き直った。

 「中にはサーティーが居る。検査については彼女に聞いてほしい。それと、ボクはとりあえずここまでだ」

 「あれ、もう?」

 これからも付き添ってほしいわけではなかったが、思わず言葉が漏れた。

 「あぁ、こっちにも片づけることが山ほどあるんだ、分からないことはサーティーにでも聞いてよ」

 手を振りながら背中を見せる原山に、草介は最後の質問を投げた。

 「最後に聞かせてほしい……。原山さん、どうしてここは、こんな要塞みたいな造りになってるんだ? 製薬会社ってのは、どこもこんなもんなのか?」

 「要塞……ね。マッドサイエンティストが頻繁に籠っていた話はしたよね? そこからジャンキーが飛び出してきたことも。実はね、君も飲んだ技薬の根本となる成分は、ソイツが籠っていた部屋から見つかったんだ。そして、全てのジャンキーは我が社の製品を狙って人を貪る……。対抗策は、無かった。最初はね」

 そこで振り返り、草介に笑いかける。

 「だけど、見つけた成分の増殖に成功して、人に飲ませるのに無害となるような精製まで完璧にこなした。…………ジャンキーが生まれた理由がその成分にあるならば、生み出すのと同等の力が必要だ。その考えの下、社が一体となって君のようなワクチンの獲得に急いだんだ」

 「え? じゃぁ、技薬を飲むことはジャンキーと同じ成分を飲んだってことじゃぁ……」

 「精製は完璧だ。こればっかりは信じてほしい」

 生唾を飲み下す音を、原山は勘付いただろうか。それほどまでに衝撃的だった。


 『ねぇ! まだなのっ!? 早く検査やって天霧さんに報告しようよ~!』


 「ほら、サーティーが怒ってる。もう足は踏まれたくないだろう?」

 原山に押し出され、草介は無言で検査室へと入った。

たしかに『確認』のボタンをクリックした記憶はあるんですが……。

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