ACT-83『新たな波乱の幕開けですか?』
アンナローグによって、瓦礫の中から救助された澪。
奇跡的に無傷だった彼は、服がボロボロになった程度の被害で済み、外に出ることが出来た。
彼が脱出するまでの間に、外では大きな展開が起きているようだった。
まず、渋谷ぱるる一階北東のバックヤードに避難していた人達は、同じ場所に居た化け物により更なる被害を受けていたが、駆け付けたアンナセイヴァー達により無事撃退されたという。
あれだけ所かまわず繁茂していた植物は姿を消し、現場にはただ崩れた建物の瓦礫だけが堆積している状況だ。
現場が落ち着いてから到着したレスキュー隊は、懸命に更なる被害者の捜索救助を行っており、アンナセイヴァーもそれに力を貸しているようだ。
だが新崎未央は、いまだに発見されていない。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-83『新たな波乱の幕開けですか?』
「よいしょっとぉ!
あーっ! 居たぁ♪」
緑色の髪とコスチュームのアンナセイヴァーが、不思議な力で瓦礫を除去している。
どうやら生存者を発見したようで、その顔は喜びに満ちている。
「大丈夫ー? 今、助けてあげるから、待っててね~」
大きな瓦礫の下の空間からは、男性が三人ほど発見された。
いずれも小太りでチェックのシャツ、Gパンにバンダナ、そして手には巨大なカメラを持っている。
例の情報につられてやって来て、建物の中に侵入した者達だろうか。
あまりにそっくりな恰好に、緑の少女は思わずほくそ笑んだ。
パシャ、パシャ!
フラッシュと共に、シャッター音が連発する。
緑の少女の足下から見上げるような角度になっているので、彼女はスカートの中を撮影されている形になる。
それに気付いた少女は、頬をぷぅっと膨らませた。
「あ~! ダメなんだよぉ!
女の子のスカートの中、撮影なんかしたらぁ」
「ひっ!」
「すみません!」
「ささ、撮影いいですか?」
「そういう事、もうしないでね!
ハイ、こっちに来てね~」
頬は膨らませても、顔は怒っていない。
優しく手を差し伸べる少女に、男達は恐縮しながら手を伸ばす。
三人はすぐに救助され、レスキュー隊に保護された。
「良かったね♪
気を付けておうちに帰ってね~! バイバ~イ☆」
笑顔で手を振りながら見送る緑の少女に、三人の男は無言で軽く会釈をするのが精一杯だった。
「な、なんか……カワイイ」
「緑の子、確かSNSの分析だと高飛車女って設定じゃなかったか?」
「そうそう、でもなんか、全然違ったな」
「やべ、俺あっちに乗り換えようかな」
顔を赤らめながら通り過ぎて行く男達を、横目で見る。
澪は、真っ暗になった空を見上げながら、これからどうするか途方に暮れていた。
(未央……無事で居て欲しいけど……)
「あの、澪さん?」
唐突に声をかけられ、ハッとする。
横には、心配そうな顔つきでアンナローグが立っていた。
「え? あ、はい!」
「大丈夫ですか?
やっぱりどこかお身体の調子が悪いのでは」
「う、ううん! 大丈夫!
それより、僕はもう大丈夫だから、あなたはもう」
「ありがとうございます!
レスキュー隊の方には説明をしておきましたので、あちらの誘導に従って病院に向かってくださいね」
「ありがとう、本当に何から何まで」
「いえ……お連れの方も、必ず捜し出しますので、どうかご安心ください」
深々と頭を下げると、アンナローグはふわりと宙に浮かび、そして再び渋谷ぱるるの方角へ飛んでいく。
それを見送ると、澪は目を細めた。
卓也が渋谷に辿り着いたのは、もう全ての事柄が終わった後だった。
それでも現場は相変わらず混雑しており、再び野次馬が集まっていた。
今度こそ完全に隔離された現場の様子を遠目に眺め、卓也はしばし呆然とした。
「なんだこれ……ビルが丸々壊されてるじゃん。
いったい何が起こったってんだよ?」
その時、不意にスマホが鳴動する。
てっきり老卓也かと思ったが、見覚えのない番号だ。
不審に思いながらも、電話に出ると
『た、卓也?』
「その声は――澪かぁ?!」
『うん! ああ良かった、連絡が通じて!』
「無事だったのか?! 心配したぞ?
今、何処に居るんだ?」
『えっとね、救急車の中』
「はいっ?!」
『今、電話を借りて連絡してるの。
一応病院で検査するらしいんだけど、ボク自身は全然元気だから安心してね。
それだけ早く伝えたくって』
「お、おう……そうかぁ、わかった!
連絡ありがとうな、本当に良かった!」
『うん、じゃあまた連絡するね。
おうちに帰るの遅れると思うけど、寂しがらないでね』
「だ、誰が……お、おう」
思わず涙が零れそうになり、懸命に堪える。
電話が切れた後、卓也はすかさず老卓也に、澪の無事をメールで伝えることにした。
その後、卓也は日付が変わるくらいの時刻に一人で帰宅した。
老卓也は帰って来なかったが、現地で出会った同志と話が弾み、あのまま飲み会に出向いたようだ。
澪からのその後の連絡はなく、卓也は久々に独りぼっちの夜を過ごす事になる。
(それにしても、澪の奴よく無事だったなぁ。
前の世界でも結構強運だったし、悪運が強いのかな、ロイエって?)
そんな事を思いながらリビングのソファーに横たわっていると、いつしか強い眠気に襲われる。
卓也は、抵抗することなくそのまま受け入れることにした。
『マスター、コードD-0133のパーソナルユニットからの情報が途切れています』
腕時計からの通信に、椅子の上でうとうとしていた北条凱が反応する。
「対象者は?」
『澪という男性のものです』
「もう一つの方は?」
『D-0132は問題ありません。情報収集継続中。
――D-0133は破損しているようで、反応がありません』
「わかった、途切れた時刻とその時点までの情報記録を後で報告してくれ。
ちなみに、発信が途切れた場所は?」
『渋谷ぱるるです』
「……」
その報告に、北条は思わず顔をしかめた。
一方その頃、新崎未央のマンションでは。
「はぁ……はぁ……」
真っ暗な部屋の中、ボロボロに破れて汚れた衣服をまとった未央が佇んでいた。
その目は恐怖に怯えるように見開かれ、身体は青ざめて小刻みに震えている。
身体のあちこちに血が固まったような汚れが付着しているものの、肉体そのものに損傷はない。
「ぼ、僕……いったい、どうやって帰って来たの……?」
この部屋まで辿り着くまでの記憶が、一切ない。
まるで、瞬時に時間と空間を飛び越えて戻って来たかのようにすら思える。
瓦礫が振って来て、全身に激しい傷みが襲い掛かったところまでは覚えている。
しかし、どうやって渋谷ぱるるの現場から脱出し、こんな恰好のままで戻って来れたのか。
持っていたバッグは失われており、所持金もない。
交通機関を経ないと戻れない距離なのに、そんな状況で帰って来れるわけがないのだ。
「そうだ、澪さんは……ううっ」
急に激しい頭痛に苛まれ、未央はその場でうずくまってしまう。
今までに感じた事のないような不快感と、同時にこみ上げて来る謎の高揚感。
訳の分からない感覚に身体を支配された未央は、床にうずくまりながら身悶えをし始める。
「はぁ……はぁ……か、身体が火照る……
ああ……センパァイ……欲しい、欲しいのぉぉ♪」
掻きむしるように衣服を脱ぎ捨てると、手と指を使い、自慰を始める。
暗闇の中、何度も達し、白濁したものを噴き出しても、身体の火照りが治まることはない。
「せ、センパァイ……欲しい、欲しいのぉ!!
あ、貴方が、あなたがぁ! 絶対にぃぃ!!」
未央の目が、一瞬金色に輝いた。
翌日。
「卓也ぁ! そんなとこで寝てたら風邪引くよっ!」
「どわぁっ?!」
突然、耳元で大きな声がして飛び起きる。
顔を上げると、そこには見慣れた美しい顔の少女――ではなく、美少年が居た。
「ただいま! 卓也♪」
「み、澪! おかえり!」
「えへへ、寂しかった?」
「だだだ、大丈夫だよ! それより、本当に無事なのか?」
「大丈夫よ! 実は夢でしたーとか、ユーレイでしたー、なんてオチはないから安心してね」
「それならいいけど……まったく、心配したんだぞ!」
「きゃっ」
卓也は、澪を強く抱き締める。
なんだかんだで心配で堪らなかった分、一気に安堵の:気持ちが訪れる。
「ごめんね、家の事も何も出来てないから。
今からちゃんとやるから、卓也はお風呂でも入って来て。
どーせ入ってないんでしょ?」
「あ、言われてみれば」
「そう思ってお風呂用意しといたからね」
「さすがはロイエ。気が利くな」
「うふ♪ それ以前に、あなたの相方ですから!」
昨日のトラブルもなんのその、溢れるような元気に満ちた澪のウィンクが眩しい。
卓也は、心の底からの安心感を味わいながら、ありがたく風呂に入ることにする。
「――ねぇ、卓也ぁ」
しばらくすると、澪が声をかけてくる。
「ん~、何?」
「電話が鳴ってるけど、どうする?
持って行こうか?」
「誰から?」
「非通知だって――」
「じゃあほっといていいよ~」
そんな会話をした数分後、勢いよく玄関のドアが開き、騒がしいのがまた一人帰還した。
なんだかんだあって、午後二時。
少し遅い昼食を囲みながら、卓也と澪、老け卓也の三人が再び顔を合わせた。
老け卓也は寝不足な上に酒をしこたま飲んだようで、まだ酒臭い。
しかし、何やら話したいことが山ほどあるようで、その目は気味悪い程に爛々としている。
「お前、もう少し寝てた方がいいんじゃない?」
「無理。
もう興奮し過ぎて寝られない」
「そんなにイイ事あったの?」
「そりゃあもう!
コスプレ集団の超美麗写真撮り放題だったし、生声も聞きまくれたし、最高に熱かったぜ!」
「そ、そうなのか」
「中には対面で会話した奴までいたそうだからな!
ああ、俺もピンクちゃんと話してみたかったぁ!」
「す、凄い熱意ね……室温が上がるみたいだわ」
興奮しまくりの老け卓也をよそに、ますは澪から報告することになった。
渋谷ぱるるで異常事態に巻き込まれ、未央と共に瓦礫の狭間に閉じ込められたこと。
そこをアンナローグに救助されたこと。
未央は、まだ発見されていないこと……
澪はその説明の際、“ピンクのコスプレ少女”のことを無意識に「アンナローグ」と呼んでしまっていた。
……が、ピンと来なかったのか、意外にも老け卓也は無反応だった。
「澪達は、本当に瓦礫の下敷きになったのか?」
「うん、そうみたい。
ボクは気を失ってたから救助されるまで気付かなかったんだけど」
「気を失ってって……おいおい、本当にケガとかないのか?!」
「心配してくれるの? 卓也」
「当然だろ! 家族なんだからめっちゃ心配するよ」
「うわぁん、ありがとう、嬉しい!」
そう言いながら、抱き着いて頬にキスをする。
その様子を見て、老け卓也は小さな声で「おえっ」と呟いた。
「でも、体調がおかしかったり、頭が痛くなったりしたらすぐに言えよ?」
「うんわかった!
でも、本当に大丈夫だから心配しないでね。
病院でも“奇跡が起きたレベルで無傷”って保証されたからぁ!」ベベーン
なんだかよくわからないが、胸を張って自慢する。
続けて、老け卓也が「早く話させろ」とばかりに身を乗り出してくる。
彼はどうやらずっと渋谷ぱるる周辺に張り付いていたようで、主にコスプレ集団の撮影を行っていたようだ。
同時に、愛好家達との情報交換も過去にない程濃厚に行われたそうで、カッコいい写真からえっちなアングルの写真まで、実に数百枚単位の画像データのやりとりが現場で実施されていたらしい。
「本っ当に、そういうの好きだなぁお前って」
「スカートの中身をローアングルかつドアップで撮った奴もいたからな!
すっげぇ際どい下着履いてるって話題になってる」
「スカートの中って……サイテー」
「男なんだからしょうがないだろ。
ってお前も男だろうが」
「ボクは女として育てられて来たから、そういうの全然わかんなーい」
また、今回の事件でコスプレ集団はただ現場に現れて化け物と闘うだけでなく、救助活動も行っていた点が高く評価されていたらしい。
渋谷の街が混沌としている中、コスプレ少女達は瓦礫の撤去や運搬、更には被害者の救出を率先して行っていた為、本来であれば手遅れだったかもしれない命が多く救われたのだという。
実際の被害規模はまだ判っていないが、犠牲者数は相当抑えられたのではないかと分析する有識者もいるようだ。
「犠牲者かぁ……そういえば、店内にね」
澪は、渋谷ぱるるの中で見た“ぶら下がっている実のようなもの”について話をする。
それは人間大の大きさで、無数の蔓に縛られ、天井やバルコニーから沢山吊るされていた。
ジャングルのように変貌した店内の様子、そしてその中を徘徊する植物の化け物。
その姿は、前回の世界で見た“植物魔物”を思い起こさせたが、あれとはまた違う印象を与える存在だった。
「それにしても、また植物関連のトラブルって。
俺達呪われてるのか? 植物に?」
「それを言ったら、ボクだけが呪われてるみたいじゃない!」
「お前ら、いろんな経験してんだな……」
老け卓也がしみじみと呟く。
話題はやがて、行方不明の未央に関するものとなるが、老け卓也は冷酷な程に無関心を決め込んでいる。
「とりあえず、レスキュー隊の人と警察の人達に、ここの連絡先を伝えて来たの。
何かわかったら連絡が欲しいって」
「そうなんか。
それだけでもでかしたよ、澪」
「うん、彼どうやら、他に身寄りがいないみたいだから」
少し寂しそうに、澪が告げる。
「え、そうなの?
ご実家に家族とかは」
「いないんだって。死別してるって言ってた」
「そうかぁ……」
「でも、ご家族のことは凄く大好きみたいでね。
特に→あっちの卓也さんには、お父さんに通じるものを感じるんだって」
そう言いながら両手の人差し指で、そっぽを向いている老け卓也を指す。
こちらに背を向けながら、老け卓也はゲフンゲフンとむせた。
「愛されてるなあ、センパイ♪」
「きめぇ、やめれ」
「卓也さん、未央はすっごく優しい良い子よ?
きっとあなたの面倒を本気で見てくれるわ。
もう腹をくくったら?」
「何が悲しゅうて、同僚の、しかもホモに走らなきゃならんのじゃい!」
「ま、まあ……気持ちはわからんでもないけどな」
「むぅっ」
「いやだってさ、やっぱ自分の直接の後輩が……ってなると、距離感的なアレもあるだろうし」
「そうかなあ、そういうものなのかなあ。
ボクにはわからないわ、そういうの」
その日は結局、これといって大きな変化もなく、また澪が体調を崩すようなこともなく穏便なまま時間が過ぎて行った。
そして未央の報も、とうとう最後まで届くことはなかった。
翌日、金曜日。
その日、老け卓也が勤務している大菊輪株式会社の営業課で、ちょっとした事件? が起きていた。
「ちょ、誰あの人?」
「すっげぇ、美人……あんなのいたっけ? うちに」
「綺麗……髪とか、肌とか……すっご……」
「いやマジで誰? 新人?」
始業時間前の営業課に突然、誰も見たことがない超絶美人が姿を現したのだ。
黒のスーツを着こなし、腰近くまで伸ばした黒髪は綺麗に整えられている。
一切の乱れなく清楚にまとめられたハンドバッグ、パンプス、腕時計。
そして何より、目を見張るような美貌と、吸い込まれるような魅力的な眼差し。
老若男女問わず、その場の全員が、呆然とその女性を見つめていた。
「おはようございます、課長」
「え? あ、はい。おはようございます」
声をかけられ、いきなり挙動不審になる営業課長に、その女性は優しく微笑む。
「どうなされたんですか、変ですよ、課長♪」
「え、そ、その声は……もしかして、に、新崎?」
「はい、そうです」
女性は、にっこり笑いながら頷く。
「え、ええええええっ?!」
いつもは寡黙で冷静沈着なイメージの課長が、素っ頓狂な声を上げた。
「ど、ど、どうしたんだ新崎、そ、その姿は?!」
「はい、これからは私らしい姿で生きたいと考え直しまして」
「え、そ、それが……その、恰好なのか?」
「はい♪」
愛らしい笑顔で微笑まれ、課長は言葉を失う。
そして周囲の者達も、唐突にイメチェンしてきた同僚の有様に、呆然とさせられていた。
営業課所属の十五人、隣の島の別グループの者達二十人。
その全てが、新たなスタイルに切り替わった新崎未央から目が離せずにいた。
鳴り続ける電話も無視し、作業中だったパソコンも放り出し。
一人の例外もなく、全ての者達が、未央に視線を注ぎ込んでいる。
その光景は、傍目から見るとあまりにも異様で、そして滑稽過ぎた。
――その後、この営業課内にて恐るべき事件が発生することなど、知る由もなく。




