02 キャサリンの死
最近、お母様の体調がすぐれない。
原因はわかっている。雨が止まないのだ。
この季節の雨は、まずい。作物に水が多すぎると育たないし、山の斜面が緩む。お母様はそのことを誰より分かっていた。だから止めようとした。でも、止まらなかった。
王家にも、サニダ家にも連絡を取っていたけれど、返事は来なかった。
とうとう、執事のヘンリーを王家へ使いに出したが、会えなかったと夜中に帰って来た。
レイナード家の使いを門前払いなど出来ないはずだ。王家とレイナード家は同等だ。
翌日、手紙が届いた。そこには
「力不足では?」と殴り書きされていた。
わたしはやつれた体で雨を止めようとするお母様の手伝いをした。
わたしはできる限りの力を込めて雨と向き合った。お母様の手を握り、目を閉じて、心の中で言葉を紡いだ。
「お願い、止まって。お母様が壊れてしまう」
(頑張っているね)誰かが励ましてくれた。
でも、雨は降り続いた。
そしてある朝、お母様はもう起き上がれなかった。
白いシーツの上で静かに横たわるお母様は、まるでガラス細工のように繊細で、触れるだけで砕けてしまいそうだった。
「アンナ」とお母様はわたしの名前を呼び、首元に手を伸ばした。
それは、代々レイナード家に伝わる虹色のペンダント。淡い七色の光が溢れている。
「アンナ、いつも穏やかにすごしてね。いつも笑って。このペンダントがそれを助けてくれる。一番大切なのは、アンナの気持ちよ。全てを愛してね」
わたしは、黙ってうなずいた。言葉にしたら、何かが壊れてしまいそうだった。
お母様はそのまま、そっと目を閉じて、眠った。
雨はやまない。
「お母様、もう頑張らなくていいのよ。わたしがやるから」
その瞬間、胸の中で何かがはじけた。わたしはペンダントを握りしめ、全身の力を込めた。
(そうだ。上手いぞ)誰かが励ましてくれている。それに力を得てわたしは目を開けた。
窓の外の雨を睨みつけた。負けない!!
目を閉じ、雨の音に意識を集中させる。風の気配、雲の匂い、地面を打つしずくの重み。
それがみんな、わたしの内側に溶け込んでくる。
終われ。終われ。終われ。
気がつくと、音が静まっていた。
窓の外に目をやると、雨はやんでいた。雲が裂けて、空の端に、虹がかかっていた。
淡く、けれど確かに、美しい光の橋。
「お母様、見て・・・雨が止んだ」
そう言って顔を向けると、お母様がそっと目を開けた。
お母様は小さく笑った。そして、わたしの頬に手を当てた。わたしはその手に自分の手を重ねた。
「アンナ」お母様がわたしの名を呼んで、目を閉じた。
「お母様」わたしもお母様を呼んだ。
でも、お母様はもう一度目を開けてわたしを見てくれなかった。
ぽつん。
最初のひとしずくが窓に落ちた。また雨が、降り出していた。
わたしの涙が雨になった。
でも、もう大丈夫。わたしがやるから。お母様がそうしてくれたように。
わたしは虹色のペンダントを胸に握ってそっと雨音に耳を澄ませた。
そして(雨はダメだ)と自分に言った。
深呼吸をしていると雨が止んだ。
(これからよろしく)誰かが囁いた。
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