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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第五章 アンナセイヴァーの世界編
85/118

ACT-84『意外な意外な意外な発言?』


 中一日空けて尚、ネット上では渋谷ぱるるの崩壊事件について、様々な憶測や現場情報が飛び交っていた。


 渋谷の街中に突如出現した“樹の化け物”の件。

 植物に覆われていた渋谷ぱるる店舗内の状況。

 女性のテロリストが、人質に残虐な行為を行っていたという通報。

 “謎のコスプレ集団”が化け物を撃退し、その後救助活動も行っていたこと。

 そして、警察が介入したことでその活動も中断させられたこと。


 世間の評判は“渋谷の危機を救った英雄”のようにアンナセイヴァーを持ち上げている。

 無論賛否両論はあるものの、この影響でアンナセイヴァーの世間的な認知度と好感度は、大幅に高まったようだ。

 特に、この件でその姿がハッキリと報道されたこともあり、ネット上特にSNSでは、よりファンが増加したように感じられる。


 同時に「何故渋谷ぱるるが崩壊したのか」という部分にも、スポットが当てられた。

 崩壊プロセスの検証や店舗内で確認された女性テロリストの破壊行動をはじめ、それらに関連する動機と目的の議論が渦巻き、TVでも報道番組でそういった視点の特集が組まれていた。

 建設不備を指摘する意見、また建物内部からの爆破だったのではという説、あげくには国際的な陰謀説など。

 実に様々な意見が各方面の専門家の口から語られ、またそれらはSNS等での恰好の話題のタネとなった。


 だが肝心の“樹の化け物”に関しては、一向にこれぞという情報や意見が出て来ない。


 “樹の化け物”ドライアードの存在は、それだけ人知を越えた存在であり過ぎたのだ。

 これまでも、都内に化け物が出現し人を襲ったり建物を破壊したケースはあり、それらは常識では考えられない異常な事件として取り扱われていたにも関わらず、だ。




「――やっぱ、すんごい話題になってんな」


「そりゃそうよ!

 あんな大事件だもん、話題にならない方がどうかしてるって」


「さすがはリアル被害者、言葉の重みが違う」


「あのねぇ……こっちは本当に死にかけたのよ!」


「ごめんごめん!

 でも、マジでこの世界ヤバいな。

 澪はたまたま助かったけど、こんなん何度も続いたら命がいくつあっても足りないよな。

 早く移動しないと、もっとまずいことになりそうだ」


「うん、ボクも同感。

 でも、その前にやらなきゃならないことがあるもんね」


「そうなんだよなあ。

 もう明日、かぁ」


「もう明日、なのよねぇ」


 卓也と澪は、向かい合いながら同時に溜息をついた。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

    ACT-84『意外な意外な意外な発言?』





 金曜日の朝。

 ぼうっとテレビを眺めて時間を潰していた卓也と澪だったが、不意にスマホが鳴動し始めた。


「こんな朝早くから、誰だ?」


「また非通知みたいね。

 どうする、出てみる?」


「う~ん、なんか気が進まないけど……出るわ。

 ――はい、もしもし?」



『おはよう。昨日は大変だったみたいだな』



 声の主は、北条だった。

 こころなしか、少し元気がなさそうに感じる。


「あ、あんたか。

 こんな朝からなんすか?」


『悪いが、今少しだけいいか?』


「はぁ、まあ」


『もし今、傍に澪さんが居るなら、すまないが少し移動してもらえないかな』


 北条は、まるでひそひそ話をするような小声で呟く。

 

「は?」


『すまない、君だけに伝えたい話なんだ』


「はぁ、まあいいっすけど……」


 澪と目が合い、ジェスチュアで席を外す旨を伝える。

 小首を傾げはしたものの、彼は素直に頷いた。


 玄関から外に出て、エレベーターの方に向かって歩きながら北条にOKを伝えると、彼は咳払いをして静かに語り始めた。


『この前、君達を自宅に送った時、手渡したものを覚えているか?』


「ああ、もちろん。

 ずっと着けていろっていう奴でしょ?

 パーソナルなんちゃらっての」


『ああそうだ、パーソナルユニットだな』


「それが何か?」


『君のは、今現在も装着している状態だとわかる。

 だが、澪さんのは――どうなっている?』


「え? どうって……」


 北条の質問に、一瞬言葉が詰まる。


「前まではちゃんと着けていた筈ですけど?」


『そうだな、あの日からしばらくの間はしっかり着けていたようだ。

 だが、今は反応が途切れている。

 ――いや、ハッキリ言おう。

 澪さんのパーソナルユニットからの反応が、昨日渋谷ぱるるの中で途切れた』


「えっ?」


『今、彼はパーソナルユニットを着けていない筈だ』


「そ、それって……す、すみません!

 べ、弁償しないとまずいですよね?!」


『弁償?

 ……ああ、それはいいんだ別に』


「え、いいんですか?」


『弁償どころじゃないかもしれないからな。

 神代君、今日逢うことは出来るか?』


「は?

 お、俺一人で……ですよね?」


『ああそうだ、迎えに行くから』


「は、はぁ」


 卓也は、あの晩に北条から言われたことを思い返す。





『君達が人間であり続けているかどうかの確認の為、必要になる』


『もし、これを身に着けることを拒否したり、途中で手放したりしたら?』


『その時は、君達の口を封じる』




(な、なんか、随分と物騒な事を言ってたな!

 ど、ど、どういうつもりなんだ?!)


『――神代君?』


「え? あ、はい」


『じゃあ、昼過ぎくらいにそちらに向かう。

 携帯を鳴らすから、マンションの外に出てくれないか』


「わ、わかりました」


『それじゃあ、後程』


 通話が切れた。

 不安が、一気に押し寄せる。



 部屋に戻ると、老け卓也が起きて来たところのようだ。

 何か興奮した様子で、澪に何やら尋ねている。


「マジか!? どどど、どんな会話したんだ?!」


「え、えっと、普通に救助のお手伝いをする件とか、脱出させる人の事とかを」


「ろろろ、録音とかしてないか?!」


「してないわよ!

 ボク、スマホ持ってないもん!」


「おお俺!

 いいとこに帰って来た。

 この子にスマホを買ってやってくれ」


「出し抜けに何訳のわからん話をしとるんじゃい」


 おおよそ見当はついていたが、やはり話題はアンナローグの事のようだ。

 澪は現場で彼女と会話したらしく、老け卓也は羨ましそうにその詳細を知りたがっている。


 今回、現場で長時間粘った甲斐がありアンナローグをはじめとしたアンナセイヴァー各人の写真や動画をふんだんに撮れたようだが、次は彼女達のより具体的な“素顔”に迫りたがっているようだ。


「もうなんか、アイドルのおっかけみたいな領域だなぁ」


「んなぁっ?! あ、あいつらと一緒にすんな!

 俺達はだなぁ」

「はいはいはい、話が長くなりそうだから、その先は朝ごはん食べてからにしてね!」


「あ、はい」


 何時の間に手なずけたのか、老け卓也は澪の言葉に妙に従順だ。

 今朝の朝食は少量の温野菜サラダと、溶き卵を加えたあんかけご飯という、面白い組み合わせ。

 やや酸味のあるドレッシングが目を覚まさせ、あんかけご飯がやや疲れ気味の胃に染みわたる。

 第一印象に反して、かなり合うことに驚く。


「美味い……美味いなあ。

 俺かなり偏食なのに、澪の作る飯はなんでも食えるよ」


「あらそう? それは嬉しいかも♪」


「これで女だったら完璧なんだけどなあ」


「それ、卓也もしょっちゅう言ってた!」


「俺をジト目で睨むなぁ!」


 ふと気が付くと、いつしか三人で過ごすこの瞬間が、妙に平和で落ち着く事に気付く。

 はじめは鼻もちならなかった老け卓也も、最近は親し気に話しかけるようになってきたこともあり、存在が馴染んで来る。

 卓也は、なんとなく「こういう生活もいいのかも?」と思った。


「な、なぁ」


 ふと、老け卓也が申し訳なさそうな顔で尋ねて来る。


「お前ら、本当にもう明日、この世界から出て行ってしまうのか?」


「え? あ、ああ」


「そのつもりだけど」


 卓也と澪の返事に、何故か老け卓也は物凄く残念そうにうなだれる。


「ど、どうしたんだよ?

 あともうちょっとだから、辛抱してくれって」


「いや、そうじゃなくてな」


「はん?」


「あのさ……お前ら。

 良かったら、その」


「どうしたのよ、歯切れ悪いわね」


 柄にもなく、顔を赤らめる老け卓也に、澪は小首を傾げる。

 しばらくの間を置くと、老け卓也は思い切ったように告げた。


「あ、あのさ!

 良かったら、その、も、もう少し……この世界に居ないか?!」


「「 はぁ?! 」」


 卓也と澪の声が、ハモる。


「どういう風の吹き回しなんだ?!」


「そうよ、だって卓也さん、出て行けってあんなに」


「いや、そりゃあ確かにそう言ったけどさ。

 その、なんつうか……ふ、二人と居るのも悪くないかなって思い始めてな」


「あ、ああ」


「うまく言えないんだけど、その……もうじき居なくなってしまうのかって思ったら、なんだか寂しくてな」


「そう言ってくれるのはとても嬉しいけど、ボクは未央と瓜二つなのよ?

 あなたにとって疎ましいんじゃない?」


「いや、澪についてはそれはない」


「あらま、意外な」


 かなり思い切っての発言なのか、老け卓也は照れまくりながら小声で話し続ける。

 驚きこそしたものの、実は卓也も、その気持ちはわからなくもない。

 態度にこそ出さないものの、何となく同調したい心境だった。


 だが、


「でもさ、俺達は本来この世界にいちゃいけない存在なんだぜ?

 今はいいかもだけど、いずれ俺達が居る事で、この世界に変な悪影響が出るかもしれないし」


「そうそう、実際ボクは未央絡みで、少なからずあなたに影響を与えてるんだし」


「う、うむ」


「そう言ってくれる気持ちは嬉しいと思うよ。

 だけど――じゃあ例えばの話、俺達の旅に、お前付いてくるか?」


 頬杖をつきながら、老け卓也に迫る。

 卓也の真向からの視線を受け、彼は思わず視線を落した。


「そ、それは……無理ぃ」


「だよなぁ」


「じゃあ、あと短い間だけど、精一杯ご馳走とか作るからね」


「ありがとな澪、それに俺」


「え? ええ? な、なんで?」


 卓也の何気ない言葉に、異様に動揺する。


「だって、なんだかんだで俺達をここに留まらせてくれたじゃないか」


「あ、ああ……」


「アンナローグと話せる日が来るのを祈ってるわね」


 澪のふと漏れた言葉に、卓也が目を剥いて反応する。

 そして老け卓也も。


「アンナローグ? それって」


「ああああ! し、しまったぁ!」

「ななな、なんでもない! なんでもないったら!」

「そそそ、そうよ! し、新発売のお菓子のことよ!?」


「普通、お菓子と喋る奴はいないだろ」


「あ、あわわわ」

「み、澪ぉ~!」

「ご、ごめぇ~ん! つい……」


 その後、訝しがる老け卓也をよそに、二人は必死で誤魔化そうと訳の分からないことを唱え続けた。


 

 


『――いや、ハッキリ言おう。

 澪さんのパーソナルユニットからの反応が、昨日渋谷ぱるるの中で途切れた』


『今、彼はパーソナルユニットを着けていない筈だ』




 朝の会話が終了し、老け卓也も寝室に戻った頃。

 不意に、先程の北条の言葉が卓也の脳裏をよぎった。


「あ、あのさ、澪」


「ん、なぁに?」


「君が……」


「どうしたの?」


「い、いや、なんでもない」


「?」


 何故か、尋ねる事が躊躇われる。

 結局それ以上何も追求することなく、二人はただ時間を過ごした。






 一方、大菊輪株式会社の営業部では、女性スタイルで出社してきた未央の存在が、あらゆる方面で影響を及ぼしていた。


「あ、あの、新崎……さん?」


「どうしたんですか、西崎さん?

 いつもは呼び捨てなのに」


「あ、う、うん……あの、この資料なんだけど」


「はい」


 先輩同僚の資料を受け取らず、わざわざすぐ横に移動して顔を寄せる。

 西崎と呼ばれた男は、そんな未央の仕草にドキリとした。


「あ、これですね」


 資料を取ろうとして、未央は西崎の手に自分の手を重ねる。

 

「あ、あああ」


「どうしたんですか? お顔が真っ赤ですよ?」


「あああ、あ、い、いや……その」


「うふふ♪ 先輩、なんだかカワイイ」


「……」


 その後、西崎はろくに仕事の説明も出来なくなり、それどころか終始未央の方をチラチラと窺うようになってしまった。


 同じように、同班の男性社員達も奇妙な行動を取り始める。

 仕事も上の空、電話が鳴っても取ろうともせず、未央を見る事に気が向いてしまっている。

 一方で、女性社員達はその光景を冷めた目で眺めている。


(どういうことなん? 男共、みんな新崎の方しか見とらへんやんか)

(新崎さん、ソッチの人なんかぁ。まぁ、元からそういう雰囲気だったけどさ)

(それにしてもさ、みんなおかしいよ?)

(実はうちの課の男、全員ホモだったりして♪)


 同じ課だけではない。

 通りすがりの他の課の者達も、社内にやって来た来客も、通いの業者も、男性は例外なく未央に目を奪われてしまう。

 それはもはや「魅了」の領域。

 未央自身はいつも通りに仕事をこなしてはいるが、男性社員に接する時のみ、何故か異常に接近したりスキンシップを取る。


 昼休みが近付く頃になると、未央の許に大勢の男達が集まって来た。


「な、なあ新崎。飯一緒に行かね?」

「おい何言ってんだ、俺の方が先に並んでたんだぞ」

「ちょっと話があるんだが、少しだけいいかね新崎君?」

「か、課長! 抜け駆けしないでくださいよ!」


 必死で言い寄ろうとする男共の様子を、未央は満足そうに眺めている。


「ね、ねえ」


 突然、未央の向かいに座っている女性社員が隣の者に囁き掛けた。


「どうしたん?」


「な、なんか今、新崎さんの目が、さっき光ったような」


「何言うてんねん、疲れてんとちゃうか?」


「そうかな……そうかも」


 首を傾げながら席を立つ女性社員達。

 そんな彼女達が背中越しに聞いたのは、


「すみません、今日は食欲がないので、昼食は摂らないつもりなんですぅ」


 という甘ったるい声と、落胆する大勢の男共の溜息だった。

 



 昼過ぎになり、卓也のスマホが一瞬鳴動する。

 非通知だったが、確認するとすぐに玄関に向かう。


「あら、お出かけ?」


「ああ、ちょっと出て来る」


「はーい」


 いつものように、気軽に返答する澪。

 何も変わった様子はない。

 そう、何も。


 卓也は、何度か部屋のドアを振り返りつつ、マンションの入口付近に停車している黒いスポーツカーを目指した。






「すまなかったな、ありがとう。

 少し走りながら話そうか」


「ええ……」


 不安が声色に混じる。

 それを見越したのか、北条は静かな口調で、まるで子供に言い含めるように語り出した。


「夕べ渋谷に居たってことは、あの事件は見てるか?」


「直接は見てないけど、えらい事になってるのは見ましたね」


「この世界に来て、化け物を見たことはあったよな」


「ええ、はい。

 この世界、いったいどうなってんのかなって」


「ああ、その化け物なんだが」


 信号待ちで車が停まる。

 その間を突くように、北条は真剣な表情で卓也の方を向いた。



「あの化け物達が、元々は人間だった、と言ったらどう思う?」



「……は?」


 突拍子もない一言に、卓也の思考が一瞬停止した。



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