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短編集「トイレdeパニック」

こんなときに限って……

【主人公】20歳・女性・大学生



『こんなときに限って……』



 誰もが人生の中で、このような思いをしたことが一度はあるだろう。


 今……私がその状況の真っ只中にいる。



 ※※※※※※※



 五ヶ月ぶりに彼氏ができた。


 私は大学二年生、前の彼は同級生で高校時代から付き合っていた。いわゆる俺様系で、初めは頼りがいのある男だと思っていた。

 しかし大学が別々になり、会う機会が徐々に減っていくと物事を冷静に考えるようになり……そのまま自然消滅した。頼りがいがある……と思っていたが実は単に自己中なモラハラ男だったのだ。


 新しい彼氏は一歳下……コンパで知り合った。元カレとは真逆の性格で、他人にとても気をつかうタイプだ。コンパでも他の参加者のために動いてばかりで自分の食事ができないほどのお人よしだ。この男なら私のために尽くしてくれるかもしれない……もう空気が読めない自己中男はたくさんだ。


 今日はその彼と初デート。私が勝手に草食系だと思いこんでいた彼は意外にも積極的で、今回のデートプランも全て彼が考えてくれた。まぁ周りに気をつかう性格だから、きっとそういう行為が好きなのかもしれない。


 そしてデートも終盤……すると彼が突然、新作のゲームがあるから一緒にやろうと言い出してきたのだ。つまり、初デートでいきなり彼の住むアパートへ……どういうことなのかすぐに察しがついた。


 まさかの展開ではあったが、こっちも久しぶりの彼氏……断る理由などない。こんなこともあろうかと今日はしっかりと勝負下着をつけてきたし、彼が持っていなかったことを想定してゴムだって隠し持っている。準備万端、ヤル気満々!


 だがしかし……ここで登場する言葉が、



『こんなときに限って……』だ。



 新しい彼氏、初デート、彼の家……全てが完璧な展開なのに……


 こんなときに限って……こんなときに限って……


 私は……今……




 ガスがむっちゃくちゃ溜まっているのだ!




 ――え? 何言ってるのかわからない?




 今の私は油断すると『オナラ』が出てしまう状態なんだよぉ!!



 ※※※※※※※



 私はカセットボンベでも飲み込んでしまったのだろうか? 今日はずっとお腹が張っている。何か変な物を食べたとか特に心当たりはないが、強いて言うなら最近便秘気味だったので食物繊維のサプリメントを多めに飲んでいたくらいだ。


 少しでも気が緩むと〝ブッ!〟と出そうなこの状況で初めて彼氏の家……絶対にムリ。本当なら断りたいところだが、気の弱そうな彼が精一杯頑張って誘ってくれたのだ。このチャンスを逃したらもう二度と誘ってくれないかもしれない。


 それに今日一日、ガス抜きができなかったワケではない。トイレに行けば自然に出てしまうからだ。でも今日のデートコースは美術館、カフェ、公園……こんなときに限って全て「静寂に包まれた場所」だった。

 しかも今日は日曜日、女子トイレはどこも超混みでうっかりデカい音を出したら周りに聞こえてしまう。私は水を流しながら遠慮しがちにガス抜きをしていた……だがそんな出し方ではすぐに腸内(タンク)が満タンになってしまう。


 私は死にそうな顔で彼の住むアパートに着いた。彼は私の顔を見るなり


「どうしたの? 顔色悪いよ」


 と心配してくれたが


「あっそっか! 体力無いんだよね、疲れちゃったんだねきっと……」



 ――ちげーよ!



 それアレだろ? 公園で手漕ぎボートに乗ったとき「キミも漕いでみる?」と聞かれて「あっ、私……体力無いからムリ」って断ったヤツだろ? ちげーよ、いつもならボートぐらい漕げるわ! けどこの状況で力入れてみろ! 静かな公園の池に大音量が響き渡り、水面にいる鴨が爆発音と勘違いして一斉に飛び立ち、お前も私の元を飛び立ち……人生終了するわ!


 何がなんでも彼にはオナラを聞かれないようにしないと……私は下腹部の痛みに耐えながらアパートの階段をゆっくり上った。



 ※※※※※※※



 彼の部屋の前に来た。彼は他県からやってきてここに独り暮らし……しかも明日の午前中は二人とも講義がない。つまり「朝帰り」も可能なのだが、残念ながら今はそんな気分ではない。

 もうこうなったら部屋のトイレで、彼に気づかれないようこっそりとガス抜きをするしか方法はない。


 だが、ここで私の心の中にある懸念が生じていた。それはこのアパートの『間取り』である。


 彼が扉の鍵を開ける……お願い、『あの間取り』だけは絶対にやめて!!


 〝ガチャッ〟


 開いた扉から中の様子を見る……うわぁ、最悪だぁ!!



 彼のアパートは【ワンルーム】だったのだ。



 部屋とトイレの間に廊下でもあれば「あの音」を聞かれる可能性がグンと低くなるだろう。だがここはワンルーム、部屋とトイレを隔てているのは見るからにショボそうな作りのドアが一枚だけだ。

 これではオナラどころかオシッコの音まで聞かれてしまいそうだ。水を流したところで爆発音(オナラ)はごまかせないだろう。これだったら四畳半一間のアパートでトイレ共同の方がまだマシだ。


 彼は途中立ち寄ったコンビニで買った飲み物や食べ物をテーブルに広げ、テレビとゲーム機の電源を入れた。


「でも本当にいいの? ウーロン茶で……僕に合わせなくてもいいのに」


 お酒を飲んではいけない未成年に合わせ、ビールではなくてウーロン茶にしてくれた優しい先輩……とでも思われているのだろう。だが違うぞ後輩! このパンパンに張ったお腹でビールや炭酸を飲むのは自殺行為なんだよ!

 さらに今……ペットボトルのキャップを開けた彼は、おにぎり一個だけの私を見てきっと「非力で小食の彼女」とでも思っているだろう。それも違うぞ! 普段の私はペットボトルのキャップくらい平気で開けられるし、コンビニ弁当だって残さずに食べられる。


 しかし、今それをやったら……確実に死ねる。



 ※※※※※※※



「ゴメン、また僕が勝っちゃったね……もしかしてこの手のゲームって苦手?」


 彼とはしばらく対戦型ゲームをしていたがずっと負け続けていた……そりゃあそうだ、こんな状況でゲームに集中できるワケがない。

 こうしている間に限界が近づいてきた。オナラは我慢すると血液に戻って体臭や口臭、肌荒れの原因になるらしい。彼氏との初エッチで体臭口臭肌荒れ……それはそれでイヤだ!


 何としてでも彼にオナラを聞かれない状態で「ガス抜き」をしなければ! しかしトイレの扉は見た目からしてショボそうなドアが一枚だけ……これじゃふすまの方が防音効果がありそうな気がする。

 こうなったら彼には悪いがこの部屋を出ていってもらおう。私はとっさに、彼がコンビニに行かなければならない方法を考えた。


「あ、あのさぁ……やっぱ私、おにぎり一個じゃ足りないや。わがまま言ってごめんね! 私、プリンが食べたくなってきちゃった! お金出すからさ……コンビニまで行ってきてくれる?」


 どぉだ! 男の独り暮らしにプリンはあるまい……ところが、


「あっ、プリンだったら冷蔵庫にあるよ……食べる?」



 ――あるんかぁああああいっ!?



 彼は冷蔵庫からプリンを取り出して私にくれた。しかもまぁまぁ高級なヤツじゃないか……作戦は失敗した。


 お腹パンパンでもプリンくらいなら食える。プリンを食べ終わると、限界に達した私は意を決して彼に告げた。


「あ、ちょっと……トイレ借りていいかな?」


 私は席を立つとき、彼に気づかれないようにテレビの音量を少し上げた。



 ※※※※※※※



 限界に達した私はトイレに入った。小さな風呂と一緒になった、いわゆるユニットバスというタイプだ。でも正確にはお風呂単体でもユニットバスと言い、洗面台とトイレが一緒になったタイプは「三点ユニットバス」と呼ぶらしい。


 ――こんな所で爆発音(オナラ)を出したら……「()()ガス爆発」だわ!


 いかん、しょうもないジョークで現実逃避してしまった。


 お腹のガスをできる限り空に近づけるには、今日一日やっていた「小出し」ではなく短時間で一気に放出するのがベターだろう。これは大音量になりそうな気がするが、音だって毎回必ず出るワケじゃない。透かしっ屁の可能性だってある。


 そして不測の事態(でっけぇ音)に備えるため、対策をいくつか考えていた。


 放屁(ほうひ)と同時に水を流すのは当然。それと、さっき上げたテレビの音量……実は彼とプレイしているのは「シューティングゲーム」だ。戦争モノなので手りゅう弾の爆発や機関銃の音が常に流れている。この音を利用して私の爆発音と相殺させようという考えだ。


 更にもうひとつ、私に秘策がある。


 オナラで音が出るという仕組みはおそらく、お尻の穴が震えて笛のようになるのではないのか? ならば口を広げると口笛が吹けないように、お尻の穴を広げればオナラも鳴らなくなるのではないだろうか?

 我ながらグッドアイデア! 私はパンツを下ろして便座に座ると、お尻を少し持ち上げて手でお尻の穴を広げるような格好をした。


 ドアの向こうには彼氏がいる……自分で自分のお尻の穴を広げている姿なんて死んでも見られたくない。


 態勢は整った。あとはタンクの水を流した瞬間にガスを放出するだけだ。


 ――いざ! 勝負!!


 私はトイレタンクのレバーを下げた。だが……


 ――オナラが出ない!


 お尻の穴を手で引っ張るなどという普段絶対にやらない格好のせいか、はたまた緊張のせいかオナラが出なかったのだ。マズい! このままでは水が流れ終わってしまう。そうなると再びタンクがいっぱいになるまで時間がかかる……。


 焦った私は全身全霊をこめてお尻に力を入れた。すると一度だけ〝ブッ!!〟と大きな音がして次の瞬間、



 〝ブブブッ! ブブブッ! ブブブッブッ!!〟



 こんなときに限って……すげーデカい音が出た!


 何で!? ちゃんとお尻の穴を広げたハズなのに……しかもその音はまるで某時代劇に出てくる「よよよい、よよよい、よよよいよい」と同じようなリズムを刻んでいた。いや、めでたくねぇから!


 しかも爆発音(オナラ)は止まらない。それどころか一度突破口から飛び出した私のガスたちは「ボクも私も」と言わんばかりに次々と放出された。



 〝ブブブゥゥゥゥッ…………プッ!!〟



 やめてぇー! 音を出さないでぇー! 私はコントロールが効かなくなったガスたちに、ただ止まってと祈るだけだった。そのやるせない気持ちはまるで学級崩壊を目の当たりにした担任教師のようだ。

 しかも何だよ最後のちっちゃい「プッ」は!? そんなもん最後に愛嬌ある音を出したところで、それまでのマイナス点がデカすぎるんだよ!


 更にアクシデントは続く。


 ――あれっ?


 実は爆発音(オナラ)の最中に、水の流れが止まっていたのだ。


 こんなときに限って……止まるの早くね? どう考えても流れる時間が短い。私の家のトイレとは全然違う。


 ――はっ!


 そのとき私は気がついた。このアパート……確かにドアとかショボそうだが、まだ新築のような目新しさを感じる。ってことは新しい技術……


 ――まさか……節水型トイレ!?


 何でエコロジーによって私の人生が潰されてしまうのよ! 地球環境を守る前に私を守れぇええええっ!


 あーこりゃ完全に聞かれたな……終わった。


 まだ付き合い始めて二週間ほど……初めてアパートに連れ込んだ彼女がいきなり豪快な爆発音を部屋中に響き渡らせたら……きっと別れを切り出すだろう。


 しかも、また更におかしなことが。いつの間にか部屋からゲームの音が全く聞こえてこなくなっていたのだ! えっ、何で何で何でぇええええっ!?


 こんなときに限って……なぜゲームの音声が消えたの?


 えっ、彼がゲームに飽きて電源切った? それともトイレから爆発音がしたからテロと勘違いした? それとも……実は彼はオナラの音フェチで音を聞くためにわざわざ消音に? だとしたらこちらから別れを切り出してやるわ!


「はぁ……」



 ――詰んだ。



 私は便座に座ったまま頭を抱えた。何でこんな大事な日に限って……


 あーもういいや! もうこの彼とはお別れだ!! 全てをあきらめた私はついでにオシッコも済ませておいた。水は流していないので外に丸聞こえだ……でももう知ったこっちゃない。


 ――勝負下着……ムダだったなぁ。


 パンツを穿こうとしたとき、人生って上手くいかないものだと実感した。もうしばらくコレを穿くことはないな……。私は前を向き、また勝負下着をつける機会をつくろうと心に決めた。


 水を流した……やっぱり節水型トイレだった。何がエコロジーだふざけんな!


 それにしても気になるのは部屋の「無音状態」だ。なぜ突然ゲームの音声が消えてしまったのか? 私は恐る恐るトイレのドアをそーっと開けてみた。すると私は衝撃的な光景を目にしてしまった。


 こちらに背を向けてゲームを続けていた彼は何と、ヘッドホンをしていたのだ。



 ――おい!



 彼の後ろ姿を見た私は怒りに震えた。このタイミングでヘッドホンって……


 お前なりに気をつかった行為だと思うが、それって私の爆発音(オナラ)が聞こえていましたよ! っていう()()()()()()じゃねぇかぁああああああああっ!?


 彼のアホすぎる行動に怒りを通り越し呆れてしまった私は、ヘッドホンを取り上げ彼の頭を軽く小突くと全てを白状した。



 何もかもさらけ出し、お腹のガスも出し切った私は……翌日朝帰りをした。


最後までお読みいただきありがとうございました。


恋愛もオナラも我慢は禁物……腹に溜め込んではいけません。

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