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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第五章 アンナセイヴァーの世界編
77/118

ACT-76『まさかの共同生活開始?!』




 三回目のチャイムが鳴った頃、卓也はドアスコープから玄関の外を眺めた。


 そして、心臓が止まりそうな程に驚いた。



(ぐえっ?! こ、このタイミングでかぁ?!)




 そこに立っていたのは、もう一人の自分……“神代卓也”だった。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

    ACT-76『まさかの共同生活開始?!』





「たたたたた大変だ! おおおおお俺が居る!」


「ドッペルゲンガーかな」


「違~う! この世界の俺だぁ!」


「うひゃ! 思ったより早く戻って来たわね!」


「どうする? どうする?」


「どどど、どうするったって」




 ピンポ―ン



 四回目のチャイムが鳴る。

 さすがに、これ以上放っておくと近所迷惑になってしまうだろう。

 卓也と澪は、顔を見合わせ頷き合うと、玄関に向かうことにした。

 鍵を開け、ドアを少し開く。


 隙間の向こうには、まるで死霊のような顔をした神代卓也が立っていた。


「お前、何しに来た」


「ここは俺の家だ、お前こそ、そこで何してる?」


「またそれか! いい加減にしろよ警察呼ぶぞ、ここは間違いなく俺の――」


 そこまで話したところで、卓也は背後で裾を引っ張る澪の方を向く。

 そう、ここで口論を始めたらやっぱり近所迷惑になり益々怪しまれる。

 

「俺を中に入れろ。さもないと警察を呼ぶ」


「上等だ、やってみろよ」


「ちょ、そういうのいいから、卓也!」


「ど、どうしろというんだ」


「言われた通り、一旦中に入れようよ」


「へ? こ、こいつを?」


「だって、そうでもしなきゃ終わらないでしょ? このやりとり。

 これだけで七千文字くらいやるつもり?」


「メタなネタありがとう」


 ドアの向こうの神代卓也は、ドアの隙間につま先を差し込み、閉じられないようにしている。

 しばし悩んだものの、卓也は諦めて彼を中に入れることにした。


「わかった、じゃあ入れよ」


「……」


「汗くせぇな、お前」


「仕方ないだろう、この気温の中、家に帰れずこのまんまだったんだから」


「卓也、その人をお風呂に」


「あ、ああ」


「ちょっと待て、他に誰かいるのか?」


 神代卓也は、もう一つの声に驚いて肩越しに奥を覗き込む。

 そして澪の顔を見た途端、驚きの声を上げた。


「にに、に、新崎?! なんでここに居るんだ?!」


「は? 新崎?」

「誰のことよ?」


「お前、女装に加えてストーカーまで!」


「ちょっと何言ってんのかわかんない」


「落ち着け俺。

 いいから一旦入れ」


「俺はついさっき、コイツの家で――って、あれ?

 じゃあいったいどうやって先回りしたんだ?」


「なんだか、この世界には別なボクがいるみたいね」


「そうか、この世界にも澪が居て当然かぁ」


「?!」


 妙に怯える神代卓也をひとまずなだめ、“この澪は別人”であることを簡単に説明する。

 卓也の言葉に半信半疑な神代卓也だったが、今は部屋の中に入ることに決めたようだ。


「よく見たら、お前俺にそっくりだな」


「そりゃそうだ、お前だからな」


「は?」


「詳しい話は風呂入ってからな。

 ホラ行け、着替えも貸してやるから」


「だからここは元々俺の」


「ハイハイ、その事も含めて後で説明しますからね~」


「ぎゃっ、近付くなホモ野郎!」


「むっ!」


「それに俺はさっき風呂に入って来たし」


「汗臭い服着てるから、また臭くなってんだよ!

 いいから入れ!」


「ひぃ~」


 蹴飛ばすような勢いで、風呂場に向かわせる。

 この世界の神代卓也は、何故か澪にやたら嫌悪感を抱いているようだ。

 その理由はわからないが、とにかく汗臭いのをなんとかしなければ始まらない。

 澪との相談の結果、卓也の予備のジャージだけ貸してやることにした。


「下着は……さすがに、だよね」


「当然だ! 自分のを穿け!」




 十数分後、グレーのジャージを着た小太りの中年男が、妙にさっぱりした顔でリビングに入って来た。


「ふぅ」


「ふぅ、じゃねえよ。

 ご近所に迷惑だから今夜は泊めてやっけど、明日になったら出てけよ」


「出てくのはお前らだろ。

 何で勝手に人の家に入り込んで、しかも内装まで……」


「あのね、えっと……こちらの卓也は、どう呼べばいいかしら?」


「こちらの?」


「あ~、ちっと説明するから、そこ座ってくれ」


「……」


 いぶかし気な顔で対面のソファーに座る神代卓也。

 それを睨みつけるように向かい合うと、卓也は、捻り出すような声で呟いた。


「コイツは以降、老け卓也で」


「老け……ひどっ」


「ふざけるな、どういう了見で――」

「実は俺も神代卓也なんだよ」


「はぁ?」


「んで、コイツは俺の相棒の澪。

 俺達二人は、この世界とは別の世界から来た」


「別の……世界?」


 困惑する神代卓也改め“老け卓也”は、予想外な説明に目を白黒させている。

 卓也と澪は、自分達の事情を出来るだけゆっくりと、丁寧に説明した。


 午前二時を回り、そろそろ眠気が出始めた頃、一通り説明を聞いた老け卓也が尋ねる。


「なんだそりゃあ、じゃあやっぱり、ここは俺の家なんじゃないか!

 お前達が勝手に乗っ取ったようなものだろう!」


「そんなん知るか! 調整も出来ないんだし。

 でもこの空間は、間違いなく俺の家だ。

 それは変わらないし、変えるつもりもない!」


「じゃあ俺はどうするんだ?!

 お前らが居る限りいつまで経っても元の家に住めないってことじゃないか!」


「あ、あのね……ボク達、次の土曜日を過ぎたらこの世界から立ち去るつもりだから」


「それまで我慢しろってのか?! 冗談じゃない!」


「あ~わかったわかった!

 じゃあせめて、土曜日の晩までここを使わせろ。

 それならいいだろ!」


 なかなか折れない老け卓也に痺れを切らした卓也は、怒り任せに怒鳴る。

 

「なんで“それならいいだろ”なんて話になるんだ?!

 いい訳ないだろ」


「あ~もう、話が進まないなあ。

 ねえ、とりあえずみんな今夜はもう休んで、続きは明日にしない?」


「賛成」

「俺も眠い」


 こういう所は簡単に同意するようだ。


 結局、老け卓也は今は半ば物置になっている元・寝室で寝ることになった。

 老け卓也は寝室に閉じこもると、中からがっちり鍵をかけた。


「どうやら一応は治まったわね。

 さぁ卓也、ボク達も寝ようよ」


「ああ、それにしても腹が立つなアイツ」


「仕方ないよ、ボク達があの人の立場だったら、同じようなこと言っちゃうと思うよ?」


「そ、そりゃあそうだけど」


「それより、あの人が言ってた“新崎”って人、何だろう?

 本当に、この世界に居るもう一人のボクなのかな?」


「あ、そういえば」


 卓也はふと思い出した。

 日中、澪に雰囲気の似たサラリーマン風の男性に出会ったことを。


「何? どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「?」


 さすがに眠気が先立っていたので、早々に話を打ち切ってベッドへ向かう。

 小首を傾げながらベッドに入り込む澪は、卓也に身を寄せて腕に抱き着いた。


 二人の寝息が聞こえ始めたのは、それから僅か数分後のことだった。






 翌朝。

 午前十時くらいにようやく起きて来た老け卓也は、リビングのテーブルに用意されている朝食を見て驚いた。

 すぐ脇には、メイド服姿の澪が居る。

 老け卓也は、窓から差し込む陽光に照らされて輝いている様に見える彼の姿に、一瞬目を奪われた。


「おはようございます」


「え、あ、お、おはよう」


「よく眠れました?」


「あ、はぁ」


「朝食用意してますから、召し上がってくださいね。

 あと、昨日のスーツはお洗濯してますから」


「ええっ?! まさか洗濯機で?」


「そうですよ?」


「ばばばバカなことをすんな! スーツはクリーニングでしか」

「大丈夫ですよ、ボクはプロですから。

 ちゃんとタグを確認して、素材と水洗いOKなのを確認してから、ネットに入れて型崩れも防いでます。

 勿論、事前に色落ちしないかも確かめてますよ」


「は? はぁ」


 高度なランドリー技術を誇るロイエ・澪の説明に、老け卓也は黙るしかない。

 

「後でアイロンもかけておきますから、安心してくださいね」


「あ、ありがとう……」


「サンドウィッチ作りましたので、良かったらどうぞ。

 コーヒーも淹れますね」


「う、うん」


 老け卓也をテーブルに導くと、澪は手慣れた動きで朝食の準備を進める。

 そのあまりにも優雅で機敏な動きに、いつしか老け卓也は見とれていた。


「アイツはどうした?」


 出されたサンドウィッチを素早く食べ終えた老け卓也は、コーヒーに砂糖とミルクを入れながら尋ねる。


「さっきコンビニに行きましたよ。

 もうすぐ戻ると思います」


「ふうん。

 なあ、あんた本当に新崎じゃないのか?」


「違いますって」


「異世界から来たって言ってたけど、もしかして頭イカれてる?」


「いきなり酷い事を」


「いや、だってさ」


「ボク達は、人助けの為にこの世界に立ち寄ったんですよ」


「ひ、人助け?」


 やむなく澪は、自分達の経緯を説明する。


 自分達が、過去何度も異世界間を移動していること。

 前に居た世界で、この世界から迷い込んだ少女が居たこと。

 その少女を親元に戻すために、この世界へ辿り着いたこと。


 半信半疑といった顔つきの老け卓也に、澪は何故かドヤ顔をキメる。


「証拠は?」


「証拠は、ボク自身です」


「え?」


「だってあなたの知り合いに、ボクそっくりの人が居るんでしょ?

 新崎さんという」


「あ、ああ、そう言えば」


「僕とそっくりなんでしょ?

 他人の空似ってよく言うけど、ボク達、そんなもんじゃないくらい良く似てたんじゃないですか?」


「い、言われてみれば」


「それに、神代卓也も実際に二人いるし」


「う、うぬ……ほ、本当に異世界から来たのか?」


 老け卓也の質問に頷くと、澪は彼と向かい合うように座る。


「夕べ、ストーカーとか先回りとか言ってましたよね?

 その新崎って人と何かあったんですか?」


「あ、いや」


「ちょっと変な感じだけど、ボクで良かったら聞きますよ」


「うん、実は」


 朝食を提供してもらい機嫌が良くなったのか、老け卓也は夕べの出来事を語り始めた。

 

 ――一通りの説明を聞いた澪は、困り顔で首を捻った。


「あ~つまり、その人はあなたの趣味嗜好とか知らないのに、そーいう事を仕掛けて来たんですね?」


「そうだよ。

 つかなんで後輩がホモなんだよ。

 しかも俺達、下手したら親子くらい年離れてんぞ?

 女だったらまだしも、どうしてオカマなんかに」


「やめてくれ、その言葉はボクに効く」


「あんたも男なのか、やっぱり?

 アイツは俺と違ってホモなのか?」


「ボク達の関係は、この際関係ないでしょ」


「まあ、こっちに被害がなきゃ別にあんたらがホモでも関係ねーけどな」


「うう、なんがグサグサと突き刺さるなあ」


「だって汚いケツ穴にチンコ突っ込んでアヘアヘ言ってんだろ?

 病気も感染うつしまくるし。

 世の中の害悪じゃんか」


「ちょっとぉ、ボクらの事いきなりdisるのやめてくんない?」


「やっぱりそうなのかよ、人の家で盛ってんのか」


「そーいうあなただって、その嫌いなホモの人に好かれたんでしょ?

 だったら、そういう人を惹きつける要素が何かあるんじゃないの?」


「うぐ」


 見事に切り替えされ、罵倒の言葉が止まる。

 しばらくすると玄関のドアが開き、卓也が帰って来た。


「ただいま~。

 って、あっ起きてる」


「悪かったな、起きてて」


「つっかかるなよ。

 つか飯食ったなら、昨日の話の続きしようぜ」


「土曜日までって話か。

 正直、迷惑だ」


「ぐぬぬ」


「まぁまぁ! 二人とも落ち着いて話そうよ」


 澪が二人の間に入り、先程自分達の状況を伝えた旨を卓也に話す。

 しかし、澪はあえて「異世界移動の条件」を話していない。


「土曜日までなんて無理だ。

 今すぐ出て行け」


「いや、それは無理だな。

 だって土曜日には――」


「土曜日の夜にならないと、ボク達は世界移動が出来ないのよ。

 ね、卓也?」


「え? あ、ああ」


「なんだそれ」


 首を傾げる老け卓也に、澪は説明を始める。

 その前に一瞬、ウィンクをした。


「今週の土曜日はね、土星がうお座から牡羊座に移動するの」


「え?」

「は?」


「分かりやすく言うと、水のエレメントが火のエレメントに変わるのね。

 その影響でホロスコープ上で大きなインパクトが発生するのよ」


「え? あ、はぁ?」

(な、な、なんだいきなり、スピリチュアルな話か?!)


 揃って怪訝な顔をするダブル卓也に向かって、澪は更に熱弁を振るう。


「水から火への移行って、相反するエレメントへの移り変わりなんで特にインパクトが大きくなるの。

 そのタイミングを狙ってインパクトに乗っからないと、ボク達は世界移動を行う力が不足してしまうの。

 その前後だと、サイクルは平常のままだからディメンションウェーブに乗るのが困難になるわ。

 ――わかる?」


「さ、さっぱりだ!」


「とにかく、土曜日にならないと移動のタイミングが掴めない、というとこだけ理解してちょうだい」


「は、はぁ」


(みみみ、澪、今の、ナニ?!)


(占星術の知識使って、それっぽく適当に言っただけよ)


 なんだかよくわからない意味不明な説明だったにも関わらず、老け卓也は“とにかく土曜日まではここに居なければならない”という条件があることは理解したようだ。


 その後色々と意見がぶつかり合いはしたものの、「寝室は明確に分けること」「衣食に関しては澪が協力すること」「互いの生活には干渉しないこと」を条件に、なんとかしばしの共存の話がまとまった。


「この澪は本職のメイドで家事全般なんでもプロ級にこなすから、生活面は安心してくれ」


「なんか落ち着かないな。

 てか、なんでそんなミニスカートなんだよ?

 メイドって言ったらロングスカートだろ?」


「だって、この方が動きやすいし、卓也が喜んでくれるしぃ」


「これだからホモ野郎は」


「そうはいうけどな! お前だってさっき、澪のケツジロジロ眺めてただろうが!」


「そそそ、それは! だって見ただけだと男なんて思えないし!」


「ダブスタにも程があるなぁ」


「うるさい!」


 なんだかんだ言いながらも、これで奇妙な三人生活が始まろうとしていた。





 話し込んでみると、老け卓也は意外に興味深い知識を沢山持っていた。


 彼が最近ハマっている“謎のコスプレ集団”関連の情報によると、どうやらアンナセイヴァーは匿名掲示板上ではかなりの人気があるらしく、それぞれのメンバーに仮称が付けられ、個々にファンが付いているようだ。

 中には化け物が現れた事件現場に駆け付け、彼女達を追跡しようとする者もおり、また個人特定をしようとする輩もいるようだ。


 その関係者と知り合いだとは到底言えない二人は、口をもごもごさせながら聞くしかないが。


 老け卓也は、その中でも“ピンクちゃん”と一部で呼ばれている、全身ピンク色の少女の事が特に気に入っているようだ。

 彼女の事を話す老け卓也の口調は早口で、しかも内容の密度が濃くなる。


「あ~、新宿で空から下りて来た娘か。俺この前見たわ」


「ボクもボクも。なんか優雅な動きだったね」


「えっ、お前ら見たの? いいなあ!

 でも俺、すぐ目の前に下りて来て頭下げられたことがあるんだぜ!」


「どうしてそんな状況に」


「なんか嘘くさーい」


「マジだって! ああ、写真撮っておけばよかったなあ」


「今調べたら、謎のコスプレ少女・ピンクって名前でコスプレ衣装が販売されてるのね。

 ねえ卓也、着てあげようか?」


「いらん!」


「やめろぉ、その話はぁ!!」


 澪が冗談半分で振った話に、突然老け卓也が激怒する。


「な、なんか辛いことがあったんだね?」


「あったさ! 夕べな!」


「えっ、まさか後輩が」


「そうだ! 俺のピンクちゃんを汚しやがったんだ!」


「汚したって」


「俺の、って」


 二人同時のツッコミにもめげず、老け卓也は激昂する……も、すぐに頭抱えてうずくまってしまった。


「ああ、でもどうしよ。

 明日会社で顔合わせなきゃならないんだよなあ~」


「そんなに嫌ってるのかよ」


「今まではちょっとナヨってる奴程度にしか思ってなかったけど、さすがに告白とかされちゃうと、もう無理。

 顔を見るのもイヤだ、虫唾が走る」


「なんかわかるなあ、その気持ち」


「ホモの癖にわかるのかよ」


「ホモホモ言うな! 俺は本来ノーマルなの!」


「むぅっ?」


 卓也の相槌に、澪が頬を膨らませて反応する。


「澪の時だって、随分と無理矢理な展開だったんですけどぉ?」


「その新崎って人がどんな人なのかよくわかんないけど、なんだかボクが引き合いに出されてる感じで、腹立つわねぇ」


「同調しとる」


「おっと、そろそろスレのチェックしなきゃ」


 そう言うと、老け卓也は席を外し寝室に閉じこもる。

 あまりに素早い引きの早さに、二人は呆然とさせられた。


「上手くやっていけるのかねえ、あんな奴と土曜日まで」


「さぁ。

 それより、なんかいちゃつき辛くなっちゃったのがツラい~」


「しばらくの我慢だ、澪」


「ううう、どさくさに紛れてやる」


「やめて許して」


 その後、老け卓也との間に特に問題は起きず、三人はそれぞれ平穏な時間を過ごした。





 しかし、その翌朝。

 出勤日である筈の老け卓也が、部屋から出て来ない。

 心配になった澪がドアの向こうから声をかけるが、物音はするものの出て来る兆しがない。


「どうしよう、大丈夫かな」


「ほっとけ。昨日なんか遅くまでネット見てたみたいだから、たぶんまだ寝てんだろ」


「そうだけど、仕事があるって言ってたし」


「あいつの仕事のことまで気にしてやる必要はないだろ」


「う、う~ん、まぁそうだけど」


「それより、俺ちょっと外出して来たいんだけどいい?」


 そう言うと、卓也はよっこらしょと腰を上げる。


「どこ行くの?」


「暇だし、その辺ブラついてくる。

 こちらもまだ、人がいる世界に完全に慣れたわけじゃないしな」


「そうね、少し慣らすのもいいかも。

 念の為、うちの鍵持って行ってね」


「あ~い」


 土曜日まで特に予定もない上、居候? が居るせいで家に居づらいのかもしれない。

 澪はいささか不安ではあったものの、いつものように部屋の掃除や片付け物、洗濯などを行うことにした。



 一時間ほどして、澪は昼食と夕食の買い物に出ようとする。

 一応老け卓也の寝室に向かい声をかけるも、返事はない。

 しかし、相変わらずもぞもぞと物音はするので、特に異常はないと判断する。


「じゃあ、ちょっと行ってきまーす」


 そう言って玄関に向かおうとした瞬間、



 ピンポーン



 突然、チャイムが鳴った。


「あら? こんなタイミングで……は~い」


 ドアに向かって返事をすると、向こうからは「えっ?!」という声が聞こえて来た。

 澪がドアを開けると……



「え?」


「あれ?」


「だ、誰?」


「あ、あなたこそ! ……って、ボク?」


「え? あ、え? 僕?!」



 ドアの向こうに居たのは、澪だった。

 ワイシャツにスラックスを穿いた、男装の澪。



 二人の“澪”は、互いの顔を見合わせながら、呆然と立ち尽くしていた。




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