ACT-89『もう、終わりにしましょう』
今回のエピソードは、同じく本日投稿の「美神戦隊アンナセイヴァー」第116話と同時進行の内容になっています。
「な?!」
「は、はぁっ?!」
「ええええええええええええええええええええ?!?!?!?」
「え? ちょ、え、えええっ?! なんでぇ?!」
ピンク色のおだんご髪。
長くたなびく、四本のリボン。
目にも鮮やかな桃色のコスチューム、白い手袋とニーハイ。
そして、額に輝くエメラルドの光。
そこに居るのは、紛れもなく“アンナローグ”だった。
灰紫色の霧が晴れたその向こうで僅かに浮遊しながら、彼女は不敵な笑みを浮かべている。
いや、そもそも、彼女なのだろうか。
「う、うそだろ?」
「そういう擬態も可能なの?!」
「未央が……アンナローグに?」
「う、うおぉ?!」
驚愕するアンナバトラーと、オレンジ色のコスチュームの女性・アンナパラディン。
そして、澪。
だがその三人は、突然大声を上げ始める老け卓也にビクッと反応した。
「おおおおおおおおお! ぴ、ピンクちゃんがぁ!
こんな所に降臨だあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え……えええええっ?!」
さすがの澪も、彼のこの反応は想定外だった。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-89『もう、終わりにしましょう』
ここは、並行世界の猪原家。
そこでは、猪原一家と卓也、北条、そしてアンナローグとウィザード、ミスティックが楽しそうに談笑していた。
彼ら八人しか存在しない、閉鎖された世界。
誰にも気兼ねすることなく、皆は久々の、そして限られた時間だけの再会に喜び合い、惜しんだ。
しかし、その一方で。
(あのマイって青い娘もやっべぇな……めっちゃエロい身体してる。
つか、もしかしてミニスカの下、ててて、Tバックなのか?! 全員?!)
テーブル席には猪原家以外には北条と卓也のみが座り、アンナセイヴァーの三人はその脇に立っている。
その為、卓也の視線は三人の肢体に釘付けになってしまう。
色々な意味で、彼は今、席を立てない状態にあった。
「それにしても、澪さんにお会い出来なかったのは本当に残念です」
猪原夫が、無念そうに呟く。
事情は既に、一部を隠して伝えてはあるものの、そう言われてしまうとなんだか悪い気がする。
特に、澪に懐いていたかなたの心情を考えれば尚更だ。
今後、改めて澪をここへ連れて来ることは出来ないだろう。
「ねえ卓也おじちゃん、澪お姉ちゃんともう逢えない?」
「う、うん。ちょっと難しいかな」
「そんなぁ……」
「あのぉ、ご事情はよくわからないんですけど、一目だけでも難しいでしょうか?」
アンナローグが、申し訳なさそうな態度で尋ねる。
同じことを他の面々も考えているようで、おのずと視線が集中する。
(ま、まいったなぁ……どう切り返せばいいんだ?)
「遠くから、ちょっとだけチラ見も無理ぃ?」
「そんな、駅のホームや空港じゃないんですから」
「もし、少しでもお会い出来る機会を頂けるなら、一言だけでも改めてお礼を申し伝えたいのですが」
今度はミスティックと猪原夫人が尋ねる。
すがるように北条へ視線を向けるも、彼は「え、俺?! ムリムリ」といった態度で首を振るばかりだ。
「あ、あのですね。
実は異世界へ移動する時には条件がありまして――」
困り果てた卓也は、異世界移動のプロセスを簡単に説明した。
酔っぱらう必要があるため、事前準備が必要な事と、そのためマンション内に居ると移動に巻き込まれてしまう危険が生じること。
かなたを連れて行った際は、先に彼女を就寝させてから実行したこと等を、説明する。
「――というわけなんで、移動前にちょっとだけというのは、かなり厳しいと思います」
「前の時は、おじちゃん達とお別れパーティーやったじゃない」
「あれは、誰もいない世界だったから出来たんだよ」
かなたの抗議に、やんわりと反論する。
この世界であの時と同じようなことをするのは、周囲の目もあって絶対に無理だろう。
「うえぇ……じゃあ、澪お姉ちゃんにお手紙書くから、それ渡してくれる?」
「ああ、それくらいなら問題ないよ」
精一杯の譲歩なのだろう、かなたは涙目になりながら懇願する。
その様子を見ていたミスティックも、何故かつられて涙を流している。
「あの、提案があるのですが、宜しいでしょうか?」
今まで静かに見守っていたアンナウィザードが、手を軽く挙げて申し出る。
「それでは、映像通信でこちらと神代さんのマンションを繋いでお話するというのはどうでしょう?」
「おお、そうかその手があったか!」
腕を組んで黙り込んでいた北条が、表情を明るくする。
「それが可能でしたら、是非!」
「是非よろしくお願いいたします!」
「マイお姉ちゃん、さすがぁ!
ねえおじちゃん、それならいいでしょお? ねぇねぇ!」
「メグからもお願いします!
どうか、かなたちゃん達のお願いを聞いてあげて!」
怒涛の勢いで圧され、卓也はつい反射的に頷いてしまった。
「え~と……あ、そうだ! LINE!
LINEのビデオ通話なら今すぐ設定出来ますよ」
「そうか、それが一番確実で手っ取り早いか!」
「やったぁ! 神代さん凄ぉい!」
「やりましたね!」
アンナミスティックとローグが、ハイタッチして喜び合う。
それでは早速と、卓也は猪原夫とLINE交換を行うことにした。
楽しい時間も、まもなく終わろうとしている。
最後の挨拶を交わし合う場で、北条は簡単に挨拶を済ませてすぐに席を外す。
卓也は、最後にかなたと両手で握手を交わした。
「おじちゃん、別な世界に行っても元気でね!
澪お姉ちゃんもね!」
「ありがとう。
かなたちゃんも元気でね」
「うん! かなたね、大人になったら“アンナセイヴァー”になるの!」
いきなりの発言に、その場の者達は思わず目を点にした。
「えーっ? そうなの?」
かなたの傍にミスティックがしゃがみ、顔を覗き込む。
その瞬間、スカートの中が一瞬見えてしまい、卓也は思わず顔を赤らめた。
「ホントだよ! それでね、メグお姉ちゃん達を助けてあげるの!」
「わぁ♪ 嬉しい!
じゃあね、かなたちゃんが大人になるの待ってるね☆」
「楽しみにしてますよ」
「待っていますね、かなたさん!」
三人に優しい言葉をかけられて、かなたは満足そうに微笑む。
たがその傍らで、卓也はこの場にそぐわない全く違うことを考えていた。
(く……食い込んでる……?
ど、どんだけエロいんだこの娘はぁ!!)
先程見た光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
それ以降、卓也はアンナミスティックをまともに直視出来なくなってしまった。
ふと顔を上げると、離れた所から北条が、物凄いジト目でこちらを睨みつけていた。
未央が擬態したアンナローグ――“ゼノローグ”。
妖艶さ漂う雰囲気と艶っぽい表情は、本物のアンナローグとは明らかに異なる。
それはわかってはいるのだが、それ以外が完璧な擬態のため、どうしても気持ちが乱される。
アンナパラディン、ブレイザーだけでなく、澪も同様だ。
そして、特に乱されている者が……
「うおぉぉぉぉぉおおお! ぴぴぴ、ピンクちゃあぁんっ!!」
なんと老け卓也は、目をハートマークにしてゼノローグに向かって全力疾走し始めた。
「え?! あ、ちょ!!」
「な、なんだぁおっさん?!」
「何故?!」
「おおおおおお! ピンクちゃん、ピンクちゃあん!!
俺の、オレのピンクちゃあん!!」
中年太りも甚だしい四十代とは思えないような、凄まじい俊足。
濛々と砂煙を上げながら、老け卓也は五十メートル七秒を切るのではないかというスピードで、ゼノローグへとまっしぐらに接近――いや、突進していく。
その想定外の反応に、全員の反応が一瞬遅れてしまった。
「先輩♪ やっと僕のところに来てくれる気になったんですね♪」
ゼノローグも、両手を広げて迎え入れようとしている。
しかし、その背後にはどす黒いオーラのようなものが感じられた。
「卓也さぁん! それ、ニセモノだからぁ!」
「駄目だわ、完全に魅了されてる。
私達の声は届いてないわ!」
即座に老け卓也の状況を判断したパラディンが、ホバー移動で彼を追う。
もうすぐでゼノローグに抱き着く……という寸前で、背後から捕獲して一気に上昇する。
「うぼわぁ?! ぴ、ピンクちゃんがあぁぁぁ!!!」
「おお! ナイスパラディン!」
「さすがぁ!」
「ちょっとぉ! 何するのよぉ!
先輩を盗らないでぇ!!」
ゼノローグの髪から生えた四本のリボンが、目にも止まらない速さで伸び、追いかける。
その末端はあっさりとパラディンの足首を捉え、強引に引っ張り出す。
「きゃあっ?!」
「わわわっ!!」
高速上昇中に急ブレーキをかけられた反動で、パラディンの腕から老け卓也が滑り落ちる。
上空おおよそ八メートル、三階くらいの高さで、そのまま落ちたらただでは済まない。
「チィッ!!」
即座にブレイザーが反応するが、それよりも素早く、ゼノローグが前に立ちはだかる。
「邪魔しないで!」
「何ッ――ぐあっ?!」
長く伸びたリボンの束が、鞭のようにブレイザーを打ち払いのける。
そして落下して来た老け卓也を、ふんわりと優しく抱き止める事に成功した。
「ピンクちゃん……お、俺、ずっと憧れてたんだ!
すすすす、好きなんです! 俺もう、ピンクちゃんしか♪」
「嬉しい! センパイ♪ 大好き☆」
低空で見つめ合う、二人。
その周囲には、無数に飛び交うハートと、なんだか禍々しいピンク色のオーラが見えるような気がする。
その光景に、他の三人は青ざめた。
「やべぇ! このままじゃあのオッサン食われちまう!」
「引き剥がすわよ、ブレイザー!」
「がってん!」
急降下しながらゼノローグに挑みかかるパラディンと、横から飛び掛かるブレイザー。
しかしその動きを見越していたのか、ゼノローグはその場からフッと消えてしまった。
「わわっ?!」
「ちょ、待っ――きゃあっ?!」
目標が突然消失したせいで、急な制御が利かない。
高速で接近したのが災いし、ブレイザーとパラディンは激しく空中で激突してしまった。
まるで車同士が衝突したような、派手な音が響き渡る。
その音に反応したのか、徐々にグラウンド周辺に野次馬が集まり始めていた。
「い、いたたた……」
「な、何やってるのよ!
AI、破損チェックを」
「なんだてめぇ! こっちのせいにばかりすんじゃねぇよ!」
痛そうに頭を摩りながら起き上がった二人は、早速口論を始める。
だが澪は、それどころじゃなかった。
「どどど、どうしよう?!
って、携帯! あ、あったぁ!」
落していた携帯を拾い上げた所で、不意に背後に気配を覚える。
振り返るよりも早く、澪の身体はリボンでぐるぐる巻きにされてしまった。
「きゃあっ?!」
「フフフ♪ 澪さぁんも捕まえたぁ☆」
そう、自分も捕食対象なのだ。
一瞬とはいえ、その意識が欠如していた。
「あ、あわわわ……は、はろ~♪」
「澪さんも、もう離しませんからねぇ♪」
「ぴぴぴピンクちゃんハヒィ~っ!
そっちじゃなくてこっち向いて!
こっち向いて顔見せてぇえぇへぇへぇへへへへへへ♪」
「うげ……」
澪は、見てしまった。
自分を見て満足そうに微笑むゼノローグの表情と、その向こうで完全にイッてしまった目をしている老け卓也の顔を。
色々な意味で、最悪の事態。
澪は何故か「こんな状態でも入れる保険ってあるのかな?」などと、どうでもいい事を思い浮かべていた。
パワージグラットという並行世界へ一時的に渡れる技術の効果時間が切れる五分前、皆は家の外に出ていた。
「何?! なんでもっと早く連絡しなかったんだ!」
いよいよお見送り、という場面で聞こえて来た突然の怒声に、卓也はビクッと反応する。
「おわっ?! な、なんだ?」
「凱さん? ……まさか!」
「私も、同じことを思いました」
「え、まさか、XENOが出たの?!」
なんでそれだけでわかるんだ、という感じで、三人の少女は表情を引き締める。
北条は誰かと通信を行っているようだが、そんな彼をよそに、アンナローグが猪原一家に切り出した。
「誠に申し訳ありません。
急用が出来てしまったようなので、私達はここで失礼させて戴きます」
「本日は、お招き頂きまして本当にありがとうございました」
「かなたちゃん、また今度遊びに来るからね~♪」
「うん! メグお姉ちゃん約束だよぉ!」
小指を差し出すかなたに、ミスティックが屈んで応対する。
卓也も、遅れて軽く頭を下げた。
「それでは、お邪魔しました!
どうか皆さん、お幸せにお過ごしください!」
「ありがとうございました、神代さん!
あなたの事は、一生涯忘れません」
「本当に感謝しています!
かなたを還してくださって、本当にありがとうございました」
猪原夫妻の厚い礼を受け、少しだけ「良い事をした」気持ちになる。
だが、どうやらうかうかしている場合ではないらしい。
パワージグラットは、あと数分で効果が切れてしまい、全員強制的に元の世界に戻されるという。
猪原一家は自宅内に戻り、そして自分達は即座にこの場を離れる必要がある。
遅れてやって来た北条とも挨拶を交わすと、猪原一家は名残惜しそうに手を振りながら、家の中に戻って行った。
「凱さん」
「XENO、ですね?」
「何処に出たの?! 被害は?」
三人の表情が、真剣なものに変わる。
その急な切り替わりように、卓也は思わず戸惑った。
「ああ、出現場所は――四谷だ」
「四谷?! って、まさか」
「ああ、そのまさかだ。
状況から判断すると、澪さんと……もう一人の君が、XENOに襲われている」
「な、なにぃ?!」
淡々と語る北条の言葉に、思わず大声を上げる。
だが、驚いている場合ではない。
「凱さん、ひとまず神代さんとここから離れてください!」
「おう! さぁ神代君、車へ」
北条は自動運転で走り寄って来た黒い車へ素早く飛び乗った。
アンナブレイザーとパラディンが起き上がり、周囲の状況を再確認するも、事態は最悪の状況に陥っていた。
遥か上空に漂い、澪と老け卓也を捕獲しているゼノローグ。
老け卓也は、恍惚の表情でゼノローグとのディープキスを何度も堪能している。
そしてその光景を間近で見せつけられている澪は、さすがにうんざりして目を背けていた。
「ぐは♪ ふぁ、ふぁ~~すとキスぅ♪ ピンクちゃんとぉ♪♪
むひぃ、たまんねぇ! ででで、出そぉ~♪」
「やだセンパイ早いん♪ はぁぁ、直接吸い取ってあげたぁい♪」
「……もうやだ」
ふと視線を落すと、下からオレンジと赤の光が接近しているのが見える。
澪は、手の中に握られている携帯の感触を思い出すと、あらん限りの勇気を振り絞った。
(ボクと未央の距離は、目測でだいたい一メートルあるかないか。
ボクの身体は……しめた、肘は動かせる!
後は、なんとか、片手で携帯さえ開ければ!)
ゼノローグが老け卓也に注目しているその隙に、頑張って片手だけで携帯を展開する。
幸い、なんとか親指の力で九十度くらいまで開くことが出来た。
後は、狙いをつけて発射ボタンを押せば――
「やめろぉぉぉおおお!!」
「その人達を、離しなさい!」
下から、アンナセイヴァー達の声が響いてくる。
その瞬間、ゼノローグの表情が恐ろしい悪鬼のようなものに変貌した。
「邪魔しないでって言ったでしょう!!」
二人の手がかかる寸前で、またもゼノローグの姿が消える。
次に出現したのは、中学校校舎の屋上だ。
一気に距離を離したせいなのか、アンナセイヴァーの二人はまだ気付いていない。
「さぁ、ここなら……誰にも邪魔されずに♪」
「お、おおお! つつつ、遂に俺、ぴ、ピンクちゃんと初体験~~☆☆」
リボンの拘束を解いて老け卓也を解放すると、ゼノローグは舌なめずりをしながら彼のズボンに手をかける。
「いただきまぁす♪」
ジュルリ、という物凄く下品な音が響き、ゼノローグは老け卓也に迫ろうとする。
だが、彼は気付いていない。
老け卓也を解放した時、同時にリボンは、澪をも解き放ってしまっていたことに。
――照準が、ロックされる。
「未央ぉ!」
携帯を構えて立ち上がると、澪は大声で叫ぶ。
その声に反応し、怒りを含んだ表情で上体を上げるゼノローグ。
一瞬、彼の上半身が完全にこちらに向けられた。
照準が示しているポイントから、僅かに右下へ狙いをずらす。
何故か、確信があった。
「ごめん!」
携帯の側面のボタンが押された瞬間、アンテナ部分から銀色のビームが射出される。
銀の閃光は、ゼノローグの胸元を、真っすぐに貫いた。