Ⅰ
大学から徒歩15分、田舎のたんぼ道には不似合いな煉瓦造りの小さな建物。表札に書かれた文字は"α倶楽部"。そのドアの前に立つ。さっきから何度となくインターホンに手を伸ばしては戻すという動作を繰り返している。
なぜ僕はここへ来てしまったんだ。
僕は昨日大学に入学した。家からは遠いがどうしても入りたい学部がある(本当は独り暮らしがしたかっただけ)とわがままを押し通して受かったこの大学。全国的にもやや名の知れた国立大学だ。
入学して二日めの今日、テレビや漫画によくあるサークルの勧誘のお祭り騒ぎの中、僕は彼女を見つけた。綺麗な緋色の腰より下まである長い髪をその中程でルーズすぎるくらいルーズに結った彼女を。彼女は愛想の欠片もない顔で僕にサークルのチラシを押し付けた。そのチラシには"α倶楽部会員募集"という文字と一緒に活動場所の地図が書かれていた。気が付くと僕はその活動場所への道を歩いていた。
そして今、僕はそのα倶楽部の活動場所である建物の前に立っている。本当に勢いだけで来てしまったようだが、第一α倶楽部というのは何をするサークルなのか。活動場所が大学の外というのもなにか引っかかる。それに、あの緋色の髪の無愛想な彼女、今思い返せばどう考えても変わり者じゃないか。帰ろう、そう思って来た道を戻ろうと歩き始めた瞬間何かにぶつかった。
「痛い。」
自分の胸の辺りから声が聞こえた。見下げると目の前にあの緋色の髪が見えた。
「痛かったんだけど。」
そう言って顔を上げたのはやはりα倶楽部のチラシを配っていた彼女だった。近くで見るとよくわかる、可愛いというより綺麗という言葉の似合う顔立ち。髪の色と同じ綺麗な色の瞳。風が吹く度に揺れる柔らかい髪。一目惚れしたというのも仕方ないと言えるだろう。しばらく彼女の顔を見ていると少し怪訝そうな顔をして口を開いた。
「ねえ、聞いてる?」
明らかに不機嫌そうな彼女の声に僕は慌てて謝罪の言葉を述べた。
「入会希望?」
「え、あ、はい。」
彼女の問いに僕は思わずそう答えてしまったが、僕は今さっき入会なんてやめて帰ろうとした所だったじゃないか。断ろう、そう決意して彼女を見た時には彼女はもう建物の扉を開いて僕に入れというように手招きをしていた。"まあ、いっか。"そう自分に言い聞かせて僕は彼女の後に続いた。
中に入るとすぐに奥にあるすりガラスの扉が開いて中からロリータ服の少女が顔を覗かせた。
「お帰りなさい!」
「ただいま、花弥。」
花弥と呼ばれた少女が不思議そうにその瞳を潤ませて僕を見た。
「あの、もしかして入会希望ですか?」
僕が頷くと花弥は満面の笑みを僕に向けて扉を開け、どうぞと僕をその中に招き入れた。
中には一人がけの丸椅子が数個と円卓が置かれていた。すると僕の前を歩いていた緋色の髪の彼女がひときわ目立つショッキングピンクの肘置き付きの椅子に座り、僕に向かって言った。
「ようこそ、α倶楽部へ。会長の緋田有羽と言います。よろしく。」
そして有羽はそれまで全く見せなかった笑顔を見せた。
「えっと、間山遥です。よろしくお願いします。」
僕がそう言うと有羽の横にいた花弥が
「平多花弥です。こちらこそよろしくお願いします。」
と相変わらずきらきらした目で言った。そして僕に書類を手渡した。そこには入会届と書かれていた。
「これに名前を書いて私に渡してください。いつでもいいので。」
「あ、はい。わかりました。」
そう言って僕は入会届をそっと鞄にしまった。その時、部屋の奥にある扉が開いて中から茶髪で長身の男性がパジャマ姿で寝癖のついた髪を掻きながら出てきた。彼はおはようと一言言って有羽の隣の小さな丸椅子に座った。
「おはようございます。世那くん。」
花弥がすかさず言った。
「世那、おそようだろ。いい加減ここを寝床にするのはやめろ。」
「だって、家遠いし。帰るの面倒なんだよ。」
有羽、そして世那が続いた。
「そうだ、世那。入会希望の人が来たから自己紹介しろ。」
「お、知らない奴がいると思ったら入会希望か。俺、青山世那。よろしく。」
そう言って世那は白い歯をにっとだして長身には似合わない子供のような笑顔を見せた。
「間山遥です。よろしくお願いします。」
「ヨウ?変わった名前だな。」
世那の表情が先程とはうってかわって目を丸くした不思議そうな顔に変わっていた。
「君こそ。世那なんて名前漫画とかでしか見たことありませんよ。」
僕が言い終わると世那の顔が苦笑いに変わっていた。何かまずいことを言ってしまったのかと考えていると世那が口を開いた。
「敬語は止せよな。俺、こう見えても高校生だしさ。」
「え?」
この長身の彼が高校生…?それ以前にここ、大学のサークルだよな?
そんな僕の疑問を察したのか花弥が説明を始めた。