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プロローグ
「物語が始まりそうな坂、じゃない?」
僕の後ろで坂を上っていた、はるかが呟いた。
「え?」と後ろを振り向く。はるかは、長い艶やかな髪を押さえながら、僕を見上げた。
上目遣いの顔が、少し幼く見えて、どきりとする。
「この坂、こう、急な角度で湾曲してるからさ、上った時に、わーっと青空が広がるよね。
気持ちいいなぁ。家の壁にツタやら花やら生い茂ってるし、日本じゃないみたい」
爽やかな五月の風に、はるかの髪が揺れる。
「そう?」
僕には、いつもの馴染みの坂だ。駅へと続くこの坂は、小高い丘のような土地に対応するためか、大きな傾斜を描いており、車が通れるように幅が広い。確かに見晴らしもいいし、並びの家も洒落ている。
ただ、僕は物語が始まりそうだなんて思ったことはなかった。こういうところはさすが女の子だなぁと思う。
はるかはにこっと笑った。
「ここから、始まるといいね」
その微笑が好きだった。
僕は、その時からその坂が好きになったのだ。
本当は、その坂ですべてが終わってしまうというのに。