ACT-66『池袋から脱出ですよ! そして……』
「ご主人様! 澪! 居るの?!
居たら返事をして!!」
「さ、沙貴?!」
「え、な、なんでココに?!」
思いもよらなかった展開に、二人の表情は恐怖のそれから、歓喜に変わった。
「ご主人様?! 澪?!」
「やだ、マジで助かったぁ?!」
「すごいや沙貴! なんで俺達の居場所わかったの?!」
「……っ」
驚く二人を、沙貴は無言で抱きしめた。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-66『池袋から脱出ですよ! そして……』
卓也と澪、そして沙貴と翔は、ようやく合流出来た。
そして二人の視線は、自然と翔に集中する。
「だ、誰?」
「誰もいない世界なのに、どんどん新キャラが増えてませんかね」
全く見覚えのない、背が高く体格の良いイケメン。
卓也がここまで出会って来た中でも、かなりのイイ男。
それが、少々ムッとさせる。
思い切りいぶかしげな目で見つめる卓也と澪に、翔はやや困り顔で咳払いをした。
「俺の名前は、坂上翔。
あんた達をずっと監視していた」
「え? 監視?」
「なんでそんなことを? ひょっとして澪のストーキング?」
「え? ちょ、待ってよそんなの困るぅ!」
「ストーキングってなんだよ」
慌てる二人に青筋を立てながら怒る翔と、そんな彼をなだめる沙貴。
「この方は、以前私と澪がお会いした、坂上さんの息子さんです。
この世界に迷い込んだ人達を助ける活動をされているそうです」
「助ける?」
「んじゃ何故、ストーキングを?」
「だから、ストーキングって何なんだよ。意味がわかんねーよ」
「ストーキングというのはね、気になる人を無言で付け回したり、盗聴器を仕掛けて行動を監視したりする行為の事で」
「……確かにGPSは付けたが、そんな事までするつもりは……」
「白状した! 白状したなぁ! やっぱりぃ!!」
「だから、違うって!」
二人のノリについて行けない翔は、困惑しながら身の潔白を証明しようとするが、助かった喜びでテンションが上がっているせいなのか、卓也と澪の勢いに押し流されてしまう。
呆れた沙貴は、翔を抑えて二人に呼びかけた。
「二人とも、まだ助かったわけじゃないですよ。
早く上の階へ戻って、ここから脱出しましょう」
「はっ! そうだった!
まだ助かった訳じゃないんだった」
「急ぐぞ、あの化け物に気付かれる前に」
翔の強い意志のこもった声で、三人は改めて気を引き締めた。
鉄の扉を開け、再び地下五階の青臭さが漂う空間に出る。
だが、先程までとはどこか様子が異なるようで、それは四人全員が瞬時に把握した。
「な、なんか……」
「何とも言えない、異様な雰囲気っつうか」
「急ごう、何か起きる前に」
「了解です。さぁ澪、ご主人様を――」
沙貴がそこまで言った途端、何処からともなく凄まじい轟音が響いて来た。
更に、足元が揺れる程の振動も。
それはまるで、大型重機がすぐ傍を走り抜けるような。
「まずいぞ、奴に気付かれた!」
「早く、こっちです!」
「お、おう!」
音はすれど、まだ植物魔物の姿は見えない。
というより、LEDライトの範囲には引っ掛かっていないだけで、実際どこまで迫っているのかは把握できない。
しかし、すぐ近くまで来ていることは疑いようがない。
「走れるか、三人とも?!」
「ええ、なんとか!」
「うわ、ちょ、待っ」
卓也は、足元の根に躓き、よろめいた。
「うわっ、たっ、たっ、たっ……チベッ!」
べしん! と音を立て、卓也が真正面からぶっ倒れる。
と同時に、それまで全く動く気配を見せなかった床の根、壁の蔓が突如動き出し、卓也の身体にまとわりつき始める。
「げっ! な、なんだこれぇ!
み、澪、沙貴ぃ!」
「卓也?! どうしたの?! ――って、うえぇっ?!」
事態に気付いた澪が、慌てて卓也の身体にまとわりつく植物を引き千切ろうとする。
しかし、細い割に妙に弾性が強く、なかなか切れない。
少し遅れて、翔と沙貴もやって来る。
「くそ、なんだこれ! しなやか過ぎて!」
「待ってくださいね、ご主人様!」
沙貴はザックの中から、先程回収したアーミーナイフを取り出すと、それで蔓を切ってみた。
「なんとかいけそうです! 急がないと!」
「ひぃ、く、暗いから手元には充分お気をつけてぇ!」
「この人、こんな緊急時なのに妙に余裕あるんだな」
「卓也って、そーいう人だから!」
沙貴がナイフで切れ込みを入れ、翔と澪がそれを引き千切る。
この連携で、かなり効率的に植物を切断出来るようになった。
しかし、次々に植物は卓也にまとわりつこうと寄って来る。
「まずい、あんた、さっきの転倒でケガしたんじゃないか?」
「わ、わかんないけど、膝がちょっと痛い!」
「それかぁ! この植物、卓也の怪我からの出血に反応してるんじゃない?!」
「そんな! それじゃあ、きりがな――」
ゴゴゴゴ……という地響きが、どんどん近付いてくる。
翔が照らすと、ほんの十数メートル程の地点まで、あの巨大な植物の塊が迫っていた。
「きゃあぁぁ!!」
「澪! ブザーを!」
ようやく上体を起こせるようになった卓也が、澪を指差し怒鳴る。
「え? え?」
「防犯用ブザー! ザックの中にあるだろ?!」
「あ、そうか!」
「早く! 急いで!」
「ちょ、ちょっと待ってね。え~と……」
「澪、何をしてるの?!」
「このままじゃ全員巻き込まれるぞ!」
焦る四人と、懸命にザックを漁る澪。
しばらくすると、手に当たったものを取り出した。
「あったぁー! これぇ!」
「ぶ、ブザー?」
「いっくよぉ!」
気合の声を上げ、澪はブザーの輪っかに指を掛け、思い切り引っ張った。
ピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイ
けたたましいサイレン音が鳴り響き、澪はそれを――
「いいわね、いくわよっ!」
と叫び、投げつけた。
ひゅ~~ん……パキン!
ピューイピューイピューイピュ……
防犯ブザーは植物魔物の居る方向ではなく、すぐ脇の壁に激突して、壊れた。
当然、音も止む。
四人は、呆然とその様子を眺めるしかなかった。
「あ、あるぇ?」
「あるぇ? じゃねーだろ! 何やってんだおめー!!」
「だ、だってぇ! こんな暗いんだもん、方向とか全然わかんなくってぇ!」
「と、とにかく早く逃げるんだ!!」
「ぎゃあああ!」
植物魔物が、どんどん迫って来る。
恐らく、あと数メートルという所まで来ているのだろう、轟音は更に激しくなり、もはや四人の声も聞き取りにくくなっている。
「あ、足の! 切れたぁ!」
「立てるか?!」
ようやく植物の拘束を脱した卓也は、翔の補助を受けて立ち上がる。
だがその視界の端に、上から襲い掛かる植物の一部が見えた。
「ひ……」
卓也は、息を呑んだ。
ピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイ
その時、再びサイレン音が鳴り響いた。
「え?!」
「あ、あれ?!」
「なんだ?!」
植物魔物の動きが止まり、今まさに卓也と翔に踊りかかろうとしていた触手が、急激に向きを変える。
まるでUターンでもするように、今来た路を戻ろうとする。
サイレンの音は先程澪がぶつけた位置よりずっと先の方から聞こえて来るようで、植物魔物はそれに釣られているようだ。
「た、たすかった……の?」
「で、でもなんで?! ブザーは……」
「三人とも! それより早く!」
「そうだ、こんなことしてる場合じゃない!」
沙貴の一括で、皆は再び脱出を急いだ。
――十分程後、四人はなんとかエレベーターの穴に戻ることに成功し、上から下ろされたザイルを伝って地下四階まで脱出するjことが出来た。
それから四人と、上の階でザイルを守っていた坂上は、ノート教の連中をなぎ倒し、吹っ飛ばしながら、そして時にはけん制しながら地上を目指した。
信者達によって赤のランドクルーザーは無残に破壊されたものの、坂上達が乗って来た黄色いSV車は健在だった。
五人はすかさずこれに乗り込むと、沙貴の頭の傷を応急処置し、池袋を後にした。
「た、助かったぁ~」
車が発進したと同時に、卓也は気の抜けた声で呟く。
横では、澪がウンウン頷いている。
「ホントホント!
でも、なんで壊れた筈のブザーが鳴ったの?」
「あ、それ、俺も不思議だった。
実は壊れていなかった、とか?」
「二人とも、何か忘れてませんか?」
沙貴が、膝に抱えたザックを指差しながら微笑む。
それを見て、卓也はようやく気付いた。
「そうか! あれは沙貴の分の!」
「ご名答です」
「ひゃあ、咄嗟の判断力凄い!
沙貴、ありがとう!! 沙貴が降りて来てくれなかったら完全に詰んでたわ!」
「あのブザー、本来の使い方は出来なかったけど、結果オーライね」
「あうう、ホントごめん……」
「いいのよ、こうして皆無事に脱出出来たんだから」
「皆さん、そろそろ出しますよ。
よろしいですか?」
坂上が、助手席から優しい声で尋ねて来る。
ハッとした三人は、後部座席から声をハモらせて応えた。
「「「 はい、お願いします! 」」」
だがその言葉を合図に、三人は背もたれに身体を預け、あっという間に寝息を立て始めた。
「おやおや、これは相当お疲れだったようだ」
「ははは、仕方ないよ」
「彼らの自宅はわかるのかい? 翔」
「わかるよ。
彼らを送ってやらないとね」
「早めに頼むよ。
かなちゃんが先に起きたら可哀想だからね」
ハンドルを握る翔と、助手席から後ろの様子を見る坂上。
二人の顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。
――それから、どうやって戻って来たのかわからない。
気が付いたら、三人は卓也のマンションに戻っていた。
おぼろながら、坂上や翔に手助けされつつ戻って来たのは微かに覚えている。
しかし、それまでと部屋に入ってからの記憶がない。
酔っぱらっていたわけではなく、それだけ疲労感が激しかったのだ。
卓也は汗だくで汚れまくった衣服のままソファに転がっていたが、澪は寝室のベッドの端でいつもと逆さまの向きで崩れ落ちている。
何故か沙貴だけはちゃんとベッドに入って寝ているが、二人ともパジャマに着替えているようで感心する。
とはいえ全員の荷物はほったらかしで、彼ららしくない有様だ。
(今……何時だ?
――えっ?!)
時計を見て、唖然とする。
なんと時計は、午後七時を指していた。
「嘘だろ?!」
思わず声に出すも、夕べの自分の行動を思い返してみる。
(えっと、確か八時くらいに二人が戻って来て、それからアレやコレやヤって……
日付が変わった頃にここを出てたま屋で牛丼食って、それから……
だから、戻って来たのは明け方過ぎくらい?
じゃあ俺、帰って来てから十時間以上も寝てたのか?)
ソファで寝ていたせいか身体のいたるところが痛み、また酷く臭う。
まだ寝ている二人を起こさないようにして浴室に向かうと、シャワーを浴び始める。
熱い湯で身体を流し、一通り洗い終わった頃、脱衣場から声が聞こえて来た。
「卓也? 起きたの?」
声の主は、澪だ。
「ああ、おはよう。
大丈夫か澪? えらい恰好で寝てたけど」
「うん、あれから沙貴の頭の傷をもう一度看て寝かせて、ごはんの準備をしてたら力尽きちゃって」
「えっ、俺が寝てる間にそんな事までしてくれたの?!」
「ロイエですからね、当然よ。
あとね、沙貴は用心のためにこのまましばらくそっとしておいて欲しいの。
頭にダメージ受けているし、何かあったら大変だからね」
「わ、わかった。
ありがとうな、澪」
「エヘヘ☆ どういたしまして」
と言うが早いか、浴室のドアが開かれる。
そこには、全裸の澪が顔を赤らめながら佇んでいた。
言うまでもなく、臨戦態勢で。
「あっ、こいつ!」
「一緒にシャワー浴びよ♪」
「な、なんで男同士でシャワー浴びなきゃならんのだ」
「まぁたぁ♪ 今更何よ、照れてるの?
もう何回、僕としたと思ってるのよぉ」
「う、それを言われると」
「そぉれにぃ♪」
にやりと笑うと、澪は手を伸ばす。
絶妙な手つきで包み込み、敏感な部分に刺激を加える。
思わず卓也は、変な声を漏らしてしまった。
「僕を見た途端、反応したじゃない?」
「う、うぐぐ……」
「うふ♪ 搾り取っちゃおうっと♪」
「え、あ、コラ!」
「んふふ♪ ――っ」
「うお……っ」
跪いた澪は大きく口を開き、喉の奥まで使って包み込む。
生暖かい舌で裏側を押さえつけられた卓也は、もうなすがままになるしかない。
その後、僅か二分程度で、卓也はまんまと絞り取られてしまった。
「んふ、でも良かった」
「な、な、な、ナニが?!」
「こうして、何の不安もなく、一緒に居られるようになったってことが」
「あ、そうだな。そうかも」
立ち上がりながら、澪は上目遣いな目線を向ける。
改めて見るその美しい表情に、卓也は久々にドキッとさせられた。
「ところで、坂上さんとこには、いつ行く?」
「へ? 何の話?」
「あ、やっぱり忘れてる」
「ご、ごめん……多分寝ぼけてて覚えてないんだと思う」
「僕達を送り届けてくれた時、言われたの。
落ち着いてからでいいから、坂上さんの所に来て欲しいって」
「あの二人のとこに?」
「そう、話したいことがあるんだって。
ホントは今日行くべきだったかもしれないけど、もうこんな時間になっちゃったもんね。
明日皆で行こうよ」
「そうだな、沙貴の体調も気になるし」
「うん、僕はもうすっかり大丈夫だから、沙貴の看病するよ。
卓也はくつろいでて」
そう言いながら、澪は力こぶをつくるようなポーズを取って見せる。
しかし、卓也は静かに首を振った。
「いや、俺も看るよ。
大事な家族だもんな」
「卓也……」
「俺、のぼせそうだからそろそろ上がるよ。
心配だから、沙貴を見て来る」
「あ、うん……」
卓也は、相変わらず臨戦態勢の澪から逃げるような勢いで、浴室を出る。
澪が頬を膨らませているのがちらりと窺えたが、今はあえてそのままにする。
急いで服を着替えると、卓也は寝室に急いだ。
寝室では、頭に包帯を巻いた沙貴が相変わらず眠りについている。
その寝顔を見つめながら、卓也は頬を緩ませた。
(ありがとうな、沙貴。
君のおかげで本当に助けられた。
いつもいつも、俺達は沙貴の行動力と判断力に助けられてばかりだな。
――とても感謝してるよ)
心の中で、感謝の気持ちを述べる。
そして、今後の想いも。
(これからも、俺達とずっと一緒に居てくれよな。
大好きだよ、沙貴)
卓也は、そう呟くと沙貴の頬に軽くキスをする。
気のせいか、沙貴の頬が少し赤らんだような気がした。
『それが、君の本当の決意なのか』
背後から、懐かしいあの声が尋ねる。
沙貴は、無言で頷いた。
背中合わせで立つ二人、沙貴と麗亜。
お互い、顔は見えない。
だが、何故か伝わるものがある気がした。
『この世界は、君が思う以上に過酷で危険だ。
その一端を、経験したばかりだというのに。
本当に、それでいいのか?』
麗亜の落ち着いた言葉が、染み渡る。
沙貴には、分かっていた。
これは、夢。
二人が佇む場所は、秋葉原で出会った、あのビルの店内。
麗亜の言葉は、きっと自分の中の“葛藤する心”。
彼の姿と声の、揺らいでいる気持ち。
しかし、だからこそ。
自分自身の戸惑う心に対し、決意を述べなければならない。
沙貴は、そう判断した。
あまりにも現実的な、明晰夢の中で。
「もう決めたの。
私、それを……明日言うわ」
『後悔するかもしれないぞ。
それでもいいのか?』
「でしょうね。
たぶん、後悔はずっとし続けることになると思う。
だけど、違う――私の後悔なんて、どうでもいいの」
『どうでも、いい?』
「そうよ、どうでもいいの。
それよりも、遥かに大切に思わなきゃならない事があるから」
『そうか――わかった』
麗亜は、沙貴から離れて行く。
その気配を感じながらも、沙貴は振り返らない。
振り返っては、いけない気がしたのだ。
『なら、君の意志を僕は尊重する。
――頑張れよ』
「ありがとう、麗亜」
気配が、遠ざかる。
それでも、振り返らない。
沙貴が向いている方向は、彼自身が新たに決めた道だから。
振り返ることは、覚悟を鈍らせるのを意味する。
それがわかっているからこそ、必死の思いで、親友を背で見送るのだ。
「麗亜……あなたとの再会が、私の決意と覚悟を育んだの。
私は、もう迷うことはない」
夢の中で呟く、独り言。
沙貴は、顔を上げた。
零れ落ちそうな涙を堪えようと。
「私は明日、ご主人様に――全てを話すわ」