ACT-75『予想外にも程があるんですけど?!』
「もう体調は大丈夫なのか?」
ここは、とある大きな邸宅。
黒いスポーツカーから降りた北条は、広大なリビングで待ち構えていた二人の少女達に話しかける。
「お兄様、もう大丈夫です」
「うん! ぐっすり寝たから元気だよー☆」
「そうか、それは良かった!」
「お兄様、今日はおうちに居てくださるって本当ですか?」
「ああ、今夜はここにいるよ」
「わーい! やったぁ!
じゃあ、じゃあ、久しぶりに三人で一緒に寝ようよ!」
「いきなり寝る時の話かよ!」
「てへぺろ☆」
「メグちゃん、それより今夜のお食事の準備をしなくちゃ」
「あ、そーだね! ごめ~ん」
「いいよ、食事の支度は本郷さん達がしてくれると思うし。
お前達は、念の為もう少しゆっくり休んで」
「え~やだぁ! お兄ちゃんにあまあまするぅ♪」
そう言いながら、北条の腕にしがみつく妹・恵。
すかさず、姉・舞衣が頬をぷぅっと膨らませる。
「メグちゃん! 一人占めしちゃダメですっ!」
と、反対側の腕に抱き着く。
二人のGカップの巨乳が腕に押し付けられ、北条は色々な我慢を強いられる。
「あ、あのな二人とも!
いったん離れて、な?」
「え~、メグずっとお兄ちゃんとくっついてたい!」
「わ、私もです。
でも、ご迷惑だから……」
「わりぃ、ちょっと荷物置かせてくれな」
「はーい!」
「あ、運びます!」
満面の笑みで迎える双子の姉妹を見て、北条は少しせつなそうに笑う。
(さて、猪原かなた帰還の話を、この子達にするべきか否か。
――やはり、するべきではないよな)
ここに来る前、北条は猪原家に出向いていた。
そこで出会ったのは、久方ぶりに逢う猪原一家。
そして全く見覚えのない青年と、目を見張るような美少女。
二人はそれぞれ“神代卓也”“澪”と名乗っていた。
アンナセイヴァーは今、その存在がSNSを通じて広く知られるようになっており、更に例の西新宿壊滅事件の影響でテロリストのように捉えている者達も居る状況だ。
そんな状況下で、アンナセイヴァーの名称やメンバーの個人的特徴を詳しく知っている者が居るのは、非常にまずい。
ともすれば、猪原一家と卓也達に危険が迫る可能性が高くなるのだ。
(一応伏線は張ってはおいたが、果たしてあの一家は秘密を守ってくれるだろうか。
そこが気にかかって仕方ない)
「お兄ちゃん、どうしたの?
早くおいでよー」
「え? あ、ごめんごめん」
「お疲れでしょう。お茶を淹れますね」
「ああ、ありがとう舞衣」
「あ、お姉ちゃんメグも手伝うー」
「はい♪」
北条の荷物を運び終え、キッチンの方へ駆けて行く姉妹を見送り、北条は大きなソファーにどっかと座り込んだ。
「一週間後、かぁ」
北条は、ぼんやり窓の外を見つめながら、ふと独り言を呟いた。
(あの店、なかなか良かったなぁ。
また今度皆d……いや、一人で行こっと)
先程立ち寄った焼肉屋のことを思い返し、少しニンマリする。
「ところでお兄様」
「ん、どうした?」
「もしかして、もうお夕飯お済みなんですか?」
「ああ、実はそうなんだ。
でも、なんで?」
「焼肉屋さんの匂いがしたものですから」
「ギク」
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-75『予想外にも程があるんですけど?!』
卓也と澪がアパートに帰還したのは、もう午後九時過ぎだった。
ほぼ丸一日外出しっ放しだったこともあり、かなりくたびれている。
「普通に家まで送ってくれたな、あの北条って人」
「うん、怪しい人だったけど、結構優しかったね」
「でも、焼肉奢ってもらっちゃって、なんか悪い事したな」
「その代わり、ボク達のこと根ほり葉ほり聞きまくったんだから、いいんじゃない?」
「そんなもんかなあ。
それにしても、あの焼肉屋旨かったなあ♪」
「そうそう☆
ボク、焼肉食べ放題って初めてだったけど、すっごく楽しくて美味しいのね!
卓也、またいつか一緒に行こうよ」
「おうおう、是非に是非に」
「でもぉ、それよりも先に……ね?」
と突然、澪が色目を使ってくる。
考えてみれば、澪と完全に二人きりというのは随分久しぶりな気がする。
卓也も当面ご無沙汰だったこともあり、また疲れているのも加わり、益々そーいう気分が増していた。
「まったく、帰った早々それかぁ?」
「だぁってぇ」
「ま、いいけど。
それよりまず、焼肉の匂い落とさないとな」
「あ、うんそうだね!
ボク、お風呂準備してくる」
「頼むわ~」
「後でお洗濯するから、服も出してね~」
「あい」
風呂場に向かって行く澪を横目に、卓也はリビングのソファに座る。
ぼうっと天井を見上げながら、今後の事を考えてみる。
(さて、これから一週間どうやって時間を潰そうかな。
この世界の神代卓也が戻って来て揉め事になった場合の対策も考えておかないとな)
疲労感もあり、いつしか卓也は軽いまどろみの中に落ち込んで行った。
ピンポ~ン
チャイムを鳴らすと、ドアの向こうからドタドタと足音が聞こえる。
汗でしっとりしてしまったジャケットを嫌そうに摘まみ上げると、ガチャガチャと鍵が外される音がして来る。
やがてゆっくりと開いたドアの向こうには――美少女が居た。
「あ、すみません部屋間違えました」
目をひん剥き、咄嗟に詫びを入れて立ち去ろうとする。
「こんばんは先輩! 間違ってないです!」
「え?」
「お待ちしていました!
いらっしゃいませ、さぁどうぞ」
「え……に、新崎なのか?」
「はい♪」
出て来たのは、どう見ても十代後半――二十歳には届いていないだろうと思われる年齢の、とんでもないレベルの美少女だった。
長い髪をアップにまとめ、少しゆったりした白のブラウスを羽織り、男性とは到底思えない両脚はほぼ全て露出している。
一見何も穿いてないように思えたが、よく見ると青いレザー製のホットパンツを身に着けている。
また胸元も大きくボタンが開かれており、透き通るような綺麗な肌が覗く。
普段仕事場で見ている彼とは全く違う……否、同一人物なのかすら疑わしい。
卓也は、よそ行きの声で恐る恐る尋ねた。
「新崎君のご家族かご親戚ですか?」
「違いますよぉ、本人です!」
「実は女性だったの?」
「何言ってるんですか。
さぁ、早く中に入ってくださいね」
「え、あ、うん……」
はたから見たらそれは、若い娘のマンションに汚い中年男が入り込もうとする如何わしい雰囲気だろう。
卓也自身にもその自覚は充分あったが、本人が後輩の新崎未央だと言うのならしょうがない。
いまだに信じがたい光景だが、卓也は招かれるままに玄関に入った。
中に入ると、どことなく甘いコロンの香りが鼻孔をくすぐる。
「ここまで迷いませんでしたか?」
「あ、ああ、大丈夫。
それにしても、本当に新崎なの?」
「そうですよ?」
「でも、なんか女の子みたいな」
「これ部屋着なんですよ
僕、あまりスーツとか似合わなくって、普段はこういうラフな恰好の方が多いんですよ」
「そ、そうなのか」
長くむっちりとしたムダ毛が一切ない脚は、現実かと疑いたくなる程の美しさ。
加えて、一見ノーパンにも見えるその恰好と、うなじを大胆に見せる髪型、そしてどことなく色気を感じさせる表情は、凄まじい程のエロティシズムを発揮する。
というか、何べん見ても目の前に居るのが男性だとは到底思えなかった。
目のやり場に戸惑いキョロキョロしている卓也を招き入れると、新崎は卓也のジャケットを脱がそうとする。
「上着、預かりますね。
荷物は、どうぞそこに置いてください。
お風呂も沸かしてますから、ごゆっくりどうぞ」
「そんなことまで」
「いいんですよ、僕と先輩の仲♪ じゃないですかぁ」
「……」
頬を赤らめ、まるで彼女のような雰囲気でこちらを構う後輩に、卓也は何とも言い難い表情を浮かべる。
フリルのついた白いカーテン、薄ピンク色の壁紙、そしてとことん整理が行き届いた綺麗なリビング。
脱衣場に向かう途中にチラ見した室内は、どこか少女趣味というか、独身男性が暮らしている部屋の内装とはとても思えなかった。
いい湯加減に整えられた風呂を堪能し、自分用に準備されていたアメニティで身体を洗い、すっかり汗を流した卓也は、綺麗に畳まれたジャージと替えの下着を見て驚愕する。
新崎に礼を言おうとリビングに入ろうとすると、
「お疲れ様です先輩♪
こちらにどうぞ」
「え、あ」
「良かったら、一緒に飲みませんか?」
「あ、ああ」
フローリングの上に敷かれたカーペット、その更に上に置かれた白いテーブルには、良く冷えていそうなビールの缶とクラスが用意されている。
「なんだか申し訳ない、こんなにまでしてもらっちゃって」
「いいんですよ、それより大変でしたね。
僕で良かったらお話伺いますよ」
「ああ、実はさ」
新崎に言われ、卓也は先程マンションで起きた奇妙な出来事を語る。
あまり得意ではないが、グラスに注いでもらったビールで乾いた喉を潤す。
新崎は絶妙に相槌を打ち、時には同情の言葉をかけ、卓也を励まそうとする。
いつしか卓也は、泣きたい衝動に駆られ始めた。
一方話を聞かされている新崎は、卓也の話す内容がいまいち呑み込めず、困惑していた。
が、そんな事は一切表情に出さず、ひたすら聞き手に回ろうと努力していた。
それでも話はそれなりに盛り上がり、気付くと二人で四本もビールを空けてしまっていた。
新崎の顔が紅潮し、色っぽい流し目になる。
その美しくも妖艶な表情に、卓也はドキリとさせられた。
「もう、23時半ですね」
「え、もうそんな時間?」
「そろそろお開きにして寝ないとダメですね。
先輩もお疲れでしょうし」
「ありがとな。
ごめん俺、その辺の床でいいからごろ寝だけさせてもらえれば」
見たところ新崎の部屋には敷布団はないようで、セミダブルくらいの大きさのベッドが一つしかないようだ。
もしかしたら別室に用意されているのかもしれないが、ここまで世話になってこれ以上図々しい事は言えない。
さすがの卓也にも、それくらいの常識はあった。
だがその時、突然新崎がすり寄って来た。
手の上に、自分の手を重ねる。
「あの、先輩」
「何?」
「うち、ベッドが一つしかないんで……その、良かったら」
「?」
「一緒に、寝ませんか?」
「は?」
「僕は、構いませんよ。
ううん、その方が……」
そう言いながら、新崎は正座を崩して三角座りに体勢を変える。
その瞬間、丈の長いブラウスの端から青いホットパンツが覗いた。
脚の間から見えている柔らかそうな部分が、ピクピクと脈打っている。
卓也は、動きを止めた。
「ねえ先輩。
僕のこと、どう思いますか?」
「どうって」
「僕、先輩が喜んでくれるかなって、今日こんな恰好してるんですよ」
「それ、部屋着だってさっき」
「本気でそう思ったんですか? カワイイ♪」
「……」
火照った身体を更に摺り寄せ、甘いコロンの香りを漂わせながら、新崎は――否、これまでネット上で多くの中年男性を堕として来た魔性の青年“未央”が、本領を発揮し出す。
女性にしか見えないその姿と体躯、美しい肌に過剰な色気、そして誘惑。
これまで通用しない事など一切なかった、自信たっぷりの“攻め”で卓也を挑発する。
「僕、先輩のこと、ずっと……」
「それは、どういう意味で」
「分かってくださいよ。
こんな風に、お部屋に呼ぶくらいなんですから」
「ごめん、ちょっと言ってる意味がわかんない」
「じゃあ、はっきり言いますね。
――僕、先輩のことが大好きなんです。
ずっと、憧れてました……抱かれたいって、ずっと願ってました」
強引に抱き着いて、耳元で熱く囁く。
桃色の唇が、間近に接近する。
いつしか未央は、真正面から卓也を捉えていた。
「先輩、本当に好き。
――ねえ、僕を見て」
はち切れんばかりに膨張したホットパンツの一部が、気の毒な程に張りつめている。
それを見せつけるように立ち上がると、未央は、パンツの前に手をかけた。
嗅ぎ慣れた、独特の匂いが漂い始める。
「先輩、僕のこと、好きなようにしていいですよ。
ちゃんと準備もしてますから、どうか最後まで――」
「あのさ、悪いけど」
発情MAX状態で畳みかける未央に対し、卓也は、奇妙なほど冷静な態度で返してくる。
「俺、そういう趣味ないんで」
「え?」
「だから、男同士でいちゃつく趣味とかないんだよ」
「え? え?」
想定外の反応に、未央は激しく戸惑った。
今までなら、この流れで相手は激しく興奮し、時には自分を押し倒し、時にはむしゃぶりついて来た。
今回も、確実に堕とせる筈だ。
――そういう自信を以てセッティングしたのに。
まさかの、拒絶?!
それは未央にとって、生まれて初めて食らう“想定外の反応”だった。
「つうかお前、ホモだったのかよ」
「あ、あの、先輩?」
「最近女装趣味の奴とか増えてるってのは知ってるけど、まさか身近にいたとはな。
俺そういうの生理的に受け付けないから」
「ちょ、ちょ?! え?」
「こちらから頼んどいてなんだけど。
俺、やっぱよそ行くわ」
そう言って早々に立ち去ろうとする。
焦った未央は、立ち上がろうとする卓也にすがるように止めた。
「あ、あの! ちょっと待ってください!」
「……」
「あの、じゃあ、せめてもうちょっとだけ待ってください!」
「待って何になるんだよ」
「五分、いえ十分だけでいいですから!
お願いします!」
「……」
渋々といった態度で、座り直す。
そんな卓也を横目に、未央は大慌てで隣室に飛び込んだ。
(え、ちょ、なんで? なんで僕のお誘いに乗ってくれないの?!
どうしてよ? こんなの初めてだよ!
もぉ! どうして大本命相手に、こんな展開になっちゃうのよぉ!)
大急ぎで“新兵器”の準備をする。
それは今日のような日の為に、こっそりと準備をしていた物だ。
これなら、卓也の興味を引くことが出来る、という絶対の自信がある。
最近はこういうのもすぐに作られて売られるものなんだなあと妙な感心をしながら、未央は、クローゼットにしまってあった“新しいコスチューム”に袖を通した。
ジャージを脱ぎ、再びスーツを着直した卓也は、今にも出て行きそうな雰囲気である。
大急ぎで着替え、髪型も整え、アクセサリーも身に着けた未央は、息を切らしながら彼の前に飛び出した。
本当はウィッグも用意済みなのだが、さすがにそこまで身に着ける余裕はない。
「先輩、こ、これならいかがですか?!」
「――!」
卓也の目が点になる。
未央が身にまとったのは、ピンク色のウェイトレス風の衣装。
ツインテールの髪、白いフリルのついたブラウス、エプロンのついたピンク色のミニドレス、そして白の手袋とオーバーニー。
それは、卓也が愛してやまない“ピンク色の少女”のコスプレだった。
以前から、彼がスマホでその画像を眺めているのを知っていた未央は、彼を誘惑するにはこれが決め手になるだろうと踏んでいた。
本当は出張の時にも持って行っていたのだが、同室になれなかったのでやむなく引き揚げたのだ。
その真価が、今問われる。
(さぁ、これならどうですか先輩?
大好きなピンクのコスプレですよ?
この格好の僕を好きなようにしていいんですよぉ~♪
、朝まで一杯愛してください☆)
絶対的な自信に満ちた笑顔を向ける未央。
そんな彼に、卓也は静かに言い放った。
「じゃ」
初めてみるような冷たい表情を浮かべ、卓也はさっさと部屋を出て行ってしまった。
玄関のドアが閉じる音が、無常に響く。
「――は? え?」
状況が呑み込めず、途方に暮れる。
全力を以て準備した誘惑の儀式は、完膚なきまでに崩壊した。
その現実を受け入れることが出来ず、未央は、その場でただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(え? ちょ……な、なんでぇ?!
僕じゃあ、僕じゃあダメだっていうの?!
なんでぇ? 先輩、おかしいんじゃないの?!)
自分の魅力に絶対の自信を持っている未央は、何故卓也が誘惑に乗らなかったのか理解が出来ない。
自信を打ち砕かれた衝撃と、最愛の人が離れて行く悲しみと、そしてこの後の人間関係の崩壊が予想される絶望感が、同時に押し寄せる。
「せ、せんぱぁい……そんなぁ……」
もうすぐ日付が変わろうという頃、ピンク色のコスプレ少女になり切れなかったサラリーマン男性は、誰に言うでもなく静かに呟いて、崩れた。
「はぁ……はぁ……」
ベッドに埋もれるように倒れる白い肢体。
汗にまみれたその美しい体は、もう何時間も続けて責め立てられ続け、限界を迎えていた。
「も、もう無理……卓也ぁ……」
「しょうがない、じゃあ今夜はこれで終わりにすっか」
「なんだか、前よりもパワーアップしてない?」
「そうかな。自分じゃそういうのわかんないし。
それより……ほら、綺麗にしろ」
「あっ、うん……んぐっ」
澪の頭を掴み、押し付ける。
まるで別な生き物のように這いずり吸いつく感覚に酔いながら、卓也は息を漏らして天井を見上げた。
ピンポ―ン
「えっ?!」
「な、何?!」
ピンポ―ン
チャイムが鳴っている。
時計はもう午前一時半近い。
二人は思わず顔を見合わせた。
「ろ、ロイエでもやって来たのか?!」
「この世界には、ロイエいない筈でしょ?!
だだだ、誰よこんな時間に?」
「ちょ、見て来る」
「なんか、猛烈に嫌な予感がするんだけど……卓也、気を付けて」
「お、おう」
三回目のチャイムが鳴った頃、卓也はドアスコープから玄関の外を眺めた。
そして、心臓が止まりそうな程に驚いた。
(ぐえっ?! こ、このタイミングでかぁ?!)
そこに立っていたのは、もう一人の自分……“神代卓也”だった。