あなたについて覚えていること
―――――それじゃあ、また明日。
そんなことを言っていた彼女は、何の前触れもなく、ただ偶然のままに死んでしまった。
途中まで一緒に下校してきて別れた後、信号待ちしているところにトラックが突っ込んできたらしい。
彼女の訃報を聞いた時、私は自分でも驚くほど冷静だった。
「お葬式は、いつですか」
伝えに来てくれた彼女のお母さんに、最初に言った言葉はそんなもので。
到底我が子を亡くした母親に掛けるような言葉ではなかったはずなのに。
彼女のお母さんは私に優しく接してくれたのを覚えている。
◇
―――――ずっと一緒にいようね。
そんなことを言っていた彼女の葬式は、彼女の親類と私の家族だけで執り行われた。
棺桶の中には彼女の遺体が入っているらしいけど、蓋は最後まで開けられなかった。
だからなのか。彼女が死んだという実感が、いつまで経っても湧かなかった。
「この度は、ご愁傷さまです」
そんなありふれた、他人事のような言葉しか言えなくて。
大事な人が死んだというのに冷めきった表情だったはずなのに。
それでも遺族の皆さんは私のことを邪険にせず、心から労わってくれたのを覚えている。
◇
―――――そんなに見られると、恥ずかしいね。
そんなことを言っていた彼女は、焼かれて骨になって大勢に見られている。
真っ白い骨の内、多くの骨が半ばで折れていて、事件の凄惨さがよくわかる。
それでも、これが彼女だとは、私にはどうしても思えなかった。
「………」
何か言われたような気がするけど、返事が出来たかあやふやで。
彼女との最後のお別れの時間なのに。
泣き崩れていたはずの彼女のお母さんですら、声をかけてくれたのを覚えている。
◇
―――――ちゃんと言わなきゃね。愛してる。
そんなことを言っていた彼女は、今はお墓の中で眠っている。
毎日聞いていた愛してるを、聞かなくなってもう一週間。
それでようやく、彼女がもういないのを理解した。
「私も、愛してるよ」
今まで何ともなかったのに、涙が溢れて止まらなくて。
彼女のことがこんなにも大好きなのに。
私の中の彼女は次第に薄れていくという事実に、ひたすら泣き続けたのを覚えている。
◇
――――――――――――。
彼女がどんなことを言っていたか、もうほとんど忘れてしまった。
彼女がいなくなってから70年を一人で生きてきた。
ベッドに横たわる私は、自分がもう死ぬことを理解していた。
「…本当に、愛していましたよ」
彼女の写真も映像も、随分前に無くなってしまって。
あの時の気持ちも、彼女との思い出も、何もかも私の中には残っていないのに。
ただ、彼女の笑顔が、声が、在り方が、大好きだったという事実だけは覚えていた。