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二七一〇年 平城京遷都  作者: 羽越世雌
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第4話:血の図面、鋼の予言

「新・平城京」の最上層、高度九〇〇メートルに位置するサキ・ミナモトのプライベート・ラボは、全面ホログラムの壁に囲まれていた。そこには、地下から回収された「木簡」の三次元スキャンデータが、巨大な星座のように浮かび上がっている。


サキは、その青白い光に照らされながら、微動だにせず画面を凝視していた。彼女の瞳の中では、網膜コンタクトレンズが高速でデータを処理し、二一世紀の古めかしい数式を二八世紀の量子言語へと翻訳し続けている。


「……信じられない。これは、ただの補強案じゃないわ」


背後で自動ドアが開き、作業着のままのナギが入ってきた。生駒ゲートでのナノマシン迎撃指揮を終えたばかりの彼は、煤と油にまみれ、肩で息をしていた。


「サキ、解析はどうなった? 昨日のあの『共振』……僕がシステムに触れた瞬間、暴走が収まったのは何故だ。偶然にしては、出来過ぎている」


サキはゆっくりと振り返った。彼女の冷徹なリアリストとしての仮面が、わずかに剥がれ落ちている。


「ナギ。この木簡には、二つの署名が遺されていたわ。一つは、二〇一〇年の復元工事の責任者。そしてもう一つは、その裏側に隠蔽された生体認証データ……名は『九条 れん』。あなたの直系にあたる先祖よ」


ナギの動きが止まった。九条の家系が奈良の宮大工であったことは知っていた。だが、二一世紀という、技術的には「原始的」な時代に生きた先祖が、なぜ今、二八世紀の最新鋭都市を左右しているのか。


「九条蓮は、二一世紀初頭の天才的な構造設計士だった。彼は、当時から既に予測されていた『列島の崩壊』に対し、物理的な壁を築くのではなく、大地そのものと『和解』する構造を提唱していたの。……見て、この木簡の裏側に刻まれたDNAシーケンスを」


サキが空間をスワイプすると、ナギの家系図と、木簡から抽出された塩基配列が重なり、完璧な一致マッチングを示した。


「この新都・平城京のシステム『タカマガハラ』は、あなたの血、つまり九条の生体反応を『マスターキー』として認識するように最初から設計されていた。二〇一〇年に埋められたこの木簡は、二七一〇年のあなたに向けた、二千年前からのラブレターであり、……呪いなのよ」


ナギは自分の震える掌を見つめた。

「呪い……? 復興のための都じゃないのか、ここは」


「ナギ、この街の真の姿を見せてあげる」


サキが操作すると、美しい木造建築のホログラムが消え、代わりに剥き出しの「骨組み」が現れた。一キロメートルに及ぶ朱雀大路は巨大な「超伝導レール」となり、四方の寺院跡地は莫大なエネルギーを蓄える「コンデンサ」として再定義されている。


「この都そのものが、巨大な**『量子演算大仏』**を起動するための、一キロメートル規模の回路なのよ。そして、そのスイッチを押せるのは、世界で唯一、九条の血を引くあなただけ」


一方、中層居住区「五重エリア」の安宿。ハヤトは、窓の外に広がる整然とした木造の格子状都市を、苦々しい表情で見下ろしていた。


彼の傍らには、ネオ・ベイから密かに持ち込んだ、旧時代の通信傍受器が置かれている。そこから流れてくるのは、ノイズに混じった機械音声――正体不明のAI「オオタロウ」からの接触だった。


『……ハヤト・キノシタ。お前の友、ナギは「鍵」を手にした。大仏が目覚めれば、地殻エネルギーは一点に集中し、海上都市は津波によって壊滅する。平城京は、自分たちだけが生き残るための箱舟だ』


ハヤトは拳を握りしめた。

「ナギが……そんなことを考えているはずがない。アイツは、ただ純粋に、人が住める場所を作りたいだけだ」


『純粋さは、時として最悪の毒となる。奴の血が、二千年前の怨念を呼び覚ます。……九条を殺せ。それが、今を生きる人類を守る唯一の道だ』


ハヤトは腰のレーザー・トーチに手をかけた。かつて水没した東京の避難シェルターで、ナギと半分ずつ分け合った非常食の味を思い出す。あの時、二人は誓ったはずだ。「いつか、誰もが安心して眠れる地面を作ろう」と。


だが今、その「地面」こそが、ハヤトたちが生きる海を飲み込もうとしている。


「……ナギ。お前がそのつもりなら、俺は……」


ハヤトは、影のように宿を抜け出した。向かう先は、ナギがいる天層の大極殿だ。


その頃、ナギはサキの制止を振り切り、一人で地下の「サンクチュアリ」へと向かっていた。


エレベーターが降下するにつれ、気温が上がっていく。地殻の深淵から響く不気味な唸り声は、もはや地震の予兆ではなく、何かが目覚めようとする産声のように聞こえた。


地下三千メートル。再び訪れたカプセルの前で、ナギは膝をついた。

開かれたカプセルの中から、木簡が微かな琥珀色の光を放っている。


「親父……教えてくれ。僕は、誰を救うためにここにいるんだ?」


ナギが木簡に手を触れた瞬間、彼の脳内に膨大なビジョンが流れ込んだ。

それは、二一世紀の設計図、七一〇年の遷都式典の喧騒、そして……この土地に葬られた数多の敗者たちの、真っ黒な叫び。


「大仏」とは、救済の象徴ではない。

それは、この列島が抱えきれなくなった「震災という名の怒り」を、一手に引き受け、制御するための、人造の「神」なのだ。


その時、背後で硬質な金属音がした。


「そこまでだ、ナギ」


振り返ると、そこにはレーザー・トーチを構えたハヤトが立っていた。その瞳には、かつての友情を押し殺した、冷たい殺意が宿っている。


「その木簡を壊せ。そして、大仏の起動コードを消去しろ。さもないと、俺はここで親友を殺さなきゃならない」


「ハヤト……聞いてくれ。これは、そんな単純な話じゃないんだ」


二七一〇年、平城京。

再興のシンボルであったはずの場所で、二千年の時を超えた「血」と、現代の「生存」をかけた、残酷な対峙が始まった。


大極殿の頂上で、サキはモニター越しにその光景を見守りながら、密かに別のコマンドを入力していた。


「……ごめんなさい、ナギ。九条蓮が遺したのは、図面だけじゃなかったのよ。彼は『生贄』の必要性も、ちゃんと書き残していたわ」


歴史の歯車が、音を立てて狂い始める。

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