花邑杏子は頭脳明晰だけど怖くてちょっとドジで馴れ馴れしいがマジ傾国の美女【第34話】
「半身がないよ。親父が切り捨てた」
「へっ・・・・・・」
「正確に言うと、親父が右腕と右足を切り捨てた」
「あうぅ・・・」
「そいつ、相当舐めてたから、今でもいたぶりにそいつのとこ行くんだけど、なかなかの仕上がりだったぜ。何しても、なに言っても返ってくるのは呻き声だけなんだからな。一番反応するのは「金返せ」って言ったときなのが笑えるぜ。ていうか、金って言っただけで絶叫するんだからな。ま、自分のしたこと考えれば当然だけど。あ。金は回収したよ」
この時・・・今自分が相手にしている者たちの恐ろしさを、初めて痛感した。
ヤクザは人間ではない。ヤクザだ。
花邑杏子は嗤っているーー彼女も十分にヤクザだ。
そんな女に、義範は愛を迫られている。常識で考えたら、絶対無理な話だ。しかし、ヤクザ特有の人心掌握術にかかったら、ひとたまりもない。それが・・・これだ。今まで通り、気にも留めずに過ごせばいいだけの話ーーて思う度、義範は今日の話を思い出す。
そして、花邑杏子を恐れるようになる。あとは・・・飽きるまで木偶の坊として扱われ、最後には、棄てられる。
いっそ、会社を辞めて、帰郷しようか。
しかし、まだ何もされていないから・・・
なんと言っても、心配なのが南波澄香ちゃんのこと。
途中、何処かで因縁をつけられたらーー
考えて考えて、考えた末の結論は・・・
すぽかーん
義範は、花邑杏子を叩いた。
「いったーい!何すんのさ!」
若いもんのひとたちは呆然としていたが、我に返ると
「てめあ!生きて帰れると思うなよ!」
「お嬢、だからこいつは殺しておくべきだったんだ!」
「こんなやつぁ、山中に放置しちまおうぜ!」
様々な、貴重なご意見を頂戴したところで、花邑杏子が叫んだ。
「おだまり!私はね、私をヤクザと思わないでいてくれるこの人が、好きで好きでたまらないんだよ。さっきの話を聞いた大概の奴は私らのことを、心底から怯えるが、この人は、全く物怖じしない。ヤクザであることを宿命づけられた私に、一抹の光を与えてくれた、愛しき人なのよーーこれはもう決定よ。この人はあたしの旦那になる男だ。丁重に扱いな!」
「へ、へい!」
また車内は静かになった。
困ってしまった。二人は許嫁になってしまったのだ。
若いもんのひとたちも困っているだろう。こんなナヨナヨした奴が次代の親分なんて。親御さんは何て言うのか?
「親父には何て言うんですかい」
「親父はまあいいとしてーー問題は依子だな」
若いもんのひとたちは、固まってしまった。
「あの人は、すべてにおいて不可能なんじゃ・・・」
「そうなんだよなあ。我が姉ながら・・・」
「いっそのこと、内緒にしておいたほうがいいんじゃないすか」
「どうせ結納のときにバレるだろ。私としては、一生米国にいてもらいたいのだが・・・」
義範はおずおずと聞いた。
「その~お姉さんだっけ。今までより強烈なのか?」
若いもんのひとたちのひとりが義範の肩を掴んだ。
「いいか、あいつ・・・いや違うあの方と一瞬でも目があったら終わりだ!いったい、どれ程の組員が犠牲になったことか・・・」
「それは、杏子さんと同じく顔が断然良いとか、じゃなくて?」
「顔はーー並みよりちょい上かな」
「で、背丈は高い」
「がっちりしていて筋肉質」
「腕相撲が滅法強いときたらーー」
「花邑依子その人とくるわでーー」
「白鵬の間違いじゃなくて?」
若いもんのひとりが言った。
「少しでもその辺の名前を出してみろ・・・お前、素手でバラバラにされるぞ。ていうか、お前は会うな」
義範は感嘆した。
「そんなに恐ろしいんですか?」
「いや、そんなことはないんだ。ただ、依子お嬢は特殊でよーー」