ACT-96『学園長と個別面談です』
「おい、ちょっと澪、こいつら何て言ってんだ?」
卓也の質問に、澪は目線を変えずに答える。
「この人達の名前は“ナイトメア”」
「は……?」
「その目的は、ボク達に“恐怖と絶望を味わわせる事”なんだって」
「――はぇ?!」
『Quieken wie ein Schwein!(豚みてぇに鳴いてんじゃねぇ!)』
思わず奇妙な声を上げる卓也の腹に、兵隊のボディブローが炸裂した。
「うごっ?!」
「な、何するのよ!」
腹を殴られ、卓也はもんどり打って倒れる。
その時、懐から何かが転がり落ちた。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-96『学園長と個別面談です』
『我々は、ナイトメア!
貴様等に絶望と恐怖を与えることが目的である!』
「どうしてそんな事をするのよ!」
『そんな事は、貴様等が知るものではない!』
「あなた達は、こんな事をして何が楽しいの?
同じ漂流者でしょう? 助け合うならともかく、なんで――」
『貴様等のような、下等な存在と一緒にするな!』
澪の前に立つ兵隊は、見下すような冷たい視線を投げかける。
銃口は取り囲むように彼らに向けられ、抵抗力を奪う。
絶体絶命――そんな言葉が、澪達“四人”の頭をよぎった。
だが、次の瞬間。
突如、銀色の光が足元から伸び、兵隊達を次々に貫いた。
『な、なんd――』
『ひえっ!』
大きな銃は切断され、兵隊は胸を撃ち抜かれ、そのまま真っ二つに切り裂かれる。
断末魔を上げる間もなく、彼らは信じられないほどあっさりとこと切れた。
皆の足元から伸びる銀色の光は、兵隊達の居た位置を舐めるように駆け回り、やがて消失する。
残ったのは、切断された銃を構えたまま硬直している、澪と会話をしていた者ただ一人だけだ。
『な、な、な?! き、貴様ら、いったい何をしたぁ?!』
「へ? え?」
「な、何? 今の、何?」
「れ、レーザーみたいな?」
「何処から?!」
「こっちっす、こっちこっち」
声は、皆の足元から聞こえて来た。
そこには、先程ボディブローを食らって倒れた卓也が転がっていた。
痛そうに腹を摩りながら、右手には携帯電話を握っている。
それを見た澪は、思わず目を見開いた。
「あ、それ――」
「これがある事すっかり忘れてたよ。
しかし、こいつらやっぱり人間じゃないな。
見ろよ、血なんか全然流れてないし」
「あ、ホントだ!」
卓也が手にしているのは、ガラケーに偽装された光学武器“Photon Discharger”だ。
前の世界で北条から貰ったものを、肌身離さず持っていたのが幸いした。
「卓也! 大丈夫?!」
「ああ、なんとか……イテテ」
「卓也、手を貸すよ!」
『ききき、貴様らぁ! 抵抗するかぁ?!』
「何言ってんのかわかんないけどさ」
澪とテツに助けられてなんとか立ち上がった卓也は、携帯のアンテナを兵隊の眼前に向ける。
兵隊の顔が強張った。
「澪、これのことを説明してやって」
「う、うん!
――この武器の威力は今見た通りよ。両手を挙げなさい!」
『く、くうう!』
いまいち事態を呑み込めてないようだったが、兵隊は渋々両手を挙げる。
「ねぇ、ナイトメアって何なの?!
あなた達は本当に人間じゃないの?」
澪が、彼らの言語で質問する。
兵隊は一瞬何かを言いかけたが止め、素早く拳銃を取り出した。
そして、それを自身のこめかみに当て、躊躇うことなく引き金を引いた。
パン! という乾いた音が鳴り響き、兵隊は無言に真横に倒れ伏した。
あっという間の出来事で、澪も卓也達も、何も出来なかった。
「な……な、え、えぇ?!」
「お、おい見ろ!」
「え? え、ひえぇぇぇぇ?!?!」
「な、なんだこりゃあ?!」
テツ、カイト、ダイスケの三人が、抱き合うように固まって怯える。
倒れた兵隊は血を流すこともなく、白い泡のようなものに包まれて溶け始めた。
服や装備品を残して肉体が溶け、骨になり、やがてそれも粉々になって消える。
ものの一分もしないうちに、兵隊は装備も含めて完全に消え失せてしまった。
見ると、先に卓也が倒した連中の死体も装備も消えている。
五人は、思わず顔を見合わせた。
「なんなの、この人達?!」
「人間じゃないよな……人間みたいな形の、全然違う何かだよ」
五人は、改めて今起きた出来事を思い返そうとする。
だがその途端、反対側から大勢の足音が迫って来ることに気が付いた。
「やべぇ! 援軍来た!」
「みんな! 車に乗り込んで!」
「おい、さっき逃げたあいつは?!」
「アイツのことはもういい! 逃げよう!」
「おいおい、薄情だな!」
「そうよ! 倒れたみたいだから、回収しないと」
「いいんだよ! それよりまっすぐ“学園”に向かってくれ!」
「アイツはもういないんだ!」
「え?」
テツの必死の叫びに圧され、澪は納得が行かないまま車を発進させようとする。
だが、ヘッドライトの明かりに照らし出されたものを見て、思わず身体を硬直させた。
「う、嘘でしょ……」
「どうした、澪?!」
「あ、アレ……」
「アレ? ――って、はぁっ!!」
キュルキュルキュルキュル……
ゴゴゴゴゴゴ……
唐突に、何か重苦しい重低音が響き始める。
硬直している二人の肩越しに、テツ達はフロントウィンドウの向こう側を見て、絶句した。
高さ、おおよそ三メートル程、道幅ギリギリの大きさの無限軌道を履いた“鉄塊”。
直線で構成された、いかにも頑丈そうな白っぽいボディ。
そして、最頂部から突き出した長い砲塔――
それは紛れもなく、こんな場所にあろう筈がないシロモノだった。
「せ、せ、せ、戦車ぁ?!」
「ウソだろおぉぉぉぉ?!?!」
「やべぇぞ! このままじゃ踏み潰されちまう!」
「澪さん! 逃げろ! 早くぅ!!」
「わわわ、分かったわよぉ!」
ブロック塀を突き崩し、アスファルトを踏み割りながら、その戦車はどんどん前進してくる。
耳障りなキャタピラの音が鳴り響き、それが五人の恐怖感を更に煽り立てる。
よく見ると、戦車の向こう側には大勢の兵隊達が居るようだ。
澪はギアをバックに入れ、アクセルを思い切り踏み込んだ。
反動が襲い掛かる。
「みんな、しっかり掴まってね!」
「うぉっほ! ベルトがぁ!!」
「ひぃぃ! 神様仏様ぁ!」
「なんでこんなのが出てくんだよ! 聞いてねぇよ!」
「逃げろぉ! とにかく逃げろぉ!!」
「こ、これもナイトメアって奴らの装備なのか?
コイツじゃ通用しないかな?」
「どう考えても無理でしょ!
逃げるわよ!」
バックからギアをドライブに切り替え、澪は思い切りハンドルを切る。
ややスリップ気味に路地を曲がったランクルの背後で、大きな爆発音が轟いた。
衝撃と地響きで、車体が激しく揺さぶられる。
「きゃあっ!」
「あ、あいつら! マジで撃って来やがった!」
「うっわ、家が粉々になってる!」
「ちょっと待て! あんなのに追われたまま“学園”に戻ったら、校舎も破壊されちまうぞ?!」
卓也の叫びに、テツが即座に反応する。
「いや大丈夫だ! グラウンドまで逃げ込めば!」
「なんでだよ! あいつらが砲撃したら――」
「あいつら、“学園”内には入って来れないんだ!!」
「え?」
何がなんだかもう訳がわからないが、澪と卓也は、テツ達の言う事を信じてそのまま“学園”まで逃げることにした。
幸い、戦車の機動力はさほどでもなく、ランクルは容易に巻くことが出来た。
不思議なことに、“学園”の外壁が見え始めた頃には、もう兵隊達も追って来る様子はなかった。
「な、なんとか助かったかも?!」
「澪、このまま中に入っちゃえ!」
「OK!
って、校門開いてるのかしら?」
完全に追手から逃れた事を確信した澪は、正門に回り込む。
すると、まるで帰還を待っていたかのように、門は大きく開けられていた。
「どうなってるの?」
「もしかして、外出がバレた?!」
「うん、たぶんバレてるなコレ」
「学園長だろ」
「そうだな、間違いない」
「学園長?」
首を傾げながらも、澪は門をくぐる。
すると、まるで自動ドアのように柵門がひとりでに閉じ始めた。
「た、助かった……のか?」
「そ、そうみたい」
「ふえええ、危なかったぁ!」
「けど、タケルが……」
「こりゃあ、後で御陵の奴にこっぴどく叱られるな、俺ら」
ゴールに辿り着けた安堵感からか、五人は皆脱力し、シートにもたれかかった。
その晩は、それ以上特に何も起こらず、五人はそれぞれの部屋に戻った。
途中、何人かの生徒達にジロジロ見られたが、直接何かを言われはしなかった。
たった一人を除いては。
「お二人とも、明日学園長室にお越しください」
「がくえんちょうしつ?」
「学園長から大事な話がありますので、朝食後すぐにお願いします」
感情のこもらない声でそれだけ言うと、御陵はスタスタと歩き去ってしまう。
その態度に、卓也と澪は何か冷たいものを感じた。
「どどど、どうする?! えらい怒ってるみたいだけどぉ!」
「そりゃそうでしょ! だって勝手に抜け出してあんな騒ぎまで起こしたんだもの」
「なんで、テツ達は呼ばれないんだ?」
「彼らも彼らでお説教じゃない?
しょうがないわよ、諦めて明日、叱られに行きましょう」
「そうだな、ところでさ」
卓也は、澪の姿をじぃっと見つめ、ふぅと息を吐いた。
「何? どうしたの?
なんかついてる?」
「うん」
「えっ何? どこ?」
「いやぁ」
卓也の目線が、下に向く。
その意味を理解した澪は、一瞬で顔を真っ赤に染め、スカートの裾を引っ張った。
「@:絵qmかΔЖ('Д')!!!!」
「見られたな、確実に」
「きゃあああああっ!!」
悲鳴を上げ、澪は廊下の真ん中でしゃがみこんでしまった。
翌朝、朝食を済ませた卓也と澪は、重い気持ちで御陵の許に出頭した。
以前の温和な雰囲気が消え、妙に事務的な態度になった御陵は、挨拶も最小限に移動を促す。
かなり長い距離を歩き、一番奥の棟の最上階へ向かった三人は、フロアの一番奥にある扉の前に立った。
そのドアは他の部屋の入口と異なり、豪華な木製の分厚いものになっており、ごつい鉄製の取っ手が取り付けられている。
「な、なんかここ、雰囲気重くない?」
「わかる。朝なのになんとなく薄暗い気もする」
「空気もじんわり重苦しいというか……」
「失礼します」
卓也達の会話に一切リアクションを起こさず、御陵はドアをノックしながら声をかける。
やがて「どうぞ」という男性の声が、中から返って来た。
ドアを重たそうに開け二人を招き入れると、御陵は薄暗い部屋の奥に向かって頭を下げた。
「おはようございます、学園長。
例の二人をお連れしました」
「ありがとう、御陵君。
君は退出したまえ」
「はっ」
「ええっ?! お、俺達だけぇ?」
「な、なんか心細い……」
二人の横を通り抜け、さっさと退出してしまう御陵。
ドアが閉まるのを待ってか、大きなチェアがクルリと回転した。
そこに座っていたのは、卓也よりも十歳ほど年上と思われる、やや小太りの男性だった。
制服ではなくきっちりとしたグレーのスーツを着こなし、眼鏡越しでもわかるやたら鋭い眼差しが印象的。
重く響く声で、学園長と呼ばれたその男は静かに語り始めた。
「神代卓也君、そして澪君だね」
「は、はい」
「ども……」
「初日に少しだけ会ったが、改めて。
私がこの“学園”の責任者だ。
皆は学園長と呼んでいる」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
少し恐縮して頭を下げる。
学園長は、両手を顔の前に組み、少し上目遣いに二人を見つめる。
「今日来てもらったのは、他でもない。
夕べ、君達が“学園”の外で出会った連中についてだが」
「「 はい、申し訳ありませんでしたぁ! 」」
いきなり、二人は学園長に向かって深々と頭を下げた。
先程朝食の最中に話し合い、とにかく真っ先に詫びておこうと取り決めしておいたのだ。
「ふむ。夕べの事について反省しているみたいだな」
「ええ、そりゃあもう」
「すみません、お騒がせしてしまいまして」
学園長なんて人物に呼び出されたなんて事になれば、クソ長いお説教を聞かされるに決まってる!
それなら、とにかく詫びの一辺倒で出来るだけ早く話を切り上げたい、というのが二人の気持ちだ。
だが学園長は、溜息を一つつくと、ゆっくり椅子から立ち上がった。
思っていたよりも背が高く、卓也とはニ十センチくらいの身長さがある。
その体躯の迫力に、二人は少し圧倒された。
「ナイトメアに、会ったんだね?」
「え?」
「あ、はい」
「特に澪君は、彼らと会話をしたそうじゃないか。
その時のやりとりを、詳しく教えてくれないかな」
「え? なんか予想外な展開」
「澪、教えてさし上げなさい」
「り、了解!
あのですね、彼らはドイツ語で喋りまして――」
澪は、夕べの出来事を事細かに説明する。
会話内容、向こうの態度と行動、そして脱出の際の出来事。
そして戦車の出現。
澪は、旨くPDのことを誤魔化して伝えた。
(澪の奴、アレの事うまくボカしたなぁ。
まあ、あんな物騒なもの持ってるなんて知られたら、色々まずそうだもんな)
彼の咄嗟の判断力と巧みな話術に、卓也は舌を巻く。
話を一通り聞いた学園長は、腕組みをしてしばらく唸った。
「そうか、あのナイトメアはドイツ語を喋ったのか。
やはりな」
「やはり? 何か心当たりが?」
「その前に、君達について説明しておかなければならないことがある」
そう前置きすると、学園長は細い目をギラリ光らせ、二人を真向から見つめて来た。
その迫力に、思わず二人の呼吸が詰まる。
「聞いての通り、あのナイトメアという連中は、我々に危害を及ぼす事を目的に活動している。
彼らのことを先に説明していなかったのは、こちらの手抜かりだ。
本当に申し訳ない」
突然頭を下げられ、二人は顔を見合わせて困惑する。
「い、いえいえいえ! そんな!」
「そのナイトメアって、いったい何なんですかね?
同じ漂流者同士、仲良く協力すればいいのに」
「いや、彼らは漂流者ではない」
卓也の言葉を、あっさりと否定する。
「え、そうなんですか?!」
「そうだ。それどころか、あの者達は元からこの世界に存在するものだ」
「じゃあ、本来のこの世界の住人?」
澪の呟きに、学園長は目を閉じて首を振る。
「ここに来たばかりの頃、君達はゾンビの存在を御陵君に話したそうだね?」
「はい、そうです」
「今回は、ゾンビ連中は出て来なかったです」
「そのゾンビも、ナイトメアだ」
「「 はぁ?! 」」
学園長は、唖然とする二人に丁寧に説明し始めた。
この世界には、異世界からの漂流者の他に、ナイトメアを名乗る連中が存在する。
しかしナイトメアは、何故か漂流者を襲う事を主目的に暗躍している。
彼らは、時には兵隊として、時にはゾンビとして、またある時は全く異なる姿で現れて漂流者を狙っているというのだ。
「じゃあ、ゾンビもあの兵隊達も、正体は同じなんですか?!」
「いったいどういう連中なんですか、ナイトメアって?!」
「恐らくだが、彼らは“恐怖のイメージが具現化した存在”ではないかと思われる」
「「 恐怖の具現化? 」」
ハモる二人に、学園長は眼鏡の端を指で摘まみながら応える。
「そうだ。
彼らは、我々漂流者が抱いている“恐ろしいと思うもの”が実体化したもの。
たとえば先のゾンビにしても、この世界に居る漂流者の誰かが思い描いたものが、実際に現れたということだ」
「え……」
「あれ? じゃあ」
言われて、思い返す。
確か二人が、マンションから出て探索を始めた際――
『それよりねぇ、なんかこの街、ゾンビとか出て来そうな雰囲気で怖いよ~』
『あはは、確かにゾンビ映画っぽいシチュだなぁ』
『もしここがホントにゾンビのせいで滅んだ世界だったら、どうする?』
「そういえばボク、ゾンビに出会う前にそんな話した気がする!」
「うんうん、ゾンビが出そうって話をしてたら、本当に出て来たんだよな!」
廃墟と化した街から次々に出て来るゾンビの様子を思い返し、二人は身震いする。
だが学園長は、突然澪の両肩を掴んで来た。
「きゃっ?!」
「本当かね?! 君、その話は本当か?」
「え? ええ……」
「だとすると、君は――」
「え? え? なんですか?」
「うむ……いや、なんでもない」
澪の肩から手を離すと、学園長は二人に背を向け、カーテンが半分閉まった窓の方を向いた。
「とにかく、君達生徒はこの“学園”の中にさえいれば安全だ。
君達は、それだけ信じていればいい」
穏やかな、しかし反論を許さないといった口調で言い放つ。
彼の醸し出す妙な説得力に呑まれ、二人は反射的に頷いてしまった。
「ナイトメアは、主に夜に出現する。
しかし、日中も頻度は低いとはいえ出ないわけではない。
今後も充分注意の上、行動して欲しい」
「は、はい!」
澪だけが、元気に返事をする。
しかし卓也だけは、どこか納得が行かない部分があった。
「あの、ところで学園長」
「何か」
「あの、夕べ一緒に出かけた連中の中に、まだ戻って来てない奴がいるんですが」
ナイトメアの兵隊に撃たれ、倒れたまま回収されなかったタケル。
彼の行方が気になって仕方なかった卓也だが、そんな彼に対する学園長の言葉は、実にあっさりしたものだった。
「彼は、もういない」
「は?」
「え、それってどういう――」
「ナイトメアに殺された者は、この世界から消滅する」
「「 え……えぇ?! 」」
またしても、二人の声がハモった。
その後、部屋に戻った二人はどこか釈然としない気分に陥っていた。
卓也はベッドにゴロンと横になると、上のベッドの裏側を見つめながら考え込む。
『ナイトメアに殺された者は、この世界から消滅する』
(あれってどういう意味なんだ?
テツ達も、タケルのことを見捨てるような事言ってたし)
あれだけ仲の良さそうな仲間同士だったのに、あんなに簡単に見捨ててしまうというのが、どうしても解せなかった。
そして同時に、ドイツ語で話すあの兵隊達のことも気になって仕方ない。
「なあ澪」
「ねぇ卓也?」
偶然にも、二人の声が重なった。
上からピョコンと顔を覗かせながら、澪はあどけない表情でこちらを見つめている。
「今日はよくハモるな、俺達」
「そうね、もう一心同体みたいなものなのよきっと」
「なんだかんだで、もう付き合い長いからなぁ」
「そうね、これからもよろしくね卓也♪
ところで、相談なんだけどね」
「ああ、こっちも相談したい事があったんだ。
お先にどうぞ」
「うん、昨日言った件だけど。
ボク、これから調理担当のお手伝いさせてもらえないか聞いて来ようと思うの」
「ああ、そういやそんな話してたっけな。
いいよ、行ってきなよ」
「ありがとう、卓也♪
それで、そちらの相談って?」
「ああ、実は――」
卓也は、昨日出会った兵隊達のことを調べたいと思った。
だがインターネットが使えない以上、調べる方法は限られてしまう。
卓也は、豊富な知識を持つ澪なら何か知ってるんじゃないかと考えたのだ。
「う~ん、そうね。
ドイツ語で喋っていて、どこか古臭い恰好だったし……ドイツの、昔の軍隊?」
「ナチスドイツとか、そういうのかな」
「わかんないよ? ボク、ミリタリーの知識全然ないから。
ねえ、図書館とかで調べたら?」
「図書館かあ。いい資料あるかな?」
「そういえば、図書館って何処にあるのかしらね?
卓也ぁ、もし図書館に行ったら、何か面白そうな本借りてきてぇ」
「澪が喜びそうな本? 例えばどんな?」
「清兵衛流極意とか」
「なんだそれ?!」
「濡れ手ぬぐいを、こうやって壁にね」
「だからわからんって!」
良くわからないジェスチュアをする澪を無視すると、卓也はとりあえず改めて校内マップを探すために外出することにした。
「いかがですか学園長、あの二人は?」
カーテンを締め切った薄暗い部屋で、御陵は声を抑えながら呟く。
机に両肘を突き、手を組みながら俯く学園長は、眼鏡を光らせて返答する。
「もしかしたら、あの娘……いや、少年」
「澪さんのことですか?」
「その通りだ。
もしかしたらあの子は――この“学園”に危険をもたらす存在かもしれん」
学園長のその言葉に、御陵はゴクリと唾を呑み込んだ。