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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
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ACT-67『そういう事情があったんですね』







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

   ACT-67『そういう事情があったんですね』






 池袋サンシャインシティでの悪夢のような出来事から無事脱出出来た卓也達は、ゆっくりと身体を休めることにして、帰還した翌日に坂上宅を尋ねることにした。


 とはいえ、今まで足にしていた赤いランドクルーザーはもうない。

 やむを得ず、三人は他に使えそうな車を探すことにした。

 しかし、近所の駐車場内には他に乗れそうなものは全くない。

 キーを見つけるのが大変なのだ。


「映画みたいに、おかしな配線引っ張り出して繋げるとエンジンかかるとか出来ないんかな?」


「それが本当に出来るなら、車上荒しがもっと蔓延ってると思いますよ?」


「あ、そうか、そりゃあそうだ」


「ふえぇ~ん! この車もダメだよぉ!」


「泣き言を言うな澪!

 俺も泣きたい!」


「びえ~ん!」


「あ~、うるさい」



 結局、その日の夕方前くらいになり、近くの民家の車を一台ようやく拝借することが出来た。

 だが――


「うげっ、なんだよこの古い車は?!」


「これは日産ブルーバード510ですね」


「なんで即答出来ちゃうのよ、沙貴?!」


「ロイエですもの、これくらい常識よ」


「ぐえぇぇ」


「いったい、いつ頃の車?」


「1967年」


「六十年近く前の車じゃねぇか!」


「えっ?! な、何これ?! 沙貴、この車どうやって運転するの?!」


「ただのマニュアル車よ。

 大丈夫、私が運転するから」


「沙貴はなんでも出来るんだなぁ、ホント」


「今日は暖かいから、チョークは使わなくても大丈夫そうね」


「「 チョークって何?! 」」


 どうやら旧車マニアが所蔵していた車のようで、年代の割には非常に綺麗で傷みもなく、足回りも潰れていることはなくエンジンも快調のようだ。

 しかも細かな所をチューニングしているようで、タイヤも太く大きなものに差し替えてあり、いささか車高も低めに感じる。

 沙貴がエンジンをかけると、旧車とは思えないような凶暴なエキゾーストが吹き上がった。


「結構弄ってますねこの車。

 ――って! は、ハンドル重っ!」


「あ、そうか。古い車だからパワステがないのか」


「えっ? ぱ、パワステって何?!」


「だ、大丈夫だから、一回走り出しちゃえばなんとか……」


「沙貴、大変そうだなぁ」


 さすがの沙貴も齢六十に手が届きそうな旧車には手こずるようで、途中三回ほどエンストを起こしつつも、何とか坂上達の住むマンションに辿り着いた。




 中野新橋にあるそのマンションは、鉄筋コンクリートの七階建て。

 通りに面した向かって左手側には大きな自動ドアがあり、ここがマンション全体の玄関のようだ。

 一階中央には大きく開口した駐車場入り口があり、右手には駐輪場がある。

 黒い鉄柵状の扉に覆われたドアの向こうには、エントランスが広がっている。

 一度ここに入り、それから各階に移動するという、スタンダードな構造のようだ。


 坂上宅はこの二階にあるようで、部屋の場所は、かなたが顔を出して手を振ってくれたのですぐにわかった。


「おねーちゃぁーん!! いらっしゃーい!」


 猪原いのはらかなたの、元気な声が無人の住宅街に木霊する。

 沙貴と澪は笑顔で手を振るが、卓也がかなたに向かって手を振ると。


「ん~? おじちゃん、だぁれぇ~?」


 と首を傾げられ、困惑した。




「お待ちしておりました。

 どうぞどうぞ、狭いところですが、ご遠慮なくお上がりください」


「どーぞぉ☆ おうち入ってー!」


 坂上とかなたが、笑顔で出迎えてくれる。

 奥の部屋には翔も居るようで、玄関を覗き込み軽く会釈をしている。


「お邪魔します!」


「お邪魔しまーすっ」


「あ、ども。お邪魔します」


 三人はそれぞれ挨拶し、玄関をくぐる。

 六人が入るにはいささか狭さが否めないリビングに入ると、かなたがソファを勧めてくれた。


「いやぁ、先日は大変でしたね」


 口火を切ったのは坂上だった。

 それに即反応したのは、意外にも卓也だった。


「あの、助けてくれてどうもありがとうございました!

 でも、俺結局何が起きていたのかが全然わかってないんですよ。

 どうしてお二人は、あそこに駆け付けられたんですか?

 あの連中はなんであんなとこにいたんですか?

 あのノートって何だったんですか?

 あの植物の正体はなんですか?

 サンシャインシティの地下五階が、なんであんなことになってるんですか?!」


「あ、あの、ちょっと落ち着いて」


「一度に沢山質問されても困る。

 順を追って説明するよ」


 困惑する坂上に、翔が助け舟を出す。


「それに、こっちも聞きたいことがあるんだ。

 何故君達は、あんな所に行った?

 この世界に迷い込んだ仲間を集める目的だったんだろう?

 それが何故?」


「え、ちょ、何の話それ?」


「どうしてそのことを……って、もしかしてアンタ、見たのかアレを?」


「卓也、もしかして僕達に内緒で何かやってたの?!」


「あ、いやその」


「ああ、かなりたちの悪いことをな」


「たちの悪い事ってなんだよ!」


「説明するけど、俺は君の行動に関心出来なかった。

 もしかしたらあいつらの一味かもしれない、とも疑った。

 だから君の素性を確認させてもらって、車にGPSを取り付けさせて追跡してたんだ」


「関心出来ないって……なんでそんな事言われにゃならないんだよ!」


 翔と卓也が、睨み合いになる。

 卓也にとって、翔は突然現れて自分達を監視していたと言い出す怪しい人物だ。

 助けてもらったとはいえ、素性を怪しまない訳にはいかない。

 

 とはいえ、自分達も助けてもらっておいて素性を明かさないのもどうか。

 そう思った卓也は、沙貴と澪をちらりと見てから、自分達の状況から説明することにした。



 自分が、異世界を渡る能力を持っているらしいこと。

 しかしそれを制御する方法がわからないため、この世界に居ついてしまったこと。

 自分と澪、沙貴は元々別な世界の住人だということ。

 最近はやってないが、この世界を脱出しようとして何度も失敗していること。


 澪と沙貴の正体については触れずに、説明する。

 てっきり驚かれるか正気を疑われるかと思っていたが、意外なことに三人とも平然とそれを受け止めた。


「あれ? 驚かないんですか?」


「いやあ実は、あなた達以外にも普通の世界からやって来たという人に、以前逢ったことがありましてね」


「ああ、メグお姉ちゃん達だよね!」


 かなたの無邪気な言葉に、坂上は優しい笑顔で頷く。


「俺も父から聞いただけで逢ってはいないんだけど、その人達は自分達の意志で向こうとこっちを行き来出来たらしい。

 だからあんたも、もしかしてそういう系統の人なのかなって思ったんだ」


 翔が補足するが、今度は卓也の方が良く分からなくなってきた。


「え、え~と、その人達のことはわからないんだけど」


「でもでも、この世界に居る人達って全員同じように“よその世界からやって来た”人達なわけでしょ?」


「そうですね、だからここに来た経緯自体は実際はどうでもいいと思うのです」


 澪の言葉に、坂上が相槌を打つ。

 そんな話の最中に、かなたは澪の膝の上に乗っかって来た。


「澪お姉ちゃんってとっても綺麗!

 どうやったら、そんなに綺麗になれるの?

 かなたも、おっきくなったら綺麗になれるかなあ?」


「ああ、これはね、イーデルの化学りょk」

「オホンオホンオホン!」


 澪の言葉を、わざとらしい咳払いで遮る。

 沙貴は、改めて坂上と翔に向き直った。


「今度は、改めて皆さんの事を教えて戴けませんか?

 あなた方とあのサンシャインシティの不審者達は、いったいどういう関係なのでしょう?

 敵対しているように見受けられましたが」


「ええ、お話しましょう。

 ――翔、私からお伝えしてもいいかな?」


 坂上の質問に、翔は無言で頷く。


 坂上達は、かなり前にこの世界に飛ばされてしまった一家であり、長い間ここに住み続けて来た。

 しかし坂上の妻はこの無人の世界に耐え切れず自ら命を絶ってしまった。

 坂上と翔は、その事をきっかけに“この世界に迷い込んでしまった人々を一人でも救いたい”という想いを抱くようになり、活動を開始した。

 猪原かなたを保護したのもその一環だが、実際にはもっと多くの人と接触を図っており、中には坂上親子の意志を受け継ぎ別な場所で独立して同様の活動をしている有志も居るという。


「なんだぁ、つまりあんたらは俺が思いついたのと同じことを、ずっと前からやってたのかよ」


「そうだよ。だけどな」


「ん? 何だよその」


「神代さん、実はあなたが新宿中央公園でやっていた呼びかけは、昔私達もやったことがあるんです。

 ですが、その結果大変まずいことになってしまいましてね」


「まずいこと?」


「そう、それがあの池袋の連中に絡んで来る」


「えっ?!」


 そこからは、翔が説明を引き継いだ。


 坂上親子は、この世界で孤立している人々に呼びかけ、共同生活を行うことで互いの心の拠り所を作り、追い詰められたりしないように導いて行こうという働きかけを行った。

 そのために、各所にメッセージを残して自分達の存在を理解してもらおうと考えた。

 思いつく限りのことは実践した。


 しかし、予想外の方向から、この活動に悪影響を及ぼす要素が出て来た。


「――ひとつが、君達も見ただろうあの壁だ。

 理屈は良くわからないが、あの壁に囲まれたエリアは廃墟化する。

 他の場所と違って、食料もなくなるしライフラインも止まってしまう。

 そして時間が経つと植物の浸食が侵攻して建物を覆い、脱出不可能になってしまう」


「……」


 沙貴が、表情を曇らせる。

 秋葉原で発見した麗亜と彼が護っていた孫のことが、思い浮かぶ。


「もう一つは?」


「それが、あのノートさ」


「「「 ノート?! 」」」


 卓也達三人は、思わずハモった。



 坂上達によると、卓也達が見たあのノートは、恐ろしい存在だという。

 この無人の世界に於いて、非常に細かな情報やアドバイスを記述してある“ノート”は大変貴重な情報源であり、かなり長い間に渡ってこの世界の迷い人達の間でやりとりされてきたらしい。

 その内容から、恐らくは当初、坂上達と同じように迷い込んだ人々の手助けになるようにとまとめられた、救済目的のノートだったのだろう。

 

「だが二冊目は違った」 


「違った?」


「ああ、実は俺、一度だけ二冊目のノートを直接読んだことがあったんだ」


「「「 ええっ! 」」」


 驚きの発言に、三人はまたもハモって驚く。

 膝の上のかなたがびくっと反応し、澪は思わず「ごめんね」と呟いて頭を撫でた。


「私も読みましたが、その……最初の頃はまだ良かったのですが、読み進めているうちに、この作者は気が狂い始めているなと思える内容に変わっていったのです」


 坂上によると、中盤辺りから生活上のアドバイスや情報提供はなりを潜め、その内容は「各地に起きる異変」にシフトしていった。

 凍り付いている街や線路が川になっている駅、地下鉄なのに土砂崩れが起きたようになっている駅、途中でスッパリ途切れている高速道路など、様々な異常現象について触れ、それに対する考察が中心となっていった。


「ああ、なんか道を踏み外したというか……そんな感じ?」


「かもしれませんね。

 ノートの執筆者は、そこから異常現象に対する自分なりの考察を書き記していくのですが、そこから歯車が狂い始めたようでして」


 ノートの主は、この異常現象が起きている箇所を「バグエリア」と称し、独自の分析を開始する。

 しかしやがて、その発生原因を“神の怒りなのではないか”という、突拍子もない方向に定め始めた。


「唐突に、神……ですか」


「ええ、執筆者はどうも“この世界は神の怒りに触れた者達が流される流刑地”のようなものだと判断したようで、この世界から逃れる為には神の赦しを得る必要があると……まぁ、俗にいう“イッちゃってる”発想に辿り着いたようです」


「そこからなんだ。

 ノートの執筆者は読んだ者達を“バグエリア”におびき寄せるような記述を始めるんだ」


 翔の言葉に、卓也の顔色が露骨に変わる。

 代わりに、という感じで沙貴が尋ねる。


「それはどういうことですか?

 ノートの主は、読んだ人を救うのではなく、逆に被害に遭わせようと?」


「恐らく、そうだろうと思います」


「そんな……どうして、そんなことに?」


「ここからは完全に私の想像になるのですが」


 坂上は、翔にお茶を淹れるよう促すと、コホンと咳ばらいをしてから話し出した。


 迷い込んだ人を救うためには、神の赦しを得る必要がある、という思想に凝り固まってしまったノートの主は、本当の意味で彼らを救うために「バグエリア」に人々を招き、逆に彼らが何かしらのトラブルに巻き込まれることを期待したのではないか、という。


「救うことから、被災させる方向に舵を切ったということですか?!」


「そうでなければ、説明がつかないと思うのです。

 バグエリアと称する異常事態の場所に加え、執筆者は例の“壁”についても言及していました。

 そして、その中の様子まで克明に記述してあったんです」


「な、なんてことだ!

 じゃあ、もし俺が二冊目のノートを入手していて、その内容を鵜呑みにしていたら――」


「私達は、麗亜と同じような目に遭っていたかもしれませんね」


「うぐ……」


「ねーねー、ちょっと待って!

 それと、池袋のあの連中がどう結びつくの?」


「あ、それだ」


 澪の質問に卓也が頷く。

 かなたは不思議そうな顔で澪を見上げ、小首を傾げている。

 どうやら、彼女にはこの辺の事情は全く説明されていないようだった。

 それを察した澪は、かなたを立ち上がると皆に呼びかけた。


「ねえ、僕かなたちゃんとお散歩してくるね」


「えー?

 うん♪ いく行く!」 


「え、大丈夫か?」


「そんなに遠くまで行かなければ大丈夫ですよ。

 かなちゃん、お姉さんの言う事を良く聞くんだよ」


「はーいっ☆」


「じゃあ、行ってきますね。

 かなたちゃん、前のコンビニで何か食べよっか」


「わーい! かなた、アイス食べたい!」


「よーし、じゃあ行きましょ!」


 卓也と先にウィンクすると、澪はかなたの手を引いて部屋を出て行った。

 と同時に、残った四人が同時に溜息を吐く。


「澪さんの機転に救われました。

 ここからは、かなちゃんにあまり聞かせたくない内容になりますので」


「えぇ……まぁ、予想はしてたけど」


「思うに、“彼ら”はあのノートを悪用したというところでしょうか?」


「ええ、実はそうなんです」


 池袋の狂信者グループ・通称“ノート教”の一団は、どうやらバス旅行中にこの世界に巻き込まれた、恐らくは最大人数の同時転移者達だったと思われる。

 彼らは当初、彼らだけでこの世界を生き抜く方法を模索していたのだが、メンバーの一人がノートのコピーを発見したことから方向性が狂い、今のような状況になったと考えられた。

 そして彼らは、迷い込んだ者達に救いの道を示すノートの主を崇め、信仰することで心の拠り所を求め始めたようだった。


「でも、待ってください。

 私もその話はエンジと名乗る男から聞きましたが、それでは彼はいったい何の目的で、犠牲者を生み出していたのですか?」


 卓也を追って、池袋に向かおうとした時に唐突に現れ、池袋行きを止めようとした三原みつはらエンジ。

 しかし彼の目的は、実際には真逆だった。

 彼は“徳”を集めるために人々を地下五階に落とし続けていた。


 そして落とされた者は、全て植物魔物プラントモンスターの餌食となった。


「それに関しては、よくわかりません。

 恐らく、彼らの中で生じた教義のようなものに基づく行動かもわからないですね」


「問題は、エンジだ。

 実はあいつは、元々俺が助けた人間だった」


「「 え?! 」」


 翔によると、数年前に豊島区で偶然発見したエンジと合流を図り、しばらくの間は共同生活をしていたことがあるらしい。

 当初は坂上達に感謝の意を示していたが、彼らとの生活に慣れ始めると、その性格の粗暴さが表出し始めた。


「あの男は、自己顕示欲というか、承認欲求というか。

 とにかく、大勢の人間の注目を集めたがる性格でした。

 無人の世界に来て、それが一番堪えたのでしょう。

 しかし、実際には想像以上の人数がこの世界に居る。

 それに気付いた彼は、なんとノート教の連中に自ら接触を図ったのです」


「そして、いつしか教祖になっていたと」


「彼らの中心人物となった後に、一度だけ逢ったことがあるんですよ俺。

 その時に話していました。

 アイツが、二冊目のノートの原本を発見したようです」


「あ、それであんた達もノートを読むことが出来たわけか」


「そういう事だ」


「なるほど、それでエンジは彼らに教祖に祭り上げられたと」


 二冊目のノートの内容は、神の赦しを得るために人々を被災させること。

 それを崇拝するグループの長となったエンジの行動は、必然的に“殺戮”に向かうことになる。


「あいつは、ノートの存在をちらつかせることで多くの人を呼び寄せた。

 そしてその人々を、地下五階に落としていたようだ」


「うげ……あんなグループの教祖で居るためだけに?」


 卓也の言葉に、坂上親子が頷く。


「実際、俺が助けた人の中にも、あいつにおびき寄せられたっきり帰って来なかった者がいる」


「それ、もしかして倉茂くらもって名前の」


「そう、それ!」


 ここで、ようやく繋がった。

 倉茂が自宅に遺したノートで触れていた“二冊目のノートの存在を教えた”人物、そして謎の写真を撮影したのは、翔だったのだ。


 卓也は、独自で倉茂の足跡を追跡してアパートも訪問し、サンシャインシティ地下五階で彼と会話したことも明かした。


「倉茂さんは、翔さんに凄く感謝していた。

 ノートの罠に気付くことも出来たって」


「そうか……」


「でも、倉茂君はその時既に」


「父さん、俺もあの時、倉茂の声を聞いたんだ。

 あいつ、俺達を助けてくれたんだよ。

 死んだ後なのに」


「……そうか。

 義理堅い子だったもんな」


 どうやら、卓也が思っていた以上に、坂上親子と倉茂の関係は深いもののようだ。

 二人は顔を伏せて黙り込み、坂上の方はハンカチで目元を拭い始める。

 その雰囲気に、卓也もついもらい泣きしそうになった。


 彼も、倉茂の存在を追っているうちに奇妙な感情移入をしていたのだ。

 そのせいもあり、いくらか共感出来る気がしてならなかった。


 しかし、沙貴だけはずっと冷静な態度を維持し続けている。


「彼らを巡る事情はおおかた理解いたしました。

 それで、お二人はこの後、どうされますか?」


 しんみりした雰囲気を破るように、沙貴が尋ねる。

 軽く鼻をすすると、坂上と翔はハッと顔を上げた。


「この世界には、まだまだ大勢の人々がいるんですよね?

 お二人は、その人達をこれからも助けて行かれるのでしょうか」


「そうですね、そう考えています」


「そこで、相談なんだけど」


 突然、翔が改まって卓也と沙貴に向かい合う。

 彼の表情には、先程までの苛立ったような気配はもうない。


「な、なんだよ?」


「何なりと仰ってください」


 かしこまる二人に向かい、翔は深々と頭を下げて来た。


「良かったら皆さんにも、俺達の手伝いをしてもらいたいんだ」


「え?!」


「……」


「どうか、力を貸してくれないだろうか?」


 翔は、真剣な顔で申し出る。

 しばらくの沈黙の後、今度は坂上が口を開く。


「実は、私からも別なお願いがあるのです」


「え? 坂上さんからも?」


「はい、今すぐに……というわけではないのですが」


 坂上も膝を正し、卓也と沙貴に向かって頭を下げた。



「どうか、かなたちゃんを――親御さんのいる世界に、帰してあげて欲しいのです」








「ソーダアイス、おいしかったねぇ!」


「うん、美味しかった美味しかった♪

 また食べたいね~」


 すっかり意気投合した澪とかなたは、食べ歩きしていた棒アイスのごみを袋にまとめると、散歩の続きに向かう。

 中野新橋の閑静な――否、それを越えた静けさの中に、二人の声と靴音だけが響き渡る。

 

 二人はまっすぐに路を歩き、やがて東京メトロ中野新橋駅付近に辿り着く。

 周辺の小さな店を眺めながら歩いていくと、途中でかなたが驚きの声を上げた。


「お姉ちゃん! あれなに?」


「え? 何g――ゲッ!!」


 かなたが指差す方向を見て、澪は思わず声を詰まらせる。



 左手に見える、中野新橋駅の入口。

 そこから、得体の知れないゲル状のどす黒い物体がはみ出ていた。

 それはまるで巨大なスライムのようで、濁った暗褐色が生理的嫌悪感を覚えさせる。


「前にはこんなのなかったんだよー」


「か、かなたちゃん、帰ろ!」


「う、うん!」


 さすがに異常事態だと理解したようで、かなたは文句を言わず同意する。

 澪は、手を握りながら早歩きで元来た路を戻っていった。




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