ライラック:匂い立つパリの思い出
ライラックをリラと読むと
私の心はパリに飛んでいく
おんなじ綴り、Lilacなのにね
パリで私はパリジェンヌ
カフェでは慣れた調子で
「S'il vous plaît.」(スィル ヴ プレ)
カッコよく発音したいけれど
目が合った瞬間に
黒エプロンのギャルソンが
「le même?」(ル メーム?)
いつものかと聞いて来て
コクリと頷き席に着くだけ
カフェのギャルソンは私語を許されない
でもとある昼下がり、学生街で
普段着の彼に出くわした
同じ漆黒の瞳が「僕だよ」と言わんばかりに煌めいて
「Bonjour, ma belle !」
(ボンジュール、マ ベル!)
美しいお嬢さん、と突然
涼やかな声で問いかけてきた
「Tu t'appelles comment?」
(チュ タペール コマン?)
名前を聞かれて真っ赤になって
しどろもどろに答える私
ああ、フランス語は難しい!
けれど、恋に国境は存在しない
彼と私が恋仲になるのに
それほど時間はかからなかった
ふたりのお気に入りはモンマルトル
手を繋いで息を切らして石段を上がる
白い寺院の前からパリを見下ろしてアイスクリーム
彼が居るだけで他に何も要らなかった
そんな思い出が蘇る
ピンク色のライラック
フローラルに匂い立つ




