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古巣の価値(3)

新技薬能力、登場!

 原山が手配してくれた夕食も終わり、草介はサーティーと一緒に寝室区画まで来ていた。特別な話題もなく、ただ黙って歩き続けるうちに、草介は先ほどから感じていた疑問を口にした。

 「危険物って、なんだ?」

 新しくプロトタイプ製薬に入社したという白井と杉山いう男女。その二人が、危険物取扱部という部署に配属されるというのだ。草介には『危険物』が頭の片隅に引っかかっていた。

 「危険物取扱部って言っても、実は仕事内容としては一つに絞れるのよ」

 「え? たった一つ?」

 サーティーが言うには、『我が社における最大の危険物は、部屋よ』とのこと。その部屋というのが、原山の同期を襲い、この会社から抜け出したマッドサイエンティストが根城(ねじろ)にしていた部屋だと言う。

 「部屋が、危険なのか?」

 「うーんと、正確には部屋の中の物が危険なのよ。どう危険なのかは、分からないけど。収集課の私は知らないわ。知ってるのは……原山さんのいる人事部と、危険物取扱部と……研究部くらいかな」

 やけに広い意味をもつ言葉が出てきた。

 「研究ね。技薬のか?」

 「まぁ、当たりね。色々やってるけど。生け捕りにしたジャンキーの取り扱いから技薬成分の精製とか。だいたい、関わってる部署から部屋に眠る危険物の想像はつくけどね」

 「それが聞きたいんだが……」

 「ハッキリと見たわけじゃないから、何とも言えないわよ」

 草介のベッドがある部屋へと到着すると、二人は別れた。既に仮眠を経験した身体には、胃に収まる夕食を頼りに眠りにつくしかなかった。


 ◇


 プロトタイプ製薬の地下へと伸びる要塞の、隅の隅。そこには、黄色いテープに黒い文字で『KEEP OUT』と記されている。どんな危険があるかを知らせなくても、誰も近寄ろうとはしなかった。そのテープによる擬似的な柵の奥には、頑丈に扉を固定された部屋が一つ、存在している。

 「準備は?」

 ゴクリ、と(のど)を鳴らして口に含んだ物を飲み下す。

 「出来てるわ」

 こちらは、小瓶に入った透明な液体を口内へと流し込んでいた。

 「目的遂行以外の行動は避けるよう言われている。ヘマをするなよ」

 「分かってるわ。それよりも、ちゃんと警報機器のシステムはダウンさせたんでしょうね? 気づかれたらマズいわ」

 「切ってある。それも、ここの区画だけな」

 「ならいいわ。……やりましょうか」

 黄色いテープを引きちぎり、一歩ずつ部屋へと近づく。それだけで、扉も開いていない部屋の奥から押し返されそうな圧迫感が迫ってきた。

 「デミク様のために」

 「デミク様のために」

 女が、扉に手を触れた。触れた手先から生じた蜃気楼を、扉の内部へと浸透させていく。

 男が、自分たちの前に手をかざすと、蜃気楼が二人を包み込むように広がった。

そして、女が指を扉をなぞるように握り込むと、爆音と供に扉が粉々に砕け散った。爆心地の至近距離にいても、包み込んだ蜃気楼が風圧、爆破片を弾き、無傷で見届けることができた。

 「……さて、さっさと持ち帰ろう」


 ◇


 気持ちよく寝ている草介を揺り起こそうとしている者がいる。意識はあるが、目が開かない。

 「ねぇ、八木くん……。起きてるんでしょ? ちょっと付き合ってくれない?」

 「……ん? サーティー、か?」

 首だけ起こして確認すると、サーティー以外の収集課も、自分のペアとなるワクチンを起こしている。

 「なんだよ、真夜中だぞ? 訓練だったらもう少し明るくなってからでもいいだろう……」

 「そうじゃないよ。さっきから危険物取扱部との連絡が取れないの」

 危険物取扱部。それは、先ほど夕食のときに原山に接触した男女二名が配属された部署である。

 「取れない……って、当たり前だろう? みんな寝てんじゃねーの?」

 時間見てみろよと、時計を示すがサーティーは首を横に振る。

 『起こしてすまない。普段なら、夜勤として数名は起きているはずなんだ。それが、今は誰とも連絡が取れないんだ』

 ベッド横のスピーカーから原山の声が聞こえる。サーティーに対する起こし方のレクチャーが始まりそうだったため、草介は口を挟んだ。原山もサーティーに叩き起こされたようだ。

 「んで、『今』、連絡が取れないとマズいのか?」

 『あぁ、マズい。毎夜の定時連絡を数珠つなぎのように全ての部署で行っているんだが、よりもよって、危険物取扱部なんだ。悪いが、サーティーと他のペアと一緒に、様子を見てきてくれないか?』

 そこまで来ると、同じ部屋で寝ていた数名のワクチンと収集課のペアも表情を曇らせながら……戦闘の準備を始めていた。

 「え? ちょ、ちょっと待て! なんでみんな技薬を飲んでるんだ?」

 『話は移動しながら、サーティーに聞いてほしい。今は一刻を争う。何も問題がなければ、それに越したことはないんだけどね……』

 「八木くん、今から戦闘になるかもしれない。だから、これ」

 差し出されたタブレットは、未だに上手く制御を行えない、火を操るものだった。

 「いや……、まだ扱えてねーじゃん、オレ」

 「状況は全て把握できてない。上手く扱えなくても、今は少しでも個人戦力を増やすしかないの」

 「…………分かったよ」

 昨日の訓練に飲んだタブレットを、もう一度噛み砕いた。


 ◇


 部屋を飛び出してから、サーティーは語る。

 毎夜の定時連絡には全ての部署が参加しなければならない。草介が聞いたことがない名称の部署から始まって、途中にサーティーが所属する収集課に回り、呑気にコーヒーを(すす)る原山が所属する人事部へと連絡が入る。そして、終点の部署へと連絡が届くと、各部署に備わっている緊急時のランプが一瞬だけ点灯する。その連絡にも部署ごとの順番があり、ランプの点灯が遅いと判断されると、連絡が繋がらない部署がすぐに特定できるようになっている。

 「薬は回った?」

 「…………あぁ、取りあえずな」

 拳を開くと、ライターでも埋め込んだかのような小さな火が、草介の手に収まっていた。

 今、ワクチンと収集課のペアの集団の中にいる。その集団がひとつの場所を目指して狭い通路を極力走って移動していた。これまで他のワクチンの顔を覚えようともしなかったが、これほどまでに近くで同じ行動をしている人がいると、気になってしかたがなかった。

 「……あんれぇ? もしかして君が、(おに)?」

 「はい?」

 鬼。初陣(ういじん)(おに)

 初めての戦闘にして技薬製造工場の防衛に参加し、見事ジャンキーを二体倒すという奮闘を草介が成した日から聞くようになった、あだ名だった。草介自身、あまり気に入ってはいなかったが。

 「あんまり、その名前で呼ばないでくれ……」

 「そうか、悪かったな」

 草介を鬼と呼んだ男は、歳は草介と同じくらいの明朗快活な好青年。周囲のワクチンと違って、こんな夜中にでさえ目をしっかりと覚醒させている。対して、この男のペアだと思われる収集課は今にもたおれるんじゃないかというほどに……首が座っていない。

 「その……、大丈夫か? そちらの収集課、倒れるぞ?」

 「うん?」

 草介が示した先を見ると、赤いローブが自らの足に(つまず)いた。

 「うわっ! 馬鹿、アブねぇって!!」

 「……へ? きゃっ!」

 間一髪で支えられた赤ローブは、男に担がれると、背中と両膝の裏で持ち上げられた。

 「お、下ろしてくださいっ! 寝てません!」

 「「「(説得力ないわー……。お姫様抱っこまでされて……)」」」

 下ろしてくれと暴れる赤ローブのために、草介、サーティーは速度を落とした。集団の後方で再び地に足を付けた赤ローブに対して、サーティーは呆れたような顔を投げた。

 「緊急事態でしょうが。寝てんじゃないわよ!」

 「だ、だってぇ~……」

 「そう怒らないでくれよ、ローブを見るに同じ収集課だろ? えーーーと……」

 「サーティーよ。この子よりも三個だけ早いわ。こっちが八木草介。自慢のワクチンよ」

 「勝手に紹介すんなよ……」

 走りながらもケラケラと笑う男に、草介は警戒心よりも興味を抱いた。

 「ケンカすんなよ。俺は高城隼(たかぎしゅん)。こっちが……って、おい!」

 また倒れそうになったのを支えると、今度は『おんぶ』となった。

 「だから! 私、寝てないですってば!」

 「今はそのまま運ばれてなさい、シックスティーン!」

 「うぅぅ…………ごめんなさぃ……」

 「なるほど、サーティーの方が『三個だけ早い』……ね」

 草介は高城の背中に落ち着いた赤ローブを見て納得した。

 「んで、この騒ぎはなんなんだ? 訓練が終わって休憩してたのにこれじゃぁ、息抜きもできねぇよ」

 「そうそう、それだ。サーティー、分かる範囲で答えてくれよ」

 面倒臭そうに溜息をつくと、再びサーティーは語った。

 結論から言えば、正確な事態の把握はどの部署もできていない。

 ただ、事態を予測し、起こりうる問題を自ら作り上げ、その解決策を模索することはできる。今、草介たちが叩き起こされて収集課と一緒に行動しているのも、その解決策のひとつだった。

 「ただし、私たちがペアになって動いている以上、最悪のケースは必ず考えるように」

 ジャンキーとの戦闘。

 現在、連絡が取れない危険物取扱部とは、この要塞に眠る一室の監視し、その部屋から運び出せる【ある物質】を守ることだという。その物質により、ワクチンはジャンキーと対峙することができるのである。

 「つまり、要塞(ここ)に盗みに入ったヤツがいる。そう言いたいのか?」

 高城が口にした疑問が、そのまま回答だろう。草介も首肯し、サーティーが答える。

 「全てにおいて確信はないわ。でも、その物質を盗まれることは、こちらにとっては大損害よ。だから、確認しに行く。誰が盗みに来たのかを」

 ジャンキーに知能があるのだろうか。草介には、とてもそうは思えなかった。

 「……着いたわ。ここが危険物取扱部……って、いつまで寝てるの!」

 「ふぎゃっ!」

 高城の背中でいつのまにか眠っていたシックスティーンの頭を(はた)き、意識を覚醒させた。

 「ひどいですよぉ~。叩かなくたっていいじゃないですか~」

 「……苦労しない、高城くん?」

 「いや、こいつが眠いのは仕方ないだろう、真夜中だし」

 優しい男だ。起きた今でさえ、シックスティーンを床へ下ろそうとしないのだから。その二人の見た目から、ただでさえ小さなシックスティーンがさらに小柄に錯覚してしまう。

 「あっ! 下ろしてくださいよー、ちゃんとしますからー」

 「はいはい……」

 緊張感という言葉は知らなくても、もう少し緊張してほしいところだが、説教よりも早く部署の拠点である部屋を確認する方が先だ。

 「誰か、透視できる技薬、飲んでる人っ!!」

 サーティーが声を張り上げる。彼女のそんな大きな声を聞いたことがなかった草介の意識はさらに覚醒した。

 「私、飲んでるよ。ちょっとその場所、いいかしら?」

 ローブ姿の女性が進み出る。今まで集団によって視界が塞がれていたドアに近づき、両手を触れさせた。彼女が目を閉じて数秒、突然に両手を引き戻すと、戦慄した表情で振り返った。

 「みんな……倒れてる。でも、ジャンキーはいない」

 「ただ気絶してることを祈らなきゃね……。数人ペアがここに残って部屋内部の捜索と人命救助。残りは……『魔窟』に行くわよ」


 ◇


 【原初の麻薬(オリジン)

 崇拝するべきデミク様が渇望(かつぼう)する、生命の物質。

 手にすれば永遠の生命を叶えてくれると、我らに説いてくれた。

 見事手に収められたなら、それに尽力した者も一緒に、永遠の生命を手に入れる喜びを分け与えてくれる。

 生命とは時間だ。有限であり、持つ者によって質や量が異なる。それを均一化し、そして永遠に持てるのなら、なんとも夢のようではないか――――

 「回収できたわね。さて、ここから出ましょう」

 「そうだな。すぐにデミク様の元へ戻っ……っ!!」

 暗い部屋の外から一筋の光が漏れたきた。だんだんと太くなるその光は、すぐに人間のシルエットで形を変えた。


 「八木くん! 遠慮はいらないっ!! 特っっっ大の火の玉を投げて!!」


 「やってやる!!」


 白い光の筋から、真紅の炎が放出された。暗かった部屋が一瞬にして、姿を見せる。

 「マズいっ……! 突破だ!! 爆発させろっ!」

 「分かってるわよっ!」

 だんだんと弱まる照明の中、陰から影に移動して扉の前に居座る邪魔者どもに向けて手をかざした。

 「吹き飛べ!」

 「やばっ!」

 自分たちの前に突然現れた蜃気楼に、技薬適応者たちは一斉に顔をそむけた。ただ一人、手に大火傷を負った者を除いて。

 瞬間、周囲の壁を、天井を、床を砕く轟音が響く。身体を空圧が襲い、前方を直視することができない。しかし、それほどの威力の爆発でありながら、吹き飛ばされることなく、生きていた。


 「……ギャンブルだったけど、やってみれば出来るもんだな」


 サーティーたちの目の前には、火の壁が煌々と揺らいでいた。続く爆風にも火の粉を散らす程度で、崩れる様子が一向に見られない。

 「八木くん! ……手がっ!」

 「そんなに心配なら早く向こうのヤツらをどうにかしてくれ!」

 「待ってろ八木! 寝坊助、出番だぞ!」

 「だから、起きてるってば!」

 トプンッ、とシックスティーンと高城の姿が床へ消えた。高城の頭が隠れてしまうと、もはや場所を特定することは不可能だった。


 ◇


 「何をやってる! さっさと奴らを殺せ!」

 「さっきから炎の壁で爆発が届かないのよ!」

 男――――白井(しらい)が不可視の壁を形成しながら、爆発を操っている女――――杉山(すぎやま)と言い争っている。


 「(タカ)くん。いくよ?」

 「あぁ、いつでもいいぞ」


 爆音が高城のとシックスティーンの鼓膜を刺激する。眩暈を覚えるような空気の振動に押し返されそうになるが、その爆音に助けられて『二人は気づかれずに背後に立つことができた』。

 高城が片手を顔の前に構えると、細く短い蜃気楼がナイフの形に揺らいだ。そして、構えた手を強く握り込むと、蜃気楼は不可視の刃となって高城の手に握り込まれた。

 「だったら爆発範囲を広げろ! 俺が防いでるから大丈夫…………」

 「何? どうしたの!?」

 杉山は、隣で散々怒鳴り散らしていた白井が黙ったことに違和感を覚えて、振り返った。


 「……なっ…………!?」

 「次はお前だっ!」

 「っ……! この!」

 トプンッ……。


 杉山の行動は失策だった。なぜなら、杉山の爆発は自身の周囲に防護膜が貼られていて初めて至近距離でも使うことができる。そして、先ほどまで寝ていたのが嘘のような反応で高城と一緒に床へと潜ったシックスティーンの反応は、この場での最良の策と言ってもよかった。

 一際大きな爆音を『床の中から』聞いた二人は、続く爆発がないことを確認して這い出てきた。

 「八木ーーー! もう壁はいいぞー!」

 「そうかー!」

 だんだんと弱まる炎の壁を見届けて、草介は力を収めた。

 「ちょっと、八木くん。無理しすぎでしょ! 手が……」

 「これ、治る? メチャクチャ痛いんだけど……」

 「痛いとかそんなんで片付く火傷じゃないでしょ! ちょっと待って……」

 サーティーの周囲に蜃気楼が出ると、その蜃気楼が草介の両手を包んだ。徐々に氷を形成しながら、草介の手を固めていく。

 「このまま医務室に駆け込め!」

 「お、おう!」

 技薬適応集団から離れながら、振りにくい腕を一生懸命に振って草介は医務室を目指した。


 ◇


 「さて、八木くんの手は医務の人たちに任せるとして……」

 「なんとか守れましたね、【技薬の主成分(オリジン)】」

 「とは言っても、守れたのは窃盗。コイツらが持ち出そうとしていた分は、この杉山って女の爆発能力で灰になってるわね……」

 「なるほどな、だから男の方が防護してたのか」

 頷く高城に、続いてシックスティーンも納得していた。

 「防護?」

 「あぁ、コイツらの背後に立った時に気付いたんだが、技薬特有の『揺れ』が見えた。男の方が防護してたみたいだったけど、俺も慌ててな。先に男をやっちまった」

 そう言いながらナイフを形成して、突き立てる動作をした。

 「……この際、倒す順番に文句を言っても贅沢になるわ……。ありがとね、二人とも」

 「いえいえ~。まさか私の潜伏技能が生きるとは思いませんでしたけど」

 対象を凍らせたり、火を放出したり、または衝撃波を出すだけが技薬ではない。自分が触れている物体に潜ることが出来る、それがシックスティーンの現在飲んでいる技薬であり、彼女に一番適合したものだった。また、自分以外の物も触れていれば同時に潜ることができるため、高城も一緒に潜っている。そして、対象に背後からの一撃を加えることが、ペアコンバットとなった。

 「だから下ろしてくださいって言ったじゃないですか。私、空中にいると無力なんですからね!」 

常に頭が真っ白だと、色々とキツい……。

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