王太子殿下から婚約破棄された上に悪役令嬢扱いされた公爵令嬢はクーデターを起こすことにしました
「ジェディ! お前との婚約を破棄する!!」
それは本日王立学園で行われている卒業パーティーでの事だ。
バアアアアアアアァーーーーーーーン!!!!!!!
パーティー会場の扉が勢いよく開かれた。
何事かとその場にいた者たちが扉の方に目を向けると、そこに現れたのはこの国の第一王子であらせられるフーリアス王太子殿下だ。
フーリアスは隣に美しい女性と後ろには3人の男性を従え、1人の女性の前まで近づくと立ち止まり冒頭の発言をした。
フーリアスの発言にパーティー会場が騒然となる。
「フーリアス様、いきなり何を言われるのですか?」
突然の出来事に公爵令嬢であるジェディはフーリアスに聞き返していた。
「聞こえなかったのか? ならばもう1度言おう。 ジェディ! お前との婚約を破棄する!!」
聞き間違いではないらしい。
どうやらジェディはフーリアスから婚約破棄を言い渡されたようだ。
「理由を聞かせてもらえないでしょうか?」
「頭の悪いお前にわかるように教えてやろう。 1つめ、お前が心身ともに醜い存在だから。 2つめ、お前が使える魔法が【闇魔法】だから。 3つめ、ここにいるレヴィこそが俺の未来の妻に相応しいからだ」
フーリアスは上から目線で・・・身分としては上なので合っているのだが、何しろ横暴な態度で理由を述べると隣にいるレヴィの肩に手を回して引き寄せた。
レヴィもフーリアスに抱き寄せられて満更でもない顔をしている。
周囲には『俺の婚約者はジェディではなくレヴィだ!』と大々的にアピールした。
しばらくしてフーリアスはレヴィから離れる。
「フーリアス様、発言よろしいでしょうか?」
「何か言いたいことがあるのか? 言ってみろ」
フーリアスは聞いてやると尊大な態度を取る。
「それでは失礼して。 1つめですが、わたくしはフーリアス様に相応しくあろうと常に自分自身を磨いてきました」
「よくもそんなことを言えるものだな、醜女よ。 だいたいお前の顔は醜いし、その黒髪が気持ち悪い。 その上、貧相な身体に服のセンスも悪いときたものだ」
「・・・」
ジェディの顔はフーリアスのいうように醜いかと言われればそうでもない。
顔立ち的にはこの世界の女性たちを基準にしたらトップレベルだ。
醜いどころかむしろ美しいといっていいだろう。
黒髪はリージェンス公爵家に代々受け継がれているので仕方がない。
身体はいつ要求されてもいいように清潔にしているし、服に関しても婚約者であるフーリアスより目立たないよう控えめに、されど公爵の名に恥じぬよう心掛けていた。
もっともジェディの努力をフーリアスはわかってくれないようだ。
ジェディは内心で溜息を吐きながらも次の質問をする。
「2つめですが、わたくしの生家であるリージェンス公爵家は代々この国の『諜報』を任されてきました。 【闇魔法】も血族の者なら誰もが使える魔法でございます」
「レヴィが持つ【聖魔法】や【光魔法】こそ我が王家に相応しく、お前の【闇魔法】などという汚らわしいものは要らぬ。 それにお前の家はお零れで四大公爵になったにすぎん。 俺の後ろに控えるブレイル、マジム、ファイナスとは格が違うのだよ」
「・・・」
フーリアスの後ろに控えている3人はいずれもジェディと同じ公爵家で、ブレイルの家系は『剣』、マジムの家系は『魔法』、ファイナスの家系は『財政』に秀でている。
たしかにリージェンス公爵家は四大公爵の中では歴史が浅い。
それでも『諜報』として陰ながら王家を支えてきた。
国としては重要な役職でもフーリアスにとっては目に見えぬ努力などないに等しいのだろう。
ジェディは頭痛を我慢して最後の質問をする。
「3つめですが、わたくしという婚約者がいるにも関わらずほかの女性に手を出すとはどういうことですか?」
「そんなものは俺の意思を無視して決められたこと。 俺は俺が愛する者だけを嫁にするだけだ」
「フーリアス様との婚姻はあなた様のお父君であらせられる国王陛下がお決めになったことですよ。 それを・・・」
ジェディが続きを言う前にフーリアスは手で遮った。
「何を言うかと思えば王命に背いたのはお前ではないか」
「なっ?!」
フーリアスは有ろう事かジェディに罪を擦り付けてきた。
ここにきてジェディはフーリアスの考えを理解する。
フーリアスから婚約を解消すると世間的に王家の体裁が悪くなるだろう。
しかし、ジェディを悪者にして婚約を破棄すれば悪いのはすべてジェディということになる。
「・・・フーリアス様、本気でございますの?」
「もちろん本気さ。 これは俺からのせめてもの温情だ。 婚約破棄だけで済むのだからむしろ感謝してほしいくらいだよ。 それでも食い下がるなら王家に逆らった者として断罪せざるを得ないな」
普通ならばこの場でこんな騒動を起こせばこの場にいる者たちの印象は悪くなるだろう。
だが、曲がりなりにも王族であり次期国王といわれるフーリアスが王命で口外するなといえばそれまでだ。
今はまだ王太子とはいえフーリアスが白を黒と言えば黒になるのだから。
この状況を覆すにはマルト国王陛下自らこの場に現れて治めるしかないが、現在マルトは王城にいるのでフーリアスを止められる者は誰もいない。
(これは何を言っても無駄ね・・・)
ジェディは諦めると心の中でフーリアスを嘲笑う。
それはこの状況が前世で読んでいた小説の展開とそっくりだったからだ。
ジェディの前世はこことは異なる世界で生きていた。
不慮の事故により若くして命を落とし、その魂は天国でも地獄でもなく神様の力により神が住む場所へと呼ばれる。
戸惑っていると呼んだ理由を説明してくれた。
神様の話によればどうやら手違いで死んでしまったらしい。
このあと天国か地獄にでも行くのかと思いきや、神様が管理している別の世界に生まれ変わってもらうといわれた。
その世界は中世ヨーロッパみたいな世界で魔法が存在するらしい。
転生について承諾すると神様は1つだけ好きな能力を授けてくれるという。
考えた末にその世界にあるかわからない能力を口にすると神様は快諾して授けてくれた。
それから神様から発せられる光に包まれるとそこで意識を失った。
次に目を覚ますとこの世界に赤子として転生していた。
それも皮肉なことに貴族のそれも公爵家の令嬢としてだ。
5歳のときには王家より王太子であるフーリアスとの婚約が持ち上がり、父親であるリージェンス公爵はそれを快諾する。
決まってしまったのは仕方ないとジェディはフーリアスに相応しい女性になろうと努力した。
一般的な知識や作法、護身術、魔法に加え、チャル王妃殿下から王妃教育も学ぶことになる。
それと同時に万が一問題が起きた時のことを考えて事前に対策を立てた。
12歳になると王立学園に入学してフーリアスと共に学び舎で学業に専念する。
ジェディは控えめに行動し、波風を立てないよう細心の注意をしてきたつもりだ。
学園生活を送っているうちにフーリアスの良からぬ噂を度々耳にする。
その都度フーリアスに進言するも返ってくる答えはいつも決まっていた。
『なぜ俺がお前の言うことを聞かないといけないんだっ!!』と。
念のためチャルにもフーリアスのことを相談するが、そのあと一向に改善されることはなかった。
月日は流れ王立学園に入学してから3年、ジェディは卒業を迎える。
そして、卒業後に開催されたパーティーで婚約破棄イベントが発生したのだ。
ジェディは驚いた。
まさか自分が『王太子殿下から婚約破棄される貴族の令嬢』を体験をするとは思ってもみなかった。
もし、前世の記憶がなければ今目の前で起きている出来事はまさに青天の霹靂だ。
フーリアスの横暴な言動に我慢の限界を超えたジェディは予め用意しておいた手札を切ることにした。
「・・・わかりましたわ」
「ふん! やっと理解したか! それでは・・・」
フーリアスが発するよりも早くジェディは命令する。
「『ブレイル、マジム、ファイナス、フーリアス王太子殿下を拘束しなさい』」
「はぁ? お前は何を言って・・・」
「「「・・・畏まりました」」」
「?!」
フーリアスが驚いてうしろを振り向くのと同時にブレイルとファイナスがフーリアスの身体を地面に押さえつけて拘束し、マジムが【封印魔法】を発動してフーリアスの魔法を封じたのだ。
「お、お前たち! 何をっ?!」
「・・・ジェディ様の命令だ。 大人しくしろ」
いったい何が起こったのか理解できないフーリアス。
一部始終を見ていた周りの者たちも動揺を隠せない。
何しろブレイル、マジム、ファイナスの態度が急に変わったのだから。
惚けていたフーリアスだが、我に返るとなんとか拘束から抜け出そうと藻掻くがブレイルの腕力に敵わず地べたに這いつくばったままだ。
「ジェディ! ブレイルたちに何をしたっ?!」
するとジェディは愉快そうに笑いだした。
「あははははは! わたくしはただ彼らに命令をしただけよ」
「命令?」
「そう、こんな風に・・・『その場に跪きなさい』」
ジェディの言葉にレヴィを始め会場にいた全員がジェディに跪いたのだ。
その光景を見てフーリアスは目を見開いた。
「レヴィ! 何をしているのだ?!」
「・・・ジェディ様の命令に従ったまでです」
「なっ?!」
レヴィの発言にフーリアスは絶句する。
「いかがかしら?」
「レヴィに何をしたっ!!」
「そうですわね・・・わかりやすくいえば『わたくしの命令を1番に聞くように記憶を書き換えた』だけですわ」
「記憶を書き換えただと?」
「ええ、そうですわ」
ジェディが転生時に手に入れた能力、それは【記憶魔法】だ。
これは自分や相手の記憶を見たり、書き換えたり、書き加えたり、消したりできる能力だ。
対象者の額に触れないと発動できないのが欠点ではあるが、それを差し引いても有能な能力といえるだろう。
本来は娯楽がないこの世界でマンガ・アニメ・小説・歌・音楽など前世の記憶を掘り起こして密かに楽しむための能力・・・のはずだった。
だが、転生先が上位貴族の令嬢というありがちな展開に危機感を感じたジェディは、いずれくるかもしれない未来に向けて密かに準備を開始した。
手始めに家族や使用人たちの記憶を改竄する。
ジェディが【記憶魔法】を使えることを外部に漏らさないためだ。
国に報告する際も役人たちの記憶を弄って情報が漏れないように徹底した。
そして、王立学園に入学するとフーリアス以外の先生や生徒、学園関係者全員の記憶を改竄したのだ。
「王立学園にいる全員の記憶を改竄したのかっ!!」
「その通りですわ。 人数は多かったですが時間だけは十分にありましたからね」
最初の1人こそ大変だったが、それさえ乗り切ればあとはとんとん拍子に進んでいった。
「ふざけるなっ! レヴィたちを元に戻せっ!!」
「お断りしますわ。 なぜ元に戻す必要がありますの? わたくしにメリットがありませんわ」
「くっ! 卑怯者っ!!」
「卑怯? わたくしを裏切っておいてよくそんなことがいえますわね。 そもそも殿下がわたくしを裏切らなければこんなことをする必要がなかったのですわ」
ジェディとしてはフーリアスが何もしなければこんなことをするつもりはなかった。
ゆくゆくはフーリアスに嫁いで陰ながら支えて尽くしていこうと考えていた。
しかし、フーリアスはジェディのすべてを嫌い、大勢の前で切り捨て、ほかの女を作って裏切ったのだ。
到底許されるべき行為ではない。
ジェディは気持ちを切り替えると右の蟀谷に指を触れて【通信魔法】を発動した。
「お父様、ジェディです」
『おお、ジェディか。 どうした?』
「たった今フーリアス王太子殿下からわたくしとの婚約を破棄する旨のお言葉を頂戴しました」
『なんだとっ?!』
あまりの出来事に父親であるリージェンス公爵が驚いていた。
『ジェディ! 詳しく話せ!』
「はい。 殿下はわたくしの存在を否定し、大勢の目の前でリージェンス公爵家の名を貶め、婚約破棄を受け入れなければ断罪すると申されました」
『その話は本当か?!』
「冗談でこのようなことはいえませんわ。 『お父様、情報を撹乱しなさい』」
ジェディは通信越しにリージェンス公爵に命令する。
『・・・ああ、わかったよ。 愛しのジェディ』
「頼みましたわよ」
それだけいうとジェディは【通信魔法】を終了した。
「ジェディ! 何をするつもりだっ?!」
「決まっていますわ。 クーデターですわ」
その言葉を聞いたフーリアスは嘲笑う。
「お前はバカか? 王家を敵に回すのがどれほどの重罪かわかっているのか?」
それに対してジェディも笑った。
「何もわかっていないのは殿下ですわ。 わたくしの家系が何なのかを理解すらしていない」
「ふんっ! 高が『諜報』が何の役に立つというのだ?」
「なら見せてあげますわ。 わたくしの家系が如何に優秀であるかを。 と、その前に」
ジェディはフーリアスに近づくと右手で額に触れる。
「抵抗されては困るので記憶を書き加えさせていただきますわ」
「何をするっ?! やめろぉっ!!」
「【記憶魔法】」
ジェディは【記憶魔法】を発動するとフーリアスの記憶に以下の内容を書き加えた。
・ジェディが【記憶魔法】を使えることを第三者に伝えてはならない。
・ジェディに危害を加えてはならない。
・魔法を使ってはいけない。
・走ってはいけない。
無事に記憶を書き加えると魔法を解除した。
「ふぅ・・・これでよし」
「ジェディ! 俺にいったい何をしたんだっ?!」
「殿下の記憶を少しだけ弄らせていただきましたわ。 彼ら彼女らと違ってわたくしの命令を1番に聞くようにはしていないので安心してくださいね」
ジェディはレヴィたちを見ると命令する。
「『立ちなさい』」
「「「「「「「「「「・・・はい」」」」」」」」」」
レヴィたちはその場から立ち上がる。
「『拘束を解きなさい』」
「「「・・・はい」」」
ブレイルとファイナスがフーリアスから離れ、マジムが魔法を解除する。
自由を取り戻したフーリアスが命令する。
「ブレイル! マジム! ファイナス! ジェディを捕らえろ!!」
「「「・・・」」」
しかし、ブレイルたちは行動しない。
「どうしたっ?! 早くしろっ!!」
「無駄ですわ。 ここにいる彼ら彼女らには安全装置を設定しています。 わたくしに危害を及ぼす行動はできませんわ」
「なら俺が直接手を下してやる!!」
フーリアスは右手の拳を握るとジェディに殴ろうとするが身体がその場から動かない。
「?! ど、どういうことだっ?! 身体が思うように動かないっ?!」
「申し訳ございません、殿下。 あなた様にも安全装置を設定させていただきました」
「物理がダメなら魔法で・・・」
フーリアスは右手を前に突き出して魔法を発動しようとするが何も起きない。
「?! ま、魔法が発動しないだとっ?!」
「殿下、わたくしの言葉を聞いていませんでしたか? あなた様はもうわたくしに危害を加えることはできません」
「くっ! 誰かジェディを拘束・・・いや! 殺せ!!」
フーリアスは大声で叫ぶもその場にいる者たちは動くことすらしない。
「なぜだっ?! なぜ誰も俺の命令に従わないんだっ!!」
「お可哀想な殿下。 誰からも助けてもらえないとは・・・」
ジェディは芝居掛かったように自らの目頭を押さえる。
「ふざけるなっ! こんなことをしてただで済むと思うなよっ!!」
フーリアスはジェディに背を向けると歩いて出ていこうとする。
「『ブレイル、ファイナス、フーリアス王太子殿下の腕を掴まえなさい』」
「「・・・畏まりました」」
ブレイルとファイナスはパーティー会場から出ていこうとするフーリアスの両脇を掴んで拘束した。
「っ?! ブレイル! ファイナス! 放せっ!!」
「「・・・」」
フーリアスは暴れるが拘束が解けることはなかった。
「うふふふふふ・・・そんなに慌てて城に戻らなくてもわたくしたちが連れて行って差し上げますわ。 『ついてきなさい』」
ジェディが命令してパーティー会場の入り口に移動するとレヴィたちもあとを追うように歩き始めた。
フーリアスも引き摺られるように移動するが、抵抗して大声で叫んでいた。
「五月蠅いですわね。 『レヴィ、殿下の口を塞ぎなさい』」
「・・・畏まりました」
命令を受けたレヴィは持っているハンカチをフーリアスの口に無造作に突っ込んだ。
「ふぐぅっ! ふぁっ! ふぁふぇふぉっ!」
叫び声が収まったところでジェディは再び歩き出す。
レヴィたちもそのうしろをついていく。
王立学園を出て王城までやってくると異変に気付いた門兵たちが武器を構える。
「止まれ! それ以上近づけば・・・」
ジェディは門兵たちに命令する。
「『門を開けなさい』」
「「・・・畏まりました」」
門兵たちは命令に従い城門を開けた。
城内に入ると衛兵たちがやってくる。
「こんな夜分に何ようだっ!!」
「国王陛下はどこかしら?」
「賊か! お前たちこいつらを・・・」
「『従いなさい』」
「「「「「「「「「「・・・畏まりました」」」」」」」」」」
衛兵たちはジェディの命令で武器を向けるのをやめる。
「『国王陛下はどこにいるのか答えなさい』」
「・・・城にやってきた謎の集団の対策をするため謁見の間におります」
「そう、ありがとう」
それを聞いてジェディは謁見の間へと足を運ぶ。
衛兵たちもジェディに従ってついていく。
ジェディが王妃教育を受けに王城に訪れた際に衛兵たちの記憶を改竄していた。
何かあった時の保険としてかけておいたが思わぬところで役に立った。
それから何度か衛兵たちが目の前に現れるもジェディが一言命令するだけで従順に従う。
謁見の間に到着する頃にはレヴィたち学生だけでなく大勢の衛兵たちを従えていた。
扉を開けて入るとそこにはマルト国王陛下が近衛兵たちを供に待ち構えていた。
「?! ジェディ嬢! これは何の騒ぎだっ?!」
驚くマルトに対してジェディはカーテシーをして挨拶をする。
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。 今日は申し上げたき儀があり参りました」
「申してみよ」
ジェディが後方をチラッと見ると拘束されたフーリアスが姿を現す。
「ふぃ、ふぃふぃふふぇ、ふぁふふぇふぇふふぁふぁふぃ!!」
「フーリアス?! ジェディ嬢、これはどういうことか説明してもらえるのだろうな?」
「はい。 本日行われた卒業パーティーで、フーリアス王太子殿下がわたくしとの婚約破棄をしたことが事の発端でございます」
「婚約破棄だと?」
「殿下はその場で別の女性と婚姻すると宣言し、リージェンス公爵家の名に泥を塗り、わたくしを悪者に仕立て上げ、罪をすべて擦り付け、婚約破棄に賛同しなければ断罪すると申されました」
「・・・」
マルトはフーリアスを睨む。
その双眸は怒りに満ち溢れていた。
国の将来のための縁談をフーリアスは自分勝手な振る舞いで破談にしたのだ。
マルトが激怒するのも当然だろう。
その姿を見たフーリアスは恐怖で身震いしていた。
「フーリアス王太子殿下の行いに正直腸が煮え繰り返るほどですわ。 親である国王陛下と王妃殿下からどのような教育を受ければこんな馬鹿げた考えになるのか知りたいくらいです」
「・・・1人の親としては恥ずかしい限りだ。 フーリアスの発言についてだが・・・」
「陛下、謝罪は不要です。 それと殿下からの婚約破棄についてですが謹んでお受けすることにしますわ」
ジェディの発言にマルトが慌てだす。
「なっ?! そ、それは困るっ! 考え直してはくれないか?」
「この件に関してはすでにお父様に報告させていただきました」
「なんてことだ・・・」
すでに手遅れであることに気づいたマルトはその場で頭を抱える。
フーリアスと違いマルトは『諜報』の・・・情報の重要性をよく理解していた。
その様子からリージェンス公爵家がどれだけ国にとって脅威な存在かが窺い知れる。
何しろリージェンス公爵家は桁違いの情報量を有しているのだ。
王家はそのおこぼれに預かっているに過ぎない。
マルトが項垂れているところにジェディが声をかける。
「陛下にお願いしたい儀があります」
「・・・なんだ?」
「はい。 本日をもって陛下には国王を退位していただきたく存じます」
ジェディの言葉にマルトは怒りを露わにする。
「何をいうかと思えば・・・如何にジェディ嬢でも冗談では済まされんぞっ!!」
それに対してジェディは冷酷な目つきをしていた。
「陛下、わたくしは本気ですわ。 もし、聞き届けられないのであれば・・・わかりますわよね?」
ジェディのうしろには多くの衛兵が控えていた。
それに引き換えマルトの近衛兵はあまりにも少なすぎる。
多勢に無勢。
ここでジェディが一言命令するだけで謁見の間は地獄と化すだろう。
マルトは今自分の命と王の矜持を天秤にかけている。
しばらくしてから口を開く。
「・・・好きにするがいい」
マルトは彼我の戦力差を分析して負けを認めた。
いくら近衛兵たちが強くても数の暴力の前には屈するしかない。
被っている王冠を脱ぐとジェディへ放り投げた。
カランカラン・・・
謁見の間に王冠が落ちる音が鳴り響く。
「へ、陛下!」
「よい。 退位するだけでお前たちの命を無駄にせずに済むのなら安いものだ」
「陛下・・・」
他国との戦争ならともかく自国民同士無益な争いで命を散らすのをよしとしない。
それがマルトの出した結論だ。
「賢明な判断ですわ。 安心してください、元国王陛下と元王妃殿下を悪いようにはいたしません」
「感謝する」
ジェディはフーリアスを開放する。
自由になったフーリアスは口に突っ込まれたハンカチを取り除くとマルトのほうへと歩いていく。
「父上! 今すぐジェディを国家反逆罪で捕まえてください!!」
バキッ!!
フーリアスの言葉に返ってきた答えは鉄拳制裁だった。
「?! ち、父上・・・?」
「この馬鹿者がっ! お前が・・・お前が余計なことをしなければこんなことにはならなかったのだぞっ!!」
ここにきてようやく事の重大さに気づいたフーリアスは涙ながらに謝罪する。
「父上・・・申し訳ございませんでした」
「今更理解してももう遅いわ! なぜもっとジェディ嬢を大切にしなかった! あれほど蔑ろにするなといったではないか!!」
ジェディから相談を受けていたチャルは何度も諭そうとするもフーリアスは聞く耳を持たなかった。
それを見かねたマルトも時たまフーリアスを呼び出してはジェディとの婚約の重要性を説明していた。
だが、2人の努力は報われることもなく徒労に終わる。
それから少しして謁見の間にチャルが現れた。
チャルはジェディを見るとすべてを悟った顔をする。
そして、ジェディに話しかけてきた。
「ジェディ、私たちはこれからどうなるのかしら?」
「そうですわね・・・元国王陛下と元王妃殿下につきましては『島流し』にしますわ。 お二人を隠すのによい島がありますのでそこで余生を過ごしていただきます。 表向きはクーデターに屈することなく最後まで戦い国を守ったことにしますので」
「息子は・・・フーリアスはどうなるのかしら?」
「残念ながらご子息であるフーリアス元王太子殿下にはすべての罪を被ってもらい処刑とさせていただきます」
「・・・そう、わかったわ。 ありがとう」
チャルはそれだけ聞くと口を噤んだ。
ジェディは何人かの衛兵を見ると命令する。
「『マルト元国王陛下、チャル元王妃殿下、フーリアス元王太子殿下を北の塔へ幽閉しなさい』」
「「「「「「「「「「・・・畏まりました」」」」」」」」」」
衛兵たちがマルト、チャル、フーリアスの両脇を掴むと謁見の間から連れ出した。
「・・・終わったわね」
こうして婚約破棄から始まったクーデターは幕を閉じた。
数日後───
国に激震が走る。
クーデターによりマルト国王陛下およびチャル王妃殿下は討ち死にし、フーリアス王太子殿下が捕まったことが知らされた。
討たれた証拠としてマルトとチャルの首が城下町の中央に晒されたからだ。
もっとも2人の首はジェディが用意した贋物である。
当の本人たちはクーデターの翌日にリージェンス公爵の敷地内にある離島に移動してもらった。
そこにはリージェンス公爵家が保有する別荘以外何もない場所だが、身を隠すにはうってつけである。
マルトとチャルの首を晒されたのと同時に王家の悪行が世間に公表された。
民を扇動したのはもちろん『諜報』に優れたリージェンス公爵家だ。
これにより唯一の生き残りであるフーリアスに非難が殺到した。
フーリアスは毎日のように城下町の中央に連れていかれるとそこで民から石を投げられ、身体中に青あざができていた。
それから更に月日が流れ、民から虐げられて1ヵ月が経過する。
ついにフーリアスが処刑される日が訪れた。
フーリアスは身体を断頭台に固定される。
「これよりフーリアス元王太子を処刑する!」
「・・・」
死を目前にしてフーリアスは無言を貫いている。
そして、多くの民の前で刑を執行された。
フーリアスの首が刎ねられたのを見ていたジェディと父親であるリージェンス公爵。
「これで終わったな」
「いいえ」
「?」
リージェンス公爵は自分の言葉を否定したジェディを見る。
「これから始まるのですわ」
「・・・そうだな、これから新しい時代が始まるのだな」
「そうですわ」
それだけいうと2人はその場をあとにした。
その頃、リージェンス公爵の敷地内にある離島では───
マルトとチャルのところにフーリアスが処刑された旨の知らせが届く。
それを聞いたチャルはその場で泣き崩れる。
「ぅぅぅ・・・ぁぁぁ・・・フーリアス・・・」
マルトがチャルの肩に手をやる。
「あの馬鹿者が・・・親より先に死ぬなど・・・この親不孝者が・・・」
涙声になりながらもフーリアスの死を嘆いていた。
ジェディより事前に対処を聞かされていたとはいえ、2人の中には息子が死んだ悲しみが広がっていく。
ザッザッザッ・・・
そこに誰かが音を立ててやってくる。
2人が音のするほうを見た。
「・・・父上・・・母上」
2人の双眸が限界まで見開く。
そこにいたのは処刑されたはずのフーリアスだった。
「・・・フーリアス? 本当にフーリアスなのか?」
「・・・はい」
「・・・フーリアス・・・フーリアス!!」
チャルはフーリアスに駆け寄ると抱きしめた。
「良かった・・・本当に生きていて良かった!!」
「心配させおって!!」
「・・・父上・・・母上・・・申し訳ございません」
「もう・・・もういいの。 あなたが生きていてくれただけで、それだけでいいの」
「・・・母上」
フーリアスは自然と涙を流していた。
落ち着いたところでマルトが声をかける。
「ところでどうやってここに来たんだ?」
「それが・・・処刑前日に誰かと会っていたようなのですが記憶にないのです。 気づいたらここにいて彷徨っていました」
「・・・そうか」
それだけ聞くとマルトは悟った。
ジェディがフーリアスを助けたのだと。
実はジェディが処刑前日にフーリアスを密かに島流しにしていた。
城下町で処刑されたのはジェディが用意した人形だ。
見た目は人間にそっくりに作ったので注意深く見ない限りはばれないだろう。
仮にばれてもフーリアスが島から出なければいいだけのことだ。
命を救われたフーリアスはそのあと親であるマルトとチャルと共に離島で一生を迎えることになった。
クーデターで国家転覆したあとのこと、新生国を立ち上げるのに貴族たちが話し合った結果、四大公爵の筆頭であるソリディアス公爵家が新生国の王として抜擢された。
本来ならクーデターを起こしたジェディの家であるリージェンス公爵家が新生国の王という声も上がったが、リージェンス公爵家は辞退したのだ。
トップが変わったことでしばらくの間国内は慌ただしかったが、時間の経過とともに落ち着いていく。
それと同時にジェディの存在が人々の記憶の中から霞のように消えていった。
のちにリージェンス公爵は言った。
『うちに娘などいない』と。
そして、ジェディが起こしたクーデターは『名も無き先導者による無血革命』として後の世まで歴史に名を残すことになった。