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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第五章 アンナセイヴァーの世界編
86/118

ACT-85『なんか疑われてる……』


「夕べ渋谷に居たってことは、あの事件は見てるか?」


「直接は見てないけど、えらい事になってるのは見ましたね」


「この世界に来て、化け物を見たことはあったよな」


「ええ、はい。

 この世界、いったいどうなってんのかなって」


「ああ、その化け物なんだが」


 信号待ちで車が停まる。

 その間を突くように、北条は真剣な表情で卓也の方を向いた。



「あの化け物達が、元々は人間だったと言ったらどう思う?」



「……は?」


 突拍子もない一言に、卓也の思考が一瞬停止した。


「どういうことっすか?

 元は人間って?」


「聞いたまんまの意味だよ。

 あいつらは“XENO”っていう、正しくは人間を捕食する未知の生命体だ」


「ほ、捕食?!

 捕食って、人間を食うってこと?!」


「そうだ。

 奴らは食った生物の生体情報を吸収し、擬態して成りすます事が出来る。

 見た目だけじゃなくて、記憶や声や喋り方の特徴とかも、すべてな。

 だから“元・人間”と言っても支障はない感じだ」


「うげ……」


 青ざめる卓也をよそに、淡々と語る北条。

 衝撃的で突拍子もない内容なのに、彼はまるでごく普通の一般知識であるかのように話し続ける。


「人間に擬態したXENOを見分けることは不可能だ」


「ってことは、普段は人間の姿なのに、人を襲う時に正体を現すって感じっすか?」


「勘が良いな、そういうことだ。

 だから、人が多い街中でも突然出現する。

 この前の渋谷や新宿の件も、恐らくはそんなパターンだ」


「うげぇ……」






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-85『なんか疑われてる……』






(そんなとんでもない化け物が、何処に潜んでるかわからない世界ってことか?

 ヤバイどころの騒ぎじゃ済まないじゃんか……!)


 青ざめながら、卓也は一刻も早くこの世界から脱出しなければと考え始める。

 だが、


「それはそれとして、北条さんの用事ってなんです?」


 肝心な要件について、自分から触れて行く。

 早く帰ってその話を澪や老け卓也にもしなければならないからだ。

 北条は、サングラスを指で直しながらゆっくりと語り出す。


「君達は、土曜日にはこの世界を出て行くつもりなのか?」


「え、ああはい。一応そのつもりです」


「だったら、これを渡しておく。

 餞別みたいなもんだ」


 北条がそう呟くと、助手席のコンパネの一部が開き、中から小さな四角い箱のようなものが出て来た。

 よく見ると、それは古いタイプの携帯電話――所謂“ガラケー”のようだ。


「これ、ガラケーですか?」


「形はそうだが、実際は多目的ツール。

 ――そうだな、てっとり早く言うと“レーザーガン”みたいなもんだ」


「れ、レーザーガン?!

 あの、SFに出て来るような?」


「そう、それだ。

 それを君にあげるから、護身用として持ち続けるといい」


「えぇ……」


 北条の説明によると、それは昔試作されたものの諸事情で実用が見送られ、長年眠り続けていたものらしい。

 普段はコンパクトタイプの携帯電話だが、緊急時には変型し、液晶画面を照準器にして銃撃が可能となる。

 北条は卓也の指紋と声紋を登録する方法を伝え、それを実施させた。


「これ、もしかして持っているとヤバイんじゃ……銃刀法違反とか何とかで」


「そうならない為の変型だね。

 ただ、レーザーガンモードは本当の緊急時にしか使わない方がいいだろう」


「は、はあ。

 でも、なんでこんな物騒なものを俺に?」


 信号待ちで、車が停まる。

 横断歩道を行き来する人の流れを見つめながら、北条は思い切ったように呟き出した。


「君のパートナーの、澪さんのことだが」


「ええ、はい」


「もしかしたら、人間ではないかもしれない」


「そうですよ? あいつは元々“ロイエ”っていう人造人間みたいなもんだから」


「え?!」


 驚く北条に、卓也は澪の、ロイエとしての秘密を打ち明けた。

 何故彼が女性のような姿なのか、どういう目的で生み出されたのかなど。

 北条は目を剥き、とても信じられないという顔つきだったが、


「いや、でも……そうか、そういう世界から来た存在と考えれば納得出来なくもないか。

 だけど、肉体は人間そのものなんだろう? ロボットやアンドロイドとかじゃなくて」


「それはまあ」


「だったら、彼も既に“捕食”されている可能性があるわけだな」


「はぇ?!」





「ぬわにぃ?! ピンクちゃんが二位だとぉ?!

 嘘だろこれ、ふざけてんのか!」


 突然大声で叫び出す老け卓也に驚き、澪は思わず皿を落しそうになった。


「ちょっとぉ! 脅かさないでよぉ!」


「だ、だってさぁ! これ見てくれよ」


「ん? なになに?

 ――何なのよ、この投票サイトみたいなの」


「これは有志が作成した、コスプレ集団の人気投票でな」


「へぇ、こんなのがあるのね。

 ――ああ、このピンク色があの子ね。

 一位が……へぇ、あのグリーンの娘か」


 澪は、あの豊満な胸のポニーテール娘の姿を思い返し、自分の胸を無意識に撫でてみる。


「おかしいだろこれどう見ても!

 絶対ピンクちゃんの方が」


「よくわからないけど、ボクもそれには賛成ね。

 あの子、とってもいい子だったもの」


「そうなのか?! やっぱりなぁ!」


 澪の何気ない一言に、老け卓也が興奮気味に反応する。


「そうよ? 凄く物腰が丁寧で、必ず敬語で話すの。

 ボクもあの子に助けて貰ったんだけど、まさに命の恩人だわ」


「そうなのかぁ~! いやぁ、やっぱりピンクちゃんは最高だな!

 ……ところで、助けられたって?」


「ああ、ボクね、瓦礫の下に――」


 と、そこまで話してはたと言葉が止まる。

 そういえば、瓦礫に閉じ込められるまでの記憶が、ない。

 何か強い衝撃を受けたような記憶が僅かに残ってはいるのだが。


 澪は、またも無意識に自分の後ろ頭を撫でてみた。


「なんだか運よく隙間に潜り込めたみたいで」


「そうなんかぁ、運が良かったんだな」


「そうなのよ! でもあの子が見つけてくれなかったら、もしかしたらまだ渋谷ぱるるの中にいたかもね」


「新崎は?」


「――え?」


「結局、あいつってどうなったの?」


「えっと……」


 指摘されて、ようやく顔が青ざめる。

 未央が発見されたという情報は、いまだ彼の許へは届いていない。

 それに、何故か未央に対する心配や不安の気持ちが途切れがちだ。

 本当なら、真っ先に確認を取るべきなのに。


(やだ、ボクなんて薄情者なんだろう……)


 澪は急いで電話に飛びつくと、前に教えられた未央の電話番号に掛け始める。

 十回ほど鳴った後、コールが途切れる。

 緊張が迸る。


「あ、あの……未央?」


『澪さんですか?!』


「ああ! 良かった! 未央ね、未央なのね?!」


『澪さぁん! ご無事だったんですね!

 良かったぁ、ほっとしましたよ!』


「ボクもよ!

 もう、無事なら連絡の一つくらい頂戴よぉ~」


『す、すみません! 仕事があったもので、つい』


「仕事? あなた、今出社してるの?」


『はい!』


 どうやら未央は特段問題がなかったらしく、普通に仕事に就いているようだ。

 安心はしたが、胸中に大きな疑問が残る。


「ねぇ未央? あなた、あの状況からどうやって脱出出来たの?」


『え』


「ボクは、アンナローグに助けてもらってやっと出て来れたのよ。

 あなたも、ボクと同じように瓦礫に閉じ込められたんじゃなかったの?」


『あ、そ、それは……』


「それに、彼女もあなたの姿を確認出来ていなかったわ。

 いったい何が――」


『す、すみません! ちょっと仕事が入っちゃったので、失礼しますね!』


 プツッ、と音がして通話が途切れる。

 まるで、何かを隠しているかのような態度。

 澪は、小首を傾げながらキッチンに戻ろうとした。


「アンナローグって誰のことだ?!」


 突然、老け卓也が必死の形相で飛び出してくる。


「きゃっ! な、何よ脅かさないで!」


「アンナローグって、さっきも言ってたよな?

 そりゃあ誰なんだ?

 まさか、ピンクちゃんの名前か?」


「あ、え、えっと、そのぉ……」


 ピンクの少女はローグ、赤い女性はブレイザー。

 二人が会話する場に居合わせていた澪は、それが彼女達の名前だと判断していたのだが……


(あれ? そういえば、なんでそういう名前だって認識してたんだろ?)


「よ、よくわかんないけど、そんなことを言ってたような~って気がしてて。あはは」


「でかした澪! そうかぁ、あの娘の名前は“アンナローグ”っていうのか!

 んで、何かのアニメかマンガのキャラか?」


「え? どゆこと?」


「だからさぁ、その名前の元ネタっていうか」


「あ? ああ……(そういう解釈をしたのね)」


「早速ネットに拡散しなければ!」


「ああっと! ちょっと待ってよ卓也さん!」


 アンナの名前は絶対に秘密、漏洩してはならないというのが北条との約束だ。

 澪は、咄嗟に老け卓也を止めたものの、どう誤魔化そうかと必死で脳のクロック数を上げた。


「聞き間違いかもしれないし、はっきりわかるまで拡散しない方がいいわよ」


「だってお前が直接聞いたんだろ?」


「そうだけど、救助活動でドタバタしてた時だもん。

 未央との間ではこれで通じるけど、拡散する程確かな情報じゃないわ」


「ぐぬぬ」


「下手にウソネーム広めちゃったら、後で何言われるかわからないわよ」


「ぬぬぅ、確かに」


「だから今は普段通りのピンクちゃんでいいんじゃない?」


「そうかな、そうかも」


 どうやら納得したようで、スゴスゴと引き下がる。

 そんな彼の後ろ姿を見て、澪はふぅと胸を撫で下ろした。


(それにしても、未央どうしたんだろう?

 なんだか様子がおかしかったみたいだけど)


 仕事が終わっただろう時間を見計らい、後でもう一度電話してみようと考えると、澪はお茶の用意をするためにキッチンへ向かった。





「みみみ、澪がそ、その……XENOに?!」


 掴みかかるような勢いで迫る卓也を抑えながらも、北条は冷静な態度を崩さずに話を続ける。


「落ち着け、もしもの話だ。

 もし仮にそうだとしたら、君は今頃彼の餌食になってる可能性もあるんじゃないか?」


「そうかな、そうかも」


「だが、可能性は捨て切れない。

 何故なら――」


 そう言いながら、卓也の胸元を掴む。

 一瞬ギョッとするも、北条は首元で光るネックレスを指差すだけだった。


「澪さんのこれが紛失しているからだ」


「これが?」


「そうだ。

 そのパーソナルユニットは、装着している人間の身体情報を絶えず記録している。

 それは、前に話したな?」


「え、ええ」


「だがもし、それを身に着けている最中にXENOに襲われてしまったら、必ずその情報が伝わる筈なんだ」


「あんたもしや、俺達がそのXENOって奴にならないかを観察するために、これを?」


 卓也の言葉に、北条は無言で頷きを返す。


「だが澪さんは、身体状態が平常であるうちにパーソナルユニットを身体から外した。

 恐らく、渋谷ぱるるのドタバタで偶然外れたんだろうが」


「だったら、もう一度新しいパーソナルユニットを装着させればいいんじゃないのか?!」


 卓也の怒気を含んだ言葉に、北条は首を振る。


「さっきも言っただろう。

 擬態したXENOは、正体を見抜けない。

 それはパーソナルユニットでも同じことだ」


「じゃあ……」


「まだ澪さんがXENOだと限った訳じゃない。

 だが、もしもの時が来たら――」


 北条は、卓也の膝の上に置かれたガラケーを指差す。


「そのための、護身用武器ってことっすか?」


「そうだ。

 使わないに越したことはないが、念の為持っていけ。

 澪さんの件でなくても、この先の世界できっと何かの役に立つはずだ」


「え、ええ……」


「使い方を教える」


 北条は、自動操縦で車を動かしながらガラケー型武器の説明を始める。




 ――その武器の名前は「フォトン・ディスチャージャー」と呼ぶそうだ。





「なぁ、新崎? 今日この後空いてる?」


 定時になり帰り支度を始めている未央に、先輩社員が声を掛けて来る。

 普段殆ど話すこともなく、仕事絡みの会話も最小限しかしない相手だ。


「僕ですか? はい、空いてますけど」


「そうか、ちょっといい店知ってるんだけど、良かったら一杯飲みに行かないか?

 勿論奢るからさ」


「本当ですか? 嬉しい♪」


「そうか! じゃあ――」


 そこに、更に二人程別な男性社員が割り込んで来る。


「ちょっと田島さん、抜け駆けはなしですよ!」


「新崎さん、良かったら食事に行かない? ご馳走するからさ」


「いやいやいやいや! ここは同じ班の俺でしょ!

 新崎ぃ、大事な話があるんだけど、この後ちょっと俺と一緒に」


「途中からr割り込んどいて、何図々しく誘ってんだお前らぁ!!」


「何言ってんすか、田島さんだって!」


 醜い男同士の争いが始まり、周囲の者達がキョトンとする。

 よく見ると、順番待ちのつもりなのか、彼らの背後にあと三人ほど並んでいる。

 その様子を見た未央は、クスッと微笑んで目の前の三人を見上げた。


 意味深そうな、上目遣いで。


「わかりました。

 じゃあ三人とも、全員で」


「ええ?!」

「ま、マジで?」

「どういうこと?!」


「最初は田島先輩と、その後に三田内さん、最後に二本柳さんの順番でどうでしょう?

 僕なら時間はいくらでもありますので、皆さんさえ宜しければ大丈夫ですよ」


「う、うう……」


 三人は小声で相談し、未央の提案に乗る事にしたようだ。

 一番最初に声をかけた田島という男性社員は、大喜びで未央と共に部屋を退出していった。


「じゃあなぁ♪ お疲れぇ!」

「お疲れ様でしたぁ」


「おい見たかアレ」


「ああ、見た」


「腰に手ぇ当ててたな。あのオッサンホモだったのかよ」


「そういうお前はどうなんだよ?」


「おおお、俺は違うぞ! そういうよこしまな気持ちじゃなくてだな」


「しかし、新崎の奴、突然どうなっちまったんだろ?」


「わからん……わからんけど、あんなに美人で色っぽいとは思わなかった」


「神代の奴も、出社して来ればいいのが見られたのになぁ」


 二人が出て行く様子を窺いながら、好き勝手な事をほざく男性社員達。

 その目、その表情は、もう完全に未央に魅了されている者のそれだ。


 いつまでも未央の席の近くに立ち尽くす男達に向かって、女性社員達はわざとらしく咳ばらいを連発した。



 だが、次の出社日の月曜日。


 田島をはじめ、未央に声をかけた男達は、誰一人として会社に姿を見せることはなかった。



 ――永遠に。


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