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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第五章 アンナセイヴァーの世界編
88/118

ACT-87『涙の別れ、感動の再会?!』

※本エピソードは「美神戦隊アンナセイヴァー」第114話(1/25更新)と一部内容がリンクしています。

 


『――もしもし、北条だ。

 今、大丈夫?』


 一時間後、再び非通知で北条から電話が入る。

 卓也は澪に目配せすると、小走りに近くの物陰に移動した。


「北条さん、ども。

 で、どうなりました?」


『ああ、なんとか上手く行けそうだ。

 少々時間がずれるけど、午後五時に待ち合わせをしないか』


 やはり猪原宅への訪問がOKになったようだ。

 安堵したものの、指定時間が思っていたよりも少し遅いことが気になった。


「あ、思ったより余裕が出来ましたね。

 いいですよ、わかりました」


 快諾はしたものの、澪を巡る話題を出して来ない事が気にかかる。

 その意図を図りかねたが、何も言わないという事は、当初の予定通り澪は連れて行って問題ないだろう。

 


『では、後でまた。

 そちらに迎えに行くから』


「それなんですけど、今外出中なんで、このまま最寄り駅まで行きますよ。

 合流、そこでもいいですか?」


『了解した』


 拍子抜けするほどあっさり話がついた。

 後は、約束の時間を待つのみだ。

 卓也は、電話の内容を澪に伝えると改めてこの後の予定を考えようとする。


 だが、


「ねえ卓也。

 やっぱり、今日猪原さんのお宅に伺うの辞めない?」


 彼は、いきなり無茶苦茶なことを言い出した。


「なんだよ突然?

 せっかく君を連れてく事に――」


「え? ボクを連れてく?」


「あ、いや、何でもない。言い間違い」


 北条との会話の件をなんとか誤魔化し、卓也は猪原家に行くことを懸命に推す。

 彼からすれば、すぐにでも脱出したかったこの世界に留まった唯一の理由が、今日の要件なのだ。

 それをここでドタキャンしてしまったら、今までの時間や、澪があんな危険な目に遭った事などが全て無駄になってしまう。

 気分的な問題で、北条に対する意地もあり、卓也はそれだけはどうしても避けたかった


「澪の悪い予感って、いったいどういう内容なの?」


「ハッキリはしてないのよ。

 ただね、物凄く胸の奥がグルグルするっていうか……強い不安が消えないの」


「胸やけじゃないよね」


「ボクそんなに食べてないもん」


「あの、老け卓也の後輩の未央って人に関すること?」


「うん、多分そうだと思う。

 だって、やっぱりこれ普通の状況じゃないもの」


 澪と未央は同じ場所に居て、同じように建物の崩壊に巻き込まれた。

 にも関わらず、未央だけはそこに居た痕跡がないと、アンナローグは言っていた。

 澪が気を失い、アンナローグに救助されるまでの時間は、そこまで長くはない。

 その間に未央だけが意識を取り戻し、あまつさえ自力で単独脱出を図ったとは考えにくい。

 その上、あれだけ大勢の人に取り囲まれていた崩壊現場から、誰にも気付かれずに出て行く事などありえないだろう。


「ねえ、卓也はどう思う?」


「う~ん……なんかオカルトめいた話になってきたな。

 居るはずの人が居なくなって、別な場所で元気に活動している……ってことか」


「そうなの。

 なんだか途中の一番大事なところがポッカリ抜け落ちてるのよね」


「わかった、それはいいとして。

 でもそれが、どうして澪の不安に繋がるんだ?」


「そこが自分でもわからないのよ。だから困ってて」


「難しい話だな~。

 そうなってくると、その新崎さんにいったい何が起き――」


 卓也の声が、そこで止まる。

 急に背筋が寒くなり、身体がゾワリと震える。


「卓也、どうしたの?」


「あ、い、いや。

 なんとなくだけど、俺も澪の感じてる不安が少し理解出来たような気がした」


「まぁ♪ やっぱりボク達は身も心もいつも一緒なのね♪」


「ぐわ、思い出したように抱き着くな!! しかもこんな公衆の面前でぇ!」




 なにあれ……


 バカップルよ……


 バカップルだな……


 ヒソヒソ……




 周囲の視線に耐え切れず、卓也は澪の腕を掴んでその場から走り出した。


「第一章みてぇなこと、今更やってんじゃねぇ!」


「そーいうメタな発言、どうかなってボク思うなぁ」


 






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-87『涙の別れ、感動の再会?!』







 スマホが鳴動する。

 見ると、卓也からの連絡だ。

 いよいよか、と深く息を吐くと、老け卓也はスマホを置いたままスピーカーをONにした。


『もしもし、俺?』


「オレオレ詐欺みたいだな」


『誰が自分に対して詐欺電話かけるっつうの』


「そりゃそうだな!

 んで、このタイミングで電話ってことは」


『ああ、今後の予定があらかた確定したっぽいから、一応最後の挨拶をと思って』


「そうか……わざわざありがとう」


『な、なんだよ水くさいなぁ!

 こちらこそ、色々ありがとうな。

 最初の時は悪い事しちまったけど、どうか許して欲しい』


「気にすんな。こちらも本当に世話になったよ。

 それに、お前らとの生活は楽しかった」


 この電話が、恐らく最後の会話になるだろう。

 そう思うと、不意に目頭が熱くなる。

 ほんの数日の同居生活だったのに、こんな気持ちになるなんて自分でも思っていなかった。

 老け卓也は軽く鼻をすすると、咳払いを一つした。


「それじゃあ、約束通り俺はこの部屋を一晩空けるからな」


『本当に申し訳ないけど、よろしく頼むよ。

 ああ、部屋の鍵とか自分の持ち物は必ず全部持って出てくれよ。

 残していくと、丸ごと俺達が持って行っちゃうことになるもんな』


「その時は盗難届け出してやる」


『なんでやねん!』


 異世界の住人とはいえ自分自身であるせいなのか。

 友達の少ない老け卓也にとって、神代卓也はまるで古くからのつきあいの親友のようにも感じられていた。

 別れは辛いが、これ以上この世界に足止めするのも悪い。

 今まで考えたこともないような想いを抱きつつ、老け卓也は思い切って言葉を紡いだ。


「じゃあ、ちょっと早いけどお別れの挨拶だ。

 さようなら、俺!

 別な世界に行っても、澪さんと元気で仲良くやれよ!」


『お? お、おう……』


「どうした? 声が」


『い、いや、なんかその……お前がそんな事言ってくれるなんて……

 チクショウ、泣けて来るじゃないか!』


「……」


『ありがとうな。

 そちらも身体に気を付けて元気で。

 最後に、澪にも代わるよ』

『もしもし? 卓也さん?

 今まで本当にありがとうございました!』


 間髪入れずに、澪の声が響く。

 後輩にそっくりな、それでいて態度も優しさも全く質が異なる不思議な少年。

 同性愛を毛嫌いする老け卓也が、唯一その存在を嫌悪しなかった者。

 色々な想いが胸に去来する。


「ああ、こちらこそ本当にお世話になった。

 ありがとう」


『一応、軽い食事を冷蔵庫に用意してあるから、良かったら食べてくださいね。

 一食分浮くと思いますよ!』


「あはは、そうだね」


『それじゃあ、短い間でしたけど、本当にお世話になりました!

 お元気で』


「さようなら、澪……」


 最後の言葉が、滲む涙で震える。

 老け卓也は通話を切ると、せつなそうな溜息を一つ吐き出した。


「……ネット、見るか」


 彼なりの気分転換を図ろうと、冷蔵庫を確認する。

 そこにはサンドウィッチが載せられた皿が、ラップに包まれて置いてあった。

 澪が作ってくれた料理の中で、一番最初に絶賛したものだ。

 それの豪華バージョンで、副菜も付けられ、更に奥の方にはスープを入れた容器もある。


「……!」


 料理をテーブルの上に並べ、愛用のノートPCを開くと、老け卓也は声を殺して、泣いた。





「ね、卓也」


 通話を終えた澪は、まだ何処か不安げな顔で卓也を見つめる。


「どうした?」


「なんか今、物凄く嫌な予感が強まったの」


「へ? なんで?」


「うん、さっき電話が切れる寸前にね、かすかに誰かの声が聞こえた気がしたの」


「それって、その辺歩いてる人のじゃなくて?」


「電話の向こうから」


「んな馬鹿な! 今あそこにはアイツしか」


「そうでしょ? でも、それが凄く気になって」


「ででで、でもどうすんだよ!

 さすがにもう戻ってる時間はないぞ!

 いい加減、豊洲駅に向かわないと間に合わないし」


「そ、そうね。確かに」


 もう手土産も準備して、後は電車に乗るだけだ。

 後ろ髪を引かれまくっている状態の澪は、何度も振り返りながら卓也と共に駅のホームを目指した。





 時計が、午後五時を回った。



「――へ、北千住に? マジか?!」


 老け卓也は、誰も居ないマンションの自室で思わず声を上げた。


 北千住駅近くの荒川河川敷に突如出現した“謎のコスプレ集団”の情報が、SNSで発見されたのだ。

 上がっている画像はいずれも不鮮明だったり遠距離撮影だったりでハッキリしないものばかり。

 しかし、書き込まれた情報によると赤・黄・青・緑・紫の五人が現れ、怪物と闘っていたというのだ。


「ん? 黄色? そんなの今まで居たっけ?」


 これまで集めて来たコスプレ集団に関する情報との食い違いが生じ、困惑する。

 ネット上の同士も同様のようで、ここに来て新メンバーが? という憶測も立ち始めた。

 だが中には


「赤も青も緑も、見た目が違う?

 紫は……げっ、新宿ぶっ壊した奴に似てるって?」


 この世界ではかつて、西新宿のビル街で大規模な破壊事件が発生した事がある。

 それは謎のコスプレ集団同士が戦闘を行ったためとされており、彼女達を巡る評価を大きく揺るがす出来事だった。

 紫のコスプレ娘は、その時に初めて存在が確認された者だ。

 一部のコスプレ集団ファンの間では、これは彼女達の間の派閥抗争ではないかという意見が有力だ。


「もしかして、これは全面戦争的な何かが起こるのか?

 だとしたら、絶対その現場は押さえないとなあ。

 よし、久々に出張るか」


 思い立ったが吉日、嬉し恥ずかし中年男はすっくと立ち上がり、カメラの準備を始める。

 着替え等の準備を始めた頃、突然、リビングの方で大きな物音が聞こえた。


「おわっ?! な、なんだあ?」


 何事かと不思議に思いつつリビングに出た老け卓也は、眼前に広がる信じがたい光景に、思わず凍り付いた。




 セ・ン・パ・イ……♪

 逢いたかったぁ♪




 そこには、新崎未央が居た。

 しかし、その姿は明らかに尋常ではない。


 背中からは、リビング全体に及ぶほど巨大なコウモリの羽根を生やし、頭からは長い角のようなものが二本生えている。

 そして瞳は不気味な金色に輝き、光を放っている。

 爪は鋭く伸び、一見黒いオーバーニーに見えた脚は、途中から黒山羊のようなそれに変わっている。

 そして、それ以外は全裸。


 それほどまでの異形にも関わらず、未央の身体は見惚れそうな程に美しく、魅力的に思えた。

 男女の性別を超越したような、神々しささえ感じさせる圧倒的な魅力。

 その迫力と異常さに圧倒され、さすがの老け卓也も言葉を失った。


「な……な、な、な……」


 なんでお前がここに居るんだよ?! という言葉が上手く紡ぎ出せない。

 同時に、自分の目線が未央から逸らせなくなっていることにも気付く。

 それはまるで、自分の身体が操られているようにすら思える。



 フフフ♪ せぇんぱぁい♪

 僕、ずっと、先輩としたかったんですよぉ♪


 田島さんや三田内さんや、二本柳さんじゃあ、ぜぇんぜん満足出来なくってえ



「な、た……み……ええっ?!」



 ずっと先輩だけが本命だったんですよぉ

 それなのに、冷たすぎますぅ

 会社にも出て来てくれないし……寂しかったんですからねぇ



「な、何言って……」


 圧倒的な恐怖感で、まともに話すことすら出来ない。

 それでも視線を逸らすことが出来ず、完全に化け物となっている未央を見つめ続けるしかない。

 最初はコスプレだと思っていたその体躯がホンモノだと気付いたのは、鋭い爪で上着を剥ぎ取られた時だった。



 ねぇ、センパイ♪ 僕と、しましょ♪

 最高にぃ、気持ちよくして差し上げまぁす♪



「ひ、ひぃ……」



 そして、その後に、食――





 ドォンっ!!


 その時、突然玄関の方から激しくドアが開かれる音がした。


 一瞬、恐怖感が途切れる。

 老け卓也は、ようやく動かせるようになった視線で音の正体を確かめようとして――目を剥いた。




「未央! あなた、やっぱり……!!」



 そこに居たのは、澪だった。




「えっ?! えっ?! な、なんで?」


 いきなりの乱入者に、老け卓也も未央も動揺する。

 そして玄関に佇む澪も、目の前の異様な様子に口をパクパクさせている。


「まさかこんなド派手なコスプレで挑むなんて、ボク想像もしなかった」



 澪さん! コスプレじゃないですよ!



「みみみ、澪! た、助けてぇ!」


 思わず反応する未央と、その隙を突いて澪へ駆け寄る老け卓也。

 その行為が、未央の怒りに火を点けた。



 澪さん……やっぱり、先輩とも……



「ね、ねぇ未央? あなた……いったいどうしてしまったの?

 その姿は何? い、今、その翼……動いた様に見えじゃなくって! 動いてるし!!」


「ばばば、化け物だぁ!

 コスプレ集団が闘ってるようなバケモノになっちまったんだよ、新崎はぁ!!」


「ええっ?!」



 澪さん、あなたにも逢いたかったの。

 僕、あなたを食って――あなたの美しさと女らしさも、ぜぇんぶ貰いたい♪



「な、ちょ、ほ、本気で言ってる?!」



 うん。

 ホ・ン・キ♪



 異常な程長い紫色の舌が、ベロリと口周りを舐め上げる。


「ひえぇ~っ! じじじ、冗談じゃないわよぉ!!」


 澪は老け卓也の腕を掴むと、今までで最速のスピードで部屋から逃走した。


「な、な、なんでここにいるんだ?

 俺と出かけたんじゃなかったのか?!」


「いいい、色々あってぇ!

 そ、それどころじゃない~!!」


 振り返ると、完全に化け物の正体を現した未央――だったものは、恐ろしい形相で迫って来る。

 しかし肥大化した手足や巨大な翼が邪魔になって、思うようにスピードが出ないようだ。


「え、え、エレベーターは?!

 ひえぇ! まだ一階ぃ!」


「階段よ! 階段を使うわ! 走って!!」


 迷っている暇はない。

 澪と老け卓也は、必死で階段を駆け下り始めた。



 逃がさなあァァァい☆



 二人の様子を見た未央は、ニヤリと微笑むとそれ以上は追わず、外へと飛び降りた。





 時間は、ほんの少し遡る。

 午後五時数分前。

 


「あれ? 澪さんは?」


「いやそれがその――」


 ここは有楽町線・豊洲駅。

 連絡通路階段の下に車を停めた北条は、たった一人でやって来た卓也を見て首を傾げた。


「アイツ、土壇場で急に“やっぱり帰る!”って言い出して」


「どうしたんだ、ケンカでもしたのか?

 それとも、あの話をしちゃったとか」


「まさかまさか!

 なんでも、物凄く嫌な予感がするって言い出して」


「嫌な予感?」


「ええ、実は――」


 卓也は、先程までの澪との会話内容をかいつまんで説明する。

 北条は、途端に表情を引き締め、しばし無言になった。


「神代君は、どう思う?」


「え、何がです?」


「澪さんの言う、嫌な予感」


「今までアイツそんな事言ったことないし、気のせいじゃないかって思うんですけどね。

 でももし、声が聞こえたっていうのが本当なら」


「この世界に来てからの、君達のこれまでに流れを、出来るだけ詳しく聞いてもいいか?」


「あ、はい。

 まず――」


 卓也は、マンションで目覚めた辺りから振り返り、覚えている限りのことを洗いざらい説明する。

 


「――そうか、わかった。

 なるほど、そういう可能性もあるのか」


 北条は何か納得したようで、一人で頷いている。

 不思議そうに横顔を眺めていると、突然車に向かって指示をし始めた。


「ナイトシェイド、地下迷宮ダンジョン経由でパラディンに伝えてくれ。

 荒川の現場確認完了後、すぐに四ツ谷方面へ向かってくれと」


『了解。

 今のお話の概要を説明させて戴きます』


「頼む」


「うわ、この食べログ予約マシン、賢いですねぇ」


「だから食べログ関係ないって!

 あっと、もうすぐ並行世界に飛び込むぞ。

 辺りを見ててご覧」


「え、並行せ――あれぇ?」


 北条が呟いた正にその瞬間、突然、周囲を走っていた沢山の車が忽然を消え失せた。

 車だけではなく、歩行者や自転車も、何もかもが消滅した。


 まるで“誰もいない世界”に舞い戻ったような感覚に陥った卓也は、思わず声を上げて動揺した。


「え? こ、これ、戻って来た?! 前の世界に?」


「いや、これは我々の技術で並行世界に入り込んだだけだ。

 この後、猪原さんのお宅に入らせてもらって、そこで現実世界に戻る。

 その後に、猪原さん達を巻き込んでもう一度この並行世界に入り込む」


「な、なんかややこしいんですね」


「上を見てごらん」


「上?」


 卓也は、言われるままに窓越しで空を見上げてみる。


 上空には、三本の光のラインが走っており、この車の速度にピッタリと沿っている。

 その色はピンク、青、緑。


「もしかして、あれは」


「そう、アンナセイヴァーだ。

 今回同行させてもらうメンバーだな」


「な、なるほど……ゴクリ」


「あの娘らに変なことしたら撃つからな」


「し、し、しませんってば!」


 一瞬ガチの殺気を感じ、本気でビビる。

 車が一切いなくなったせいか、北条のマシンは一気にスピードを上げ、猪原家へと疾走して行った。





「蛭田リーダー!

 四谷一丁目付近で、XENOと思われる存在を発見しました。

 シェイドIIIからの映像を転送します!」


 ここは、巨大なホールのような構造の施設。

 周辺に数多くの機器やモニタが埋め込まれた壁や柱が存在し、百メートルはあろうかというとてつもなく大きな吹き抜けには、いくつもの足場が中心部に向かって伸びている。


 その足場の一角、多数の端末に向かい合っている女性オペレーターの一人が声を上げる。

 蛭田と呼ばれた、くたびれた白衣をまとった目つきの悪い男は、その報告を受けて即座に映像を表示した。


 何もない空間に、映像が浮かび上がる。


「なんだこれは……?

 お、女? いや、男……なのか?」


 人間の裸体に異様な形状の四肢、巨大な翼というスタイルに蛭田は困惑する。

 だがその股間を見た瞬間、赤らんだ顔が瞬時に青ざめた。


「XENOは誰かを追いかけているようです。

 アンナパラディンに連絡を行います」


「よし、頼む。

 ナオトとアンナチェイサーにも連絡を!

 以降、このXENOはUC-23“インキュバス”と認定呼称する!」


「ナイトシェイドには、連絡をしますか?」


 オペレーターの質問に、蛭田は思わず一瞬詰まってしまった。






「ぎゃあ! さ、先回りして来たぁ!!」


 必死で駆け下りた階段の出口には、未央が待っていた。

 いつの間にか全高三メートルほどの巨体となった未央――インキュバスは、金色の眼差しで二人を見下ろす。

 周囲を行き交う人々が悲鳴を上げ、逃走していくのが横目に見えた。



 澪さぁん、僕に色々教えてくださって、本当にありがとうございましたぁ



「い、いえいえいえいえいえ! そそ、そんな、全然大したことないしぃ!!」



 澪さんのアドバイスは結局活かせませんでしたけどぉ

 僕、こんな凄い能力を手に入れたから、もう大丈夫ですぅ



「そ、それは何よりね、ウン!」



 でもぉ、最後の駄目押しにぃ



「うn……うn?!」



 澪さんの持っている全てを、僕にくださぁい♪

 いっただきまぁす☆



「わ、ちょ、ま、待ってよぉ!!」

「ぎゃああああああ!!」


 

 大きく開き、メリメリと裂けて行く口腔。

 その中に並ぶ、でたらめに生えた無数の牙を見て、澪と老け卓也は思わず抱き合いながらガタガタ震えていた。




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